シンフォニックレジェンズ
    ☆エンディングB☆



唇を噛みしめ、彼は言った。
「やはり僕はここにはいられません」
「こんな僕なんかに、ご好意を寄せてくれて……嬉しいです。僕も、クシュルカ様が大好きです。でも……ご一緒にはいられません」
「ライファン……ライファン」
ぽろぽろとこぼれ落ちる涙が王女の頬に伝うたび、ライファンの胸はずきんと痛んだ。

円柱の影から、レアリーは息をひそめて二人の様子をうかがっていた。
出るに出られずに、彼女は両手を握りしめ、どきどきしながら二人の会話を聞いていた。

「僕はゆきます。僕は自分がなにものなのか知りたい。旅をして、いろいろな場所へ行って、それを考えたい。僕の力ってなんなのか。僕は何をすればいいのか。ですから……お別れします。いつかまた……お会いできる日がくると……」
ライファンの目にも涙が浮かんだ。
王女はじっとライファンの目を見つめた。
「分かりました」
王女は静かに言った。
「そうですね。やはりあなたは私達とは違う……太陽の力を、デッラ・ルーナの力を持つ人なのですね。あなたをここに引き止めるのはいけないこと。太陽は空にあり、空をめぐるもの。ライファン……」
「はい」
「気をつけて。そして忘れないで。私がここにいます。疲れたら、苦しくなったら、いつでも帰ってきてください」
そう言って王女は涙をこらえ微笑んだ。
そして緑色の宝石のついた首飾りをはずし、ライファンに差し出した。
「これを……私のかわりに」
「ありがとうございます」
ライファンはそれを手首に巻き付けた。
「ゆきます」
王女はうなずいた。
ライファンは回廊を歩きだした。
光りさすその先の世界へ。
彼の姿が回廊の外、庭園の向こうへ見えなくなるまで、王女は自分の愛した騎士をずっと見送りつづけた。





空は晴れ渡っていた。
ライファンの乗るラダックは、市街をこえ、都市の城門を出ようとしていた。
昨日の激しい戦いで、町の一部が焼け、城壁も所々が崩れ落ちていた。
しかしそれでも町は活気に満ち、通りでは朝から物売りの声が響き、屋台からは食べ物の煙が上がっていた。広場の朝市もいつも通り開かれている。
城壁の修復に、騎士たちや市民たちが忙しく働いている様を見ながら、ライファンは人々と国というものの強さを知る思いだった。
宮廷内ではそろそろ騎士たちの朝稽古が始まっていることだろう。
ライファンは若い騎士たちが威勢よく声を挙げ、剣を振る姿を思い浮かべていた。

彼の乗るラダックは従順だった。一緒にバルサゴを旅し、魔者に立ち向かってきたこの小さなラダックは、今や彼の友人だった。ライファンの引く手綱に嬉しそうに声を上げ、力強く道を踏みしめてゆく。
背中にはスカイソード。太陽の力を持つ神の剣だ。
もはや彼の一部であり、陽光と生命の輝きに満ちたこの剣があるかぎり、ライファンにはなんの憂慮もなかった。
ラダックはアダラーマ国の最後の城門を抜けた。
雲の流れを追いかけて。東へ。
目の前には広々とした草原が開けている。
はるか遠くにうっすらと青い山々が広がり、風は心地よくそちらへ自分をいざなうようだ。
心がうきうきと浮き立った。
新しい旅。
はじめて得た自由にライファンは新鮮な興奮を覚えていた。
大きく息をすいこむと、緑の匂いと、かすかな花の香り。ついつい手綱を動かしラダックの足が早くなる。
彼の前には広がっているのは、広大なシンフォニアの大地だった。

しばらくして、ぼんやりと空を見上げていたライファンは、何かの気配に気づいて振り返った。
すでにアダラーマの城門は後方に遠く、地平線にかすんでいる。
今、そちらの方角から駆けてくる一頭の馬があった。
それはかなりの速さでこっちに向かって近づいていた。
ライファンは一瞬背中の剣に手をやりかけた。
しかしそのまま「あっ」と声をあげてその手を止めた。
馬の背に乗っているのは一人の騎士。鎧は見覚えのあるアダラーマ近衛騎士のものだ。
馬は一直線にライファンのラダックに向かってくる。
その馬上の騎士が手を振って、何かを叫んだようだった。
ライファンは唖然とした顔で、近づいてきた騎士を見ていた。
すでにそれが誰なのかは知れていた。
兜はかぶっておらず、長い黒髪を頭の両側で束ねたその顔は、
アダラーマ近衛騎士隊副隊長、レアリー・マスカールだった。

「レアリー!」
「やあ。ライファン」
女騎士は駆けてきた馬を、ライファンのラダックの横に並べると、片手を上げた。
「どうしたのさ。いったい……」
「どうって?」
驚いたようなライファンの様子にも、女騎士はそっけなく聞き返した。
「何故ここに?」
「ついて来たのよ。悪い?」
女騎士はつんとあごをあげ、横目でライファンを見た。
「ついて来たって……、……ついて来るの?」
「まあいいでしょ」
少し照れたように、レアリーは馬の手綱を一つ打った。
「だって……君は、騎士隊の副隊長だし……まずいんじゃ」
「べつに平気よ。それに私もいっぺん遠くへ旅をしてみたかったの」
女騎士は困った顔のライファンにはかまわず、すいすいと馬を歩ませた。
さすがに見事な騎乗ではあった。
「そのラダックがのろまで良かったわ。馬だったら追いつけないところだったもの。さ、いきましょ。ライファン……あ、本当はライファーンていうんだっけ」
レアリーの馬に前を行かれて、ライファンは慌てて手綱を早めた。
「ねえレアリー」
「なによ」
「その……君は……」
こうしてレアリーと二人で話をするのはいつ以来だったろう。
ライファンが思い出したのは、あの五月祭の夜だった。
今となってはたった数カ月前のことなのにひどく昔に感じる。
騒がしい祭りの夜。市街の広場の一夜。噴水の音。
そして目の前にあったレアリーの顔。
その唇……
ライファンは赤くなった。
「な、なに?黙っちゃって。気持ち悪いな」
レアリーの方も、同じことを思い出したのか、ぱっと頬を染める。
「いや……その。なんでもない」
ライファンは自分の気持ちがまだ分からなかった。
王女様の前であれだけどきどきとして、愛しく感じられた気持ちが、今も少し、この女騎士を見ていると沸き上がってくるようなのだ。
自分はいいかげんな奴なのだろうかと考えてみる。
分からない。ライファンはぶんぶんと首を振った。
「王女様のこと考えてたんでしょ?」
レアリーが意地悪そうな顔でこちらを見ていた。
「……」
「あんた。やっぱりライファンと呼ぶわ」
「どうして?」
「だって、ライファーンってなんかきりっとしてカッコ良さそうじゃない。それに比べライファンっていうと少しぼんやりしてドジっぽいもの。そっちの方が似合っているわ」
「ひどいな」
「そうかしら」
女騎士は言った。
「私はそっちも好きよ」
「そ、そう」
ライファンはまた赤くなった。
今度のは何か心地よいような、くすぐったいような、そんな不思議な気分だった。
「二人旅というのも悪くないかもね。どっちへ行く?ライファン」
照れ隠しのように微笑んで、女騎士が尋ねる。
ライファンも笑顔で言った。
青い空と、流れる雲を見上げて
「東へ」
二人の騎士の旅が始まった。
     


     つづく    
                    Ending BGM "Fly on a Rainbow Dream"
                                  byEDENBRIDGE


     あとがき         

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