La Triggering Myth 5
ガガガガーン!!
物凄い音とともに船内に強い衝撃が走った。
キムはベッドの上から転げ落ちた。
「な、なんだ?」
ヴィーン、ヴィーン
モニターのレッドゲージが激しく点滅している。
「なんだ?……どうした!」
すぐに端末から部下の声が響いた。
『て、敵です。リーダー、船尾に小型戦闘艇が……』
「なんだと?」
『映像出します……』
モニターの画面が切り替わる。
「こ、こいつは……」
「Jカー!」
叫んだのはミシェだった。
モニター映像には、海賊艦の後尾に張り付くようにして飛行する、一機の小型艇が映っている。
戦闘機のようなシャープなフォルム。特徴ある長い尾のようなスタビライザ。
それは間違いなくミスが開発した最新型高速戦闘艇Jカーだった。
(タニアのJカー!……無事だったの)
「まさか、こちらのフライト中に接近を計ったとはな……」
キムが眉を寄せてつぶやいた。
フライトの数秒前は、レーダー機器などもいったんシステムダウンするというのは未だ克服しえないあらゆる宇宙船の弱点でもあった。
タニアのJカーはそれをついたのだ。
「やるな。きみのお仲間は」
ちらりとミシェに目をやり、キムは通信マイクに向かって怒鳴った。
「攻撃しろ!撃ち落とすんだ!」
『ダ、ダメです。さきほど敵によるシステム介入があって……。フライトには影響ないですが、その他のシステム、攻撃システムも使用不能。このままでは他のすべてもダウンします。メインを再起動かけないと復旧は……』
「分かった。とっととやれ!」
『了解。システム再起動します。今から十数秒間、艦内の全てのロック、セキュリティそれに重力システム、ライトも無力化されますんでよろしく……』
「なに?」
あわててキムが叫んだ。
「おい、ちょっと待て。すべてって……おい!」
モニターがブラックアウトした。
ライトも消え、室内が暗くなる。
システム再起動中を告げる端末のグリーンランプだけがちかちかと点滅している。
「くそっ、なんてことだ」
キムは予備の室内用ライトをつけるため壁に近づいた。が、はっとしてそのまま一瞬棒立ちになる。
「……しまった!」
それに気がついてベッドを振り返ったが、もう遅かった。
再起動中、「全ての」ロックは解除される。
無論、医療ベッドの拘束ロックも。
ベッドの上に、ミシェの姿はなかった。
暗い室内でキムが気配を感じるより早く、素早い蹴りがとんできた。
「うわっ」
かろうじて蹴りを右手で受け、キムはそのまま壁に背中をついた。
「親玉だけあって……」
目の前に、手首を撫でながらこちらを見る、ミシェが立っていた。
「……少しはできるみたいね」
自由になった手足を何度か伸ばしながら、ミシェは男を睨み付けた。
「……」
そのときライトがついた。
モニター画面も正常に戻る。再起動が完了したのだ。
医療用のベッドの拘束金具が再び閉じたが、それはもう意味がなかった。
「はあ……」
ボリボリと頭を掻いて、キムが息をもらした。
「俺ってドジ……」
「その……通りよ!」
ミシェは床を蹴り、飛び上がるとそのまま手刀を振り下ろした。
「おっと」
ひょいと体をねじってよけるキム。
すかさずミシェの左手の正拳が飛ぶ。
「わっ」
それをなんとか腕でガードしたキムだが、つぎの回し蹴りはかわしきれずもろに腹に受けた。
苦痛にうずくまる。
そこを腕をつかまれ、投げ飛ばされた。
「だぁーっ……いてっ」
ガンと天井に頭をぶつけ、宙に浮いたまま体を丸めるキム。
ミスじこみの格闘術。そこいらの海賊などに負けるものではない。
ミシェは男に一瞥をくれると、すばやく床に落ちた自分の銃と通信機、ヘルメットをつかんだ。
そして扉のパネルを硬化樹脂のヘルメットでたたき壊し、部屋を出た。
「うう……くそったれ。かならず捕まえてやる……逃げられるものかよ!」
後ろでキムが叫ぶのが聞こえた。
ミシェは強く床をけり、艦内の通路を走った。
格納庫へ。
そこに自分のJカーがまだあるのかどうかは分からなかったが、とにかく敵の戦闘艇を奪ってでもここを脱出できればいい。
さきほどモニターで見たトリガリング号の戦闘の映像が、ミシェの頭に浮かんだ。
(待ってて。みんな……)
通路を走りながらミシェは通信ナビの電源を入れた。
これは通信のみならず、機体の電波をもキャッチできる精巧な小型通信機である。
(かすかに……聞こえる。……こっちだわ)
Jカーからの特殊電波をナビで聞き取る訓練は、ミスのパイロットとなる基本能力だ。
ミシェは腕の通信機を耳にあてながら通路を走った。
艦内通路はトリガリング号よりもはるかに長く、階層も複雑に分かれていた。
ときおり敵の気配に足をとめる。
なるべく無用に戦って時間をかけたくはない。
ミシェは低重力を利用して飛び上がり、天井のパイプ類にぶら下がったり、壁に張り付いて海賊をやりすごしながら、船尾に向かって走り、階段を滑り降り、また走った。
どのあたりまで来たろう。おそらくもう少しで船尾に行き着くあたりのはずだ。
突然通路上でアラームが鳴った。
続いて艦内放送が響きわたる。
『ミスの捕虜が脱走。ただちに発見捕獲せよ。繰り返す、ミスの捕虜が脱走。ただちに捕獲せよ。なおリーダーの命令により、捕虜は必ず無傷で捕らえるよう……』
「無傷で、ね。そりゃありがたいこと」
ミシェはいったん取り出した銃をベルトに収めた。
敵が撃たないのならこちらも銃を使わずに済む。
フライト中のレーザー機器の使用は、いかなる場合でも星間法で禁じられていた。
レーザー光がフライトの磁場に反応する場合があるからで、じっさい多くの事故がフライト開発当初は起きていた。結局は未だ人類も、フライトの仕組みとそのすべての原理を掌握していたわけではないのである。
ミシェは先を急いだ。
通信ナビからの電波が大きくなる。
(近いわ……。あそこを左……かな)
前方のT字路の両側から、わらわらと何人かの海賊が現れた。
「もう少しなのに!」
舌打ちはしたがミシェは立ち止まらなかった。
「発見しました。こちら第八ブロック。格納庫前!」
「あら。教えてくれて、ありがと」
海賊の一人が報告するのをを聞き、にこりと微笑む。
そのまま速度を落とさず、ミシェは床を蹴り上げて飛んだ。
低重力を利用した格闘術もさんざん訓練してきている。
「捕らえろ。銃は使うな!女一人だぞ!」
海賊たちは皆若く体格もよく、それぞれ派手なスペースジャケットを着込んでいる。
飛び込んでくるミシェの姿を見て男たちが色めきたった。
「いい女だ!」
「捕まえたらやらしてくれんのか?」
「馬鹿、ありゃあリーダーの女だよ」
「誰が……」
ミシェはさらに壁を蹴って、そのまま海賊の一人に飛び蹴りを見舞った。
「あの変態の女だ。バカっ!」
「うわっ」
ガスッと音をたて、海賊が壁に叩きつけられる。
そのまま反動をつけてもう一人を回し蹴りする。
「ぎゃっ」
別の海賊が突き出すナイフをかわし、ジャンプ。天井のパイプをつかんでぶら下がる。
一瞬海賊たちがあっけにとられてミシェを見上げた。
「こいつ、強ええぞ!」
「あわてるな、とりかこめばこっちの……おわっ」
海賊たちに態勢を整えさせる間も与えず飛び下りたミシェは、強烈なパンチとキックでさらに二人をのし、床に手をつきくるりと背後に一回転。後ろの壁を蹴って反動で跳び、頭上から海賊の顔面に飛び膝蹴りを食らわした。
さらに着地した瞬間残った一人の足を払い、宙に浮いたところに数発のパンチをそのどてっ腹にたたき込んだ。
「う……」
「ぐえ……」
十数秒ほどであっけなく六人の海賊がKOされた。
パンパンと手を叩いて、倒れた男たちを見下ろすミシェ。
「ふん。本当はあんたらのボスもこうしたかったんだけど。……まあこれでも少しはすっきりしたわね」
「痛えよ……痛えよ」
「なんてアマだ……」
「お頭……やられました。助け……」
男の通信機をもぎ取り、床に叩きつける。
「しょせんは海賊。リーダーなしじゃなにもできない。あんたたちにミスの試験に受かりそうな男は一人もいやしないわ」
頭や腹を押さえて呻き、泣き、わめく海賊たちを残して、ミシェは通路を後にした。
格納庫にきた。
トリガリング号の四五倍はありそうな広い空間に、海賊用の小型艇が六機収納されていた。ミシェが探すのはもちろんそれではなかった。
辺りを見回す。
格納庫の片隅に、整備用デッキにも乗せられず、それは置かれていた。
ミシェは走り寄った。
Jカーはあった。
銀色の機体に、燃える赤のラインを入れた彼女の愛機。
強制的なフライト離脱の影響で外傷は見た目にもひどく、ところどころに外板には大きな傷がある。
片側の主翼がゆがみ、スタビライザは先がちぎれとんでいた。
それでも、ミシェは迷わず自分の機体に飛び乗った。
(まだ……飛べる)
そう信じてシステムを立ち上げ、全ての電源を入れる。
やや間があったが、モニター上に正常稼働のマークが点滅する。
「動くわ……」
ミシェは顔を輝かせた。
亀裂の走ったキャノピーを閉める。ミシェは手にしたヘルメットをかぶった。
酸素補給のスイッチを入れる。これで二時間はもつはずだ。
「さてと……」
通信ミニターを接続。専用コードのHDM通信。
「つながれ……」
しばらくして、ノイズまじりに画面上になつかしい相棒の顔が現れた。
「タニア!」
『ミシェ!やっぱり。その船にいるのね』
「そっちも無事で……」
久しぶりの再会にミシェの顔に笑顔が広がった。
『良かった……』
タニアも安堵の表情を浮かべた。
(タニア……私を探して……一人でここまで……)
「……さっきのシステムダウンで、助かったわ。ありがと……」
こみあげてくるものをこらえ、ミシェはひとことだけ感謝をのべた。
『めずらしい。はじめていただいたわね。そんなお言葉』
「そうだったかしら」
『まあ……でもみんなのために、反転してミサイルを打ち落としたあなたにはおよばない程度の手助けだわね』
(そんなことない……)
ミシェはただ首をふっただけだった。
それでも通じたのだろう。モニター上でタニアの顔がふっとなごむ。妹を見る姉のように。二人は画面を通じてうなずき合った。
『さて、……脱出よ』
「うん」
ミシェの顔が引き締まった。
『時間がないわ。この船のフライトアウトまで。今ならまだ攻撃はされない。どう?そこから脱出できそう?』
「やってみる。外から格納庫のハッチを撃ち抜いてくれれば……なんとか」
『オーケー。じゃ、場所を検索してみる。さっきついでにその船の全体マップのデータもおとしといたから。格納庫に穴あけるわよ。……出ておいでミシェ』
「了解」
いったん通信を切り、ミシェは操縦用ボールマウスを握った。
「さあて、タニアさま。……よろしく」
こういう時のタニアほど頼りになるものはいない。ミシェは疑うことなく隔壁を凝視した。
……はたして、数秒後、格納庫の外壁が音を立てはじめた。
再び通信。
『レールガンで穴あけたわ。あとは小さな爆発一つで外壁は吹き飛ぶはずよ』
タニアが親指を立てる。
「サンキュー」
ミシェはためらわず残っていたロケット砲を外壁に撃ち込んだ。
爆発とともに外板に十メートルほどの丸い穴があいた。
「上出来!」
ミシェはJカーを発進させた。
外に出ると、目の前にタニアのJカーがいた。
久しぶりの二機揃い踏みだ。コクピット越しに手を振り合う。
そのとき通信モニターに受信サインが来た。モニター上に海賊キム・ケリーの顔が映つる。
『待て。ミシェ、行くな!』
キムがモニターの向こうで叫んでいる。
その顔はさきほどミシェに投げ飛ばされ、天井にぶつかったせいだろう、目の上がひどく腫れ上がり、もはや美形の面影はない。
『お願いだ!帰ってきてくれよー。今度はやさしくするから!』
両手を組んで哀願するキムに、ミシェはベーと舌を出した。
「いやよ。そんなブサイクな顔は。ゴ・メ・ンよ!」
『ちくしょー、覚えてろよ。みんなお前らのせいだ。こうなったらお前らみんなまとめてつぶしてやるからな!』
プッと消えるモニター。
そこに今度はタニアの顔が出た。
にやにやと笑っていた。
『聞いたわよ。ミシェ。今度はやさしくするって、あなたあの海賊さんとナニしていたの?』
「な、ナニって。なにもするわけないでしょ!なにも」
赤くなるミシェに、タニアは楽しそうに言った。
『みんなに言っちゃお……』
「バ……、やめてよ!タニア」
『うふふ。冗談よ』
いつものように意地悪く唇をにっと広げるタニア。
ミシェは頬をふくらませた。
『さあーて。もうすぐフライトアウトよ。ミシェ。とりあえずトリガリング号に戻りますか』
「当然」
二人の乗ったJカーは海賊船の後尾にへばりつき、海賊船にひっぱられる「ちゃっかりフライト」で燃料を消費することなく超光速飛行を続けていた。
「キャプテン!左エンジンに被弾。出力下がります」
「くそ。左はいったん停止。サブの方を上げて!」
「了解」
トリガリング号のブリッジでは、悲鳴にも似たソラナとサビーの声、そしてキャプテンの怒気をはらんだ指示が、あわただしく飛び交っていた。
「右舷下方より敵ミサイル。数三十!前方の艦からは高熱源。ブラスターキャノン来ます!」
「上昇しろ!」
「間に合いません。ブラスター艦首をかすめます!」
はげしい振動が船体を揺るがす。
計器類のがおびただしく点滅し、危険を示すアラームが鳴り続ける。
「こちらのブラスターはまだ使えないか?」
「ダメです。ブラックホールの重力影響圏内。今撃っても光子が減速、敵艦まで届きません」
「キャプテン。敵艦四隻、再びこっちを中心に半包囲体形!」
「ちっ。敵ながらうまいもんだ」
レーダーを睨みつけ、舌打ちする。
「やはり四隻のうちまず一つでも落とさないと、脱出は無理、か」
ブラックホールを背に、四隻の海賊船と戦うことは、いかにミスの科学の結集した最新鋭船トリガリング号といえども苦戦をしいられた。
さらに海賊船は見事に統制のとれた動きで、この船を菱形に取り囲み、ブラックホールの重力干渉圏から逃さないように巧みな半包囲体形をつくっている。
トリガリング号が動けば、それにつれて四隻の海賊船も菱形をくずさずに移動、距離をとったままじわじわと攻撃をかけてくるのだ。
無論フライトで脱出することもできず、かといって一点突破するには戦闘艇Jカーなしでは難しい。
攻撃力からいうとこちらを軽く上回る、三百メートル級の海賊船に相対するにはあまりにも不利な状況だった。
機動性ではいかなる船に対してもひけをとらないトリガリング号も、ブラックホールと降着円盤の大重力に影響され、加速による脱出速度到達は難しかった。
さらに四隻の海賊船から容赦なくミサイル、ブラスター兵器が降り注ぐ。
今はかろうじてそれをかわし、致命傷を防ぐことで精一杯だった。
武器弾薬も底が見えていた。
敵はこちらをこのまま追い込んで自滅させるつもりか、いっこうに総攻撃をしてくる様子はなかった。
ただそのかわり菱形の半包囲を決してくずさず、不気味に距離をとってトリガリング号の四方に立ちはだかっている。
いっそ、突撃してきてくれた方がまだ楽だったに違いない。
接近戦になれば四対一の不利も、機動性を生かして克服できる。
小回りのきくトリガリング号はそうしてこれまでも巨大な海賊船に対してなんら臆することなく互角に戦い、勝利してきたのだ。
だが敵はまったく動きを変えることなく、上下、左右に均等に位置を取り、こちらの退路を完全に封じることのみに専念しているようだった。
「親玉のお出ましを待っているのかもね」
キャプテンの言葉にソラナとサビーが振り向いた。
「親玉、ですか」
「それって、海賊たちのボスの船が来るってことですか?」
「多分ね。ずっと考えていたけど、あたしらのフライト中なぜ奴らは攻撃を仕掛けてきたのか、そして何故ミサイルを撃っただけでフライトアウトしていったのか。で今。こうしてまるで時間かせぎみたいに私らの船をブラックホール近くで包囲し、距離を取っている。たとえば奴らの狙いがはじめからJカーの方にあったのだったら……」
「まさか……」
「フライト中の攻撃も、Jカーとトリガリング号を引き離すのが目的だったとすれば納得がいく。もしそうなら……」
キャプテンは首を振った。
「ま、どちらにしてもヤバい状態に変わりはない。あまりあれこれ考えるのはよそうか……」
「キャプテン!」
ソラナが叫んだ。
「フライトアウトしてくる船があります」
「言ってる先から来たよ……。今もう一隻こられたら……さすがにマズイね……」
キャプテンが珍しく弱音を吐いた。
「フライトアウトしてくるのは五百メートル級大型艦。……来ます!」
「やれやれ……」
モニター上に映る宇宙空間に一点小さな輝きが見えた。
すぐにそれが大きくなったと思うと宇宙船となった。フライトアウトの瞬間は、まるで光の中から船が出現するように見えるのだ。
「あれが……」
「照合確認。海賊エクストの母艦です。ああ。砲塔がすべてこちらに向きます!」
「とりあえず……」
いくつものブラスターキャノンの光が、モニター上を覆い尽くした。
「避けろっ!」
すさまじいレーザー光線の束がトリガリング号を襲った。
ソラナは瞬時の判断で船体を下げた。
ブリッジの真上をブラスターレーザーがかすめとぶ。
「ひええっ」
サビーが思わず首を縮める。
はずれたレーザーは、背後の重力場で屈折し、そのままブラックホールに吸い込まれていった。
「ひゅう……。後ろはブラックホール。前は大型戦艦。……こりゃ人生最大のピンチだ……」
人生最大のピンチにしては飄々とした様子でキャプテンが言う。
「ここをくぐり抜けたら依頼誤認で本部へ文句言ってやるよ。まったく」
「敵艦、接近します!周りの四隻も同時に輪を狭めてきますっ!」
「キャプテーン……」
「情けない声出さないのサビー。あんたはエンジンだけ見てなさい。それが機関士ってもんだ」
画面上に大きくなる敵艦を睨み、
「さて」
キャプテンはにやりと笑みをもらした。
「……やるよ。最後まで。それがミスのやり方さ。それがあたしらトリガリン・ミスのね。……一点突破だ。それでつぶれりゃ後悔はなし!いいね」
「了解!」
キャプテンの決死の覚悟にサビーとソラナもうなずく。
「よし。ソラナ、トリガリング号最大加速!敵艦にとつにゅ……」
言いかけたとき、ソラナが「あっ!」と大きく叫びを上げた。
「……う?どうした!」
キャプテンは一瞬ずっこけたが、すぐにソラナを見た。
「通信です!」
ソラナの顔が、信じられないというように硬直している。
「……タニアと……ミシェの、……Jカーですっ!」
「なんだって!」
これにはさすがのキャプテンも腰を浮かせた。
「間違いないんだね?」
「はい。機体信号確認。二人のJカーです!……二人とも無事です!」
「ひゃっほう!」
サビーが拳を突き上げた。
「なんてことだ。生涯最大のピンチが、生涯最大の……大逆転だ!」
キャプテンも興奮ぎみに叫んだ。
「モニター出ます!」
パッとモニターがつくと、同時に現れたのは、ミシェとタニアのVサインだった。
『ミシェ、ただいま帰りました』
『こちらタニア。まだ生きてますね?キャプテン』
二人の笑顔が光っている。
「当たり前だ!……ミシェ、タニア、二人ともよく無事で……」
「ミシェー、心配したよお!あんた」
「タニアも……良かった」
涙ぐむサビーとソラナ。
しかし今はのんびり仲間との再会を喜び会っているときではない。敵艦がそこまで迫っている。
モニターのミシェとタニアはすぐに表情を引き締めた。
『キャプテン。作戦は一つです』
タニアの言葉にキャプテンもうなずいた。
「Jカーがいれば、一点突破できる」
『ええ。私とミシェのJカーで、まず左舷上部の艦を急襲、同時にトリガリング号もそちらに突っ込んでください。その後は……』
「分かっている。臨機応変に。適当に、だが的確に。これがあたしらのやり方だ」
にっと笑って親指を立てる。
『了解っ。では、お互いに、幸運を』
「あ、ミシェ」
キャプテンがミシェを呼んだ。
『はい?』
「あんたが今回の主役だ。危険なフライト中に、最高の勇気と判断であたしらを助けてくれた」
『そんな……』
「戻っておいで。抱きしめたげる」
少し照れたようなミシェに、キャプテンはウインクした。
『私にもよろしく。キャプテン』
「もちろんさタニア。皆あたしの可愛い娘。トリガリング一家の家族だからね」
『じゃあさしずめ私は長女ですか』
タニアが楽しそうに言った。
『いくわよミシェ。お姉様にお続き!』
『りょ、了解』
二人のJカーが軽やかに旋回する。
「敵ミサイル来ます」
「だからどうした」
キャプテンは唇をなめた。
「最大加速。生涯最大のピンチはもう終わった!」
トリガリング号は左舷に進路を取った。
「リーダー!敵戦闘艇が旋回して右のフロスコの船に接近しています。続いてトリガリング号も同方向に加速!」
「そちらに一点突破するつもりか。だが、そう簡単にはやらせん」
母艦のブリッジでキム・ケリーはシートから立ち上がり、モニターに映るミシェのJカーを鋭く睨んでいた。
「この俺から逃げられると思うなよ……ミシェ」
にやりと笑い、舌を出す。目は狂気のように爛々と光っていた。
「他の船も集結させろ!ミスの船を取り囲め。絶対に逃がすな!」
「りょ、了解しましたボス」
「バカ!リーダーだ!」
これまで一定の距離をとっていた他の海賊船も、キムの命令一下トリガリング号を追うように動きはじめた。
『いくわよ。ミシェ』
「了解。おねえさま」
モニターのタニアに指敬礼をして笑う、そのミシェのJカーはタニア機の後ろにぴったりと付いていた。
モニター上に敵艦が大きくなる。
その砲塔がいっせいにこちらに向くのを無視し、二機のJカーは突っ込んでいった。
敵艦からレーザーが一斉に撃たれた。
「当たるもんか」
おそれげもなくミシェは機体を加速させる。
ミスの最新鋭機Jカーの速度は瞬間速度で光速の十五パーセントに匹敵する。
レーザーが降着円盤の重力干渉で歪み、曲線を描いて雨のように降り注ぐ。
二機のJカーはそれををかいくぐり、敵艦のふところへ飛び込んだ。
ミシェは機体をタニア機の速度に同調させ、敵艦の外板すれすれを飛びながらその後尾に狙いを定めた。
(六、四……二……)
「発射!」
ターゲット位置を精密座標演算で確認し、海賊船と高速ですれ違いざまミシェはロケット弾を撃った。
ほとんど同時にタニアの機体からもミサイルが放たれる。
海賊船の後尾に爆発が起こる。
ミサイルとロケット弾は、それぞれ海賊船のメインエンジンと姿勢制御エンジンを的確に捕らえていた。
旋回するJカー。
「全弾命中。あとはおまかせ」
モニターを見ると、動力を失った敵艦の下部にトリガリング号が鼻先をぶつけているところだった。
「さすがキャプテン……荒っぽいことを」
グラファイト製のホイスカーに、硬質テクタイトのコートがほどこされたトリガリング号の船首は鋭く尖り、このような一見無謀な体当たり戦法も可能にしている。
『ミシェ、次行くわよ。あと四隻』
「了解。密集される前に各個撃破ね」
ミシェとタニアのJカーは次の獲物へと狙いをつけた。
「ボス!フロスコの船が……」
「味なマネを……」
機関を停止し、漂う仲間の船の映像を見てキムは歯をむき出した。
「体当たりとはな。……これじゃどっちが海賊かわからんぞ。くそったれ!」
「フロスコ船が流されていきます!」
推進システムを破壊された海賊船が、ゆっくりと不気味に光る青白い降着円盤に吸いよせられてゆく。
「ボス!早く助けに……」
「二機の小型艇、コンローの船に攻撃!」
「トリガリング号、こちらに接近してきます!」
「くそ……」
次々に報告が入るが、その全てにいちいち対応しきれない。
流される仲間の船、速すぎて画面に捕らえきれないJカーと接近するトリガリング号。
それぞれのモニターを見ながら、キムは拳を握りしめていた。
「ボス!フロスコ船がブラックホールの降着ガスに接近……脱出不可能地点まであと四十秒です……早く救助を!」
「ダメだ!降着円盤には近づけねえ……」
「しかし、ボス……」
「黙ってろ!それが奴らの狙いだ。今この船が救助に行けばこっちもブラックホールにのまれる」
「コンローの船が被弾。機関停止した模様です。敵小型艇は離脱、続けてミスの船がコンロー船に!また体当たりだ!」
「撃て!全ブラスターで狙わせろ!」
「しかし今撃てばコンロー船ごと……」
「それしかねえ。あの船の機動性は見たろう。ぶつかったところを狙うしかねえんだよ!いいから撃て!」
「了解!」
「フロスコ船が降着円盤内に入ります!機体がさらに加速。ブラックホールに引き込まれていきます!」
「ほっとけ!こっちが先だ。ブラスター、狙え!」
無慈悲に命令を下すキム。
しかし突如ブリッジ内に音声通信が響いた。
『ボスゥ!た、助けてくれえ』
「フロスコか」
『引き込まれる……。抜けられねえよ!いやだ、ブラックホールなんかに……頼む。助けてくれボス!……たの……』
声が途切れた。
「フラスコ艦、シュヴァルツシルト半径に到達。音声、電波もプリゾン。脱出永久不可能……」
「ブラスターだ……」
キムは獰猛に怒鳴った。
「撃て!ミスの船をやるんだ!なんとしても」
「キャプテン!敵母艦に熱源多数。ブラスターキャノンです」
「今撃とうってのかい?……お仲間の船と一緒に」
敵海賊船の一隻に、再び船首をぶつけたトリガリング号だった。
これで二隻目も航行不能。残りは母船を含めて三隻、うち一隻はすでにミシェとタニアのJカーから動力源破壊の報告がきたところだ。
少々荒っぽい戦法だが、このチームでは何度か実戦でも使ったやり方だ。
「熱源上昇、数秒で発射されます!」
「キムってやつも、よほどあたしらが憎いらしい。味方ごとやる気かい……。ソラナ!このままエンジン噴射!最大出力だ」
「こ、このまま……敵艦に突き刺さったまま、ですか?」
「そうだよ。おやり!」
「りょ、了解。エンジン噴射」
「ブラスター発射されました。直撃、来ます!」
「……間に合うか?」
唇をなめ、キャプテンがつぶやいた。
敵海賊船の側面に船首を突き刺したままトリガリング号がエンジンを噴射。
ゆっくりと海賊船もろとも回転しはじめる。
ブラスターのレーザー光が海賊船とトリガリング号を襲った。
「もうちょい。そうだ、裏に入れ」
敵船ごとぐるりと回転し、なんとトリガリング号は船体を突きたてたまま、反対側へ回り込んだ。
そこへブラスターが降り注ぐ。
いくつものレーザー光の直撃を受け、海賊船は一瞬で爆発した。
「やったか?」
キムは右腕を突き出しモニターの爆発を食い入るように見つめた。
味方の大型艦を二隻も犠牲にし、ようやく仕留めたのが一隻の中型船とは、海賊仲間の自慢話にもなりはしない。
「手こずらせやがって……」
キムは頬を引きつらせるよう、口の端をつり上げた。
「ボ、ボス……レーダーに……」
「なに?」
キムは目を細めた。
モニターに映る爆発の中から、こちらに向かってくる船影がある。
「高速でこの船に接近してきます!……トリガリン・ミスです!」
「……なんて……奴らだ……。こっちの船を盾にしたというのか……」
キム・ケリーはごくりとつばをのんだ。
これまで、どんな時でも敵に恐れを感じたことなどはなかった。
キムは若く、そして勇猛でスマートな、新たな海賊の形をこの銀河中で作り上げようとしていた。
そして間違いなく次世代の宇宙海賊となるのはこのエクスト。
そのリーダーである自分が、女だけの、それもたった数人のチームに窮地に追い込まれることなど、ありえるはずがない。
それなのに……
(何故だ……。何故、俺はこうして呆然と立ちすくんでいる?)
(何故、俺の手は……さっきから震えているんだ……)
画面上に大きくなるミスの船は、さながら狙いを定めた鷹のようにこちらに突進してくる。
ブラックホールをバックに、それは力強く銀色に光っていた。
「やるよ。みんな!」
珍しくキャプテンが憤慨していた。
「あたしゃ……あったまきた!味方まで一緒に撃っちまうような奴あ、許しちゃおけない。いくら美形の兄ちゃんだってね。海賊には海賊なりの仁義があるってもんだろうに。ソラナ、いいね」
「了解。このまま敵母艦に突入します」
「Jカーはどうなってる?サビー」
「今通信をつなぎますよ」
モニターにミシェとタニアが現れた。
「ミシェ、タニア、そっちは?」
『一隻は動力完全停止、もう一隻は、なんだか離れていきます。逃げるみたいですが……どうします?』
「かまわないでいいよ。逃げたきゃ逃げればいい。ザコはほっとけ。それよりあの母船をやるよ。あれに敵のボス、キムがいるんだね?」
『はい。ストーカーで変態、女の敵のキムです』
ミシェは冷やかに言い放った。
「なるほど……。マシなのはカオだけってワケかい」
キャプテンがにやりとする。
「いったん下方へ転進。最大加速、敵海賊母船に総攻撃だ」
「下から来ます!ミスの船、急速接近!」
「ブラスターだ!撃て。撃ちまくれ!」
「やってます。が……、重力場の影響で……」
下方を狙って海賊船から撃たれるブラスターは、すべてトリガリング号に当たる前に湾曲して、ブラックホールに吸い込まれてゆく。
「ダメです!届きません」
「じゃあミサイルだ。全弾発射しろ!」
「両側から敵小型艇二基が接近!」
「くそっ、ダレンとトールの船は何をしてる?」
「ダレン船機関停止。トール船は……宙域から離脱していきます」
「あの野郎、勝手にトンズラするつもりか……、後で覚えていやがれ!」
キムはモニターを殴りつけた。
「敵船アンチミサイルで弾幕を張りました。こちらのミサイルは全て誘爆!」
「ちくしょう!」
ガガーン、とブリッジが大きく揺れる
「側面にミサイル被弾。下方からミスの船接近……ぶ、ぶつかります!」
「避けろ!」
「間に合いませ……わああっ」
ガガガガガガ
激しい振動に、オペレーターがシートから転げ落ちる。
キムも壁に体を打ちつけた。
レッドゲージが点滅し、ブリッジ内に警報が鳴り響いた。
「左舷下に体当たりされました……、メインシステムがショックで一時ダウン。……再起動かけます……」
「……待て」
シートに手を掛け立ち上がったキムは額から血を流していた。
その目が憎悪にゆがみ、物騒に光っているのを見て、オペレーターはすくみ上がった。
「システムはシャットダウンのままだ。回復はブリッジのみにしろ」
「まさか……ボス」
「船体を切り離す。……あとは爆破だ」
「しかしボス。他の奴らは……」
「うるせえ!さっさと自爆プログラム入れろ!」
「りょ、了解……」
「船体分離後、すぐにフライトだ。……俺が生き残れば、エクストはまたすぐ立ち上げられる」
シートにどさりと座りなおし、キムは凄絶に笑いを浮かべた。
「その前に……ミスの女ども、くたばりやがれ」
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