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 水晶剣伝説 X 暁の脱出行


Y

 海岸ぞいにしばらく東へ漕ぎ進むと、上陸できそうな岩場が見えてきた。
「このあたりまで来りゃあ、もう大丈夫だろう。そろそろ陸に上がろう。さすがにこのボートでグレスゲートまで行くのは無理だからな」
「アルディの兵たちはもう追ってこないかしら」
「たぶんな」
 心配顔のクリミナにうなずきかける。
「まだこっちの身元がはっきりバレたワケでもない。なにせ今は戦時中だし、やつらもそれほどヒマじゃあないだろう。それにしても、この坊やもなかなか根性あるじゃねえか。船から飛び下りたときも悲鳴ひとつ上げなかったし、こりゃあなかなかいいタマかもな」
 少年はボートの上が楽しいのか、さっきから静かにじっと海をながめている。
「そうね。それに、どことなく気品があるわ。たぶん、お父様はアルディのご立派な貴族かなにかなのではないかしら」
「かもな。それもグレスゲートに着けば分かるってもんさ。よし、そこの岩場に付けるぞ」
 レークは慎重にボートを岸に寄せると、先に岩場に降りて、クリミナと少年を助け下ろした。
「このボートはもう用済みだな。このまま海に流してしまえ。そうすりゃ、ここから上陸したことも知られずに済む」
「さすが、こういうことには慣れているのね。トレミリアから出発したときよりも、今はなんだか生き生きしているみたい」
「まあな」
 レークはにやりとして言った。
「なんかこう、冒険って感じでさ。わくわくするんだよ」
「でも、これはトレヴィザン提督から任せられた大切な使命なのだから、それは忘れないようにね」
「もちろん。密書はちゃんと肌身離さず持っているさ」
 ぽんと胸を叩いたレークは、岩場を歩こうとしている少年に手を貸した。
「おっ、坊ちゃん。危ないですぜ。なにせ大切な御身だ。この坊やを届けたら、たんまりと報酬がいただけるかもしれないな」
「もう……」
 気楽そうに言うレークのあとを、クリミナはため息まじりについてゆく。
「このあたりはまだサンバーラーンに近い。もう少し海沿いを歩いてから街道に出て、それから東を目指そう」
 岩場を上がると、三人は海岸沿いの丘を歩きだした。

 少年は思いの外元気そうで、船にいるときよりもむしろ生き生きとしているようだった。ときおりはしゃぐようにして、並んで歩くレークとクリミナを追い越して、一人先へ行っては振り返ったりする。もしそんな様子を見るものがいたら、彼ら三人をまるで実際の親子のように思ったかもしれない。
「ほら、あそこに見えるのがデュプロス島だ。あそこには古代の城砦があるんだぜ。はるか昔は、東のアスカが砦として使っていたんだ」
 彼方の海を指さしてレークが説明する。
「へえ、レークはこのあたりにも詳しいの?」
「まあ、そうだな。昔、アレンと旅していた頃には、このアルディにも何度か来たことがある。サンバーラーンにも立ち寄ったし、グレスゲートからデュプロス島にも行ったことがあるぜ。まあ、ざっとリクライア大陸を一周くらいはしたかな」
「すごいのね」
 クリミナは素直に感心した。
「私なんか、トレミリアの外には、行ったことある国はウェルドスラーブだけよ。アルディに来たのはほとんど初めて」
「へえ。まあ栄えあるトレミリア、フェスーンの宮廷騎士長ともあれば、そうそう旅なんかはできないだろうからな。任務とはいえ、たまにはこういう旅もいいもんだろう」
「そうね」
 クリミナは素直にうなずいた。
 レークにとっても、いつになく女性らしい服装の彼女を横にして海沿いの道を歩くのは、なかなか楽しいことであった。
 軽い休憩をとったあと、またしばらく歩いてから、そろそろいいだろうと、三人は街道に出ることにした。サンバーラーンからグレスゲートまでは、距離にして馬車で二日ほどであるから、徒歩ならば三、四日というところだろうか。
「とりあえず、街道に出たら、通りがかった適当な馬車に頼んで乗せてもらおうぜ。オレだけなら別に歩いてもいいんだが、子どももいるしな」

 しかし街道とはいっても、内陸のトレミリアとはやや事情が異なり、海洋交通の便がよいアルディおいては、陸路の整備はさほどされてはいない。首都であるサンバーラーンをはじめ、東側の主要都市グレスゲートも港町であるから、通常は船で行き交う方がはるかに早いのである。また、現在のアルディ国内の内情は、東と西側での勢力の分裂もあって、街道で物資を運んで行き来する商隊は、以前よりさらに減ってきていた。
 なので、街道に出てみたはいいが、東へ向かう馬車の姿はなかなか見られず、彼らは仕方なく馬車が通るまで歩くことにした。このあたりはまだサンバーラーンからほど近いということもあり、都市の周辺に住まう人々が多く、彼らの耕す畑が広がっている。子どもを連れて街道をゆく三人の姿を、畑仕事をしている農夫が手をとめて珍しそうに見やる。
 街道の向こうから、サンバーラーンヘの方向へゆく馬車がごとごとと車輪の音を立てながら近づいてきた。
「お前さんら、どこまでゆくんかね?」
 荷車を引く馬車の御者が、すれ違いざまに声をかけてきた。
「ああ、ええと……ちょっと東へ」
 グレスゲートまでと言うと怪しまれるかと、レークは言葉を濁した。
「ほうかね。よう気をつけなよ、奥さんと子ども連れで。この先の森では街道ぞいであっても、最近は山賊などが出っからね」
「ああ、あんがとさん」
 山賊などよりもアルディ兵の追手の方が気になるのだが、レークはただの旅行者だというようににこやかにうなずいた。
「この先にオレっちの親戚が住んでいるもんでね。大っきくなったガキの顔を見せてえってんでゆくんだが。なかなか向こうの方へゆく馬車が通らないもんで、こうして歩いてるのさ」
「ほうかあ。まあな、最近は東アルディへゆく馬車はめっきり減ったでのう。ほんら、例のジャリアと同盟するしねえって、きなくせえいくさの話があんだろ。それからはさ、東への船便も減っちまったし、今まで向こうに売りに出していた穀物も、ここのところはサンバーラーンでしか買ってもらえなくなったんで、なかなか困ったことだよ」
「そうなんか。オレっちはミレイに住んでいたんだが、久しぶりにアルディに来てみて、なにやら兵隊が増えているし、船がグレスゲートまで行かねえしで、どうも面くらっちまったよ」
「ああ。そうだなあ。わしも東には知り合いが多いんだが、なかなかもう顔を見に出かけられねえよ。東側には例のウィルラース卿の兵士がわんさかいるっていうだから。サンバーラーンの人間じゃあ、怪しまれちまって捕まるかもしれんでの」
「そうなのかあ」
 ウィルラースという名前を聞き、レークは密かに目を光らせた。まさに自分たちがトレヴィザン提督からの……というかウェルドスラーブからの密書を、その相手に渡そうとしている人間だとは思うまい。
「そのウィルラース卿というのは、今もグレスゲートにいるのかね?」
「さあ。とんと知らねえな。何年か前に、卿がサンバーラーンにおいでのときは、まだ国王とも仲が良かったようだがね。いつの頃か、王政への不満分子が東に集まって、ウィルラース卿をかつぎ出して、とうとうこうなっちまった。そのうちに内戦でも始まらなけりゃいいがって、わしらはいつも酒を飲みながら話しているんだがねえ。これからどうなることか」
 農夫は、御者席からクリミナと少年を見た。
「こりゃまた、ずいぶんべっぴんの奥さんだねえ。ほんとに気をつけなよ。山賊に狙われたら女、子どもは大変な目に合うからの」
「ああ。あんがとよ。そのうち運良く向こうへゆく馬車が通り掛かったら、便乗させてもらうことにするよ。山賊なんて、ほんと恐ろしいからなあ」
 白々しくレークは言った。内心では、山賊だろうとアルディ兵だろうと、戦って切り抜けられる自信はいくらでもあったのだが。
「そいじゃあ、気をつけてな」
 農夫の馬車が後方へ走り去ってゆくと、レークはクリミナに囁いた。
「どうやら、東側に入っちまえば、アルディ兵は手を出せないらしいな。あっちではそのウィルラース卿の兵士が牛耳っているらしいぞ」
「そうね」
 クリミナはうなずいた。さっきの農夫から言われた「べっぴんの奥さん」という言葉が嬉しかったのか、機嫌が良さそうに微笑んでいる。
「さて、んじゃともかく、もうちっと歩いてみっか。クレイ坊やの方は、まだ休まなくて平気かい?」
 少年はうなずくと、二人の前に出てとことこと歩きだした。なかなか元気なようだ。
 往来の少ない街道を、三人はときおり休憩をとりながら、東に向かって歩いていった。

 クレイ少年は、まるで故郷に帰って来たのが嬉しいというように、足どりも軽く歩いてゆく。あるいは、この街道を馬車で通ったことが幾度もあるのだろう。少年には見知った道をゆくような楽しげな様子があった。
 ウェルドスラーブとともに、リクライア大陸の南側に位置するアルディは、夏は強い日差しが照りつけ空気は乾燥し、暑い日が続くのだが、初秋の今頃は、南からの海風がほどよく吹いて、旅をするには悪くない季節である。街道をゆく三人は、ときおり水筒の水を分け合って飲み、切り株のベンチに腰を下ろして休み、また徒歩の旅を続けた。
 彼らはそれぞれに出身も違えば育ってきた環境も違う、本来は出会わなかったかもしれない道連れであったが、今はまるで家族のように助け合い、同じ方向へ向かって進んでゆく。それはなかなか不思議なことであると、クリミナなどはふと思ったりするのだった。
 やがて、街道の両側は木々の繁る林に覆われて薄暗くなってきた。このあたりまで来ると、周囲には畑や人家らしきものはほとんどなくなり、街道ぞいにも人影はまったく見えなくなった。
「なんとか夜になる前に、この林の道を越えちまいたいもんだな」
 食事がてらの軽い休憩をとると、レークは出発しようと立ち上がった。
「おい、ぼっちゃん。行くぞ、ほら」
 だが、クレイ少年はなかなか草の上から立ち上がろうとはしない。レークが手を差し出しても、嫌嫌というように首を振る。
「ねえ、クレイ様は歩き疲れているのよ。無理もないわ。大人の私たちだって、ずっと歩き通しでは足が痛くなるんだから」
「ちぇっ、なに貴族みたいなことを言ってんだよ……あ、」
 レークは思い出したように、クリミナと少年を見比べた。
「そうか。あんたらはどっちも貴族なんだったっけ」
 背負っていた革袋を手に持つと、
「しょうがねえなあ。そら、」
 少年に背中を向けてしゃがむ。
「しばらくはおぶってやるから」
「……」
 少年はやや戸惑いながら、おそるおそるというようにレークの背中に体を預けた。
「よし。いくぞ……それっ」
「あっ」
 背負って立ち上がると、少年が声を上げた。
「おっ、けっこう重いぜ。さすが男だな」
「大丈夫?レーク」
「なあに。いざとなったら、あんただっておぶってやれるぜ。おっととと……」
 よろめくレークを、クリミナが後ろから支える。
「もう。クレイ様を怪我させないようにね」
「ああ、分かってるよ。なにせ……オレたちの大切な子どもだからな」
 日が傾き始めた街道を、彼らは再び東へ向かって歩きだした。

 辺りは高い木々に包まれ、西日が翳りゆくにつれてさらに暗くなってゆくようだった。もちろん道の先にはまったく人影はなく、通り掛かる馬車もない。
「もうそろそろ、東アルディに入っていてもおかしくはないんだが」
「ここはどのあたりなのかしら」
「さあてな。ともかく、もうすぐ日も落ちるしな。こんなところで野宿ってのは避けたいところだせ。アレンと旅していた頃は、どこでもかまわず草の上に寝たもんだがよ。お前らがいるんじゃそうもいかねえし」
「あら、私だって、野宿くらいは平気だわ。こんな格好しているからって、か弱い女扱いはしなくてけっこうよ」
 そう強がって言うクリミナであったが、実際には土の上で野宿などはしたことはないだろう。それはこの貴族の少年にしても同じはずであった。
 レークは少年を背中から降ろすと、街道の周りを見回した。
「まあ、小屋とまでは言わねえがな、せめて夜風がしのげそうなところはないか探してくるよ。そうだな……そこのでっけえ木のあたりで待っていてくれ」
「わかったわ。気をつけて」
 街道わきの大木を目印と決めると、レークはクリミナと少年をそこに残して、勘を頼りに森の中へと分け入った。
 だが、あたりはうっそうと広葉樹が生い茂るばかりで、人の住むような小屋はなどはどこにも見当たらない。日の出ているうちはまだよいが、夜にでもなれば得たいのしれない野生動物でも出てきそうな雰囲気だ。
「さすがに魑魅魍魎は出てきそうもないが、オオカミかヤマネコくらいなら普通にいそうだな。もしあの坊やがはぐれでもしたら、かっこうの餌食だろう」
 しばらく木々の間を歩き回ったが、やはりなにも見つからず、迷わないうちに引き返すことにした。
 街道わきの大木で待っていたクリミナと少年が、レークを見て立ち上がる。
「どうだった?」
「ダメだな。この辺にはなにもありゃしねえ」
「そう」
「もうちょっと歩こう。それでダメなら仕方ねえ。街道ぞいで野宿だな」
 再び街道を歩きだした三人の背後では、燃え盛るアヴァリスがゆっくりと沈んでゆく。
 木々の間に見えていた空は、にわかに赤い紫へとその色を変え、残照が雲の輪郭をきらきらと光らせる。空の色がもっとも美しく変化するひとときだ。だが彼らにとっては、それは夜の訪れを迎えるまでの猶予の時間でしかない。
「暗くなってきやがったな。仕方ねえ、今夜はその辺で野宿するか」
 さすがに一日歩き続けて足腰の疲労も限界に近かった。
 三人はややぐったりとなって、草の上に腰を下ろした。日が沈んでしまうと、辺りはどんどん暗さを増してゆくようだ。昼の間は生き生きとしていた少年も、今はクリミナの横で少し不安そうにしている。
「それじゃあ、たき火の枝でも拾ってくるか」
「ちょっと待って、レーク……」
 クリミナが奇妙な声で言い、
「あれは、なにかしら」
 夕闇の暗がりに包まれてゆく街道の先を指さした。
 そちらに目をやると、なにか黒い影のようなものが近づいてくるのが見えた。
「なにかが、こっちに来るな」
 レークはじっと目を凝らした。
 やがて、黒い点のようだったものは大きくなり、はっきりとした形をとりだした。
「あれは……馬だ。馬に乗った誰かが、こっちに来る」
「誰かって……」
 レークとクリミナはさっと顔を緊張させた。あれが馬車であれば、旅のものか荷物を運ぶ商人かであろうが、馬にまたがって街道をゆくのは騎士か兵士、あるいは……
「クレイ坊やを連れて、向こうの木の後ろにでも隠れていろ」
「レークは?」
「ちょっと確かめてみる。もしかしたら、近くに住む人間がいるのかもしれないしな」
「わかったわ」
 クリミナは少年の手を引いて林に入り、木の陰に身を隠した。レークはベルトに短剣を差し直すと、革袋をかついで旅行者のように街道の上に立っていた。
 そうして待っていると、道の先から馬蹄の音が聞こえてきた。そうスピードは出していないようだが、馬影は今やはっきりとして、そこに乗っている者の姿も見えた。
「……」
 レークは馬上にいる人影に目を凝らしながら、なおもじっと待った。
(ありゃあ……騎士じゃないな)
 あれがもし、この辺りに住む木こりかなにかであったら、頼み込んで一晩泊めてもらえるかもしれないという考えもあったのだが、どうやらそうもいきそうにない。
(くそ。ここからでも、もう分かるぜ……)
 相手がどうやら、まともな人間ではないことが。
 だが、今さら身を隠してももう遅い。向こうもこちらを見つけたように、馬の速度をゆるめている。ここで逃げれば、かえってやっかいなことになるだけだろう。
 レークは心を決めた。
 馬が近づくにつれ、そこに乗っているのはかなり大柄な男であることが分かった。裾がぼろぼろになった汚らしいローブに身を包んで、ぼさぼさに伸びた髪をして、顔の下半分は黒々と髭におおわれている。そして、腰には大きな剣鞘……
(なんてえか、こいつはなかなかやっかいな相手かもしれねえ)
 馬上の男は鋭い目でレークを睨んだ。太い眉の下でぎろりとつり上がった目が恐ろしげだ。その右頬には剣でできたのか大きな傷跡がある。この男が山賊か浪剣士のどちらかであるということは、もう首をかけてもいいくらい明白であった。
(せめて一人だけなのが救いか……にしても、この短剣だけじゃあ、いくらオレでも戦うには苦労しそうだぜ。くそ)
 こうなったら、いっそ面倒事は避けて、相手がすれ違って行ってしまうのを待つのが一番だとレークは考えた。馬をよけるように街道の端に寄って、なるたけ目を合わせぬよう下を向く。
「……」
 ゆっくりと、相手の馬がレークの前を通過する。 
「どう」
 野太い声が上がった。ぴたりと馬が足を止めた。
 馬上から鋭い目がこちらを見下ろしていた。
「日も沈もうという街道を、徒歩でゆくのは自殺行為だろうぜ」
 男の口調には、蔑みとも脅迫ともとれる響きがあった。
「……」
 レークはどう返答するべきかと迷ったが、ここはあくまで旅行者を装うのが得策だろうと決めた。
「あっしは、ただの旅行者なんですが、あいにくこの通り、馬も馬車もなく、歩いて街道をゆく途中でありやす。なんでも、このあたりは山賊が出るという噂も聞いて、とても恐ろしいのですが」
「ふん。俺様がその山賊だ」
 馬上の男はあっさりと言うと、髭で覆われた口元に笑みを浮かべた。
「それから、おい。そっちの木の後ろに隠れているのも出て来い」
「おや、なんのことでしょう……あっしの他には誰も」
「ふざけるな。女と、それに子どもがいただろう。木の影に隠れるのを見ていたぞ」
(なんて目のいいやつだ)
 あんなに遠くから、しかも夕闇の暗さの中で、こちらの人数まで見て取っていたとは、おそるべき視力である。
「どうした。出て来ないなら、俺の手で引っ張りだすまでだぞ」
(くそ……どうするか)
 レークはそっと腰の短剣に手をやった。
(いっそ飛び込んで、仕留めちまうか……こいつ一人なら、なんとか)
 だが山賊を名乗る男は、その顔に不敵な笑いを浮かべ言った。
「ただの旅人にしては殺気がありすぎるな。やめておけ、そんな短剣でこのガレム様をやろうなんざ」
「……」
「どうやら……お前は、この国のものじゃあないな?この俺の名を聞いても、平静でいられるってことはよ」
 おもむろに、山賊は馬から降りた。そうして目の前に立つと、レークよりも背丈も横幅も一回りは大きい。筋肉の盛り上がった太い腕には無数の傷がついており、この男の物騒な戦歴を物語ってでもいるようだ。
 山賊はぎろりとレークを見下ろした。
「なるほど。どうにも、お前は……俺と同じような匂いがする」
「まさか。あっしは、山賊なんかじゃあありやせんよ」
「山賊も浪剣士も似たようなもんだ。そんな普通の格好をしていても、お前のその目つきや、間合いをとるような足運び、それに体全体から放つ気で、すぐ分かるんだよ」
「……」
 短剣をぐっと握りしめたレークは、飛び掛かるかどうかと迷った。
「それに、俺は一人じゃあないんだぜ」
「なんだと?」
「遠くからお前たちの姿を見つけたときに、後ろに乗せていた仲間を馬から降ろして林の中にまぎれ込ませた。今頃はここまで追いついてきたはずだぞ」
 日に焼けた顔を歪ませ、山賊はにやりとした。
 すると、林の方から声が上がった。
「レーク!」
振り返ると、木々の間からクリミナとクレイ少年が出てきた。その背後には剣を突きつける別の山賊の姿があった。
「アニキ、この女、かなりの上玉ですぜ」
「ようしマグス、二人をこっちに連れて来い」
 手下らしきひょろりとした山賊は、二人に剣を向けて、追い立てるように歩かせてきた。少年の手をしっかりと握り、口元を引き結んだクリミナを、山賊ガレムがじろじろと見る。
「ほう。なるほど、かなりのべっぴんだ。おい、本当にこれはお前の女房なのか?」
「あ、ああ……そうだ。オレたちはただの旅行者だ」
「にしちゃあ、女の方にも怯えた様子もない。お前もさっきとは言葉使いが変わってるしな。どう見ても、ただの夫婦にゃあ見えねえ。それに、そのガキだ。こいつも、どうにも気に食わん」
 恐ろしげな山賊の姿に、少年は怯えるように、クリミナの背後に隠れた。
「おい、そのガキの帽子をとってみろ」
「へい」
「やめなさい。この子は私たちの……」
 手下の山賊は、かまわず少年の帽子をひったくった。
 そこに現れた少年の顔を、山賊はまじまじと覗き込んだ。
「ほう……これはきれいな顔をした坊ちゃんだ」
「なんてえか、こう、貴族的ってのかい?それにその髪の色。その金髪は、どうにもお前ら二人の子どもには見えないぜ」
「……」
「どうなんだ、おい。これでもまだ、お前らの子どもだと言い張るのか?」
 レークは唇を噛んだ。
 自分だけであったら、短剣一本あれば二人の山賊を相手にして戦える。それにクリミナとて、剣に長けた女騎士であるのだ。
(だが、もし坊やを楯にされたらどうしようもないな。くそ……仕方ねえ。ここは逆らわず、もう少し機会を待つか……)
「この女と子どもはきっと高く売れますぜ、アニキ」
「そうだろうよ。よし、アジトに連れてゆくぞ。逃げねえようふん縛っておけ」
 荷物や短剣を取り上げられたレークとクリミナは両手を後ろに縛られ、少年は担ぎ上げられて馬に乗せられた。三人は山賊たちの捕らわれ人となった。

 街道を外れて森に分け入りしばらく歩くと、辺りはもうすっかり夜闇に包まれた。
 うっそうと繁る木々の間を、山賊の灯す松明を頼りにゆくと、やがて一軒の古びた小屋が現れた。どうやら、ここが山賊たちのアジトのようだ。
「おう、馬に飼い葉と水をやっておけ。そしたらメシだ。今日はばばあが来ているから、肉と酒がいただけるぜ」
「うほっ。十日ぶりの酒ですぜ。じゃあ、ささっと馬を置いてきやす」
 手下の山賊が馬を引いて小屋の裏手に消えると、ガレムという山賊は、レークたちを突き飛ばすようにして小屋に入らせた。
「おう、ばばあ。来ているか。帰ったぜ」
 すると、薄暗い部屋の奥から、ぬっそりと白髪の老婆が現れた。
「おや、おかえり。ガレムぼうや」
「いつまでも坊やってってのはやめろ。俺ももう三十も過ぎたいい大人なんだからな」
「かっかっ。なにを言うとる。あたしはね、お前がこんなちっちゃな餓鬼の頃から面倒みてきたんだからね。こうやって立派な山賊になれたのも、あたしあってのことだろうさ」
 恐れを知らぬ様子で老婆は笑って言った。
「ああ、分かった分かった。もういいから。ばばあ、こいつらを連れてきたんで、適当に面倒をみとけ」
「おやまあ。こりゃ立派な獲物だこと」
 老婆はレークとクリミナ、そして少年を見て言った。
「最近は、めっきり街道を通る商隊もなくなったからねえ。こんな旅行者が通っちゃあ、ガレム坊やのいいカモだよ」
「だから坊やってのはやめろってんだ。ばばあ!」
「ほら、ともかくお入りよ。あとでイモの粥でも食わしてやろう。肌の色つやがいいうちに売り飛ばせば、こいつはなかなかの金になるだろうよ」 
 見かけはどこの村にでもいそうな老婆であったが、山賊の仲間というだけあって、たいそう豪胆そうある。
「でも、こっちの女の子はなかなかの美人だし、そのちびすけもとてもきれいな顔をしておいでだ。二人とも高くつくだろうよ。まあ、そっちの男の方は、二人に比べりゃ品に欠けるわな」
 老婆はレークを指さしてかっかっと笑った。レークは「うるせえくそばばあ」と言いたくなるのをこらえて、口元をひん曲げた。
「さってと、ともかく酒をくれ。肉もあるんだろう?」
「ああ、あるとも。ワインと麦芽酒を村からたっぷりと持ってきてやったよ。新鮮な鹿肉もあるさ。ほら代金をおよこし」
「まあ待てよ」
 山賊は目の届くところにレークたちを座らせ、逃げられないよう縄で柱につないだ。少年は不安そうな顔はしていたが、おとなしくレークとクリミナの横に座った。
「おとなしいガキで助かるぜ。泣かれでもしたら、いらいらとしてぶん殴るかもしれねえからな。傷つけちまうと値段が安くなる」
「その子は本当にこの二人の子どもなのかね?なんだか、まったく似ていないようだけどさ」
「さあな。そうかもしれねえし、違うかもしれねえ。まあどうでもいいこった。金にさえなるんならな」
「アニキ、馬をつないできやした」
「おうマグス、ご苦労。お前はこいつらを見張っとけ。ばばあが酒を用意するからよ」
「へい」
 手下の山賊がレークたちの近くにどっかりと腰を下ろす。こちらの男はひょろっと背が高いだけで、あまり強そうではない。年齢的にもレークとそう変わらないだろう。
(こいつ一人なら、素手でも勝てるんだがな)
 小屋を見回すと、板張り床には寝床になるのだろう藁や毛布が無造作に敷かれ、壁際には錆び付いた剣や斧などが立てかけてある。部屋の奥にはかまどがあって、火のついた鍋がぐつぐつと音を立てている。老婆はときおり鍋を見に行き、また戻ってきて山賊の横であれこれとしゃべっている。
(おおかた。この婆さんは、山賊の獲物のおこぼれにあずかっているんだろうよ)
 レークは横に座るクリミナをちらりと見た。彼女は気丈な様子で、さっきから口元を結んで黙っている。さすが根性のある女騎士だと内心で感心しつつ、安心させるように軽くうなずきかける。すると彼女はふと表情をやわらげた。
「おお、こいつはすげえ!」
 レークの荷物をあさっていた山賊が声を上げた。
「どうしやした?アニキ」
「これを見ろ」
 革袋に突っ込んだ手を引き抜くと、山賊の手から金貨がじゃらじゃらとこぼれ落ちた。
「おお。すげえ、すげえ。これみんな本物ですかい?」
「どれ……うむ、そうらしいぞ」
 金貨を歯で噛んで確かめると、山賊はその一枚を老婆に渡した。
「ほらよ、酒の代金だ」
「ひゃあ、一リグ金貨だよ。これ一枚でひと月分の食料は買えちまう」
 手にした金貨をしげしげと眺め、老婆はそれを大切そうに懐に入れた。
「なあガレム坊や、明日も酒を持ってくるからさ。もう一枚、もう一枚金貨をおくれよ」
「ああいいとも。もっと上等の酒を持ってくるんならな。さあ、乾杯だ。最高の獲物に」
 二人の山賊は麦芽酒入りのマグを打ち鳴らした。かぶりと酒を飲み干し、乱暴に口元をぬぐうと、山賊たちは老婆の運んできた焼肉を頬張った。
「ああ美味い。肉と酒があればもう天国ですぜ。ねえ、アニキ」
「まったくな。しかし、せんにサンバーラーンの商隊を襲ったときも、こんなには金は持ってなかったぞ。おい、お前らはいったいなにもんなんだ?」
 酒と金貨を前に、山賊は上機嫌にレークに尋ねた。
「まあ、言いたくなけりゃそれもいいさ。この金貨はもう俺のもんだ。そして、明日になったらお前らを闇市に連れて行って売りさばく。上玉の女は金貨十枚、ガキは五枚、男は一枚になりゃいいや」
「ねえ、アニキ……」
 手下の山賊がおずおずと言う。
「しかし、この女はすぐに売っちまうのは、もったいなくはないですかい?」
「傷物にしたら値が下がるからな。おい、マグス、そんなにこの女が好みなのか」
「ええ。そりゃもう。こんな綺麗な女はなかなかいやせんぜ」
「まあな、綺麗は綺麗だがな……」
 酒に酔いはじめた山賊は、クリミナの顔を無遠慮にじろじろと見た。
「俺は、もうちょい……こう、ふくよかで、色気がある方が好みだな」
「アニキはそうでしょうとも。そうガタイがいいんじゃ、華奢な女を抱いたら相手を押しつぶしちまいそうだ。でも俺っちは、むしろああいう、細身で、それでいて気位の高そうな女がいいんでさ」
「なるほどなあ。しかし、ダメだ。あの女は相当高く売れそうだからな」
「ちょっとだけ……ダメですかい?」
「ダメだ。勝手をしたら許さねえからな」
「ちぇっ、ケチ!」
 手下の山賊はさも残念そうに言った。その目がいやらしくクリミナの方に向けられると、レークはそれだけでこの男を叩き殺したくなった。
(くそ。長剣さえありゃあ、こいつらまとめてぶっ倒してやるんだがな)
 山賊たちはしこたま酒を飲み、肉を食らい、ときおり金貨を取り出してみては、レークたちの前でそれをじゃらじゃらともてあそび、笑いながらまた酒を飲むのだった。
 そうして、しだいに夜は更けていった。
 いつのまにか老婆は村へと帰ってゆき、二人の山賊はいいかげん酔っぱらい、床の上で大の字になって眠り始めていた。
「おい、なんとかこの縄がほどけないかな」
 レークはそっとクリミナに囁きかけた。
「やつらの武器を奪えれば、こっちのものなんだが」
「そうね。でも……きつく締めてあって、なかなかゆるまないわ」
 後ろ手に縛られた縄は、さらに壁の柱に巻かれていて、引っ張ってもびくともしない。
「くそ……短剣でもありゃあ、ぶっちぎれるんだがな」
「クレイ様は、疲れて眠ってしまったみたいね」
 見ると、少年は縄につながれたまま横向きになって、すやすやと寝息を立てている。
「こりゃ豪胆な子どもだぜ。たいしたタマだ」
 感心して言うと、レークはなんとか縄がゆるまないかと、また引っ張ってみようとした。
 そのとき、眠っていた山賊がむくりと起き上がった。
「……」
 レークは慌てて目を閉じ、眠ったふりをして床にうずくまった。
 ぎしぎしと床板が音を立てる、山賊がこちらに近づいてきた。
「声を出すな」
 クリミナがはっと息を飲むのが分かった。
「いいか、騒いだり暴れたりしたら、命の保証はないぜ」
「……」
 レークは薄目を開けた。それは手下の方の山賊であった。ガレムの方は、床の上にごろりと転がって、があがあといびきを立てている。
「今だけ縄をほどいてやる。いいか、絶対に声を出すなよ」
 縄をゆるめると、山賊はクリミナの手をつかんだ。
「こっちにこい」
「なにを……」
「なにって、分かっているだろう。ちょっとだけさ、楽しませてくれりゃいいんだ。どうせ、明日には売られちまうんだからな。アニキが起きねえうちに。なあ、へへへへ」
「いや……いやです」
「へへっ、そそるねえ。さあ、あっちでいいことしようぜ」
 クリミナは助けを求めるようにレークを見た。
「……」
 レークは迷った。ここで声を出すべきかどうか。
(くそ……)
 本当なら、クリミナに触れる汚らしい山賊の腕を振り払いたいのだが、それをぐっとこらえて歯を食いしばる。
(うまくすりゃあ、これはチャンスになる)
「……」
 レークはその思いを込めて、クリミナに目で合図を送った。
「さあ、外へ行こう。木の影でなら、少しくらい声を出しても大丈夫だ」
 山賊は彼女を引っ張り、小屋の外へと連れ出した。
 静かになった小屋の中には、山賊ガレムのいびきだけが耳障りに響いている。
(これで……よかったのか?)
 残されたレークは、しばし後悔に煩悶した。
 あるいは、自分はとんでもない間違いをしたのではないか。
 確かに、彼女は騎士であり、武術の心得もあるだろうが、相手は野蛮な山賊である。たとえガレムを起こすことになったとしても、声を上げるべきではなかったか。
(クリミナ……)
 彼女がいったいどんな目にあっているのか、想像したくもなかった。
 耳を澄ませると、がさがさと音が聞こえた気がした。
(くそ……もしあいつをひどい目に合わせたのなら、オレは一生後悔するだろう)
 後ろ手に縛られた拳を、レークは血が出るほど握りしめた。
 永遠とも思われたときが過ぎ、
 小屋の扉が開いた。
 足を忍ばせて入ってきたのは、彼女であった。
 眠っている山賊を起こさぬように、そっと近づいてくる。
「レーク」
 その声を聞き、レークは心からの安堵に胸をなで下ろした。そして、さもなにも心配してなどいなかったというように、にやりと笑った。
「大丈夫か?」
「ええ。あいつ、私がただの田舎の奥さんだとでも思っていたようね。おあいにくさま。スカートをまくり上げようとした瞬間に、股間を蹴り上げてやったわ」
 感嘆するレークにくすりと笑って見せる。
「これでも騎士のはしくれだから。でも、あっちのガレムが相手だったら、とてもかなわなかったでしょうね。さあ、早く。そのガレムが起きたら面倒だから」
 クリミナはレークの縄をほどくと、横で眠っている少年に囁いた。
「クレイ様、起きて」
 軽く揺すると少年は薄目を開けた。まだ寝ぼけているのかクリミナに抱きついてきた。
「まあ、私はあなたのお母さんじゃないのよ。ああでも、今はそうなのだったわね」
「よし。じゃあ、とっとと逃げ出すとするか」
 両手が自由になったレークは、壁際に立てかけられた山賊の武器を手に取った。
「ちぇっ、こんななまくら剣じゃ、重たいだけで使い物にならんな」
「早く行きましょう。レーク、ガレムが目を覚ますわよ」
「ああ、ちょっと待ってろ」
 見ると、眠っているガレムのそばには、金貨の入った革袋があった。
「こいつにやっちまうのは癪だしな……」
 そっと手を伸ばして革袋をつかむ。だが、紐の部分が山賊の手に引っかかっていてなかなか取れない。
「くそ。このがめつい野郎め。眠ってまで金が欲しいか」
「レーク、早く」
「ちょっと待て。こいつの手がなかなか……」
「お金なんてもういいわ。それよりも逃げる方が」
「分かってる。ただ、もうちょっとなんだよ」
 山賊の手を持ち上げて、革袋の紐を抜き取ろうとしたそのとき、山賊が目を開けた。
「てめえ、なにしてやがる」
「ちっ、起きちまったか」
 レークは革袋をつかみ取ると、相手の首筋に手刀をたたき込んだ。
 だが、
「いてえな」
 気絶する代わりに、山賊はぎろりとレークを睨んだ。
「これですっかり目が覚めたぜ。てめえら、逃がさねえぞ」
「うへっ、化けもんみてえな野郎だな……」
 これは素手では勝てそうもない。身を起こした山賊をひらりと飛び越え、レークは戸口から外に飛び出た。
「レーク!」
「ああ、こうなりゃ逃げるが勝ちだ。おいクレイ坊、こっちに来い」
 レークは少年を背負うと、クリミナとともに森の中を走り出した。
「どっちへゆくの?」
「分からねえ。こう暗いんじゃ迷いそうだ。ともかく街道に出よう」
 暗がりの中を勘を頼りにして走る。
 たとえ山賊に追われていないとしても、真夜中の森はずっといたいような場所ではなかった。ときおりぞっとするような怪しげな鳴き声が耳元で聞こえ、目の前をなにか黒いものが横切ってゆくような気配がした。
「怖いだろうが、泣くなよクレイ坊。オレも、クリミナの姉さんもついてるからな」
 背中越しに言うと少年はかすかにうなずいた。
 木々の間をすり抜けるようにしてしばらく進むと、前方がやや開けてきた。
 街道に出たのかと思ったが、そうではなく、そこは人の手によって作られた空き地のようだった。よく見ると、ところどころが畑のように整備されている。その向こうには、家らしき建物の影が見えてきた。
「ここは、村だな……」
「レーク、もしかして、ここはさっきのお婆さんの」
「ああ、そうかもしれんな」
 この村にあの老婆が住んでいるのだとしたら、見つかったらきっと山賊に知らせるに違いない。
「それでも、朝にならないことには進む方向が分からねえ。どこか身を隠せるところがあればいいんだが」
「レーク、あそこに小さな小屋があるわ」
 クリミナが指さした方を見ると、他の家とはやや離れたところに、ぽつんと小さな小屋が建てられていた。
「あそこには人は住んでいなさそうよ」
「なるほど。馬屋かなにかかもしれんな、行ってみよう」
 近づいてみると、それはごく小さな掘っ建て小屋であった。開け放たれた扉から覗くと、小屋の中には干した藁がたっぷりと積まれている。壁には鍬や鋤などの農具が吊り下げられているので、ここは村人が使う物置なのだろう。
「ここなら朝までは誰も来そうにないな」
「もう、休めるのなら藁の上でもなんでもいいわ」
 そう言うと彼女は藁に横たわった。クレイ少年もはしゃぐようにして、ふかふかの藁に飛び乗る。
「いいか、夜が明ける前には、出発するからな……」
 レークもあくびをこらえながら言うと、倒れ込むようにして横になった。
 三人は藁の上で川の字になり、それぞれに寝息を立てはじめた。


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