10/10ページ 
 

 水晶剣伝説 X 暁の脱出行


]

「そういうことだったのか」
 休息のためにしつらえられた部屋に落ち着くと、レークはクリミナからこれまでの話を聞き、大きくうなずいた。
 なかなか瀟洒な部屋の壁には、東方風の刺しゅうの入ったタペストリーなどが飾られ、大きな出窓からはトロスの町が一望できる。テーブルには果物の入ったかごやワインの水差しが置かれていて、この都市の物質的な豊かさを物語っていた。
「じゃあ、あのぼうやはやっぱり、本当にアルディ大公家の血筋だったんだな」
 レークはワインを飲み干して息をつくと、向かいに座るクリミナに目をやった。
 彼女は、アルディ風の白いサテンのスカートに、明るいオレンジ色の胴着を着て、すっかり身ぎれいな姿であった。レークの方も監獄で汚れた服を着替え、今は東方風のゆったりとしたチュニックに身を包んでいる。こうしてお互いがいつもとは違う服装をしていると、部屋にもなんとなく異国的な空気が漂うようだった。もちろん実際にも、ここはトロスという、トレミリアからは遥か東にある異国であったのだが。
「グレスゲートの町に入って港へゆくと、そこで待ち構えていた連中がね、私たちを見たとたん、セリアス様、セリアス様って次々に集まってきて……それは大騒ぎだったわ。おかげで、こっちから探すこともなく、ウィルラース様にも会えたというわけ」
「へえ。んで、あの綺麗な貴族さんがこのトロスへお隠れになるってんで、あんたも一緒に来たってわけだ。なら、あのぼうやもここにいるのか?」
「そうよ。この情勢を考えて、クレイ坊や……いえ、セリアス様を狙う連中もまた増えるだろうからって。しばらくはウィルラースさまともども、このトロスに留まるそうよ」
「なるほどねえ。大変なこったな。あの歳で革命の矢面に立たされるなんざ」
 感心するふうに言ったレークであったが、内心ではむしろ少年のことよりも、クリミナと無事に再会できたことの安堵と、喜びの方がよほど大きかった。むろん、それを素直に口に出すレークではなかったが。
 しかし、クリミナの方も、明らかにレークとの再会が嬉しいようではあった。さきほどの抱擁のときもそうだが、ふわふわとしたスカートに可愛らしい胴着を着ている彼女は、その頬をいくぶんバラ色に染めて、それがいつになくとても綺麗であった。
「じゃあ、あの坊やにもまた会えるのかな」
「そうね。でも、これから新しいアルディを背負って立つ大公なるかもしれないのよ。今も厳重な護衛や、たくさんのお付きのものがいて、それはもう、私たちには手の届かないくらいの扱いだわね」
「ははあ。でもよ、それを言ったらあんただって……」
 レークはやや唇を尖らせた。
「あんただって、あのトレミリアの宰相閣下の娘なんだから、オレからしたら、そりゃあ大変なお姫様なんだよなあ。よく考えると。今はこうして、オレと向き合って普通に話してはいるけどさ。本来なら元浪剣士のオレなんぞが、直接口を聞ける相手じゃあないわけなんだよな」
「どうしたの?いまさら」
 クリミナはふっと笑った。
「今までも、さんざん乱暴な口を聞いてきたあなたが、そんなことを言うなんて」
「まあな。オレもあんたのことを、ただの一人の女騎士だとばかり思っていたこともあったけど、こうしてさ、あのクレイ坊やとか、あのウィルラース卿なんかを見ていると、血筋っていうのかね、貴族にしかない雅びやかな雰囲気っつうのかな、そうしたものが嫌でも分かっちまうだろう。つまり、あんただって、それは同じなわけさ。オレとは違う。貴族の血が流れているんだなということが」
「それは、そうかもしれないけど」
 ふと首をかしげ、クリミナは言った。
「でも、あなたの相棒のアレンなんかは、ウィルラースさまにも負けないほどの美貌だし、それに貴公子のような言葉づかいやふるまいが身についているじゃない。ああ、そういえばアレンは本当に、元々はアスカの貴族の出なのだと聞いたことがあったわね」
「まあな」
 そのことについては、レークは曖昧にうなずいただけだった。
「しっかし、あのウィルラースさんも、相当な美男子だよなあ。というか、他のどんな美女と比べてだって見劣りしないぜ。だけどあんなお綺麗なツラをしていたら、結婚する相手の女も大変だろうよ」
「そうねえ。私も、こんなに近くでお目にかかるのは初めてだったから、最初はやっぱり驚いたわね。でも、やっぱりアレンのときも同じように思ったし。男でもこんなに美しい人間はいるのだということを知っていたから、あの方の取り巻きの女性たちのように、一目見てぽうっとなることはなかったわね。ウィルラースさまがしばらくトロスに滞在する気になったのは、もちろん命を狙われる危険を考えてのことだと思うけれど、もしかしたらアルディにいたら、それこそ、いつだって女性たちに取り囲まれて大変だったからかもしれないわね。このトロスに入ってからも、食事の席では常に女性たちが寄って来るし、都市を散歩したいとでも言おうものなら、大勢の女性が我こそお付きにと、こぞって立候補していたわね。立場上、トロスの貴族夫人にあまり冷たくもできないと、苦笑しながら私にこぼしていたわ」
「そりゃモテモテだなあ。うらやま……いやいや」
 レークはあわてて首を振った。
「でも、このトロスってのは、本当に裕福な都市のようだな。この部屋もそうだし、この城全体も、そう大きくはないが、なんてえか中身が詰まっているというのかな、どこもかしこも綺麗で、とびきりの絨毯が敷かれていて、宝石やら絵画やら、置物やらが贅沢に飾られていてさ。おまけにどこにいてもいい匂いがする」
「そうね。私もここに入ってまだ三日くらいだけれど、それは思うわ。食べ物も飲み物もふんだんにあるし、人々はみな綺麗に着飾っている。トロスの女性は本当に綺麗だわ。ちょっと東方系の感じで、黒い髪を綺麗に結い上げて宝石で飾ったり。でもね、それよりもずっと驚いたのは、この都市には貧民がいないことよ」
「へえ」
「町に出てみれば分かるけれど、通りはどこも綺麗に舗装されていて、木々や花が植えられ、行き交う人々は、男も女も、子どもも老人も、とても幸せそうで、みんなにこにことしているのだわ。今が、いくさの最中とは思えないくらい。いいえ、このトロスではきっと外の世界のいくさは関係ないのだわ。高い城壁に守られて、ジャリアも他の都市国家も、ここには決して手を出せない。だからこそ、みなが心穏やかに、そして楽しく暮らせるのね。ここは本当に楽園のような都市のようだわ」
 クリミナの言葉に耳を傾けながら、レークは城壁の門からボートでこの都市に入ったときの感覚を思い出していた。人工的な運河から見える、整えられた近代的な町並み。外界に起きている現実とは無縁の、平和そのものといった空気。
(いくさの気配などは微塵もない、強固な壁に囲まれた理想都市……)
(まるで、そうだ、ときが止まっているかのような)
 そこには、楽園のような心地よさと同時に、ぶるっと震えるような、奇妙な違和感もあったのだ。
(それは、なんだろう……)
 戦争もなければ、貧困もない。清潔で豊かな都市国家。それはきっと、すべての王国の目指す理想である。足りないものなどは、なにもないはずであった。
 レークには、己の感じた違和感がなんなのか、はっきりとした言葉にはできなかった。
「ところでレーク、さっき言っていた監獄での話を聞かせて」
「ああ、そうだな……いろいろあったぜ」
 にやりと笑ったレークは、その大いなる冒険の顛末……山賊とともに監獄に入れられ、独房から脱出するまでを、やや大げさにホラもまじえて話して聞かせた。
「そんな大変なことがあったのね」
 クリミナはたいそう驚きながら、ため息をついた。
「じゃああの山賊……ガレムも一緒に脱出して。でもあなたの方はまた捕まって、そこであのアドがやってきたというわけね」
「ああ。だけど最初は驚いたぜ。向こうは何故かオレのことを知っててさ、あとで顔を見たら、それがまたきりりとしたべっぴんで、またびっくりだ。はじめに牢に来たときは、女だっていうから、もしかしてあんたかと思ったよ」
「ふふ。たしかに、アドは綺麗だわ。きりっとして、どこか中性的で。それでいてちゃんと女性らしさもある。私が最初に会ったのは、グレスゲートでウィルラースさまに対面したとき。そのときもやっぱり、彼女は護衛役として周囲に目を配りながら、片時もウィルラースさまからは離れないという様子だったわね」
「しかし、あの銀色の髪はこのあたりじゃあ珍しいよなあ。一目見て、こりゃアルディの人間じゃあねえなと思ったけど」
「アドはセルムラードの人なんですって」
「へえ。セルムラードの。ああそういや、あの国の女王様も、そりゃあ綺麗な人だって話だな。実際に見たことはねえんだが」
「フィリア女王ね。私も肖像画でしか見たことはないのだけど、それは素晴らしくお綺麗な絵だったわ。銀色がかった薄い金色の髪を、ゆったりとかき上げている絵だったのだけど。セルムラードの方には確かに、ああいう銀色の髪の人がいるのかもしれないわね」
「ううむ。セルムラードねえ」
 たしかに、あの髪の色に、白すぎるほど白い肌というのは、沿海よりも内陸の国に似つかわしい。森に囲まれた王国、セルムラードならばそれも納得できる。
「それにしても、あのアドってのはさ、オレといるときなんかは、まるで男みたいな言葉でつっけんどんだったのに、ウィルラースさんに会ったとたん、いきなり人が変わったみたいになったな。ぽっと、こう……頬なんか染めちゃってさ。ありゃあ、やっぱり……」
「そうね。それは私にもすぐに分かったわ。ああ、この人は身も心も、ウィルラースさまに捧げている人なのだと。たぶん護衛役だからということではなくとも、きっと自分の命すらもかけて、あの人を守るんでしょう」
「あの貴公子の前で悪口でも言おうもんなら、即座に曲刀で首を刎ねられそうだ」
「まさか……でも、あるかも」
 顔を見合わせると、二人はくすりと笑い合った。
 それからややあってノックの音がした。扉が開けられると、そこに立っていたのは、銀色の髪を束ねたすらりとした女性……アドであった。
 たった今、噂をしていた当の本人の登場に、レークとクリミナは思わず目を見交わした。
「ウィルラースさまが、お二人とお話をしたいとのことです」
 彼女の方もすっかりと着替え、今はぴったりとした青いローブに姿で、そこに黒いベルトを巻いたとてもシンプルな出で立ちであったが、それだけに美しい銀色の髪を引き立たせて、またなんとも中性的な様子であった。
「よろしいでしょうか?」
「分かりました。すぐにまいります」
 クリミナが答えると、
「では、ご案内いたします」
 銀色の髪を揺らせてすっと背中を向ける。その様子はあくまで冷やかで、主であるウィルラースと会話をするとき以外は、一片の感情も混じらないというふうであった。
 アドに案内されて、二人は階段を上がり、城の廊下を歩いていった。絨毯の敷きつめられた廊下はふかふかと踏み心地がよく、壁には銀の燭台が等間隔にあって、灯が回廊をずっと照らしている。
 おそらく一番上の階は王のための居室なのだろう。そのひとつ下の階がウィルラース卿のためのフロアであるらしかった。この城の侍女たちだろう、美しき着飾った女たちが廊下を行き来する。それに軽くうなずきかけつつ、軽やかな足取りで歩いてゆくアドの背中を見ながら、レークとクリミナも黙って付いてゆく。
 奥まった扉の前に立つと、アドはいったんこちらを振り返り、他に付いて来るものがないかを確認したようだった。それからコツコツと扉をノックする。
「どうぞ」
 落ち着いた声のいらえがあった。
 アドが扉を開いて、二人に部屋に入れと勧める。レークとクリミナが部屋に入ると、彼女はそのまま扉をしめた。おそらく、扉の外で見張りをするのだろう。
 臙脂色を基調とした高価な絨毯が敷きつめられたその部屋は、天井が高く、大きな明かり取り窓からはちょうど夕日が差し込んで、向かいの壁にかけられた大きな絵画……このトロスの都市の全景が描かれた細密な絵画を、ドラマティックに照らし出していた。そこは、客室というには相当に広く、そしてまた豪奢な部屋であった。
「どうぞ。こちらに」
 広々とした部屋の奥に、品のよい彫刻が刻まれたテーブルと長椅子があり、そこに美貌の貴公子がゆったりと座っていた。
「お呼びだてして申し訳ない。とくにレークどのは、トロスに着いたばかりでお疲れのところだったろうか」
「いや、別に大丈夫さ。監獄で汚れたくっせえ服を着替えられたからな」
「それはよかった」
 ウィルラースはふっと笑った。どこか哀愁を漂わせたような、そんな表情もまたこの美貌の貴公子にはよく似合う。彼自身も今はゆったりとした部屋着のローブに着替えて、リラックスしている様子だった。しかし、金糸で縁取られた飾り襟の美しさや、胸元に光る銀とエメラルドのペンダントなどは、いかにも雅びやかな高貴さを漂わせている。
「どうぞお座りください」
 二人を向かいの椅子に座らせると、ウィルラースはテーブルのワイン差しを指さした。
「なにか飲みますか?ワインがおいやなら、アドにハーブティーか、クオビーンでも持って来させましょう」
「クオビーン。トロスにもクオビーンがあるんだな」
「それはもう」
 ウィルラースは微笑んでうなずいた。
「アルディにもありますが、ここのクオビーンはとてもいい味ですよ。なにしろトロスは、東の大国アスカと直接貿易をする唯一の都市国家ですからね」
「アスカからきたクオビーンか。なるほどね。トロスでは手に入らないものはないってわけだ」
「さよう。肉も魚も果物も、砂糖も塩も蜂蜜も、香辛料もワインも、ここではすべてが手に入ります。隠れ住むには最高の都市といってよいでしょう」
「んで、あんたもアルディからここに逃げてきたってわけか」
「レーク。失礼なことを」
 クリミナが咎めるのに、ウィルラースは笑って言った。
「いや、その通り。トロスの壁の中なら安全だとね。戦いで死ぬぶんにはかまわないが、戦いの前に殺されるのは、あまり好きではない」
「そりゃそうだ」
 レークはワイン差しを取ると、自らの杯に注いで口をつけた。
「おお、こりゃいいワインだ」
「分かるかね」
「ああ。トレミリア宮廷で飲んだのも美味かったが。こっちのは、なんてえか、ちょっとなつかしいような味がする」
「これもアスカのものらしいよ。ふむ、ちょっと苦みが効いていて、アルディのものよりも大人の味がするかな」
 額にかかるブラウンの髪を軽くかき上げ、ウィルラースはワインの入った杯を傾けた。そんな仕種ひとつも、どこか貴族めいている。
「で、一緒に酒を飲むためにオレたちを呼んだのかい?」
「おお。まさか。もしそうなら、アドも一緒に部屋に入れるよ。もっとも、彼女はどうあっても酒は飲まないだろうけど。僕の護衛役という仕事に関して、素晴らしく真面目な人だからね」
「みたいだな」
「それじゃあ、本題に入ろう」
 ウィルラースは立ち上がって、壁際にある鍵のついた物入れをカチリと開けた。
 そこから取り出したのは、
「それは……オレたちが持ってきた例の密書だな」
「そう」
 丸められた羊皮紙を広げると、それをこちらに見せるでもなくウィルラースはうなずいた。
「まだ、君たちにも、ここに書かれていることを全て教えるわけにはいかないんだが」
 その顔つきは、さきほどまでの優雅な表情から、やや鋭いものに変わっていた。
(なるほど。ただ綺麗なだけの貴族さまってワケでもなさそうだ)
 レークは相手の顔をじっと見た。分裂しかけるアルディで革命を志そうというのだから、それはやはり只者であるはずはない。
「トレヴィザン提督は……いや、ウェルドスラーブは、私の想像以上の決意を持って、この文書をよこしたようだ」
 そう話すウィルラースの声までもが、さっきとはまるで別人のように強い響きをもっていた。
「これで……これで私も、心おきなく行動を起こせる」
「それは、どういうことだい?」
「すべては言えないが」
 サファイアのようなその瞳が、ぎらりと光ったように思えた。
「ここに書かれているのは、ウェルドスラーブ国王の名において、我がアルディの革命が成り、現公王が倒された暁には、新政権を全面的に支持し、新たなる通商協定を結び、相互援助の礎としたい、と。そういうことだ」
 レークとクリミナの前で、革命の貴公子は、ゆっくりと握った拳を胸の前に上げた。
「これを待っていた。私はもともと、ジャリアなどという野蛮な国と同盟しようとする、今の公王のやり方に異を唱えていた。だからこそ、一時は幽閉の憂き目にもあったのだがね。だが、私の考えに賛同する同志は日を追うごとにその数を増やした。彼らはサンバーラーンから私を救い出し、我々はグレスゲートの町を拠点にして、ゆっくりと二年の月日をかけて準備をした。兵を揃え、海軍の一部を掌握し、サンバーラーンに密偵をもぐり込ませた。今の公王の側近の中にも、私の息のかかったものが何人かいる。そして、公家の血筋であるセリアス様がこちら側にやってきた。ああ、君たちが守ってくれたのだ。それに関してはさよう、いくら感謝しても足りない」
 ウィルラースはレークに握手を求めた。いくぶん高揚したように頬を火照らせる貴公子を、レークは不思議そうに見つめながら、その手を握った。
 ただ優雅なだけの美貌の貴族だと思っていた人間が、こうまで情熱的に語ろうとはと、レークも、そしてクリミナも、その驚きにいくぶん唖然としていた。そんな二人の様子にはかまわず、彼はその美しい顔に強い決意の表情を浮かべ、己の言葉を続けるのだった。
「そして今日、この密書を手にしたことで、私の求めるものは、ほぼすべて揃った。あとはそう……ただ機を待つだけだ。そして、それもほど遠くない間に、そのときは来るだろう。やがてアルディは変わる。そして、世界も変わる。愚かしい侵略や、古めかしくくだらぬ貴族主義は消え失せるだろう。時代はとどまらぬ。変革の剣は、老人の手から我らの手へ渡るのだ。そうして、新たな秩序が生み出される。それを私はこの五年……いや、十年も待った。まだ少年だった頃に最初に感じた違和感から、革命への憧れを抱き、それをこうして実行するまでに。私は数えきれぬ屈辱や誹謗に耐え、ときに従順な凡人のふりをしながらも待ち続けた。そして私は、」
 その声はしだいに力強さを増し、
「私はついに手に入れた。それを成す力を。人望を。武器となるすべての要素を。この手につかんだのだ」
 翼を持つ鳥の、高々と舞い上がるような希望を含んだ朗らかさで、
 彼の声は部屋中に響きわたっていた。 

 ウィルラースとの会見を終えると、レークとクリミナは城の晩餐の席へ招待された。
 広々とした中庭には、たくさんのテーブルと長椅子が並べられ、着飾った城の貴族たちが楽しげに談笑している。湯気の立つ料理の皿が次々と運び込まれ、ワインを次に回る小姓たちが忙しく働き回る。巨大なブタのローストや鹿の焼肉、派手に飾りつけられたキジや、大きな魚の料理、テーブルを覆い尽くすほどのパイやチーズの山、そして大量のワイン。それらがひっきりなしに運ばれてきては、次々に並べられてゆく。
「ひええ。すげえもんだ。贅を尽くしたってのはこういうことだな」
 目の前に置かれてゆく料理の皿に、レークは目を丸くして言った。
「トレミリアの晩餐も相当なもんだったが。なんつうか、ありゃあとても上品な感じだったけど、ここのはまさに贅沢を極めたって感じだな」
「そうね。見ているだけで、もうお腹がいっぱいになりそう。昨日も、一昨日もこんなふうだったのよ。まさか毎日これが続くのかしらね」
 隣に座るクリミナも、半ばあきれたようにつぶやいた。だが、城の人々はこれがしごく当たり前の食事といった様子で、切り分けられたパイを次々に頬張り、焼肉を食べ、魚も鳥も旺盛に食べ、かつワインで口をゆすぐようにして、また食べるのだった。 
 貴族たち、貴婦人たちは、誰もが派手やかに着飾り、宝石や金銀細工をふんだんに身につけ、きらびやかに装っていた。人々はよく笑い、よく食べ、酒を飲み、また楽しそうに談笑する。にぎやかで豪勢な晩餐……これがトロスの貴族たちかと、二人は感心しながら周りを見回しつつ、その料理を味わった。
 台座にある上級席の真ん中には、このトロスの統治者であるフサンド公王が、そのでっぷりとした体を座席に押し込むようにして座っていた。てかてかと光る頬に機嫌のよさそうな笑みを浮かべて、公王は横に座るウィルラース卿と談笑していた。ウィルラース卿は、赤を基調に金糸の縫い込まれたローブを着て、長めの髪を宝石の入った銀のリングでまとめて後ろに流し、さきほどよりも居ずまいを正して公王にうなずきかけていた。これだけの貴族が集まっていても、その美貌は他の誰よりも輝いて、また目立っていた。この場にいる多くの夫人たちの視線を独占していたとしても、なにも不思議はなかった。
 そのウィルラース卿の隣で、二人の侍女から給仕されながら食事をしているのは、あのクレイ少年であった。あの内気で無口な少年が、今はセリアス殿下としてかしずかれている姿は、短いながらも旅を共にしてきたレークからすると、なんとなく違和感を感じるものだった。膝まである長靴下に、毛皮の襟のついた短ローブを着せられた様子は、まるでどこかの王子様のようだった。いや、実際に正統な公家の血筋を引く公子なのだろうし、ウィルラースのいう「革命」が成功した暁には、アルディの公王として奉られる存在なのである。
「しかし、あのぼうやがねえ……」
 どことなくおどおどとした様子で、人々を見回している少年に目をやり、レークはつぶやいた。
「ウィルラースさんにすりゃあ、どうあっても旗印として、あのぼうやの血筋ってのが必要なんだろうが……どうもかわいそうなこった」
「そうね」
 さきほど公王らに挨拶をしたとき、レークとクリミナに気づいたクレイ少年は、その顔にぱっと笑顔を浮かべた。「元気だったか?」とレークが訊くと、少年はやや恥ずかしそうにうなずいた。それはいかにも子どもらしい顔つきであったし、この少年の本来の素直な気質がレークは好きであった。
「本当なら、まだ遊びたい盛りだろうに。それが家族とも離されて、こんな見知らぬ都市に隠れなくてはならないんだからさ。高貴な血筋であるってことは、そう幸せなことではないんだな」
 そのレークの言葉には、クリミナは黙ってただ微笑しただけだった。彼女自身も、そうしたことについては、生まれながらに考え続けてきた立場であったのだ。
「トロスに住まう我が同胞たちよ」
 ワインの入った銀杯を手に、座席から立ち上がったフサンド公王が、中庭に集まった人々を見回した。
「我がトロスは、こちらにおられるウィルラース卿を全面的に支持するものである。彼の目指す理想国家のために、我等はいつなりとも支援を惜しまない。なんとなれば、我々の愛するものは美しきもの、そして完全なものであるからだ。このウィルラース卿こそ、トロスの友人にして賓客となるにふさわしき人物。今後とも我が都市は、常にあなたには城壁の門を開くだろう」
「これはなんとも嬉しきお言葉。痛み入ります」
 ウィルラースは公王の前にひざまずいた。胸に手をおき頭を垂れる、その様子もまるで一幅の絵画のように優美であった。
「美しきこのトロスの人々よ、そして、親愛をもって接してくださったフサンド閣下、私はこの恩義を終生忘れぬでしょう。やがて新しきアルディの時代が到来したならば、そのときは真っ先に馳せ参じ、このトロスとの永久なる友好の絆を謹んで願い出ることを、ここでお誓いいたします」
 人々から大きな拍手が上がる。
 立ち上がった美貌の貴公子は、公王と固く握手を交わした。そして共に杯を飲み干すと、人々も一斉にそれに習い杯を上げた。

「やれやれだ」
 派手やかで豪勢な晩餐が終わると、レークはほっとしたように部屋に戻ってきた。
 監獄からの脱出劇も含めて、今になって旅の疲れがどっと感じられた。清潔な寝台に寝ころがると、よほど体が楽になった。
「いろいろあったなあ。ほんと」
 あのスタンディノーブル城から脱出してから、まだ十日とたっていないはずであったが、もうあれがひと月も前のことのように思える。あれからトレヴィザンらのウェルドスラーブ軍や、ブロテやセルディ伯らの仲間がどうなったのか気がかりではあったが、とにかく今ただ眠りたかった。
 燭台の火を吹き消し、うつらうつらとしかけていたとき、
 カチャリとかすかな音とともに、部屋の扉が静かに開けられた。
「……」
 たとえいくら眠くとも、気配に敏感なのは浪剣士時代から変わらない。レークは薄目を開けると、静かに剣に手を伸ばした。
「もう寝ているの?レーク」
 声を聞いたとたん力が抜けた。
 おずおずと部屋に入ってきたのは、クリミナだった。
「どうした?」
 レークは寝台で身を起こした。
「あの、さ……」
「お、おお」
 少し戸惑うようなクリミナの声。レークはにわかに胸をどきつかせた。
「私も、ここで寝ていい?」
「な、なんだとう……」
 思いがけない申し出に、レークは絶句した。
「ええと……その、なんとなく落ち着かないから。一人で見知らぬ都市で眠るのは。昨日もなかなか寝られなかったのよ。あのう、だめ……かな?」
「いや……ダメ、じゃねえけどよ」
 レークはごくりとつばを飲み込んだ。
「よかった」
 ほっとしたように、クリミナが近づいてきた。
「そ、それじゃ、オレは床に寝っから」
「どうして?別にいいわ。一緒に寝台でも」
「な……」
 今度こそ、レークは言葉を失った。
 クリミナと一緒に寝る……つまり。
(これは……もしかして、もしかすると)
(いや、そんな馬鹿な。あの騎士長さんに限ってな)
(いや、でも……)
(一緒に寝台でってことは、それはOKってことだよな……やっぱり)
(どう考えても……)
 薄い胴着一枚のクリミナがすぐ横に腰掛けた。それをちらりと見ると、
(これは、いける……んだよな)
(疲れて眠いけど、こんなチャンスはなかなかねえ……としたら、ここで働かにゃ、男がすたるってもんだな)
 どきどきとしながら、レークは彼女の肩に手を伸ばそうとした。
「でも言っておくけど、レーク」
「あ、なに?」
「私に不埒なことをしようとしたら、その場で永久に絶交よ。いいわね」
 彼女はそう宣告すると、ひとつ可愛らしくあくびをして、そのまま寝台に横になった。
「な……絶交?」
「おやすみ」
「おい……」
 レークの見る前で、彼女はすぐに寝息を立て始めた。
「なんだよ……おい」
 まるで安心しきったようなその様子に、思わず唇を尖らせる。
「いいのか?おい、このオレがなにもしないとでも……」
 目を閉じたクリミナの顔をじっと見つめる。
「……」
 その無防備な胸元に手を伸ばそうとして、レークはそれを引っ込めた。
「あー、くそ。オレだって眠いんだ。ちくしょう」
 そう哀れにつぶやくと、レークはそのまま毛布をひっかぶった。
 だが目を閉じても、すぐそばにクリミナの体温を感じて、なかなか寝つけなかった。
 ロマンスの香りをかぎそこなった馬鹿者のような気分とともに、都市国家トロスの夜はゆっくりと更けていった。

 明け方、
 まだ暗いうちから、レークは目を覚ました。
 せわしないノックの音がしたと思うと、いきなり扉が開かれたのだ。
「んん……誰だよ。まだあんまり寝てねえってのに。もう朝なのか、おい……」
 ようやく眠りに入ってからまだいくらもしないうちに起こされ、レークは眉をしかめた。
「私です……おや」
 そこに立っていたのは、長い銀色の髪を後ろに垂らした美女……アドであった。彼女は、奇妙なものを見たというように首をかしげ、持っていた燭台の灯で部屋を照らした。
「おお、あなた方はそういうご関係だったのか」
「ああ?」
 まだぼんやりとした頭で見ると、すぐ隣ですやすやと寝息を立てているクリミナが目に入った。
「おっ。なんだ……」
 胸元をはだけさせた寝姿に顔を赤くする。
「い、いや……これは」
「これは失礼した。そうであったなら、このような無粋はしなかったのに」
「ち、違……」
 ぶんぶんと首を振り、レークは口をぱくぱくさせた。
 そのとき、クリミナが目を覚ました。
「ん、誰?」
「ちょうどよい。クリミナどのも起きられたようだ。お二人の睦言の邪魔をするつもりはなかったと詫びたい。どうか許して欲しい」
「えっ?なに……むつごと?」
 起きたばかりのクリミナは、まだ少しぼんやりとしているようだった。
「ただ、緊急のことなのでそれは許してもらいたい」
 それを聞いてレークは顔つきを変えた。
「緊急、だと?」
「ええ。ウィルラースさまがお呼びです。至急お越しくださるように」
「なにかあったのか?」
「そのようです。とにかくお早く」
「分かった」
 隣でまだ目をぱちぱちとさせているクリミナにうなずきかける。
「どうも髪をとかしている時間はなさそうだ。適当に服を来たらいこう」

 アドとともにウィルラースの居室に入ると、彼はとっくに起きていたのか、あるいはまったく眠っていないのか、昨日そのままの服装で二人を迎えた。
「来たか。夜が明けぬうちからせわしなく呼びだてしてすまない」
 昨日までとはまったく違い、鋭い目をしたウィルラースは、ぐっと口元を引き締め、その場でコツコツと床を踏みながら立っていた。
「なにかあったんだな?」
「そう。たった今、報告があった。これは私の私偵ともいうべきものからの報告だ。信頼できるものだろう」
 テーブルに広げた地図に目をやると、ウィルラースはその一点を指して言った。
「レイスラーブがジャリア軍に包囲された」
「なに……」
 はじめ、レークにはその言葉の意味がよく分からなかった。
「ウェルドスラーブの首都、レイスラーブが、北と西から進軍してきたジャリア軍、合わせて二万の兵……という報告だったが……に包囲されたようだ」
 もう一度ゆっくりとウィルラースが説明すると、レークとクリミナは顔を見合わせた。
「ジャリア軍に、包囲された……つまり、オールギアも、ディナブーリも落ちて、ジャリア軍はついに首都に到達したってことか」
「では、トレヴィザン提督や……セルディ伯たちは、」
 顔を青ざめさせてクリミナがつぶやく。
「誰々が無事かどうか、そこまでの確認はまだできていない。ただ……ジャリア軍の勢いは烈火のごとく、その攻撃の前には壁際での交戦状態で、はたして首都は何日もつかどうか、ということだ」
「なんて……こった」
「レーク」
「ああ、こうなったら一刻も早くオレたちも加勢に……」
「待ちたまえ」
 ウィルラースの声は、しかしあくまで冷静だった。
「君ら二人ごときが、今から行ってどうになるものではないだろう」
「しかし、レイスラーブにはオレたちの仲間がいる。ブロテや、セルディ伯や、それにアルーズだっているんだ」
「気持ちは分かるが。おそらく首都の周囲には、続々と本国から派兵されるジャリア軍が集結しているだろうし、海からのルートもアルディ……西のアルディといっておこうか、その海軍がヴォルス内海とダーネルス海峡を押さえているだろう。事実上、レイスラーブに入るのはもう不可能といってもよい」
「だったら……どうすれば」
 レークはぐっと歯を食いしばった。
「ジャリア軍は、いよいよ全面的に西側の国々を巻き込もうとしている。ウェルドスラーブをある程度無力化した後は、おそらくやつらの次のターゲットは間違いなくトレミリア、さらにはセルムラードもそうだ。私の予想ではね……」
 ウィルラースはその細い指先で、地図をなぞるように示して見せた。
「ロサリィト草原。そこが最大の戦いの舞台となるだろう。事実、ジャリア軍はそちらにも着々と兵力を集めつつあるらしい」
「……」
 息をのんだようにレークとクリミナが地図を見つめる。アドは少し離れたところから、ウィルラースを見守るように立っている。
「このままでは、いずれジャリア軍はトレミリアに襲いかかり、ウェルドスラーブと同様に、あの美しき王国に攻め入り、蹂躙するだろう」
「そんな……」
 クリミナが胸の前でぐっと手を握りしめる。
「私も、そんなことにはさせたくない。トレミリアは大好きだからね」
 ウィルラースは言った。
「ジャリア軍に対抗するためには、すべての国々の協力が必要になる。陸ではトレミリアとセルムラードが、海ではウェルドスラーブと、我々……新たなアルディが。そうして国々が手を携えて、敵に立ち向かうこと。それこそが重要なのだ。君たちのおかげて、我等とウェルドスラーブの共闘は公式に成ったといっていい。私はこれよりただちに海軍を集め、海からレイスラーブを援護しようと思う。想像していたよりもいくらか時期が早まったが、いずれはそうなるだろうとも踏んでいた」
「あんたは、思っていたよりも勇敢なんだな。ただ顔がいいだけの貴族さまじゃあなさそうだ」
 やや感心して言ったレークに、ウィルラースはにやりと笑った。
「ありがとうレークどの。君はたいそうな剣の使い手だと聞く。いつかその腕を目の前で見たいものだ。だがさしあたっては、他に頼みがある」
「というのは?」
「セルムラードへ行って欲しい」
 ウィルラースの目がじっとレークを見た。
「そしてフィリアン女王に……会うのだ」
「セルムラードの女王に?」
「そう。それが、ひいては世界を救うことになる」
 美貌の革命貴族……そのサファイアの瞳が、きらりと強くくるめいた。
「さっき急いで書き上げた、この書状を女王に渡して欲しい」
 ウィルラースは丸めた羊皮紙を入れた筒を差し出した。
「ウェルドスラーブのトレヴィザン提督、新たなアルディを目指すこの私、そこにセルムラードが加われば、同盟の力はぐっと高まる。トレミリアはウェルドスラーブと盟友だから当然として。これで四つの国が力を結集すれば、ジャリアに対抗できる」
「だが、セルムラードまでどうやって……」
「船を貸すさ。今は陸路は危険だからね。とくにロサリィト草原は必ず大規模な戦場となる。船でアングランドのマイエあたりから上陸するのがいいだろう。僕も……そのルートで一度、セルムラードの首都ドレーヴェに行ったことがある。あそこは、面白い国だね。ハイランドというのか、陸地が高いので西の国なのに気候が涼しい。まあだから、このアドのように、色白で銀色の髪の美人がいるのだろうけど」
「また船か……」
 レークはややうんざりしたように言った。
「アド」
「はい」
「君も一緒に行ってくれるか。君はあの国の出身だし、宰相のエルセイナどのとも面識があるだろう」
「……」
 銀色の髪を後ろに束ねた、ほっそりした中性的な美女……セルムラード出身という、どこか謎めいた雰囲気の護衛役。主であるウィルラースに絶対の従順を誓っている、その彼女は、しかし、
「嫌です」
 きっぱりとそう言った。
「おや、どうしてだい?」
「私は……エルセイナ様より、ウィルラース様の護衛役を申し渡されました。それから一年余り、ずっとおそばにいて、その役を懸命に務めてまいりました。それが私の任務です。ですから、セルムラードへはゆきたくありません」
「しかし、君もたまには国に帰ってみたくはならないのかい?」
「いいえ」
 彼女は断固として首を振った。
「僕の、命令でも……かい?」
「……」
 するとアドの目が、かすかな悲しげに翳ったようだった。
「私がもうご不要ということでしたら、そうなのでしたら……ご命令に従います」
「まさか。君は誰よりも優秀な護衛だよ。それに、」
 ウィルラースがふっと微笑んだ。
「君がそばにいてもちっとも煩わしくはない。本来は女性の侍女や護衛なんかは、もっとも僕が嫌うもののはずなんだけどね。君には、そういうものがない。いつもきりりとして、水か空気のように、ただ自然にそこにいてくれる。僕は、そういう君が好きだよ」
「ありがとうございます」
 彼女の白い頬にうっすらと赤みがさす。そうすると、普段は冷徹な曲刀使いである彼女が、じつに美しく見えるのだった。
「なら、仕方ないな。これを……」
 レークとクリミナに向き直ると、ウィルラースは首にかけていたペンダントを外し、差し出した。
「これを見せれば、女王も信用するだろう」
 それは、見事なエメラルドのはまった、美しい銀のペンダントだった。
「じゃあ、あんたは、セルムラードのフィリアン女王に会ったことがあるんだな」
「そう。女王は……気高く、そして誰よりも美しい。フィリアン・マリセア・セルムランド……森に囲まれたハイランドの女王」
 まるで詩でも詠むように、ウィルラースはその名をつぶやいた。そばに立つアドがそっと目を伏せる。
「できることなら、私が直接出向き、あの方にお会いして告げたい。その誓いのペンダントとともに」
 この美貌の革命貴族と、セルムラードの女王との間に、どんな誓いがあったのか。それはレークにもクリミナにも分からなかったが、なにかを思い詰めるようなウィルラースの顔を見ていると、それはひどくロマンティックなものにも思えてくるのだった。
「頼めるか。レークどの」
「分かったよ。じゃあ、ちょっくらセルムラードに行ってくればいいんだな」
 受け取ったペンダントを懐にしまい、レークはにやりと笑った。
「どのみちいくさは始まっているんだ。オレたちにできるのが、それだというのならそうするさ。本当はすぐにでもレイスラーブへ戻って行って、仲間と一緒に剣を振るいたいところなんだが」
「いずれはそうなるよ。きっと」
 予言するようにウィルラースは言った。
「でも君が戦う場所は、もっと大きなところになるだろう。僕の革命の成功も含めて、トレミリアやウェルドスラーブ、西側の国の命運は、ひとまずは君の行動にかかるところが大きい。よろしく頼むよ。それで、クリミナどのはどうします?」
「私ですか?」
「うん。あなたはもう少しこのトロスにとどまって、あるいは僕と行動をともにするか。そうする方が、もしかしたら、セルムラードへゆくよりは安全かもしれませんよ」
「いいえ。もちろん」
 クリミナは、ごく当たり前だというように首を振った。
「私もゆきます。セルムラードへ」
「やはり。そう言うとは思ったが」
 ウィルラースはふっと微笑むと、ぽんとレークの肩を叩いた。
「では、レークどの。彼女を守れるのはあなただけだということだ」
「あ、ああ……」
「では、くれぐれもよろしく頼むよ。そして、女王に……フィリアン女王にこう伝えてくれ。いずれ、平和がきたら、正式に訪問をさせていただきたい。そのときこそ、あの誓いを果たしますと」
 遠くを見るようなまなざしで言うと、革命の貴公子は、最期に静かに付け加えた。
「君たちの旅の無事を祈っている。それが大陸の平和のための旅であることを忘れないように。そして、あるいは私の運命をも決めてしまう。大切な、大切な使命なのだということをね。祈っているよ。ジュスティニアにも、アヴァリスにも、ソキアにも……そして、マージェリにも。私はいつも祈っているよ」




      水晶剣伝説 X 暁の脱出行 




あとがき

ランキングバナーです。クリックよろしくです!