水晶剣伝説 U ジャリアの黒竜王子
 
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虐殺


 それより少しまえ……
 街道をゆくフェルス王子と四十五人隊の一行は、一定の速度を保ちながら粛々と行軍していた。
 ときは夕暮れどき。しばらくは両側を丘に挟まれた狭い道が続くことから、隊列は横三列となり、その中ほどに王子を守る長い隊形をとっている。隊列を組む一人一人の騎士は、兜の面頬を下ろし、槍を手に、無機質なほどの不気味な静かさで巧みに馬を操る。その様子はまるで、機械仕掛けの軍隊のようであった。
「異常ありません」
 先行させていた斥候の騎士の報告を受け、馬上の王子はゆったりとうなずいた。王子の後ろには巨漢のザージーンの乗る馬が影のように付き従う。
「どうやら、今回はシャネイどもはおとなしいようですな」
 馬を寄せてきたのは、副官のジルト・ステイクだった。
「あの低能なサルたちも、少しは利口になったということですかな」
「さあ、どうかな」
 王子は意味ありげに言うと、街道の彼方へ目を向けた。
 しだいに暗さを増してゆく黄昏の空。丘の向こうに沈みゆく、夕日の最後の残照とともに、王子と騎士たちは馬を歩ませる。
「フェルス殿下」
 しんがりをつとめていた副隊長、ノーマス・ハインが報告に来た。
「どうした」
「は、すでにお気づきになっているかとも思いますが……」
 若き副隊長は面頬を上げると、馬上から街道の両脇に目をやった。
「どうも静かすぎます」
「そうだな」
「いつもであれば、シャネイどもが街道わきから隊列を見物しているはず。この辺りは奴らの村が点在していますから」
「確かにな」
 副隊長の言葉をうけ、王子も鋭い視線を道の左右に向けた。
 ジャリアの首都ラハインから南部へ下る街道は他にもあるが、丘陵地帯を迂回せずにすむこのルートが時間的には一番ロスが少ない。周囲に多くのシャネイ村の存在するこの辺りでは、これまでにも街道を下るジャリアの兵隊、商隊などが襲撃を受ける事件が何度かあった。数年前から取り締まりを厳しくしたこともあり、ここ最近では目立った被害は少なくなってきていたが、それでもやはりジャリア兵士がこの街道を通りかかると、両脇の丘の上には居並んだシャネイたちが、とくに何も仕掛けてくるわけではないが、ただじっとこちらを見張っているということが常だったのだ。
「かえって怪しむべき静けさという気もします。行軍速度を少し速めれば、日が暮れる前にはこの地帯を抜けられますが」
「的確な判断だな、ノーマス。お前ももう立派な副隊長か」
「おそれいります」
 若い騎士は嬉しそうに笑顔を見せた。
「よかろう。ではお前に任せる。先頭に立て。しんがりは別のものに任せよう」
「はっ」
「では、行軍速度二から三へ。同時に第二種警戒!」
 ノーマスの発した命令が、隊列全体へと伝わってゆく。
「行軍二から三へ。第二種警戒」
「了解」
 後尾で伝令確認の流旗が上がると、先頭の列からゆるやかに速度を上げはじめる。面頬を上げていたものは下ろし、隊の外側のものは距離をややせばめて密集する。相当に訓練されなければ出来ない動きである。
「ザージーン、兜をとれ」
 王子が命じると、ザージーンは黙ってヘルムを脱いだ。頭髪を剃りあげ、浅黒い肌をした顔があらわになる。
「そのまま、できるだけ俺の馬に近づいていろ」
 男は無表情のまま、言われたとおり、その巨体を乗せた馬を器用に操って、王子の馬のすぐ後に続いた。その剥き出しのいかつい顔は、大きな体躯と相まって、統一された鎧兜姿の隊列でひどく目立った。
「よし」
 王子は満足そうにうすく笑いをうかべた。
 速度を上げた隊列は街道を進んでいった。騎士たちの警戒をよそに、周囲にはまったく異変の予兆はなく、ただ静かで、暮れなずむ空のもとを、馬蹄の音が規則正しく響いてゆく。
 街道はしだいに両側から丘に挟み込まれるようにして狭まり、さらに視界が悪くなった。ここを抜ければ丘陵地帯も終わり、ぐっと道はひらけてくるはずである。
 隊列を組む騎士たちは、引き続き警戒をしつつ進んでゆくが、その緊張がいくらか惰性に変わった頃だったろうか。
 突然、ガッという、石矢が鎧に当たる音とともに、王子のすぐそばの騎士が声を上げた。
「わあっ」
「どうしたっ!」
 ひゅん 
 ひゅん 
 続けざまに、矢が空気を切り裂く音がいくつも鳴った。
「敵か?」
「弓だぞ!」
何本もの矢が兜や鎧にはね返され、そのうちのいくつかが馬に突き刺さった。つんざくようないななきが、静寂を破って辺りに響き渡る。
「これは長弓だぞ。気をつけろ。鎧にも突き刺さる」
「落ちつけ!隊列を崩すな。王子殿下をお守りしろ!」
 それぞれに叫びながらも、さすがに訓練されたジャリアの騎士たちは、そう大きな狂乱に陥ることはない。一瞬の狼狽から立ち直ると、すぐに隊列を立て直す。
「丘だ、両側の丘の上からだ」
「シャネイどもの攻撃だ」
「殿下。危険ですから、どうか馬上にお伏せください」
「うろたえるな。栄えある四十五人隊の勇敢な騎士たちよ。我らはジャリア軍でも精鋭中の精鋭ぞ。いかに夜目がきくシャネイとはいえ、しょせん数にも力にも足りぬ」
 王子は馬上で微動だにせず、騎士たちを叱咤した。そのすぐ後ろにいるザージーンの顔を、ぴゅんと矢がかすめる。
「殿下、ご無事で!」
 馬で走り寄ってきたノーマスが、王子を庇うように前に出た。
「どうやら、狙われているのは隊列の中央のみのようです」
「なるほど。つまり、やつらは俺を狙っているわけだな」
 王子はにやりと笑った。
 その間にも、ひゅんひゅんと、いくつもの矢が至近距離をかすめてゆく。夕闇の中でも目が利くのだろう、放たれた矢は驚くほど的確に王子を狙っているようだった。
「王子、どうか頭をお低く。ザージーンは後ろをお守りしろ!」
 ザージーンの兜をかぶらぬ剥き出しの顔を見て、ノーマスは眉をひそめた。
「王子、ザージーンの兜を……。敵に御身の場所を教えましたか」
「ノーマス」
 兜の奥で、王子はあやしく目を光らせた。
「我に危害をなさんとする野卑な民どもに、今一度、思い知らせてやるときだな」
「王子……」
 むしろ穏やかですらある王子の声に、ノーマス・ハインは思わず息をのんだ。
「ここに近いシャネイ村はどこか」
「は、はっ。いちばん近いのは、レンゼー村かと。五百人以上の比較的大きな村で……」
「よかろう」
 王子はすっと手をかざした。
「騎士たち、流旗を上げよ」
 鋭い声が隊列に響きわたった。
「戦闘開始!シャネイどもの村へ。焼き払え。みなごろしだ」

 日暮れ時というのは、普段ならとても平和な時間である。
 村の通りに並ぶ簡素な藁ぶきの家々からは、夕げの煙が上がりはじめ、シャネイの子供たちはそれぞれの家に帰ってゆく。ちょうどそんな時間であったが、
「大変だ!」
 緊張に耳をぴんと立て、息せき切って村の門に駆けこんできたのは、まだ若いシャネイだった。その声を聞きつけた村人たちが、何事かと次々に集まってくる。
「大変だ!敵だ、ジャリア兵が……」
 若者はしかし、最後まで言いおえることができなかった。人々の目の前で、びくんと体をそらせると、彼は悲鳴ともつかぬ呻きを上げてそこに倒れこんだ。その背中には何本もの弓が突き刺さっていた。
 集まったシャネイたちが、はっとしたように耳をそばだてた、そのとき、
 彼らの頭上から、何十本もの弓矢が雨のように降り注いだ。
 そして、高らかな馬のいななきと、兵士たちの怒声……
 なにが起きたのか分からぬように呆然とする村人たちの前に、黒い鎧兜に身を包んだジャリアの騎士たちが現れた。
「わあああっ」
「て、敵だ!」
「ジャリア兵だあっ!」
 恐怖に満ちた叫びが上がると、村の中にいたものもようやく異変に気がつき、一斉に逃げはじめる。だがそのときにはもう、抜刀したジャリア兵たちが彼らに襲いかかっていた。
「うわっ!」
「ぎゃあああ」
 村になだれ込んだジャリア騎士たちは、馬上から容赦なく手近な村民に剣を振り下ろす。
「助けて、助けて!」
「何で、いきなり……ぐっ」
 子供を抱いた女も、命乞いをするものも、老人も、まるでただの人形にすぎぬかのように、騎士たちは無慈悲に剣を振り降ろし、長槍で突き刺した。
 やがて、村の奥に進入した騎士が家に火を放った。ついさっきまで穏やかだった村は、馬のいななきと悲鳴とに包まれ、燃え上がる炎はそこを悪夢のような光景へ変えてゆく。
「ダロン、ダロン村長!」
 村の中心にある村長の家には、逃げてきたシャネイたちが次々に集まっていた。
「どうするんだ!ジャリア兵は村中に火を放って、無差別に村民を殺している。早くこっちも兵を集めて……」
「それは無理だな……」
「どうして!」
「これは報復だろう」
 そう言った村長のダロンは、年齢は人間にして六十くらいだろう。人々見渡すその顔つきには、いかにも長く生きてきた者が持つ、ある種の穏やかさと聡明さがあった。
「報復……」
「じつは、さきほど村に戻ってきた若いのが、リンジたちがジャリア兵と王子の一行を弓で狙ったことを白状した」
「なんてことだ……」
「まさか本当にやるとは……」
 村長の言葉に、集まったシャネイたちは凍りついた。
「それに戦えるものたちは、村にはもうほとんどおらん。若いやつらはみな、リンジの計画に乗ってしまった」
「じゃあ……どうするんだ。このままじゃ皆殺しだぞ。俺の妻も、こどもも!」
「逃げるのだ。それしかなかろう。女とこどもたちを出来るだけ多く連れて」
「しかし、どうやって」
「襲ってきたのはジャリアの四十五人隊に違いない。勇猛でその名を知られる王子の親衛隊じゃ。ただ……この人数ならば、彼らの目をくぐって逃げ延びることが、あるいはできるやもしれん」
 シャネイたちは静まり返った。まさか突然に、このような事態が自分たちの身の上に起こるとはと、誰もがまだ呆然としていた。その間にも、外からは途切れることなく悲痛な悲鳴や絶叫、物々しい破壊の音が聞こえてくる。
 ダロンは手短に指示をした。
「いいか。できるだけ少人数で女たち、こどもたちをいくつかに分け、ここにいる者が一人づつ付いて先導し、村の四つの門……いやジャリア兵が入ってきた西の門以外の三つから同時に逃げるのだ」
「だが、やつらが追ってきたら……」
「それは賭だ。村が全滅することは避けねばならん。誰かが生き延びてくれれば、たとえ我々が殺されても、生き残ったものがどこかに逃げ延び、また新たな村を作ってくれるかもしれん。隣の村に逃げ込むのもよかろう。ジャリア兵たちがどこまで追ってくるつもりなのかはわからんが。よもやこれを機に、やつらも近隣のシャネイ村全てを葬り去ろうとまでは……考えはすまい」
 村長の言葉にシャネイの男たちは黙り込んだ。いったいここにいる何人がジャリア兵の剣をかいくぐり脱出できるのか。誰にも分からなかった。
「さあ、行け。わしは、なんとか王子に直訴し、降伏を訴えてみよう。もちろん、望みはないかもしれんが、時間稼ぎにはなるやもしれん」
 静かに、だがきっぱりとダロンは告げた。
「さあ、行くのだ。くれぐれも女と、子供たちを優先するのだぞ」
もはや一刻の猶予もならなかった。シャネイたちは不安そうな顔のまま、だが決意したように互いにうなずきあうと、最後に自分たちの村長に敬意の言葉を述べ、外へ飛び出していった。
 村のあちこちでは次々と炎が上がり、家々は見る影もなく破壊されていった。
 日も暮れた夕闇のなかで、燃えさかる炎だけが辺りの空間を照らしだし、その残虐な光景を映しだした。次々に斬り殺され、槍に貫かれ、馬蹄に踏み倒されてゆくシャネイたち。それはおそるべき虐殺の光景だった。
 ジャリアの四十五人隊は、黒竜王子の指揮のもと、まるで機械のような恐るべき迅速さで村を蹂躪していった。

「どうだ、ザージーン」
 立ちのぼる炎を背に、断末魔の絶叫を聞ながら、王子は馬上で笑いを浮かべていた。
 護衛役の二人の騎士と、副官のジルト、それにザージーンを従えて、自らは殺戮に加わらず、見物を決め込む様子で悠々と馬を歩ませている。
 王子らの騎馬がゆく村の路地には、すでにシャネイたちの死体がそこかしこに転がっていた。馬に踏み殺されたものや、血だらけの腕や足、髪を振り乱した女の首などが、あちこちに散乱し、辺りにはいたるところに血だまりができていた。
 それらに目をやりながら、王子はその顔に笑みを作り、いつもは決して見せぬ高ぶりを隠さぬ様子で、供の大男に声をかけた。
「どうだ、ザージーン。同族が狩られるのを馬上で見下ろすのは?」
 くくくと笑いを漏らし、側に転がるシャネイの少女の死骸を指さす。
「どんな気分だ?悔しいか?俺が憎いか?それとも、恐ろしいか。だが、まだまだだぞ。皆殺しだからな。女も子供も、すべて。騎士たちにはやつらの耳を切り落とし、ひとつに集めておけと命じてある」
 王子は憎々しげにつぶやいた。
「耳……そうだ、あのいまいましい耳!」
「あれは見ているだけで吐き気がする。同じ人間とは思えぬ。いや、人間などではない。そう、畜生よ。あの耳はその印だ。お前のように、耳を切り取られても生かされているような者には、この有り様はどう目に映るのだろうな?それが知りたい。悔しいか、怒るのか……ははは、どちらにせよ、お前にはなにもすることはできず、この俺の横でただこの光景を眺めるだけだ。どうだ、悔しいか。さあ言ってみろ」
 だが、毒をはらんだ王子の言葉にも、馬上の男はその巨体をぴくりとも揺らせぬ。辺りの惨状に心を動かされた様子もなく、無表情にただ沈黙を守っていた。
「ふむ、さすがに立派な精神力だな。それでこそ、我が護衛役にしただけのことはある」
 辺りは立ちのぼる炎に赤々と照らされ、でさきほどまで村のいたるところで聞こえていた悲鳴や絶叫は薄れ、しだいに燃え盛る炎によって飲み込まれてゆくかのようだった。
「そろそろきゃつらを殺しつくしたころですかね」
 王子のそばに馬首を寄せてきた副官のジルトは、焼け焦げだらけの村を見渡した。
「しかし、まあもったいない。きっと中にはとっておきの美しいシャネイの女がいたでしょうに。ああ、惜しいですなあ……」
 横たわる女の亡骸を馬上から見下ろす男の顔には、淫靡な笑みが浮かんでいた。
「殿下はやつらとしたことあります?なかなかいいですぜ、シャネイの女も。なんというかね、無理矢理やるときはとっても具合がいいんで。まあ、今回は帰路だし時間がないってことで皆殺しなんでしょうが、本当なら一人二人は生かしたまま陣中に連れて帰ってもいいと思うんですがねえ……兵士たちも喜びますし。あ、失礼」
 じろりと王子に睨まれて、副官は首を縮めた。
「貴様は、動物相手に淫行して楽しいのかもしれんがな、あいにく、俺はそんな下劣な趣味は持ち合わせてはおらぬのでな」
「はあ、そうですか。まあ、好き好きってことでしょうな。それに、私だっていつもやってるわけじゃありませんよ。本当です。なんせ囲っていたシャネイ女がみんな孕んじまいまして、こりゃさすがにまずいってんで殺しましたよ。ガキが出来るとなると、とたんに気持ち悪くなりますなあ。我々とシャネイのあいのこ!まあ、それも考えようによっては面白いかもしれませんがね、どんなガキが出てくるのか、それもちょっとは見てみたい気もしますが。まあしかし、それははっきりと禁じられていますからな……うわっ」
 いきなり鼻先に剣をつきつけられて、ジルトは驚いて声を上げた。
「貴様……いいかげんにしておけ」
 氷のような、恐ろしく冷たい目が睨んでいた。
「貴様がそのような邪悪な趣味に興じるのは勝手だがな、この俺の前でそういうことは口にするな。いいか、今はまだ機嫌がいいから許すがな、あのサルどもと、その子供がどうということを、今度俺の前で言ってみろ、貴様のその舌を切り刻んでやる」
「は……は、はっ。しょ、承知しました。もういっさい口に出しません。シャネイとのあいのこなんてことはもう……あっ、痛っ……」
 王子の剣ががつんと彼の兜を叩いた。
「あたたた……」
 頭をおさえたジルトが呻きながら見やると、剣を戻した王子の顔にはさっきまでの笑みが戻っていた。どうやら、王子は本当に機嫌が良いようだった。普段なら、たった一言の失言で処刑されてもおかしくないところである。
「ふふ、楽しいな。久しぶりに」
 村を焼き焦がす紅蓮の炎に、馬上の王子……フェルス・ヴァーレイの歪んだ笑いは、赤々と照らされ、殺戮の村の支配者たる残酷なる仮面を描いていた。
 シャネイたちの死体が散乱する村の広場には、王子の命令によって切り取られた耳が一か所にまとめられていた。
「これはまた、残酷なことをなさる。さすがはジャリアの黒竜王子殿下ですな」
 耳のない死体の山を見渡して、さすがに気分が悪そうに副官のジルトがつぶやいた。
「王子殿下、ご報告いたします」
 分散していた四十五人隊の面々が集まってきた。彼らはいったい、どのくらい殺してきたのか、皆、鎧には大量の返り血を浴び、鞘に収めた剣からまだポタポタと血がしたたっている者もあった。
「もはや、村には生きたシャネイはおりませぬ。ぐるりと一周してまいりましたが、人影は見えませんでした」
「ご苦労」
 さきほまでの高ぶりからはやや冷めた様子で、王子はそれらの報告にうなずいた。
「よかろう。では、あとは村の出口を見張らせたノーマスと合流し、出立する」
「王子殿下」
 少し遅れて報告に戻ってきた騎士が王子の前に進み出た。見ると、傍らに一人のシャネイを引き連れている。
「こやつは?」 
「は、このもの、この村の村長と名乗り、王子殿下に面会を求めております。その場で斬り捨てるのもどうかと考えまして、念のため生かして連れてまいりました」
「そうか。よかろう。腕を離してやれ」
「ジャリアの王子殿下、フェルス・ヴァーレイ様であらせられますか」
「愚問。つまらぬ挨拶などはよい。何か言うことがあるのなら、さっさと言うがいい」
「恐れ入りましてございます」
 シャネイの村長……ガロンはうやうやしくひざまずいた。
「この度のわが村への襲撃についてですが、いったいなにゆえ、このような暴虐な仕儀をなされますか。この平和な村が、かように無残な仕打ちをされるべきいかなる咎があったのでしょうか。そして、もうこれ以上の殺戮はどうか容赦をいただきたく……」
 王子は即座に笑いだした。
「容赦だと?すでに大半は殺しつくし、村も燃やしつくした。きさまらにはもう住む家はない。この上の容赦が欲しいか?それは逃げ延びたものやお前自身の命乞いということなのか?それに、我の怒りが何故ここに向けられたか、お前は知らないとでも言うのか?」
「恐れながら、殿下。この村の若い衆が殿下の行軍に支障をきたすふるまいをしでかしたことは事実のようですが、その責任は実行したものたちと、村の長であるこの私にはありましょう。しかし、村の女たち、子どもたちにはなんの罪もありませぬ。みなジャリアの騎士方に敵しようなどとは夢にも考えず、その日その日をただ平和に暮らしております」
「それがどうした」
 王子は無慈悲に言い放った。
「そのようなことはこの俺には用なきこと。シャネイはシャネイ。誰が罪を犯そうがそれはシャネイの罪。この俺の隊列に矢を射かけたのがこの村のシャネイなら、俺がこの村に報復するのは当然のこと。何故なら、俺はシャネイの一人一人などに区別はつけておらんのでな。シャネイ一人の罪はこの村全ての罪。だからこうして破壊し、殺し、村を消滅させる。それが俺のやり方だ。今頃分かったか」
「しかし、どうかなにとぞ、他の村、そして逃げ落ちた女子供にはお慈悲を下さいますよう……この私の身はいかようになさっても結構ですが、なにとぞ。他の村には……」
「きさまの身などに興味はない。しかし……そう、時間がないのでな。他の村には今日のところは手出しはせぬ」
「ありがたく存じます」
「だがな……」
 王子はにやりと笑うと、囁くように言った。
「この村のシャネイは逃さん。もうじき村の周辺に配置した騎士たちが戻ってくるだろう。何人の生き残りを引っ捕らえてくるかな。それまではお前も生かしてやる。何故だか分かるな?それはな、捕まえた女子供を処刑し、生きたまま耳を切り落とし、体を切り刻むさまをお前に見せるためだ。お前はそのあとで最後に死ぬのだな。それが村長のつとめというものだろう?」
 クックッと、凄惨な笑いをもらす王子を見上げ、村長のガロンは慄然としたようにその場に動けなかった。破壊され尽くし、燃え上がる村を、その目でただ見つめながら。
 
 村の外では処刑が始まろうとしていた。
 見張りに立っていた騎士たちは、村から逃げようとしたシャネイたちを次々に捕らえ、なおも逃げようとしたものはその場で殺し、残ったものが一か所に集められた。捕まったシャネイの数は百人以上、ほとんどが女と子どもたちだった。
「お慈悲を、どうか……」
「神様……お助けください」
「どうして……どうしてこんな目に」
「ああ、子どもだけは……あたしの子どもだけは」
 泣き声に叫び声、呪詛のつぶやき、慈悲を乞う悲痛な声……黒い鎧の騎士たちにとり囲まれたシャネイの女たちは、赤々と燃え続ける自分たちの村を前にして、突如襲いかかったこのような運命にうちのめされ、なかば呆然とし、そして絶望していた。
「王子、首謀者どもの処刑は終わりました」
「ご苦労」
 街道で隊列に向けて弓を射かけたのは、全部で十五人ほどの若いシャネイたちだった。村長や女子供の見る前で、彼らの慈悲を乞う声を聞きながら、王子はその全員の首をこの場で切り落とすよう命令を下したのだった。
「あまり面白くはないな。時間があれば、もっと手の込んだやり方で楽しめたのだが、なにせ時間がない。そう、時間がな」
 王子はがそう言って目をやると、次は自分たちの番なのだと悟ったのか、シャネイの女たちは震え上がった。
「さて、これだけ多いと手間がかかるな。ふむ……よかろう」
 そばにいた副官のジルトに告げる。
「貴様の好きにしろ。シャネイのメスどもをな。ただし早急に済ませ、一人残らず殺せ。なるたけ早くだ」
「おお。いいですな」
 副官は舌なめずりをすると兜を放り投げ、さっそくシャネイたちのなかから自分の好みに合う女を探しはじめた。
「お慈悲を!王子殿下。なにとぞ……」
 縛られた村長のガロンが声を上げる。
「女たち、こどもたちには、なにとぞひどいことは……。せめて、せめてかなわぬのであれば、ただ安らかな死を。なにとぞ……」
 王子はふんと鼻をならすと、ひとこと命じた。
「かかれ」
 捕らわれのシャネイを取り囲んだ騎士たちが、一斉に襲いかかった。
「ひいっ」
「いやあああ」
 おびえたシャネイの女たちから甲高い悲鳴が上がる。
 虐殺も凌辱も許された。シャネイに興味がない者は、ただ剣を振り上げて、逃げまどう女を狩りのように追い詰めては殺し、欲望を抑えきれぬものは、定めた女に飛び掛かり、服を裂き、抵抗するものは殴り、手足を剣で刺し、乱暴に犯した。
「助けて。助け……ああッ!」
「ひいい……痛いよ……お母さ」
「いや、いやああぁぁ!」
 シャネイの女性特有の高い金切り声があちこちで上がり、それと悲痛な断末魔の叫び、こどもの泣き声が合わさり、夜の闇に響きわたった。
 欲望を果たし、己が犯したシャネイを斬り殺してゆく騎士たち。器量のよい娘は代わる代わる別の男に犯され、手ひどく凌辱された。抵抗し悲鳴を上げているうちは、男たちは容赦なく殴り、その体をぼろきれのように地面に投げ捨て、また犯した。彼女たちの虚ろな目には、もう涙さえ浮かばぬ。事が済むと女たちは無残に剣で胸を貫かれ、あるいは首を切られ、手足を落とされていった。子供も、少女も容赦されなかった。
「どうだ。ザージーン」
 地獄絵図とでもいうようなその凄惨な光景を、やや離れた場所から見物しながら、王子は傍らに立つ護衛役の大男に語りかけた。
「見ろ。あの様を。犯され、蹂躪され、そして殺されてゆく、シャネイの獣どもを」
 王子が指さした先では、剣で差し貫かれた女が血を吹き出して倒れたところだった。
「おお、あれを見ろ。かわいそうにな。まだ若い女だぞ。なぜあのようにしてむごたらしく死ななくてはならない?」
「……」
「どうだ。俺が憎かろう。お前の同族がああして汚され、次々に殺されてゆく。どう思うのだ?お前は。さあ何を感じる?憎しみか?いいのだぞ?さあ剣を取れ。その腰の剣を抜いてこの俺に向けてみろ。その身を憎しみに踊らせて、打ちかかってくるがいい」
 男を挑発するように王子は言った。
「どうした?何も感じぬのか?お前と同じ民族なのだぞ。何の罪もない女たち少女たちが、ああして騎士たちに犯され、次々に切り裂かれてゆくというのに、お前はなにも思わないのか。お前の耳を切り取ったこの俺を。シャネイたちを皆殺しにさせているこの俺を。憎めばいい。さあ、どうした?身体中に憎悪をみなぎらせてみろ。同じシャネイとして、こんな理不尽な扱いに何故怒らない?憎しみに心染めない?」
 だが、いっこうに無言のままの相手に、王子はいらだった。
「どうだ、これを見てお前は何を感じるのだ?さあ。言え。言ってみろ!」
「とくに……」
 ゆっくりと、
 褐色の肌の大男は、干からびたようなその口を開き、つぶやいた。
「とくに。何も……」
「なに……」
 フェルスは驚いたように、その目を見開いた。
「なにも、だと?……」
 王子は眉をつり上げ、一瞬なにかを言いかけた。それから、ひどく奇妙なものを見るような目つきで、己の護衛役である男を見つめた。
「は……」
 口を開けたまま、笑うのか、怒るのか、己にも分からぬという様子で。それから、すべての興味を失ったかのような、倦怠の表情がその顔に浮かんだ。
「くだらん……。あまりに、くだらん……」
 口の中でそうつぶやくと、王子はその場から歩きだした。
シャネイたちの悲痛な叫びと泣き声は、しばらくの間、村はずれの広場に上がりつづけた。燃え盛る村の炎が照らすのは、地面に転がる切り落とされた少年たちの首……その恨みを飲んだように見開いた瞳がの前で、ざくり、ざくり、と耳を覆いたくなる音と、殺戮に高揚した騎士たちの叫びが響きわたる。
 村を焼き尽くした炎が下火になる頃には、女たちの悲鳴も小さくなり、やがて消えていった。夜空に上る月のもと、ほんの少し前までは暖かな血を通わせていたシャネイたちは、血を吸った土の上に冷たいむくろとなった。辺りに漂う濃密な死の香りは、死に神のような静寂を引き連れて、夜闇にうずまいていた。
「任務、完了ですかな」
 副官のジルトが報告に来たとき、王子は小姓から受け取った水筒に口をつけていた。
「酒ですか?いいですねえ。よろしければ、私めにも一杯いただければ……」
「ただの水だ。欲しければくれてやるが」
「これは……確かに、水ですな」
 受け取った水筒の匂いを嗅いで、副官は眉を寄せた。
「女を犯したあとの酒は、格別うまいんですがねえ」
「ふん。それはなんだ?」
 ジルトは手にしていたものを王子に差し出した。それは人の手ほどの大きさのシャネイの耳だった。
「私は殺したシャネイ女の耳をこうして記念に集めてましてな。ほら、見てくださいよ。うすい金色のうぶ毛が生えていて、なかなかきれいなもんでしょう?」
「そんなもの持っていてどうする。不気味なやつめ」
「いえね。なんでもシャネイの耳は、魔よけのお守りとしても効力があるとか聞きますし。どうです?王子もお一つ」
「くだらん。メスどもは始末し終えたのならすぐに出立するぞ。用意しろ」
「あのガロンという村長はどうします?」
「そうか、まだ生かしていたのだったか……」
 小姓から兜を受け取りながら、王子は少し考えるふうだったが、
「そうだな、まあよい……気が変わった。生かしてやれ」
「はあ」
 怪訝そうな顔をした副官を、王子はじろりと見た。
「なにか異議があるのか?」
「いえ、その……なんと申しますか。王子は面白い方ですなあ。恐れながら……」
「それはどういう意味だ?」
「悪魔のように残酷でおられるかと思うと、そうでもないときもおありになる……」
「ふむ。実のところ、俺はそう殺戮が好きなわけではないようだ」
 兜をかぶり、王子はそう言って笑いだした。それに副官はなんと言っていいものか分からぬように、黙って口元を歪めた。
 村を焼く炎はだいぶ下火になっていた。
 家々ははすべて崩れ落ち、死体の他には燃えるものとてなくなったのだろう。
 支度を整えた王子が現れると、それを待っていたように騎士たちは整列していた。
 シャネイの女たちの死骸が累々と横たわる、辺りの光景には一瞥すら与えず、王子は愛馬にまたがった。他の騎士たちも次々に続く。
 街道にて最初に矢を射かけられてから、まだ一刻とはたっていない。
 動きだしたジャリアの四十五人隊は、王子の号令一下、破壊されつくし、命の途絶えた村をあとにした。


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