La Triggering Myth 3



ミシェがブリッジに駆け込むと、タニアとキャプテンは何事かを確認したようにうなずき合っていた。

仮眠中だったはずのソラナもすでにに自分のシートにつき、コントロールボードに忙しく指を走らせている。
ミシェがシートにつくとすぐ、眠そうに目をこすりながらサビーもやってきた。

「いったいなんですかぁ……」
「あー、休憩中すまない」
メンバーが揃ったところでキャプテンが一つ咳払いをした。
「仕事ですか?」
ミシェの問いにうなずくキャプテン。
「えー?うそー……そんなぁ」
不服そうに声を上げるサビー。

「たったいま緊急用アドレスにダイレクトメールが入った」

緊急用アドレスには、特別な高速サーバーを介してミス司令部から直接メールが送られてくる。
それらは主に急を要する依頼の発生、それにともなうチームへの要請、指令である。
自動受信でメールが着信すると同時に、船内には緊急集合のアラームが鳴る仕組みだ。

集合がかかった時点で半ば予期していたとはいえ、リゾート星の目と鼻の先まで来てのことだけに、さすがに皆残念そうな表情だ。
特にサビーはあからさまにガックリとうなだれてため息をついていた。

「せっかく、銀河ネットでおニューの水着買ったのに……」
スクリーンに見えはじめた惑星クリアライト。
この星の六番衛星が近年大改造されてオープンしたリゾート星<エデンブリッジ>である。

「エデンブリッジの管制圏まであと十分です」
ひかえめにソラナが報告した。
「せっかくここまで来たのに……」
「さてと、どうするね?」
不服そうなサビーを見てキャプテンが言った。

「基本的に、ミスからの要請は絶対だけど、……知ってのとおり私らトップチームには年に二度ほど任務拒否権の発動が許されている。特に、危険、重大任務のときはチームワークが必要だからね。一人でも不満のあるメンツがいたら、それは仕事にはならない。これはリーダーの私にだって強制はできない。本部への返信リミットはあと五分だ。……あんたが決めなサビー。やるか、やめるか。仕事かリゾートか。誰も文句はいわないよ」
「そんな……」
皆を見回すサビー。
「そうね。私達も機械じゃないんだから、せっかく楽しみにしていた休暇がなくなって、そのまますぐに気持ちをきりかえるのは大変よね」
タニアが言う。
ミシェは少し意外そうにタニアに目をやった。
「でしょ?」
こちらを見て微笑むタニア。ミシェは目をそらした。
「私は、……どっちでもかまわない。チームの決定に従うわ」
「ソラナは?」
「ええと、そうですね。私もサビーに任せます。さっき買った水着着られなくて一番残念なのはサビーだし」
「ということよ、サビー」
キャプテンはどっかとシートに腰を下ろした。
「決めなさい」
サビーはうなずいた。

「ちなみに伺いますけど。……もし、私らがやめたとして、仕事はどのチームに回されるんでしょうか?」
「ソラナ、指令メールにはなんてあった?」
「はい。第一候補ラ・トリガリング・ミスが拒否した場合は、第二候補ファ・エスペランド・ミスに要請が発進されます」
「だそうよ」
「Fa(四番目)ですか……」
「ま、当然よね。私らに最初に要請がくるぐらいだ。代役は最上位の他の六チームになるのが道理さね」
「……」
サビーはシンクログラスを顔からはずし、スクリーンに映るリゾート星を見た。
「おニューの水着着て、いい男を悩殺。楽しい休暇のひととき」
目を閉じて、ふうと息をつくサビー。
 
「……でも」
心を決めたように目を開き、グラスをかけなおす。
「上のやつらにまたヴァースで離されるのはいやだし……ね」
「サビー」
にやっと、するどく笑うキャプテン。
「いいのかい?」
「……ええ。ま。……それからもっと大切なことを聞きますが」
「うん?」
「この仕事の成功報酬はいかほど?」
「太陽系換算で十六万宇宙ドル」
キャプテンはさらっと答えた。
皆が「おー」と声を上げる。

「ふた月は遊んで暮らせるわね」
「ゴージャスなリゾート星のはしごができそう」

「まもなく衛星エデンブリッジの管制宙域に入ります」
ソラナが報告する。
「衛星より通信。……音声出します」
ブリッジ内に衛星からのデジタル音声が再生される。

『こちらはリゾート衛星エデンブリッジ。予約ナンバー03283A、トリガリング・ミスご一行様。ご予約承っております。皆様のお越しを歓迎いたします。まずお手数ですが、機体照合と上陸するお客さまの簡易チェックを行ないますので、ひきつづき管制官とお話しください』
すぐに画面に女性管制官のにこやかな顔が映った。

『リゾート衛星エデンブリッジにようこそ。恐れ入りますが、代表者の方にこの施設についての簡単なご説明とご案内を……』
「サビー、あんたが出て」
「了解」
『よろしいでしょうか?失礼ではございますが、まずはお客さまの滞在時間のご予定とホテルのご予約についてでございますが……』
「……」
サビーはむっつりと黙り込んだ。

『あの……お客さま?滞在時間の……』
「キャンセルよ」
『は?あの、失礼ですがもう一度……』
にこやかな顔をそのままに、女性管制官が聞き返すのへサビーは
「キャ・ン・セ・ル。以上、通信終わり」
ぶっきらぼうにそう言ってブツリとモニターを切った。
そして立ち上がり、頭を抱え、叫ぶ。
「ああああ、リゾートが、おニューの水着がぁぁ!」

「よし。ソラナ。ミスへ返信。依頼受諾。トリガリング・ミス!」
「はい!」
「さあ、みんな。そうと決まれば忙しいよ。リゾートで遊ぶのは少し延びるけど、なあにほんの一汗かくだけさ」
「了解!」
メンバーはそれぞれの持ち場に着いた。

さらばリゾート星。
ということでトリガリング号は進路を変更した。



「よし。では状況と作戦を説明する」

ブリッジではミーティングが行なわれていた。
ソラナがデータを入力すると、スクリーン上に星系図が映し出される。

「ミス本部に緊急依頼要請が届いたのが、二宇宙時間前。星系は見てのとおり」
「いっかくじゅう座、ですか」
「うん。A0620=01。X線新星ブラックホール〈ダモス〉の近く。依頼主は民間の商船。簡単に言うとこういうこと。民間船が海賊の襲撃を受けてこの宙域へ逃げ込んだ。しかしブラックホール重力場の影響で、もはやフライトでの脱出はできなくなって海賊に捕捉された。で、問題なのはその海賊でね……」
「大物ですか?」
「知ってるかな。エクスト」

「最近よく聞きますね。EX−T……エクスペリメント・チームとか名乗る若い 海賊グループ」
タニアの言葉にキャプテンがうなずく。
「なんでもそのやり方は今までにないくらい要領を得ていて無駄がなく、最新の戦闘艦とフライトシステムを使いこなすという。輸送船を襲っては、物資と女性を強奪して素早く消え去り、未だにアジトは不明。何度かミスのチームも彼らの追跡や奪われた物資の奪還の依頼を受けたけど、海賊のだ捕には一度も成功していないという話さ」
「ミスのチームが失敗してるんですか?」
「ああ。ただ、私らトップチームがあたったわけじゃないがね。どっちにしても、やっつければそれだけ金になる相手なことは確かさ」
「そんなに強いんですか?その海賊は」
サビーが不安そうに尋ねる。
「いや、規模からいったらこないだのアド・アストラの方がずっと大きいし、犯行件数もまださほどではない。基地や戦艦の数もね。ただ、こいつらはね……若いんだよ」

「若い?」
皆がいっせいに声を上げる。
「そう。ミスが送ってきたデータによると……まあこれも所詮いままでの数回の接触をもとにしたデータだからどこまでホントか知らないけどね……、推定構成人数は二百人以下、ほぼ全員が男性で、しかも皆二十歳以下らしい」
ミシェとサビーが顔を見合わせる。
「ガキの集団?」
「ちかごろはやりの暴走銀河族……ってやつですかね?」
二人の言葉にキャプテンは苦笑した。
「そんな可愛らしいもんじゃないが。とにかく若いだけに情け容赦なく、行き当たりばったりに船を襲う。そのくせ異常にすばしこくて、しかも行動が的確なもんで、銀河警察にも捕まらず、何度かあたったミスのチームも……物資は一部奪い返したみたいだけど……かんじんの敵船には逃げられてる」
「訓練はされている……と」
「そう。人数も少ないし、持っている艦船も恐らく十隻以下だろう。でも妙に戦い慣れしているし度胸もいい。これも有能なボスの存在によるところが大きい、という話だ。ソラナ、データを」
「はい」

「これがボスの写真」
スクリーン上にミスから送られてきた画像データが現れた。
「わ」
サビーが手を組み合わせる。

「美形……」

本当だった。
画面に映っているのは、銀色の長い髪を顔にまといつかせた、まだ二十歳そこそこのハンサムな若者だった。

「でも、なんかカッコつけ……」
あごをつんとあげて、右手を髪にそえたそのポーズは、いかにもカメラを意識したものに違いない。
切れ長の目と自信ありげに薄く笑った顔つきは、海賊のリーダーというよりは「少年強盗団のカリスマ」いう表現が似つかわしいようだ。

キャプテンがデータを読み上げる。
「このガキ……いやこれがエクストのボス、キム・ケリー。二十一歳。血液型B、身長百七十六センチ、体重六十二キロ。出身星、秘密。趣味、銀河ネットと銀河メール、ちょっとハッカー。特技、射撃と女の扱い。好きなタイプ、赤い髪の少し気の強そうな美人……」
「赤い髪の少し気の強そうな……?それってもしかしてミシェのことじゃないの?」
「まさか……」
サビーの言葉にミシェは苦笑した。
「で、嫌いなタイプは口うるさい年増……。えーい!それは私のことか?」
自分で突っ込みを入れるキャプテンに、プッと吹き出すソラナ。
「でも、なんか……すごく詳細なデータですね……」
「なんでも自分からミス宛に自己紹介メールを送ってきたそうよ」
「……ただのバカ、か……」
「……ですね」
「でも可愛いじゃない」
タニアが言った。
「相手としては、面白そうね」
微笑んだタニアを、ミシェは横目でちらりと見た。
「とにかく……」
キャプテンがスクリーンを指さす。

「アレが今回の敵」

「美形海賊対ミスの美女チームか……」
「なんだか楽しそうよ?サビー」
「そりゃ、タニア。ぶさいく相手よりは美形がいいモン。リゾート星でのイケメンゲットができない分、ね」
「あの……」
ソラナが申し訳なさそうにさえぎった。
「時間、ないですよ。ミスが受けた依頼要項だと、一時間以内に商船を保護、海賊船を宙域から撃退すること。でなければ報酬は出さないということですけど」
「なんですってぇ?」
声を上げるサビー。
「せっかく、リゾートを蹴ったってのに、お金もらえないんじゃただのバカよ。キャプテンッ!」
「あい」
「作戦説明をお願いします!」
やる気満々のサビーに、みな呆れ顔で苦笑した。




フライトに入った。

いっかくじゅう座までは三十光年ほど。高速フライトで三時間といったところだ。
ただ実際にはジャンブアウト時には、時空超原理からたった数分しかたっていない、という状況になる。

キャプテンが立てた作戦はこうだった。
トリガリング号が目的の宙域へフライト。
その間格納庫にてミシェとタニアのJカーが待機し、時間をはかってフライト中に出撃する。
訓練では何度かやった特殊戦闘モードのフライトである。
そして敵海賊船の至近距離にフライトアウトした瞬間、Jカーが攻撃を開始、瞬時に敵の足を止める。
当然敵船がフライトしてくるトリガリング号に気づき、逆にフライトアウト直後に先制攻撃をしてくる可能性もある。

「だからさ」
キャプテンはじつに簡単そうに言った。
「二機のJカーとトリガリング号をそれぞれ時間差でフライトアウトさせる。距離もずらしてね。この際ブラックホールは無視していい。脱出が困難になる星のシュヴァルツシルト半径は五十キロほどだから、さして恐ろしくはない。少なくともこの船にとってはね。我々三機がほんの十数キロずらした宙域に出現して、敵船を囲みながら攪乱攻撃。これでいこう」

ありったけのミサイルと弾薬を積み込んだJカーを待機させ、トリガリング号は時間差フライトに入ったのである。


「ミシェ、タニア、そろそろ発進準備して。フライトアウトの五分前くらいを目安に。フライト中だから、発進後はかならずトリガリング号と密接して飛行すること。少しでもずれると光速の三十倍強の速度で宇宙にはじき飛ばされれるから気をつけてね」

『オーケィ』

『了解』
モニターに映ったパイロットスーツ姿のタニアとミシェが親指を立てる。

外部モニターでは、ものすごい速さで星のすじが後方に流れてゆく。
通常の宇宙空間を超光速で進むフライト航行は、別空間をゆくのではなく、普通は波形を描いて進む光のその波の一点と一点を直線で結ぶ、新たな光の進路を作るという原理をもとにしている。

この航法が発見されて、実用化されるまでには五十年あまりがかかったのだが、一番の問題点が航路の確保であった。
完全な直線で進むフライト航行において、その前方の航路上に余分な星間物質や強い重力源があれば致命的な事故につながる。
したがってフライト機能のある船の航路用コンピュータには、航行宙域の綿密な星間データが入力されている。
これが対宇宙海賊をなりわいとするミスにおいては、その本部には数百光年にもわたる膨大な銀河の星間マップがたくわえられたホストコンピュータがおかれ、各船が必要な星間データをダウンロードして、フライト前には確実な航路確保を行なうのである。
そして一般の商船などとは別の航路を用い、なるべく相互の進路妨害をさけてもいた。
当然フライトにおいては、宙域のちりの成分や近接する星系の違いにより、フライトしやすい宙域とそうでない宙域がある。
また航路からはずれればはずれるほど、ネットワークにもつながりにくく、遭難の可能性も増すので、一般船においては航路外でのフライトは星間法で固く禁止されていた。

例外となるのは銀河警察やミスなどの特別組織、そして海賊たちであった。
基本的にこれらは常に追うものと追われるものという関係であり、一方が航路をはずれれば、もう一方もそうせざるを得ない。しだいに航路外のフライトも彼らにとってはそれほどのタブーでもなくった。
そして科学技術のいっそうの向上によりフライト技術も進歩、重力圏ぎりぎりのフライトや、はてはガストーラスの推進力を利用したフライトさえも不可能ではなくなりつつあった。
ある意味これは、海賊と対海賊組織の双方の切磋琢磨による技術革新ともいえたろう。

したがってフライト航行中の小型艇の発進、そして時間差ジャンプアウトという一般的に見れば離れ業も、ミスの技術力をもってすればさほど困難ではない作戦なのだった。
ただそれは無論、非常に優秀で人並みはずれた操舵技術と、完璧な星間データの確保があってこそである。またそうであっても危険であり、一つの失敗が簡単に命を失うことになるのは変わりがなかったが。

「フライト速度安定。前方視界良好。タキオンとの同調誤差コンマ百分の二以下。問題ありません」
ブリッジでは皆がシートに体を固定させ、フライトによる超光速航行に対処している。
いつも通りの落ちついたソラナの報告は、航行の順調さを示していた。

「現在秒速九百万キロに固定。目標宙域到達まであと九百五十秒」
「エンジン、メイン、サブともに回転数一定。演算ユニット内、温度一定」
ソラナとサビーの報告にうなずくキャプテンの目は、わずかな変化をも見逃さぬというばかりに鋭かった。


なんの問題もなく、時間が過ぎた。


「目標宙域まであと3・51光年。フライト航行、終盤減速に入ります」

「レーダー内、機影なし……え?あっ」
「どうした、サビー!」
「後方より……接近してくるものがあります。高速です!」
「戦闘配置!船影の確認を取れ。警告信号送信」
「了解」
ソラナの指が忙しくボードを走る。

「キャプテン!ミサイルです。後方より、数……五十!」
「はっ。同一フライト空間で攻撃とは。無鉄砲、いやくそったれだ」
悪態をついて、自らマイクを手に叫ぶ。
「Jカー、ただちに発進!」
「キャプテン!」
「次はなんだ」
「船影確認。敵は……海賊エクストの高速小型船です」
「だろうよ。こんなバカげたことはガキじゃないと考えつかない。……くそっ、ミスへの送信をハッキングしやがったね。そうでなきゃフライト中にこっちを捕捉できるはずがない」
「どうします?警告をまた出しますか?」
「無駄だ。奴らはフライトの事故も怖がっちゃいない。ミサイル一発あたれば終わりだってのにね。……とにかくJカー二機でミサイルを落とさせろ。それから後方の敵船は無視だ。こっちが減速しなけりゃ追いつけない。その前にフライトアウトだ」
「了解」
ソラナがてきぱきとJカーの二人に指示を送る。

今やレーダーには接近するミサイルと、その後方の敵船の影がはっきりと映っている。
フライト航行している船の後方から、まったく同一軸上でフライトすることは、当然星間法のみならず「宇宙航行の為の安全の基本十一条」その最初の項に明記されている。
接近したフライト航行がいかに危険であるかなどは、船を操るものにとってはまず宇宙の基本常識であった。
ましてやフライト航行中の攻撃などは、たとえ海賊と銀河警察の間であってさえ暗黙の了解で「してはならぬ」ことと相互理解ができていた。
攻撃をうける側も攻撃をする側も、フライト空間内でのわずかな振動、磁場の不安定さはそのまま重大事となってはねかえってくる。
一つの爆発、船の外板のかすかな穴でさえ、超光速で移動するフライトにおいては致命的な破局要因になりえるのだった。

「あっ。敵影、レーダー上から消失。おそらくフライトアウトしたものと思われます」
「撃つだけ撃って、はいさよなら、か。意外と頭がいいよ」
「どうします?キャプテン。こちらも今フライトアウトすればミサイルをかわせますが……」

キャプテンは唇をかんだ。
「たしかにその方が安全だね。でもね……それが奴らのねらいだ。私らがここで通常航行に戻れば、当然目的の宙域はまだ遙か彼方。次のフライトまでのロス時間で奴らは目的を終了するだろう。商船はおだぶつ。海賊はトンズラ、ということになる」
「でも、このままだと……」
「分かってる。Jカーは?」
「ミシェがアンチミサイルの発射許可を求めていますが」
「いいよ。許可。フライト中に使用した例はないけど、ミサイルを受けるよりはマシだろ。そのかわり、ミサイルは一基たりとも船に接近させないように」
レーダーには数十のミサイルの光点が点滅している。
そのひとつでもが船の近くで爆発したらどうなるか……

「二機のJカーにはなるたけトリガリング号から離れないよう伝えろ。フライトアウト時点で距離が離れすぎるとまずい」
「了解」
「フライトアウトまで……あと二百四十秒の辛抱だよ」





発進した二機のJカーはトリガリング号と速度を同調しながら、その船尾に張り付くように飛行している。

『ミシェ、気をつけて。トリガリング号から離れすぎると、外に飛ばされるわよ』

「わかってる。けど、この態勢だと、ミサイルを狙うのが難しいのよ」

トリガリング号の船尾にへばりついたこの恰好のままで、後方から迫ってくる数十基のミサイルを狙い撃たなくてはならない。
反転して狙いをつければ確実に仕留められるが、超光速移動中のフライトでは、わずかに船体の向きをずらしただけであっという間に置き去りにされてしまう。
かといって無論レーザー兵器は使えない。フライトの光磁場が損なわれるからだ。
「このまま、撃つしかないってことね」
ミシェはレーダーの光点を頼りに、後方へ向けてアンチミサイルを発射した。
多弾頭の小型ミサイルがいくつも分離して弾幕を作る。
そこに敵のミサイルが突っ込み爆発して、無力化する対ミサイル兵器だ。
タニアのJカーからもミサイルが放たれ、後方でいくつもの爆発が起こる。

「ソラナ。数えて。あといくつ?」

ブリッジのソラナがそれに答える。
『残り敵ミサイル約三十です』

ピッとレーダー上にミサイルの光点が、さっきよりも近い位置で光る。

『ミシェ、もっと引きつけて撃ったほうが確実だわ』

「でもそれだとはずれた奴がすぐに飛んでくる」

さらに数発のミサイルを撃つ。
『あと二十』
 
『……あと十五です』

ソラナからの通信を聞きながら、接近するミサイルの方向を計りつつ、アンチミサイルを撃つ。

「くそっ、はずれた!」

『あせらないで、ミシェ。ミサイルを狙うより、ミサイルが通る空間を狙うのよ』

「やってる!でもこの態勢じゃ、発射がずれるのよ」

『残りミサイル接近。トリガリング号との速度差であと二十秒後に着弾します!急いでくださいっ』
いつもは冷静なソラナの声がうわずっていた。

「くそっ」
ミシェはJカーをトリガリング号の下方につけた。

『危険よ。ミシェ、あまり離れないで』

「大丈夫。フライト同調空間のぎりぎりは計測してある。それより、ここからミサイルを撃つから、そっちは水平に同時に撃って。角度をつけて弾幕をはれば……」

『了解。やってみましょう』

『ミサイル、あと十秒で到達!』
通信機からのソラナの叫びが、Jカーのコックピットに響く。

「いい?タニア、3、2、1、発射!」

トリガリング号の下方からのミシェ機のミサイルと、タニア機のミサイルが同時に発射され、多弾頭が四方に展開する。

「どうだ?」
絶妙のタイミングで両者のミサイルが接触、爆発するところへ敵ミサイル群が突入、誘爆する。
「数えて!ソラナ」

『敵ミサイル……、……全弾消滅!』

「よし」
一瞬ほっとするも、レーダーに消えたはずの光点が一つ浮かんだ。

『ああ……一基遅れて弾幕を突破してきます!……ダメ、間に合わない!』
絶望に満ちたソラナの声。

「ちっくしょう!」
ミシェはたまらずJカーを反転させた。

『ミシェ!ダメよ 』
タニアが叫ぶ。

トリガリング号に迫るミサイル。
ロックオンするのももどかしく、狙い撃つ。

「当たれっ!」
 
ガガガガガ

と機体が奇妙な音をたてていた。強い振動がくる
フライトの同軸をはずれたミシェのJカーは木の葉のように吹き飛んだ。

ミシェには一瞬「ドーン」と遠くで爆発が起こったのが見えた気がした。
ミサイルに当たったのか、それともその爆発はトリガリング号のものなのか……
確かめることはできなかった。
そして爆発の光も、トリガリング号も、視界から消えた。

(離れて……ゆく)

機体の揺れがひどい。
計器もレーダーも次々にブラックアウトする。
コックピットの全てのレッドケージが点滅し、警告音をたてはじめた。

頭ががんがんする。
加速と減速、光速からの反発で機体がゆがむ。
びしびしとキャノピーに亀裂が走るのをミシェは見た。

(宇宙が……回ってる)

星星がものすごい速さで回転し、後方に流れ、かと思えば、目の前に迫ってくる。
フライト中、航路をはずれて吹き飛ばされた船の生還例はない。

流れてゆく星星を見ながら、ミシェはしかし不思議と自分がとても落ちついていることに気づいた。

(どうしてだろう……)

(こうして流れていく星を見ていても、べつに怖くもない……)
(昔は、普通の宇宙船にのるのも嫌だったのに……)

たった二年前、大学生だった自分。
それがまさかミスの一員となって海賊と戦ったり、こうして戦闘艇に乗り込んでいるなんて。
そして今、フライト空間から投げ出されて、一人宇宙を見つめている……
ゲージがけたたましく鳴り響いているはずだったが、
何故かとても静かだった。

『ミシェ!……ミシ……』

通信機から最後に聞こえたのはタニアの声だったろうか。
それならきっと、みんなは無事だ……。

(私は狙いを外さなかった……)

(なら……いいや)

ミシェはふっと目を閉じた。

(なんだか……夢のよう……)

かつての幸せにごく普通の学生として過ごしていた時間、あのころの自分。
それらはもはやずっと昔の、夢のなかの出来事のように思える。
過酷な日々。宇宙空間を飛び交い、海賊を追って多くの恒星を旅し、その合間にひたすら訓練をする……。
これがミスの生きかた。ミスとなった自分の、それを選んだ自分の生きかたなのだ。

(私は後悔しないだろう……)

(たとえこのまま死んでも……)

たった一人で暗い宇宙を見つめつづけること。
それが「ミス」であるということ。それが「私」だということだ。

回る星星。
すさまじいGに押さえつけられて、

(そう。……私は……)

(私は)

ミシェはそのまま気を失った。





「キャプテン、ミシェのJカーが!」
「何してるの!ソラナ、こっちも早くフライトアウトして、ミシェを助けないと!」
ブリッジでサビーが叫ぶ。
「Jカーがレーダーから、消えます。キャプテン……」
「だめだ……、今ここでフライトアウトしても。間に合わない」
「そんな!ミシェは私達を助けてくれたんですよ。自分の危険をかえりみず。それを……」
サビーの叫びに、額にしわを寄せキャプテンは首を振った。

秒間に数万キロを進むフライト航行で、先にフライトアウトした船を追うのは不可能に近い。
しかも事故による緊急離脱をした船ではその行き先の宙域の特定も非常に難しい。海のなかの小石を探すようなものだ。

「ああっ。タニアのJカーもフライト進路をはずれてゆきます!」
「なんだと」
「タニア……タニア、応答して」

『……キャプテン』
ノイズまじりのモニターにタニアの顔が映る。

「戻れ。タニア、お前まで……」
うっすらと笑って画面のタニアは首を振る

『なんとか……やってみる。私、探すわ。ミシェを』

「タニア……」
「戻って、タニア!Jカーでのフライト離脱は、機体が……」
ソラナが涙声で叫ぶ。

『大丈夫。ソラナ、サビー。……キャプテン』

「……」

『あとは……よろしく』

一瞬モニターのタニアとキャプテンの目が合った。
「タニアー!」
悲鳴を上げるサビーとソラナの前で、タニアのJカーがレーダーから消えた。
「……」
シートから立ち上がり呆然とモニターを見つめるサビー。
コンソール上にうなだれるソラナ。
キャプテンも、両手を組み合わせたまま何も言わなかった。

静寂に包まれたトリガリング号のブリッジ内で、フライト終了までの機械音のカウントだけが、むなしく響いていた。



フライトアウトした。

通常の宇宙空間になんとか無事に戻ったが、トリガリング号のブリッジ内は静まり返ったままだった。

「動力異常……なし」
「地点計測……。いっかくじゅう座宙域A0620=01。予定通り。誤差約二十九キロほどです」
報告するサビーとソラナの声も、気力の抜けたような事務的な声だった。
「どう……しますか。キャプテン」
「このまま目的宙域へ向かう」
「そんな!」
「なにか、異議が?」
「だって……ミシェとタニアが……」
唇をかんだサビーの顔を見ずに、キャプテンは言った。
「仕事だ」
「キャプテン!」
「サビー」
珍しく強い口調で制され、サビーははっとして横に座るソラナを見た。

「つらいのはサビーだけじゃないよ。キャプテンだってきっと……」
そっとソラナがささやく。
サビーはキャプテンを見た。
横を向いたその顔の眉間には、苦渋を押さえるかのようなしわが刻まれている。キャプテンは押し殺すような声で言った。
「我々には、信じることしかできない……。そして今やるべきことをやるしかない」
「はい」
「了解……」
仕事は仕事。ミスのチームにとってはいついかなる場合でも、私情よりも依頼の遂行、疑問よりも行動が求められるのだ。たとえそれが血のつながりよりも深い、チームメイトの危機であっても。
彼女たちはプロだった。
それもミス最高のチームの一つ、ラ・トリガリン・ミスの。


ブリッジのモニターに映像が映し出された。
不気味に青白く輝く、楕円形の巨大な星体……

「A0620=00。ブラックホール天体、ダモスです。X線新星、質量は太陽質量の約九・五倍。シュヴァルツシルト半径約五十キロ」
コンソールボードを叩きながら、ソラナがデータを読み上げる。
「周りの光はプラズマガス?」
「ええ。近接の恒星からのガスによる降着円盤です。円盤から大量の電磁波が出ています。ですからブラックホール自体のシュヴァルツシルト半径は五十キロと狭いですが、実際の宇宙船脱出可能距離は、半径五百キロ外。降着円盤内に入ると、半径五百キロ地点での脱出速度には秒速三十キロが必要です」
「なるほど……この船の性能でもそこがぎりきりか」
「また電磁波の影響で、付近二千キロはフライトは危険と思われます。ちなみにあと三百秒ほどでそのフライト制限宙域に入りますが」
「オーケー。では心してかかろう」
モニターの巨大な円盤状の輝きは、暗い宇宙に不気味に白く浮かび上がっていた。


「発見しました。指示された座標通りに民間の商船らしき船を確認。救難信号が出ています。機関停止している模様。ゆっくりとブラックホールに引き寄せられています」
「BHまでの距離は?」
「約千二百キロ。脱出可能距離ですが、重力波の影響は多少あるようです」
「敵船は見えないようだが?」
「ええ。レーダーに敵影なし。……おかしいですね」
「遅かったかな?すでに襲われて海賊は逃げたあとか……それとも」
キャプテンはあごに手を当てた。
「とにかく、通信してみろ。ゆっくりと接近しながら。戦闘の用意もおこたりなく」
「了解」

なにしろミシェもタニアもいない。船の操舵と通信、索敵に大忙しのソラナを除いて、サビーも、キャプテンまでも、普段はやらないミサイルの弾装チェックや発射時の対反動を想定した噴射ノズル制御などをしなくてはならなかった。
それでも軽やかにチェックをこなすサビーを尻目に、キャプテンは噴射ノズルの確認をなんとか行い、ミサイル発射口のチェックをかねてレバーやトリガーをおそるおそる触ったりしていた。

「なにせ私ゃ、自慢じゃないがこの七年間、ミサイルなんぞ撃ったことないんだよ」
「それ、ひどいですよキャプテン。ミスの公式訓練が二年に一度あるじゃないですか」
サビーが呆れたように言う。
「あたしゃいつも顔パスだったのさ。おかげで今でもこうして最上位チームのキャプテンでいられるわけ」
「また。冗談ばっか」
てきぱきと準備をしていると、暗い気分もしだいに薄れてゆく。
ソラナもサビーもキャプテンのジョークに笑顔を見せる。
もしかしてミシェたちは無事で、そのうちトリガリング号を追ってきた二機のJカーがひょっこりと現れるのではないか、という思いが二人を支えているようだった。

「そうよね。あのしぶとーい二人が、そう簡単にね……」
「そうそう」
笑い合うサビーとソラナを見て、キャプテンも表情をやわらげた。いつだってこのチームはこうしてリラックスして楽しそうに、危険で困難な仕事をこなしてきたのだ。
そして今回も。


モニターに目標の船が拡大投影された。
「商船との距離五百メートル。依然応答なし」
「さて、どうしたものか」
キャプテンは首をひねった。

依頼された仕事は商船の保護と、乗組員の救助、そして脱出の補助。
どうあっても生存者がいるのかどうか確認しなくてはならなかった。
たとえ……

「罠でも、か……」
「えっ?」
キャプテンのつぶやきにソラナが振り返った。
「いや……そういう可能性もある、ということさ。とりあえず〈V−TA〉を射出、船体に接触させて生命反応を調べよう」
「了解。……商船までの距離、五百フィート。ヴィータ射出します……」

トリガリング号の船側のハッチが開き、卵形の機体が発射される。
V−TA(ヴィータ) は優秀な自動操縦の探知メカである。
大きさは二メートルあまり。高性能の赤外線カメラと熱源探知、有機物探知、ガス探知などをこなし、ときにはステラーコロナグラフの宇宙望遠鏡として天体観測まで行える優れものだ。

「ヴィータ、商船外板に接触。カメラアイ、オン」
ブリッジのモニターにヴィータからの映像が映し出される。
商船はごく一般の貨物用中型船であった。
外壁には特に損傷はなく、古びたマーキングは中小の家電メーカーのものだ。

「攻撃された様子はないな……」
「内部の探知を開始しますか?」
「ああ、やってくれ」

画面上にカメラ映像とは別に、熱源モニターの画像が現れた。
ゆっくりと外板を移動してゆくヴィータ。それにつれてモニター画面も変化する。
熱源モニターは青いままだ。
ときおり温度を示す黄色い箇所もあるが、それはおそらく船内の空調が生きていることを意味している。
「生命反応はなしか……」

「あっ……、キャプテン」
「どうした」
「一点、熱源探知にかかった部分が……」
「人か?」
「い、いえ。温度……六十度……いえ八十度……、なに?これ……どんどん上昇していきます。百……、…百二十度……これは……」

みるみるうちに熱源モニターが真っ赤に染まり始める。
「ガスか!ヴィータを回収しろ」
「二百四十度。熱源膨脹します!」
「トリガリング号急速反転。離脱だ!」
「は、はい」
いまやモニターに映った商船の外板までもが、燃えるようなオレンジ色に染まりはじめている。

「爆発するぞ」
トリガリング号が反転、離脱を始めた瞬間、その後方で商船が爆発した。

「くそっ。やはり……罠か!」
振動に揺れるブリッジ内に、レッドアラームが鳴り響いた。
「レッドゾーン内に船影!大型艦です。数……四隻」
「小惑星に隠れていたか。船籍は?」
「照合。宇宙海賊、EX−Tの戦闘艦です!」
「くそ……やってくれる。商船をおとりにしたな」
キャプテンは唇をかんだ。

「ブラックホールを背後にしてちゃ、分が悪いか……」
「どうします?キャプテン。Jカーもないんじゃ接近戦は不利です」
サビーがミサイルのトリガーを上げながら聞く。
「敵がこちらを半包囲しつつあります。……来ます、ミサイル!」

レーダーに映る、四つの船影は、トリガリング号を取り囲むようにして接近している。
後ろにはブラックホール。フライトはできない。

「く……」
キャプテンの額に汗が流れ落ちた。

海賊船は、トリガリン・ミスをまんまと罠にはめたのだった。



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