水晶剣伝説 T〜トレミリアの大剣技会〜
       11/12ページ


 真相

 客席はにわかにざわめきだしていた。
 人々は、これからの事の成り行きがどうなるのか、馬上槍試合で優勝した浪剣士の処遇がいったいどう下されるのか、大いに興味を持って見つめていた。
「さて、先に申しました通り、私とレークとは旅をする剣士仲間であります。あるとき我々はトレミリアの大剣技会の話を聞き及び、このフェスーンへ意気揚々とやってきました。数千人の参加者による弓での予選を運良く通過すると、我々はその晩、宮廷前広場で一夜を明かすことになります。おそらくこれは、参加者の中の不審者……もっと言えば、剣技会に乗じて入り込んできた他国からの密偵、間者たちを密かに取り除くための方策であったのだと思われます。我々と同じ天幕にいた山賊のデュカスなるものが、実は、騎士ローリングどの、その人であったことは、もう明かしてしまってもよいでしょうね?」
「そうだ。俺の役目は、剣技会参加者にまぎれこむ間者たちを見つけ出すことだった。そのために山賊の格好をし、剣士のふりをして大会に参加したのだ」
 山賊のデュカス……いや、ローリングはにやりと笑って言った。
「お前さんがたは、最初に見たときから、なんというか……ただ者ではないように思われたのでな。これは放っておくわけにもいくまいと、さり気なく近づき見張っていたのだが、実際におぬしらの試合を見て確信した。その見事な剣の技、戦いぶりは、そこいらのごろつき共とは違っていたからな。いっときは間者ではないかとも確かに疑ったが……どうもそれとも違うようだ思うようになった。それはおぬしらの雰囲気のせいなのか、あるいは剣の腕前、その誇り高さからなのか。不思議なことだ」
「おそれいります、ローリング卿」
 軽く頭を下げると、アレンは話を続けた。
「さて、その夜のことです。相棒のレークは偶然に、騎士たちによる枝打ちの場面を見てしまいます。そこで息を引き取る直前の男から、指輪を渡されますが、これがすべての始まりでした。そしてまた、騎士たちに追跡されて逃げる途中に、レークは、こちらにおられる、宮廷騎士長クリミナどのと遭遇することになります」
 オライア公の隣で、女騎士は無言でうなずいた。
「そうして、いよいよ剣技会の本戦が始まりました。我々はそれぞれ、剣の部とレイピアの部に分かれて出場し、一回戦、二回戦と勝ち残り、ついに馬上槍試合への出場権を得ることとなります。三日目の休日のこと、レークはイルゼという娘と一緒に町を歩きます。じつは彼女が、クリミナどのより命を受けた宮廷女官であることなどは、レークはもちろん知りません。おそらく、二人が金細工ベアリスの店に入ったのも偶然でしょうし、そのベアリスに指輪を見せ、間者と誤解されたのも、いわば成り行きでした。彼はただの好奇心によって動いていたのですから」
 アレンが語る話は、じつのところかなり省略され、二人にとって都合のよくない事柄については省かれてはいたが、それらはおおむね事実であった。
 その場にいるオライア公をはじめ、女騎士クリミナ、山賊のデュカスことローリング伯は、アレンの話をひと言も聞き漏らすまいというように、じっと耳を傾けていた。
「さて、次は、企てられた周到な陰謀劇についてです。いまオライア公爵が手にしておられる書面、それに書かれていた内容については、この場で申し上げるべきことではありません。ただ、それはたいへん重要な情報で、ましてや他国の間諜などに知られてはならぬ類の極秘事項、その最たるものであるでしょう」
 アレンは、オライア公の手にする密書を指さした。
「私は、今朝になって相棒から、その密書の半分を見せられました。これをどこで手に入れたのかと彼に問うと、ルミエール通りの屋敷にてガヌロンという名の伯爵から受け取ったものだと、彼はそう申しました。ここで問題なのは、そのガヌロンというのが何者なのかということです。おそらく、その名は偽名に違いないでしょう。私は少しでも手掛かりを知るために、その他の細かな事柄を相棒の口から聞き出しました。そして、私が出した結論は、このままでは私の友人である浪剣士は、いずれ投獄の憂き目をみるだろうということでした」
「ところで、馬上槍試合の一回戦で、山賊デュカスの試合を見ていたとき、私にはそれが替え玉の別人であることが分かりました。それは、私の剣士としての直感であると申し上げるしかありませんが、とにかく、宮廷からの回し者である……失礼、山賊のデュカスことローリング騎士伯どのは、おそらくなんらかの重大な事実を知り、試合への出場を捨ててまでなすべき事があった。もとより、大会での優勝などが目的ではなかったわけですから。推測しますに、宮廷女官のオードレイから事情を聞かされた伯は、今朝になって怪しむべきその金細工師、ベアリスの店へと踏み込んだのではないかと。そう考えた私は、槍試合の一回戦であえて落馬をし敗退しました。そして頃合いを見て試合場を抜け出し、町へと赴いたのです。そして金細工師の店にて、予想通りにローリングどのと遭遇することとなったわけです」
「恐るべき推察……やはり、貴公はただ者ではないな」
 ローリングが唸るように言う。
「恐れ入ります。さて、話はガヌロンというその伯爵のことに戻しますが、おそらく、彼こそがすべての企みの張本人であり、他国からの間者に情報を流し、その礼金をせしめていた、まさしく売国の輩であろうことは明白でした。いまから一刻ほど前、ローリングどのと私は、そのガヌロンの屋敷に潜入いたしました」
「おお……では、すでにその者を捕らえたと?」
 声を上げるオライア公に、アレンはうなずいてみせた。
「はい。そう言ってよいかと思います。ただし、まだ罪の告発をして罪人として捕らえたわけではありません。それにはこの場で、その罪を本人に認めさせねばなりません。そして、そうしなくては、私の友人であり相棒の嫌疑は完全には晴れないでしょう。ガヌロンであると思われる……いいえ、私が確信をもってそうみなす男は、もうすぐここにやって来ます。すでに、ローリングどのが騎士たちに命じまして、その者は連行されてくる途上にあります」
「私の一存で、騎士たちを動かしてしまいましたが」 
 ローリング伯は、国王と公爵に向かって頭を下げた。
「それはかまわん。この剣技会においては、おぬしたちには間者を捕らえ、その処遇を決する権限を与えてあるのだから。それより、そのガヌロンなる輩が何者であるのかについて、もう少し聞かせてもらえるかな?アレイエンとやら」
「もちろんです、公爵閣下。それでは、そのガヌロンなる人物を断定するに至った要因を、これからご説明させていただきますが、まずその前に……」
 アレンは、居並んだ騎士たちの方へ目を向けた。
「そちらにおられる、宮廷騎士ビルトールどのにも、ぜひここにお越し願いたいのですが」
 騎士たちの中にいて、身を隠すようにしていたその男は、名を呼ばれると、おずおずと顔を上げた。
「私に……何か用か?」
「恐れながら、あなた様にも関わりのあることでありますので。どうかこちらに」
「なんだと。おい浪剣士。まさか、この私に疑いをかけているとでも言うのか?」
 ビルトールは声をうわずらせた。その青白い顔にかすかに血の気を浮かべて。
「なぜ、騎士たるこの私が、下賤なる一介の浪士に名を呼ばれ、足を運ばなくてはならないのか……冗談ではない!」
「ビルトール卿、ひとつも後ろ暗き点がないのであれば、陛下の前に立ち、堂々とそれを証明されるがよかろう」
 ローリングが言葉をかけると、彼はその顔をさらにどす黒く染めた。
「それではやはり、あなたも、この私をお疑いか?同じ騎士たる身のローリング卿までもが?」
「まあ、そう興奮せずともよいではないか」
 オライア公がなだめるように言った。
「ビルトール卿、前にでるがいい。そしてこのアレイエンの質問に答えるなり、反論するなりすればよいだけだ。そうであろう?」
「わかりました……公爵がそう仰せならば」
 しぶしぶ進み出たビルトールに、アレンは一礼すると、さっそくきりだした。
「それでは、まず、いくつかの事実を挙げさせていただきます。はじめに、この密書の文面についてですが、ここに書かれている内容は、先にも申しました通り、重大なる秘密事項であり、おそらくは国の重要な役職にある者でなければ、決して知り得ぬ情報であろうという点です。これにより、少なくともガヌロン伯なる人物は、宮廷内部にてそれなりの地位にあるか、又は内部と内通した人物の近くにある者……どちらにしろ、国家の重要事項を知り得るほどの地位にあろうということが推測できます」
「つまり、おぬしが言うには、売国の所業をなすような輩が、このフェスーン宮廷の内部におるというのか」
 オライア公がその顔つきを険しくする。
「ええ。いくつかの要素を見るに、そう考えざるをえません。次に、ガヌロン伯の屋敷についてですが、これについては、金細工師のベアリスから場所を聞き出して、実際に私とローリング卿が屋敷に赴き、調べてまいりました。ちなみに、このベアリスという金細工師は、他国の間者を仲介した容疑ですでに捕らえてあります。証拠品なども店から多く発見されましたが、そのうちの一つに金でメッキされた、いかにも怪しい鍵がありました。それが実はガヌロンの屋敷の地下室に通じる鍵だったわけですが……とにかく、我々はその屋敷に入りました。ルミエール通りにあるガヌロンの屋敷は、立派な屋根窓と広い中庭を持つ、なかなか豪奢な建物でした」
 アレンはそこでいったん言葉をとめた。彼は、何かに気づいたように、広場の西側……中州とフェスーン市街を結ぶ橋の方へと、その顔を向けた。
「……どうやら来たようです。ガヌロン伯、その人が」 
 アレンにならうように、人々がそちらに視線を向ける。
 橋を渡ってくる四頭立ての馬車が見えた。騎士の乗る馬に先導されて、馬車はこちらに向かってくる。
 貴族席の近くで馬車はゆるやかに止まった。近づいたローリングが、護衛の騎士たちに何事かを確認し、こちらに向かって手を上げた。
「皆さん、ガヌロン伯として断定した人物……つまり他国の間者を引き入れ、国家の情報を売るという行為を行った人物が到着いたしました」
 アレンがそう告げた。
「おお。いったい、中には誰が……」
 オライア公をはじめ、客席の人々、貴族たちが、息を飲むようにして注目する。
 ゆっくりと馬車の扉が開かれ、そこから、一人の男が降りてきた。
 馬車から降り立ったのは、ずんぐりとした貴族であった。でっぷりとした腹が目立つ赤い胴着の上に黒のローブを着込み、宝石の入ったブローチをお洒落に光らせる。その姿はまるで、貴族の姿をしたヒキガエルのようでもあった。
「モランディエル伯!」
「おお……モランディエル伯が」
 そこに現れた人物を見るや、人々は驚きの声を上げた。
「モランディエル伯……」
「おお。これはオライア公爵閣下」
 当のモランディエル伯は、きょろきょろと周りを見回していたが、騎士に誘導されてこちらにやってくると、のんきそうに挨拶をした。
「お日柄もよろしゅう。また、つつがなく剣技会の儀を終えられたようで、なによりでありますな。しかし……それにしては、これはなんというか、物々しい雰囲気ですな。わしを連れてきた騎士たちも、変に緊張している様子だったし、なにかあったのですかな?」
「我々は現在、国王陛下の御前にて、罪人の告発を行っているところ」
 オライア公がそう告げると、
「おお、そうか。これは失礼した……陛下、陛下がいらっしゃるとは」
 モランディエル伯は慌てたように、そこにひざまずいた。
「国王陛下にはご機嫌うるわしゅう。この良き日に、このようにして陛下に近く拝謁を許されることは、この上なき喜びと存じま……」
「モランディエル伯。そちは何をしている?」
 国王から声をかけられると、伯爵はきょとんと首をかしげた。
「は、はっ?いえ……わたしは何もしては」
「そなたは、そこにおる浪剣士、アレイエンから、罪人として告発を受けておるのだぞ」
「はあ?罪人……ですと?この私めが……でありますか?」
 伯爵は頓狂な声を出すと、怪訝そうに眉を寄せた。何を言われているのかまったく理解していない様子で、横に立っている見慣れぬ若者に目をやる。
「浪剣士ですと?その金髪の若者はいったい。どうして、このわしが、何を……」
「叔父さん……」
「おお、ビルトールか。なんだ、おったのか」
 オライア公爵、宮廷騎士長クリミナとともに、並んで立っているビルトールを見つけると、モランディエル伯はその顔に作り笑いを浮かべた。
「試合はどうした?そうか決勝で敗れたか。それは残念……」
「あいつだ。間違いねえ。あいつが、オレに密書を渡した野郎だ」
 レークはたまらず声を上げた。
「あいつがガヌロンだ!」
「ん……な、なんだ?」
 騎士たちの中にいる浪剣士に気がつくと、伯爵はその顔を引きつらせた。
「わしは知らんぞ。そやつは何だ?」
 あくまで素知らぬていで言う。
「それに、こっちの金髪の男も、さっきから人の顔をじろじろと見おって……無礼な!」
「モランディエル伯爵ですね。初めてお目にかかります。私はアレイエン・ディナースと申します。そこにいる浪剣士、レーク・ドップは私の相棒であり、親友であります」
「……だから、なんだというのだ」
「伯爵は、レークをすでにご存じでありますな?」
「な、何を申しているのやら、とんと分からぬ」
 伯爵はぷいと横を向いた。
「わしは知らんぞ。そのような輩は。そのような浪剣士などは知らん。まったく、なにをいっとるのか……」
「ともかく、私の話を続けさせていただきましょう」
 落ち着き払った調子で言うと、アレンは人々に向き直った。モランディエル伯は、落ち着かなげにあたりを見回して、ぶつぶつと文句を言い続けている。
「さきほどの話の続きになりますが、我々はガヌロン伯の屋敷に入りました。しかし、すでに屋敷に人の姿はなく、まったくもぬけの殻でした。どの部屋を探索しても、そこが罪人の屋敷たる確たる証拠は見当たりません。我々が当てがはずれたような気分になっていたときでした。とある一室の壁掛けの裏に、秘密の入り口を見つけたのです。ベアリスの店で発見した例の鍵をそこに差し入れると、カチリと音をたて扉が開きました。それは、地下室への入り口でした。我々は、そこで密書の残りの半分を発見したのです」
「なっ……」
 伯爵は声を上げかけ、口に手をやった。その顔色が、みるみる青ざめてゆく。
「さて、ここで重大なのは、ガヌロンなる者が、はたしてどこの誰であるのかということについてです。ガヌロンというその名は、ご存じの方もおられましょうが、古い叙事詩に出てくる人物で、伝説の騎士ロラーンを裏切り、彼を陥れた悪の大臣の名でもあります。もう一つ、面白い事実として、我々が密書を発見したその屋敷には、大きな屋根窓がありました。その窓枠の装飾は月の女神ソキアをあしらったもので、そこには『アヴァリスはソキアに滅す』という文面が彫られていました。この文もロラーンの叙事詩に出てくる一文であります。つまり、ガヌロンなる人物は、叙事詩を解する詩的なセンスの持ち主であり、それと同時に、自ら裏切り者の大臣を名乗る、いわば悪趣味な洒落を好む人物であるといえます」
 アレンは、やわらかな物腰で、モランディエル伯に向き直った。
「つかぬことをお聞きしますが、伯爵」
「な、なんだ?」
「伯爵は、こちらにおられるビルトールどのとは、ご親戚……つまり、甥と叔父のご関係であられますな」
「それが……なんだというのだ?」
「私がレークより聞いた話では、その屋敷の地下室から漏れ聞こえた会話に『叔父さん』という声を確かに聞いたらしいのですが」
「ふん、くだらんな。そのような当てにもならぬ世迷い言を。わしとビルトールとは確かに叔父と甥だが、それが、そなたの言うガヌロンとやらと、関係があるとでも言うつもりか?」
「それでは、また別のことをお話ししましょう」
 優雅といってよい口調で、アレンは続けた。
「密書を手に入れて屋敷を後にした我々は、次に市庁舎へとおもむきました。今回の剣技会の賭け金が配当される場所です。我々はすぐに、馬上槍試合に出場している十六名の掛け率を調べました。最も人気だったのが騎士ブロテどの、次がビルトールどの。ここまではまあ当然でしょう。もしローリングどのやクリミナどのが、その顔を隠して出場していることを知っていれば、おのずと賭け率も変わっていたことでしょうが。さて、三番目に高い賭け率だったのが、ここにいるレーク・ドップです。無名の浪剣士とはいえ、試合での戦いぶりから、ずいぶんと評価が上がったのだと思いますが。しかし、そのレークに入れられた賭け札の中で、莫大な……そう、莫大と申してよいでしょう、大変な額の賭け札があったのです」
 この金髪の若者が、次にいったいなにを言い出すのかと、モランディエル伯は不安そうに、その目をきょろきょろとさせた。
「実際の額は、一見しただけでは計算不能ですので、はっきりは申し上げられませんが、とにかく市民たちの一人当たりの掛け金の数千倍という額です。たかだか一介の、たとえ相当の腕の立つ剣士であったとしても、所詮は名もない浪剣士ごときに、これだけの金額を思い切って賭けることができるものでしょうか。しかもその賭け札は、槍試合の決勝戦の組み合わせが決まった直後に……つまり、ビルトールどのとレークとの対戦が決まってからさらに増えていました。これはいくらなんでも不自然ですよ。これでは、絶対にビルトールがレークに勝つことはないと、まるで確信しているかのような賭け方です」
「……」
「さて、我々は市庁舎で待ちました。広場での決勝戦が行われ、試合が終わりさえすれば、配当のある者はただちに金を受け取ることが出来ます。そして、試合が終わった頃です。市庁舎の前に一台の馬車が止まりました。従者らしき男が市庁舎に入ってきて、控えの賭け札を大量に差し出したのです。賞金を受け取りたいと。我々はすぐに馬車に近づき、確認しましたよ。座席に乗っていたのは、モランディエル伯……あなたでしたね」
「……たしかに」
 モランディエル伯が、ようやくその口を開いた。
「掛け金をもらいに行ったのは、確かにこのわしだが……それが、それがなんだというのだ?」
「私がお訊きしたいのはですね、伯爵。あなたと血縁関係にあり、しかも宮廷では五本の指に数えられるほどの腕を持つ、ビルトールどのにはただの一リグたりとも金を掛けず、その対戦相手である一介の浪剣士に、およそ数百万リグもの大金を積まれたのは何故なのか、ということです」
「数百万……」
 貴族席の人々が一様にどよめく。いかに伯爵といえども、それは大変な額の金である。
「わしの……勝手だ」
 吐き捨てるように言うと、伯爵はいまいましそうにアレンを睨みつけた。
「いくら金を掛けようが。わしの勝手だ。そうではないか?」
「それはそうです」
 アレンはうなずいた。
「ところで、聞くところによると、伯爵は、昔の叙事詩や物語を集めたり、吟遊詩人を屋敷に呼んで伝説を語らせるのが、ことのほかお好きということですが」
「だからなんだ。何が言いたい?この浪剣士めが」
「調べたところ、ガヌロン伯の屋敷の地下室には、大きな書斎がありました。巨大な本棚には何百という数の物語の書物があり、そこには本と一緒に、精巧な金細工の飾り剣が、何本も飾られておりましたよ」
「……ガヌロンなど知らん」
「つまり、あのベアリスという金細工師は、他国の間者から宝石入りの指輪を受け取り、その代わりに金細工の剣を作って、それを目印という形にしてガヌロン伯に献上するという、いわば間者との仲介役をつとめていたのですね。同時に、飾り剣の代金を伯爵から得ることで、私財を肥やしていたわけです。私があの屋敷で見た剣は、どれもが素晴らしい精巧な細工のものでした」
 アレンは腰の革袋から、細長い布の包みをとりだした。
「これは、レークが金細工師のベアリスから渡され、ガヌロン伯に持っていった、その飾り剣です。美しい金細工と、そして……ルビーの埋められたじつに見事なものです」
「うそをつけ!」
 伯爵は大声で叫んでいた。
「そいつの言っていることはでたらめだ!その剣にルビーなど入っているものか。それに……地下室にそれがあるわけがない。なぜなら……う」
 伯爵は慌てて口をつぐんだ。だが、もうすでに遅かった。
「なぜなら……本物の短剣は、あなたが持っておられるから……でしょうか?」
「う……」
 返答に窮し、伯爵は黙り込んだ。だが、すぐに開き直ったように声高にわめきだした。
「短剣だと?そんなものは知らんぞ。それに地下室もだ」
「おやおや」
「……おお、そうとも。そんな屋敷などは知らんし、ロラーンもガヌロンも、エギンハルドも……そんなものは知らん!なあ、ビルトール、ビルトールや。そうであろう?」
「……」
「さあ、ビルトール。何か言ってくれ。わしのためになにか……」
 ビルトールは、無言で叔父である伯爵を見やった。その顔は、まるで苦痛に耐えるように歪んでいた。
「いま伯爵がおっしゃった通り、」
 包みから取り出した剣を見せながら、アレンは言った。
「これはレークがガヌロン伯に渡した剣ではありません。もちろんルビーもついておりません。これは、屋敷の地下室ではなく、ベアリスの店にあったものです。伯爵はそれを知っておられた。おそらく、受け取った短剣は、伯爵ご自身がお持ちなのではないかと思います。これは調べればすぐ分かることですよ」
「わ……わしは、わしは……」
「では、もう一度、簡単に事のあらましをなぞってみましょう」
 狼狽する伯爵にはもういっさいかまわず、アレンは先を続けた。
「剣技会予選が行われた夜、レークは騎士たちによる間者の闇討ちを目撃し、瀕死の男から指輪を預かりました。翌日からの試合で、我々は順調に勝ち上がり、馬上槍試合への出場権を得ます。三日目の休日に、レークはイルゼという娘と一緒に街を歩いていました。その娘は、実はオードレイという女官で、ここにおられるローリングどのとクリミナどのに、レークのことを探るよう命じられていました。二人は職人通りで偶然にも金細工師ベアリスの店に入ります。店の主人、ベアリスに指輪を見せたことで、レークは間者と勘違いされ、金細工の剣を渡されてガヌロンのもとに行くようにと指示を受けます。それに従い、レークは屋敷に赴いて、ガヌロンとの面会を果たすわけですが、もはや生き残っている間者はいないと思っていたガヌロンは、やってきたレークに驚きます。ガヌロンにとっては、間者とはすなわち金づるのことです。自分の情報を高額で売りつけて己の懐を潤し、さらに金細工師から飾り剣を受け取り、それをコレクションにしていたのですから。地下室に飾られていた剣の数を見ても、そのようにして情報を売っていたのが一度や二度ではないことがわかります。ただし、今回彼のもとにやって来たのは本物の間者ではありませんでした。レークの方は、当然ながら密書と引き換えるための謝礼金などは持ってはいない。おそらく密書が半分にされていたのは、謝礼金を持って来させた時点で残る半分を渡すことを、ガヌロンが提案したからでしょう。これが後になってガヌロン自身の首をしめることになるのですが……とにかく、その時点では、ガヌロンにとって大事なのは金であったわけです」
 オライア公爵も、女騎士も、ローリングも……淡々と語られる金髪の剣士の話に、ただじっと聞き入っていた。当のモランディエル伯は、半ば放心したようにしてぽかんと口を開けて、呆然と立っていた。
「さて、ガヌロンは、目の前にいるレークが、馬上槍試合に出場する十六名のうちの一人であることに気づきます。ここで彼の頭にはある計画が浮かびます。うまくすれば、密書の謝礼以上に儲かり、しかもより確実な計画が。ガヌロンは自分の甥である一人の騎士が、馬上槍試合への出場を決めていたことを知っていました。そこでガヌロンが考えたのは、自分の甥とレークとが対戦する試合で、わざと甥に負けさせることでした。無論、レークには多額の掛け金を入れておいてです。この新たな金儲けの種を、ガヌロンはさっそく実行に移します。ちょうど都合よく、屋敷に滞在していた甥を地下室に呼ぶと、ガヌロンは計画についての話をします。レークが偶然に聞いたのは、そのときの二人の会話でした。そのガヌロンの甥である人物についてですが、もはや言ってしまってもいいでしょうね……ビルトールどの」
「……」
 これまでほとんど声を発せず、うなだれていた痩せた騎士が、のろのろと顔を上げた。その目は不安げに見開かれ、唇は青ざめていた。肩をぶるぶると震わせる彼は、まるで病人のように見えた。
「僣越ながら……私がこの事件のあらましを調べはじめてから、ローリングどのを含め、数人の宮廷の貴族の方々から、貴重なお話を聞かせていただくことができました。それをあわせた上で、私はこの結論に至りました。これからそれをお話しします。言葉の端々のご無礼などはどうぞお許しください」
 そう前おきを述べると、アレンはまた話しだした。
「もう、言ってしまっていいでしょう……ガヌロン伯ことモランディエル伯は、ビルトールどのの父君……つまり伯の弟ですね、が亡くなってからは、なにかと甥である彼の面倒を見て、財産面でも彼と、その母君とを支援していました。また、モランディエル伯は宮廷騎士団の後見人でもあったので、父を失くし、貴族としても貧しく、立場のないビルトールどのが騎士団に入れたのも、伯の口添えがあったからだとお聞きします。このような理由から、ビルトールどのは、恩人である伯爵から思いがけない計画……つまり槍試合での八百長を打ち明けられたときにも、困惑はしたものの、それを無下に断ることはできなかった。また、彼にはどうしても大金を手に入れる必要もあった。ビルトールどのの母君は、父君の死後からずっと病にふせり、医者や看護人、侍女などを雇う金がどうしてもかかり、最近はそれらの給金の工面にとても苦慮していたと聞きます。もし、モランディエル伯との計画が成功すれば、大変な額の金が手に入るとあって、これまでずっと叔父である伯爵からの援助を頼みにしていたという弱みもこれで払拭できると、罪とは知りながら、あえてそれに加担することを決意します。そして、問題の馬上槍試合が開幕したのでした。ビルトールどのもレークも、伯爵の思惑通りに順調に勝ち上がり、そして決勝戦が行われます。おそらく伯爵と立てた計画では、レークとの試合で敗れた後、しばらくの時間をおいてから……少なくとも、伯爵が掛け金を手にしてから、あるいはその翌日にでもレークを告発し、間者の罪を着せるという段取りだったのではないですか?ビルトールどの」
「……」
「しかし……いざ試合が始まり、観衆の大声援を前にすると、その気持ちは大きく揺らいだ。あなたは一人の騎士として、この大観衆の前で自分があっさりと負けなくてはならないということに、やはり納得がいかなかったのでしょう。それまでの戦いから、観客はしだいにあなたに拍手を贈りはじめ、あなたもまた、それに応えるように見事に勝ち上がってきた。これまでは、貴族でありながらも己の貧しさを後ろめたく思い、一方では騎士としてもあまり期待されたことがなかったあなたが、その実力だけでついに観客の歓声と拍手を勝ち取るまでになった。伯爵との計画は実行するにしろ、少なくとも試合では良いところを見せ、できればそう……運悪く敗れたということにしたいと、あなたはそう考えた。しかし実際は、一度目の突撃であっさりと敗れてしまう。つい頭に血を上らせ、我を忘れたたあなたは叫んでしまう。これは八百長だ……と」
 アレンの声は、しだいにその鋭さを増していった。
「本来であれば、レークへの告発は後日にでもする予定だった。しかし、大観衆の前で敗北し、プライドを傷つけられたあなたはそれを我慢できず、その場でレークを告発する。少し早すぎたが、いったん言いだしてしまったからには仕方がないと、徹底的にレークを間者に仕立てあげ、自分の身に疑いがかからぬうちに口をふさいでしまおうと。浪剣士を処刑してしまえば敗北の屈辱も忘れられる。そうとも思ったのでしょうか。ですが……ただひとつ、大きな誤りだったのは、こんなに早くレークを告発し、捕らえてしまったことで、重要な証拠であるところの密書の半分がただちに明るみにでてしまったことです。残りの半分は、当然ながらガヌロン伯が持っている。本来であれば、金を受け取り、レークの口をふさいでしまえば、密書などはもう用済みと、ガヌロン伯はそれを処分していたことでしょう。しかし、伯爵の方は当然のことながら、広場で起こっていた早すぎた告発劇のことなどは知らず、決勝戦が終わる時間を見計らって、金を受け取りに市庁舎へ出かけてしまった。そのおかげで、我々は、重大な証拠であるこの密書の片方を、無人の屋敷から発見できたのですよ。つまり、これらすべてはビルトールどの……あなたの騎士としてのプライド、本来であればこの大剣技会において優勝を飾り、人々の喝采を一身に受けていたのは自分であるという、その強すぎる自尊心による失敗だったわけです」
 自分の話は終わったというように、アレンは観覧席に向かって一礼すると、オライア公爵にうなずきかけた。
 しばらくは、誰も、何も言わなかった。
 客席は静まり返り、そこにいた人々、騎士たちは……驚きか、あるいは困惑に包まれ、身じろぎもしなかった。
「モランディエル伯は……」
 口をひらいたのは、オライア公だった。
「宮廷騎士団の資金を提供していた、いうなれば、騎士団の責任者だったな……」
「はい……」
 うなずいたのは、宮廷騎士長である女騎士、クリミナだった。
「そして伯爵は、機密事項を決める、宮廷の軍事会議にも出席できる権限をお持ちです」
「なんと馬鹿なことを……」
 オライア公は、手にした密書に目をやり首を振った。
「嘘だ。でたらめだ。わしは……ガヌロンなどではない」
 周りを見回しながら、伯爵は力のない声で言った。
「……そうだ、その浪剣士に多額の金をかけたのは、その者の強さを試合で見て知っていたからだし……確かに、わしは叙事詩が好きで、本や物語を集めてはいるが、あの屋敷の地下室にはロラーンの詩編は置いていなかった。そうとも……それに地下室の鍵をベアリスなどが持っているはずがない。奴はただの……ただの、」
言葉の途中で、その顔を引きつらせる。
「……ああ、まさか!もしや、たびたび地下室から宝石が無くなっていたのは……まさか奴が、ベアリスの奴が、まさか。ああ……金細工師め、勝手に地下室の合鍵を作っていたのか?」
 モランディエル伯……いやガヌロン伯は、血走った目をあてもなく四方にさまよわせた。その口からは罵りの声が上がる。
「ああ……、あああ……裏切りもの。泥棒だ。奴は泥棒だ!」
「ビルトール、ビルトール。わしではない。悪いのはわしではない。そうとも、わしはだまされていただけだ。わしではないのだ……わしでは」
「もう……よしましょう。叔父さん」
「ビルトールや。何をいっておる?さあ、お前からも言ってくれ、悪いのはわしではない、すべては間違いで、ガヌロンなどはこの世に存在しないと……」
「叔父さん……」
 青白い顔の騎士は、足元にすがりつく叔父を見下ろした。
「僕は、僕はもういやだ。こんなのは……」
 彼は顔を歪め、大きくかぶりを振った。
「ビルトール……」
「僕は、僕は……いつだって、かっこよく、勇敢な騎士になりたかったのに。この剣技会で、実力で優勝したかったのに……」
 しわがれた声をもらし 地面に突っ伏すと、ビルトールは嗚咽した。
「ああ、母上に……なんて言えばいいんだ。もう、いやだ。僕は……もう」
 人々は無言のまま、かつては希望に燃える騎士であった青年と、その横で呆然とする売国の伯爵を、ただじっと見つめていた。
「国王陛下に申し上げます」
 すいと進み出たのは金髪の美剣士、アレンだった。
 ふわりと優雅にひざまずき、彼は国王に向かって静かに告げた。
「私は身分なきただ一介の剣士の身でありますが、かけがえのない友人にきせられたいわれなき罪を晴らすため、僣越ながら、方々の前で事の真実を告げさせていただきました」
 その凛然たる声の響きは、誰よりも強い意思をもつように、人々に届いた。
「私、アレイエン・ディナースは、モランディエル伯、ならびに宮廷騎士ビルトールどのを、他国間者との共謀と、王国への裏切りの事実をもって、ここに告発いたします」



次ページへ