La Triggering Myth 4
ミシェは目を開いた。
その目に最初に映ったのはグレーの天井だった。
まだぼんやりと定まらぬ視線をゆっくりと動かしてみる。
(私……)
(……生きてる)
記憶をたぐるように、自分がここにいる理由を思い出そうとする。
(フライト航行……)
(私は……Jカーに乗っていた……)
そうだ。確かトリガリング号はフライト航行中。
フライト空間で突然敵に襲われ、出撃したJカーで必死にミサイルを撃った。
そのあとがどうも思い出せない。
いや、確か最後にミサイルの爆発を見た気がするが……
それともあれは夢で、今自分はトリガリング号の一室で目覚めたところなのだろうか。
(頭……痛い)
ひどく頭が重く、奥でごんごんと何かが鳴っているような感覚。
まるでひどい船酔いのようだ。
いったん目を閉じてから、ミシェはもういちど、今度はしっかりと目を見開いた。
グレーの天井。壁も無機質なグレー。
突き出たパイプ類。どうやら船内の一室のようだが見覚えはまったくない。
(ここ……どこ?)
体の節々の痛みに顔をゆがませながら起き上がろうとする。
「ああ、いけないよ。そのまま。まだ起きてはだめだ」
突然声をかけられてミシェは驚いた。
「まだ寝ていないとだめだ。……大丈夫、僕がそばで見ているから」
やさしく、なだめるように声をかけてきたのは、まだ若い男だった。
「あ……」
あんた、誰?と言おうとして、ミシェはベッドに崩れ落ちた。
頭ががんがんする。
(あ、……ダメだ、まだ……)
ぼわーっと視界がぼやける。
また意識を失う前に、最後に見えたのは黒い髪に褐色の肌をした男。
若く綺麗な男の顔だった……。
ミシェは再び眠りに落ちた。
二度目に気がついたときには、意識はよほどはっきりしていた。
まだ頭は少し痛むが、目を開けたときにはここが見知らぬ宇宙船の一室であること、自分はおそらくその医療ルームのベッドに寝かされていることなどが瞬時に知覚できた。
「お目覚めですか。お嬢さん」
ベッドを覗き込んでいたのは、
……やはり黒髪に褐色の肌の……気を失う前に見た若い男だった。
「あ……はい」
「良かった。今度はだいぶ元気みたいだ」
男はにっこりと笑顔を見せた。
ミシェは男を見上げた。
「大丈夫ですか?どこか痛いところは?」
「あ……いえ、どこも……」
手足を軽く動かしてみて、どこも骨折していないことを確かめる。
ミシェはベッドで上体を起こそうとした。
「あ、大丈夫ですか。手伝いましょう」
「いえ、平気です……あ」
男はミシェがそう言う前に背中に手当て、介添えをした。
「……すみません」
「いいえ」
やわらかい微笑にミシェは思わず頬を赤くした。
こうして男性と近くで接するのは一体何年ぶりのことだったろう。
まして言葉を交わすなど、ミスのチームに入ってからはほとんどないことだった。
「あの……」
ミシェはちらりと横目で男を見た
「はい」
男はニコニコと、邪気のない様子で微笑んでいる。
「ここは、どこですか?」
「ここは宇宙船の中です」
男は笑顔のまま、あたりまえの返事を返した。
ミシェはまた尋ねた。
「あなたは誰ですか?」
「僕ですか?僕は……」
すこし考えるそぶりをしてから男は言った。
「僕はこの船の乗組員です」
「そうですか……」
ミシェは室内を見回した。
部屋は医療ルームのようだった。
彼女がいるベッドの他にもいくつかの医療用ベッドが置かれ、コンピュータや医療器具らしきものが壁に収納されている。
今は部屋にはミシェとこの男の他には誰もいない。
「あの……私は、どうやってここへ?」
「ふむ。……そうですね……」
男はあごに手をやり少し考え込む様子で言った。
「いいでしょう。どうやらあなたは気のしっかりした方のようだ。ショックでまた倒れることはなさそうですから。言いましょう」
「はい」
「今から一宇宙時間ほど前です。僕の船がこの近辺の宙域を航行していると、突然一機の小型艇が現れました。通常空間のレーダーにいきなり現れたのですから、びっくりしましたよ。恐らくフライトアウトしてきたものでしょうが、小型艇はグルグルと高速で回転しながら飛んでゆくのです。このままでは永遠に宇宙をさまよいつづけるか、いつかは恒星や小惑星、ブラックホールなどにつかまり消滅してしまう。そこで僕はこの船の小型船に乗って接近、ワイヤーアームを引っかけて、漂流する小型艇をキャッチ、保護したのです。……さて、船に戻り、小型艇のコックピットを調べると、そこには一人の女性がおりました。しかもまだ息がある。というわけで私はその燃えるような赤い髪の美人をこの医療ルームに運び、この船の優秀な医師があなたの治療を受け持ったのでした」
「そう……そうだったんですか」
ではやはり、あれは夢ではなかったのだ。
自分は敵のミサイルを撃ち落とし、その反動でフライト空間を飛び出してしまったのだ。
(じゃあ……トリガリング号は、今頃……)
どうしているだろう。無事に目的宙域にたどり着いただろうか。
それとも、自分を探して……
(まさか……)
あの状態で、フライト空域からはじき出されて生きていると考えるはずがない。
それに自分の機体がどのあたりの宙域にフライトアウトしたかなど調べようもないのだから。
「どうしましたか?」
男がミシェを心配そうに覗き込んでいた。
「あ、いいえ。なんでも……」
目の前にある男の顔に、ミシェの顔が真っ赤になる。
「大丈夫ですか。なんだか呼吸が荒いみたいですが」
「だ、大丈夫です」
ミシェは少しどきどきしていた。
あらためて見ると男はまだ本当に若く、おそらくはまだ二十歳そこそこの若者だった。
きっとサビーあたりなら「美形っ!」と大騒ぎしたに違いない。
長めの黒髪を後ろでたばねて、切れ長の目と細い眉、すっきり通った鼻筋、細いあご、とどれもが整った美男子だ。
しかしそれでいて笑うと、ほとんど少年といってよいような、あどけない可愛らしい表情になる。
着ている黒のスペースジャケットもぴったりとしていて、そのしなやかな体つきを誇示するかのようだった。
この綺麗な若者が自分を助けてくれた……
ミシェならずとも女性であれば少なからず胸の高鳴るシチュエーションだ。
「あ、あの……、どうもありがとう。助けてくれて……」
「いいえ。当然のことです。若く美しい女性を死なせるなんて、そんなこととてもできやしません」
「え?」
「えっ、って?」
男は微笑みをくずさぬまま聞き返した。
「でも、私が女性だって、コクピットを開けてからでしょう?分かったのは」
「もちろんです」
そう言って男は、またにっこりと笑った。
「ですから、女性だと分かってから、ああよかった。とほっとしたわけです。……いやむろん、たとえ助けたのが男性であったとしても、宇宙に放り出すことなどはせず、同様にほっとしたことでしょう。本当です」
妙に力を込めてそう言う男に、ミシェはくすりと笑った。
「おかしいですか?」
「いえ。その、なんだか若いのに、話し方が立派に論理的だなと」
「……それはどうも」
男は、なんといってよいか分からぬといった顔つきで、頭を掻いた。
ミシェはその様子を見て、首をかしげた。
(なんだろう……どこかで見たような、気がするけど……この人)
しかしこの、美少年めいた黒髪のハンサムが、はたして自分となんの関わりがあったのかなど思い出せるはずもない。
ミシェが考えていると、男の手が不意に彼女の手に触れた。
「あ……」
男はベッドの横にひざまずき、ミシェの手をとっていた。
「あの……」
ミシェは頬をそめた。
「実は、僕……。あなたを知っていました」
「えっ、私、を?」
男の意外な言葉にミシェは目を見張った。
ぎゅっと握る男の手に力がこもるのが分かった。
「ミシェ……」
男が自分の名を呼ぶ。
(……え?)
いったい何故だろう。たしかまだ自分たちは名を名乗り合っていないはずだ。
「どうして、私の名前を……」
「ずっと、ずっと思っていました。あなたのことを……」
男の指が、ミシェの指にからむ。
「あ……」
「ミシェ、僕はあなたが……」
男はそのままミシェを引き寄せた。
ミシェはかっと体が熱くなるのを感じた。
こんなことをされて、どうすればいいのだろう。
「離……して」
ベッドの上で身をよじるミシェ。
男は手を離さなかった。
「ずっと……あなたが」
男はささやきながらミシェを見つめる。
切れ長の、さっきまで少年のようだった目は、するどく、その黒い瞳で彼女を射抜くようだった。
男の唇が、ミシェの唇に近づき……
(ダ……メ)
ミシェは動けなかった。
二人の唇が重なろうとする
……その瞬間
突然部屋の扉が開かれた。
「お頭!……あ」
勢いよく部屋に入ってきた男が、二人の様子を見てあわてて立ちすくむ。
はっとして体をこわばらせたミシェの背中から、男の手が離れた。
「……」
無言で首をふり、男はぼりぼりと頭をかいた、
「くそったれ」
口をへの字にひん曲げ、男は部屋に入ってきた相手を睨み付けた。
「この馬鹿!もうちょっとだったのに」
少年のような笑顔を持っていた男の顔がにわかにけわしくなり、その眉がつり上がるのをミシェは見た。
「は、はっ。すいません、です」
「それに俺のことはお頭と呼ぶなって、いつも言ってるだろう。リーダーと呼べ、リーダーと」
「は、はいっお頭。……いや、リ、リーダー」
あっけにとられるミシェの前で、男はふてぶてしい面構えで舌打ちをすると、部屋に入ってきたこちらもまだ若い、スキンヘッドのガラの悪い男に向かって怒鳴り散らした。
「あああ。この馬鹿が。せっかくいいとこだったのに!」
「申し訳ないです、が……」
「用はなんだ?とっとと言え!」
「ええと、いいんですかい?その女の前で」
男はちらとミシェを振り返ったが、にやっと笑うと再び部下らしきスキンヘッドに向き直った。
「もういい。もうバレてるよ。いいから言え」
「はっ。ええ……たったいま、ミスの船を捕捉。例の宙域でこちらの戦闘艦四隻で取り囲みました。ブラックホールのシュバルツシルト半径近くですので。フライトは出来ません。攻撃指示願います」
「よし。ただちに攻撃開始。こっちもすぐに向かうと伝えろ」
「はっ。了解」
命令を受けたスキンヘッドが部屋から出ていった。
再び室内にはミシェと男の二人になった。
ミシェはしばらくの間、呆然とベッドの上で固まっていた。
男はぼりぼりと頭をかき、少々ばつが悪そうにミシェをちらりと見た。
「と、いうわけだが……分かった?」
男は肩をすくめながら両手を広げた。さっきの命令口調といい、今の悪びれたようなふてぶてしい笑顔といい、この男がただの一介の船乗りなどではないことは明らかで……
「お頭……?リーダー……、てことは、あんたがこの船のキャプテンなの?」
「イエース」
男はシートに腰を下ろした。
もはや開き直ったように、その口ぶりや表情からも、さっきまでのやさしく少年めいた様子は消えていた。
ミシェは男をにらんだ。
「さっきの報告。例の宙域、ミスの船を捕捉って言っていたわ。……それはつまり、トリガリング・ミスのこと?」
「イエース」
「すると……あんたは……」
「だーれだ?」
男は眉をつり上げて獰猛そうに笑ってみせた。
「……」
ミシェはようやく、この作戦の前に見せられた映像を思い出していた。
若い、新手の海賊グループ。
(エクスト……エクスペリメント・チームの略よ)
(これが、エクストのリーダー)
モニターに映し出されたその顔。
(わー、美形……)
(でも、かっこつけ……)
(好みのタイプ……赤い髪の美人)
(それってもしかして、ミシェのことじゃないの?)
ミシェはすうっと目を細めて、男を見た。
「ひとつ……聞くけど……」
「どうぞ」
「あなたのその黒い髪、以前は銀色だったりした?」
「よくご存じで」
男は自分の後ろ髪をかきあげながらウインクした。
「写真見てくれたんだ?あれは去年のかな。ミスの本部にメールと一緒に送ったやつ。シルバーにブリーチしてたんだよね。ちょっちハデだったかも。でもこっちも似合うでしょ。俺って、なに着てもどんな髪の色でもカンペキ似合うんだよねー」
「……」
ミシェは自分の頭をゴツンとたたいた。
男は鼻唄を歌いながら、端末をいじっている。
「エクストのボス、キム。お前がそうか」
「ああ、やっと正解ー。イッエース!俺が、宇宙を股に掛ける若手ナンバーワン海賊、エクスペリメント・チームのリーダー、キム・ケリー。いよろしくぅ!」
陽気に叫んでちゃっと額に指をかざす男に、ミシェは唇をかみしめた。
「お前なんかに……私は……」
あやうくキスされるところだったとは。
ミシェはわなわなと震えた。
「どうしました?ご気分でもお悪いので?お嬢さん」
わざとらしい丁寧なやさしい言葉をささやいて、男……海賊ネクストのリーダー、キム……は、にいっと笑って見せた。
「この……!」
ミシェはベッドの上にガバッと立ち上がって、腰のホルスターから銃を引き抜こうとした。
が、どちらもできなかった。
一瞬早く、キムがポンと端末のキーをたたいた。
ベッドの両側から突き出た拘束具で、ミシェの両足は固定されていた。
「!」
腰のホルスターも空だった。とっくに銃は奪われていた。
内股の電磁ナイフも、手首の通信機も、なにもかもなかった。
「く……」
ミシェはベッドでもがいた。
「ダメですよ。もうしばらく安静にしていないと、ね」
「きさま……、最初から……最初から私を……」
「言ったでしょう。僕はあなたをずっと好きだったって。それは本当」
くすくすと笑いながら、キムはミシェを見下ろしてベッドに腰掛けた。
「そう……ずっとね」
上半身を起こして殴り掛かろうとするミシェの拳をひょいとかわし、キムはさらに端末を操作した。
固定金具がミシェの胴体を包み、両腕ごと固定した。
ミシェは完全に動けなくなった。
「この……卑怯者!」
「なんとでもおっしゃい。僕はね……君を手に入れたかったんだよ。ずうっと、ずううっっと。ね」
キムは再びベッドに腰を下ろし、今度は安心した様子ミシェの顔を覗き込んだ。
「そう……最初に君を見つけたのはネットサーフィンをしていて、たまたまひやかしでのぞいたミスの公式ホームページでだった……。いや、じっさいよくできたHPだよね。各チームの紹介や、メンバーのプロフィール、さらには人気投票まであるなんて」
「……」
ミスのホームページ……
そういえば、自分はほとんどネットはやらないが、ときどきサビーがミスのページを見ているのを横でのぞいたことはあった。
(やったよーミシェ!今月の人気投票。うちが二位よ。しかも私の個人ランキングも十一位にジャンプアップ!やっぱこの前のうちらの宣伝ムービーが良かったのかもね。私もはりきって大胆なインナースーツまで見せたし。ミシェ、あんたは十六位。写真が普通の割にはいい順位じゃないの)
サビーが嬉しそうに話していたのを思い出した。
(そういえば私の写真も載っている、のよね……)
しかもミスのHPでは個人の写真のJPEGデータまで販売していて、しかもその売り上げたるや年間のミスの運営費の5パーセントまで達する、ということを聞いたことがある。よく考えれば、なんとも商売上手な、というか、ある意味あけっぴろげな対海賊企業である。
(でも。それがこうして当の海賊にまで利用されているなんて……なんだか理不尽だわ……)
キムはベッドに腰掛け、勝ち誇ったようにミシェの顔を見下ろしていた。
「そう、実に楽しかった。むろん、ミスのチームの全部が全部美女ぞろいというわけでもないから……、とくに自分好みのルックスのメンバーを探すのには苦労したよ。だいたい毎日四時間はネットにかじりついて、来る日も来る日も美形チームの検索にあけくれたり……」
(この、変態が……) ミシェは心の中でつぶやいた。
「そうしてついに見つけたのさ。僕の理想のチームを。ミス最高の七チームの一つ、ラ・トリガリン・ミスを。……ああ、でも言っておかなくてはならない。ここは正直にね。実は最初に君のチームの紹介を見ていて、目にとまったのはエースパイロットのタニアの方だった」
(あ、そ……)
「彼女のあのゆたかな体の曲線。B91、W60、H90という見事なボディ。それにあのつややかな青く輝くさらさらの髪、謎めいたまなざしと大きめの赤い唇。そしてなんといっても、……おねえさま!と呼びたくなるあの大人の色気。僕のようなヤングパーソンにとって、まさに憧れの存在。しかも戦闘艇Jカーのエースパイロットで抜群の腕を持つという。美しく、勇敢で、それでいて包容力のある年上のお姉様。……そう。彼女にひかれたことは事実だ。それは認める。ゴメン。いっときはタニアの画像データを集めてDVDRに焼いたこともあった。……ああ。……認めよう、僕の罪を」
(な……なんなの、コイツ……普通じゃないわ……)
ミシェの冷やかな視線にもかまわず、男は熱っぽく自分の趣味を語り続けた。
「だが、それだけではなかった!ああ……僕の罪は。だけどそれは、若く優秀で、しかも美女ぞろいの君のチームがあまりに魅力的なせいだ。はじめはタニアだった。しかし君のチームには、あの豊満な悩殺ボディをもつ機関士のサビー、可憐で清楚な少女の魅力のソラナもいた……」
(スケベな変態。しかもロリコン……)
「僕は一発で君のチームにいかれたよ。ずっとネット検索して数千人ものミスのチームとそのメンバーデータをチェックし続けていたそれまでの僕だったが、トリガリン・ミスこそが僕が求めていたチームだった。成績優秀、そして勇敢、能力も最高でしかも美女ぞろいとくれば。人気ランキング上位も当然だ。僕だって投票した!」
(もしかして……ミスの人気ランキングって、こんな奴ばっかが投票しているのかしら……)
「そして、僕にとっての運命の出会いはミシェ、君だったんだ……」
自分を見つめるキムの真面目な視線に、思わずミシェはどきっとした。
海賊エクストのボス、キム・ケリーは、変態のストーカーではあったが、若く、浅黒い肌のどこか謎めいた美形であった。
しかもその声も容姿同様、よく響く綺麗な声で、このような異性と二人きりの状況に慣れてはおらぬミシェにとっては、たとえ敵と分かっていてもつい胸がどきどきとしてしまうのだった。
(容姿は……確かに、美形なのよね……)
じっと彼女を見つめるキムの、漆黒の瞳に一瞬引き込まれそうになる。
(でも変態……)
(……うん。変態よ!)
ミシェは自分にそう言い聞かせ、心の中でぶんぶんと頭をふった。
男はいよいよ目を潤ませて、己の胸のうちをすべて告白するかのように語りはじめた。
「そう……そしてキミだ。ミシェ。僕は目が覚めた。確かにはじめはタニアの大人の色気に迷い、サビーの豊満な胸に恋い焦がれた僕だったが……。でもついに……というかやっと。気づいたのさ。このチーム、ラ・トリガリン・ミスで一番輝いているのはキミだ、とね」
「……」
「あるとき、僕は何十回目かの君らのチームのデモムービーを見ていて悟った。むろん一番目立っていたのは、サビーの薄い色っぽいインナースーツ、揺れる豊満なバスト!それにタニアのパイロットスーツの後ろ姿……とくにあのお尻……ムフ・……だったが。そのあとに目を引いたのがミシェ、そうキミの存在だ。いつもHPの写真やデモムービーでは笑顔を見せず、冷静な……ある意味醒めたようなまなざしでいる君だが、その実その姿にはなにものにもまして誇り高く、きりりとした崇高な美しさが存在していた。そのことに、ついに僕は思い当たったのだ!」
「……」
「それからはもう、僕は君の虜だった……」
キムは「ふう」と息を吐いた。
「僕の恋が始まった……。もはや他のチームの美女たちのデータ……苦労して何十時間もの通信費をかけて収拾した貴重なデータさ……それは僕にはもう意味がなかった。全部部下たちにやってしまったよ。僕の端末のハードディスクには君のデータで一杯になってしまっていたからね。それから、僕は君とトリガリン・ミスに関するデータをすべて念入りにチェックし、どうすれば君たちに近づけるか、どうすればこの広大な銀河の中でめぐり会えるか、考えに考えた。来る日も来る日も。ああ……ミシェ、この気持ちが分かるかい?若き美男子、孤高の一匹狼、銀河を股にかける海賊、エクスペリメント・チーム略してエクストのリーダー。その僕が!こうして恋に落ちてしまうとは。ああ……もう普通の女ではダメなんだ。いくらそこいらの商船や観光船を襲い、女を奪っても、僕の心は満たされなかった……。僕が求めていたのは、強く、美しく、誇り高く、しかも好みの体系の美女だった。それが君なのだ」
キムに見つめられ、ミシェはつい頬を赤らめた。しかしすぐにはっとして拳を握りしめる。
(ダメ。こいつは私達の敵。フライト中のトリガリング号にミサイルを放った卑怯者。しかも変態のストーカーなのだわ)
ミシェはぐっと口を引き結んだ。
そして、今自分がこうして拘束されていることへの怒りを思い出し、あらためて目の前の変態を睨みつけた。
しかしキムはへこたれた様子もなく、うっとりとミシェを見つめている。
「そう。君のそのクールな眼差し……戦闘艇に乗り込み宇宙をかけめぐり戦うその気高さ、勇ましさ。燃えるような赤い髪は、秘められた君の熱い心のようだ。そして、勿論プロポーションもステキさ。たしかにタニアやサビーのような悩殺グラマーの魅力とはいささか趣を異にするが。僕は好きだ」
(悪かったわね。サビーほどグラマーでなくて!)
「ただ大きいだけではない均整のとれたその体……HPのデータでは、B86W58H88。僕の好みにピッタリ!」
「な……」
ミシェは愕然とした。
(なんてこと……!まさか私のそんなデータまで載っているなんて……しかも!)
心の中で憤慨する。
(私のウエストは56よ!)
(ひどいわ。あとでミス本部に抗議のメールを送ってやる)
「君の体も顔も心も、何もかもが僕の好み……」
キムはベッドの上のミシェの体を、いやらしい目つきで上から下へなめるように見回している。ミシェは身震いした。
「分かってくれたかい?僕のこの気持ち。心に燃えるハートビート。ラヴィンユー。ミシェ」
ミシェの心はもうすっかり冷静になっていた。
(なんとかして、ここから抜け出さないと)
(……その前にこの変態をどうにかしなくてはね)
部屋の中を見回す。
ベッドの脇の、壁から突き出たテーブルに、奪われた銃や通信機、そしてヘルメットが置かれていた。
(なんとか、あれを取り返して……)
「僕はずっと思っていたんだよ。強奪や強盗というロマンのない海賊の仕事に追われながら……。トリガリン・ミスとお近づきになりたい。この美女たちと触れ合い、あわよくばXXXなどしてみたい、と。いつも夢見ていた……。しかしせっかく発見されやすい航路上なんかで商船を襲ってみても、やって来るのはいつだって馬鹿な銀警の犬や、たまーにミスのチームが来てもHPにも載らないような下っぱのチームばかり……ちなみに皆ブスだった。……なめられている。そう感じて、がっかりしたよ。悲しかった。たしかに僕等エクストは結成三年目の新参海賊だけど。……しかし、そんなことで僕はあきらめるわけにはいかなかった。どうやってでも君を。……君に会い、この思いを伝え、そして君の身も心も僕のものにしたい……。ずっとそればかり考えていたよ。そして今、ついに。こうしてそれがかなったのさ」
グフ、ムグフフフ、と、非常に不気味にキムは笑った。
ミシェは嫌悪感に身震いした。
いくら美形といっても、もうそのゆがんだ笑いにはなんの魅力も感じはしない。
ミシェはこうなったら少しでも情報を引き出したいと、わざと不安な顔をつくって言った。
「それじゃあ、最初から、私をこうするつもりで……」
「そぉーさ。君らの船がフライトに入ることは、その前のミス本部との通信メールをハッキングして知っていた。フライト空間で攻撃すれば君の乗った小型艇が出てくるだろうともね。うまい具合に君のJカー……あ、HP見て名前は知ってるからね……は態勢を崩してそのままフライトアウト。外からずっとモニターしていた我々は、その地点を計測した。そして見事に君を発見した、というわけ」
クケケケ、と喜悦の笑みをもらすキム。
「じゃあ、まさか……、ミスに依頼を送った商船っていうのも……」
「ああ、もちろん。僕らがこの前襲って、船ごと奪った民間の商船さ。認識ナンバーはまだそのままだから、バレないでしょ。君たちの船が一番早くこれそうな空域からメールしたんだよ。ひっかかたねえ。ひっかかった」
「トリガリング号は……」
「うん。今現在、君の船は包囲され、攻撃をうけているよ。さっきの報告聞いたろ?ちょうど背後にブラックホールをかかえてね。重力場が強いからフライトで逃げることもできないし……さあ大変!どうするどうなるトリガリンミス!てね。……んー。まあ僕としては君がこうして手に入ったからもうあとは用はないからね。ついでに船を壊しちゃおうかと考えてるんだけど。見る?」
そういうとキムは端末を操作した。しばらくして壁の液晶モニターに映像が映し出された。
「向こうの船から送ってくる映像だからね。ときどき回線の関係でノイズが入るけど、よく見えるでしょ?僕たちの通信システムにも独自のブロードバンドが導入されてね。最大で秒間二ギガのやりとりが可能なのさ」
映っているのは宇宙空間で数機の船が入り乱れる激しい戦闘の様子だった。
爆発やレーザーの光などが交差する中、確かにトリガリング号の機体が一瞬モニター上を横切った。
(もう一機のJカーが見えない……。タニアは、どうしたのかしら……)
ミシェは食い入るように映像を見つめた。
しかし不意にプッとモニターのスイッチが消された。
「はいここまで」
にやにやしながら、キムがまたミシェの近くに来た。
「さあーて、これからこの船もあの宙域に向かうけど……。どうかなぁ、僕等が行くまでもつかねえ、あの船」
「……」
「どうするぅ?ミシェ。んー、君しだいでちょっち考えてもいいかなあ、と思うんだけどねぇ」
狡猾そうな笑みを浮かべて舌なめずりをするキム。
ミシェはこの男を思いっきりひっぱたきたかったが、腕も足もベッドに固定され、ぎりぎりと手首が痛くなるほど力を入れてもびくともしない。
「あれー?聞いてよ。聞かないの?……私、どうすればいいのっ……って」
体をくねらせて憎らしげに演技するキムから、ミシェは目をそむけた。
この変態の考えつきそうなことは分かっている。
「んじゃ、僕が言おうか。仕方ない……」
男はおもむろに着ていたスぺースジャケットのジッパーを下ろし始めた。
「さて。……僕はこの後どうするでしょうか?1、トイレに行く。2、お医者さんごっこをする。3、君との愛をはぐくむ。さあどれだ?」
「……」
ミシェはぷいと横を向いた。
「あらま。分からない?それじゃ教えよう」
キムは部屋の扉に近づき、パネルキーを操作した。
部屋をロックしたのだ。
「さて、これでもう邪魔は入らない……ムフ」
ベッドの横に来て、キムはかがみこむとミシェの顔を覗き込んだ。
「答えは3。君が僕に抱かれ、僕を愛すること。今後最低十年は僕と一緒に過ごし、ラブラブな日々を過ごす。それを誓約すれば君の船は助けます。攻撃チュウシーッ、てね。どうすか?」
「……」
ミシェは答えなかった。
こんな男との約束など、なんの当てにもならないことを彼女は知っていた。
「こわい顔。そんなに嫌なの?……ううん……そうかなー?そんなに悪い話じゃないと思うけど。だって僕はこの通り素晴らしい美少年だし。そのくせ腕も立つ。お金もある。宇宙をかけめぐる生活は退屈もしない。なにより働かなくてもいいんだよ?君は僕の恋人として、つねに贅沢三昧。銀河一のエステ星へも連れてってあげる。リゾート星なんか一つまるまる買ってあげるよ。普通の女なら誰だってあこがれるだろうに。いや、じっさい襲った船のたいがいの女は僕に奪われた後も喜んでついてきたもんだよ。捨てるのに大変だったくらいさ」
「……」
「うーん。あんまり、その……僕は無理やりはしたくはないんだけどな。とくに君に対しては。仮にもずっと恋していたんだし。でも……」
男は手を伸ばし、ミシェのスペーススーツに手を掛けた。
「君がそういう態度ならしょうがないよねえ」
「や……めろ」
「やっと口をきいたね。もういっかい聞くけど。僕の女になれば、君の仲間は助けるけど、どうする?」
「……私が」
低い声でミシェはつぶやいた。男は耳を寄せた。
「うんうん」
「私が……百五十歳の老婆になっても……」
「うん?」
「…お前なんかいやだ」
「それはひどいや」
男は悲しそうに首を振った。
はあ……とため息をつきひとつうなずくと、いきなりミシェの顔におおいかぶさった。
「んっ!」
唐突にキスされた。
「ぐっ……ん、……んん」
必死に顔を振り、もぎはなす。
「ふう……」
男は満足げに顔をほころばせた。
「あー、ミシェとキスしちゃった!」
「こ……この……!」
ミシェは思わず言葉につまり、男を睨み付けた。
「馬鹿!変態!強姦魔!」
顔を真っ赤にしてそう叫ぶ。
「ひどいなあ……、強姦魔とは。まだキスだけなのに。そりゃ、この後そうするけどサ……」
キムはうれしそうにニタッと笑った。
ミシェはしばらくの間、自分の頬の熱さにとまどった。
(キスなんて……)
いつ以来だったか……
その久しぶりの感触を、まさかこんな男に無理やり思い出さされるなんて。
キムはクスクスと笑いながらミシェを見下ろしている。
「顔赤いよ?ミシェ。君、もしかしてキスはずいぶん久しぶりとか?じゃやっぱ恋人いないんだ?ラッキー」
「うるさい……馬鹿!」
「ではあらためて。……どう僕に抱かれる気になった?」
「な、なるわけない。お前なんかに。この変態のストーカー!」
「そう。それじゃまた君のお仲間の映像をどうぞ」
再びモニターがつけられた。
映像の中で、爆発はさっきより激しくなっている。
画面上の奥で必死に飛び回り、攻撃をかわしているトリガリング号。その船体には無数の破損が見える。
「ううん。しぶといね。こっちの船も最新機種を改造したやつなんだが。でもまあさすがにトリガリン・ミスってところかな。まあもうすぐこの船もあそこに着くからね。そうしたら五対一だ。それまでに君が僕に抱かれればよし。さもないと……」
クックッ、と楽しそうに笑うキムを、ミシェはうらめしそうに睨んだ。
(なんとか、私がここから脱出できれば……)
『リーダー。我が艦もフライト準備完了。目標宙域へのフライト許可願います』
端末から通信音声が届いてきた。
ブリッジからの報告だろう。
「よし。フライト許可。目標宙域到達後、ただちに攻撃開始だ」
『了解』
「さてと……」
キムは今度はモニターをつけたまま、ミシェのベッドに近寄った。
「フライト中のベッドインも悪くないかな」
端末のモニターにはフライトインのカウント表示が点滅しはじめている。
『フライトインまで三十秒。各自火気類、余剰電力をオフにして戦闘配備……繰り返す……』
スピーカーから艦内放送が流れた。
「そうだね。フライトインまで待ってやる。それまでに返事をしろ。俺に喜んで抱かれ恋人となるか。……さもないと、僕は無理やり君を犯して、君の仲間も殺す」
残忍な表情を剥き出しにしてキムは告げた。
「……」
ミシェは黙って唇をかんだ。
(どうする?)
(どうすればいい?)
(みんな……。キャプテン……)
モニター上ではカウントダウンが進んでゆく。
「十、九、八、七……」 フライトまでのカウントを一緒になって口に出して数えながら、キムはミシェの体にゆっくりとおおいかぶさろうとしていた。
「六、五、四、三……」
「……う」
ミシェは一瞬言葉を発しかけたが、すぐにまた唇を引き結んだ。
(ダメだ……。たとえ死んでも屈辱は……)
(ゴメン……みんな)
(でも……。そのかわり……一人でも、死ぬまで戦うから……)
「二、一……ゼロ!」
男の手がミシェの体にかかった。
同時に軽い衝撃が艦内に伝わる。フライトに入ったのだ。
「では、いただきまーす」
男は動けないミシェの体にのしかかった。
「さあ、ミシェ。超高速飛行の間、ひとつになろう。君と僕」
ミシェは歯を食いしばり声も上げず、男を正面からじっと睨んでいる。
「あれ、泣かないの?」
「……」
「……さすが気の強い。いいよーミシェ。頬を紅潮させて僕を見るその顔。最高!」
男はミシェのスーツの胸元のジッパーに手を掛け、ゆっくりと下ろしてゆく。
「や……いや」
身をよじって逃れようとするが、男の力は強く、スーツの下の胸元があらわになる。
パイロット用のスーツはインナーをしないので、下は素肌だった。
「おお、君の胸が……もうすぐ全部見えるよ」
(誰にも……見せたこともさわらせたこともないのに……)
羞恥と悔しさでミシェの目に涙が浮かんだ。
「綺麗な肌だ……白くて、なめらかで……ああ……僕の、……僕のミシェ」
「い、いや……あ」
男の手が、スーツの胸元に入り込む。
(ああ……キャプテン……)
モニターではフライト時間残り十五分の表示。
その間中自分はこの変態に弄ばれてしまうのか。
(もう……ダメ……)
ミシェは目をつぶった。
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