水晶剣伝説 T〜トレミリアの大剣技会〜
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 深夜の事件

 闇の中で、むくりとなにかが動いた。
 夜の八点鐘から、もうずいぶんとたっている。かがり火の前に立つ見張り当番の騎士以外は、ほとんどのものが寝静まった夜半である。
 この天幕でも、藁の上に三つの人影が並んで、ゆるやかな寝息をたてていた。はずであった。ほんの少し前までは……
 だがいまは寝息は消え、不自然なまでの静けさが天幕のなかに充満していた。
 そして、ひとつの人影がゆっくりと起き上がった。それはしばらく、気配をうかがうようにじっと動かなかったが、やがて音を立てずに立ち上がると、そのまま外へ出ていった。
 天幕はまた、静寂に包まれた。
 しかし、少しもしないうちに、今度はべつの人影がふたつ同時に起き上がった。
「行くか」
「ああ」
 天幕の外へ出ると、月に照らされた二人の姿が夜闇に浮かび上がる。むろん、それはレークとアレンの二人だった。
「眠ったふりをするのは疲れたろう?」
「いいや。実際に眠っていたんでな。オレはどんなに熟睡していても、近くで気配が動けばすぐに気づくのさ」
 闇に溶け込むような黒髪を束ね直し、レークは相棒ににやりと笑いかけた。月光のもとでプラチナのように輝く髪をかき上げ、アレンはくすりと笑う。
「ということは、始めから事態を予想していたわけではないわけだ。おめでたいやつめ」
「なんだよ。こうなると分かってたんなら、最初から言ってくれてもいいだろうに……」
「しっ、静かにしろ」 
 なにかを見つけたように、アレンが前方を指さした。二人とも視力はおそろしくいい。闇の中に天幕の間をぬうようにして歩いてゆく人影が見えた。それは、ついさっきまで同じ天幕で眠っていたはずの山賊、デュカスだった。
「いったい、どこへ行こうってんだ。あいつは」
「さあな。だがこの深夜に一人で外をうろつくというのは、ただ事ではあるまい」 
「だがよ、アレン。オレには、あいつは、そう悪いやつだとは思えないんだがな……」
「悪い奴か、そうでないかなどは、この際問題ではないさ。重要なのは、あのデュカスと名乗った男にどんな目的があるのか、そして、それが俺たちに、どう影響があるのかだ」
 二人は目を見交わすと、気づかれぬようその後をつけはじめた。
 前をゆく山賊は、天幕の間を抜け、松明が囲む外側へと、迷いもなく近づいてゆく。
「やつは、どうする気なんだろうな」
 そのまま見ていると、当然のように、山賊は見張りの騎士に呼び止められた。騎士との間で何事か会話が交わされたと思うと、山賊は騎士のあとについてゆき、ひとつの天幕の中へ入っていった。
 やや離れて様子を見守っていた二人は、顔を見合わせた。
「おい、やつは騎士の天幕へ入っちまうぞ。ありゃ、どういうこった?」
「ふむ。たぶん、奴にはなんらかの目的があったのだろう」
「目的って、騎士と会うことなのか。じゃあ……やつはいったい、何者なんだ?」
「それはまだ分からんが、待て……」
 アレンは声をひそめた。すぐにその天幕から何人かの鎧姿の騎士たちが出てきた。山賊も一緒になって、しきりに言葉を交わしているようだったが、なにを話しているのかまでは分からない。すると、かれらはそれぞれに歩き出した。
「どこへ行くんだ?あいつら。おい、アレン、オレたちも後をつけるか」
「いや……待て」
アレンが止める。そのまま見ていると、山賊だけは騎士たちの一隊を見送って、一人でまた別の方向へと歩きだした。
「おお、やつだけは違う方へ行くようだぞ。どうする?アレン」  
「そうだな……」
「騎士たちも気になるが、あのデュカスの野郎が、この夜更けにどこへ行くのかもどうにも謎だぜ。なんなら、ここは二手に分かれて後をつけるか?」
 少し迷ってから、アレンはうなずいた。
「……それしかないな。では、俺は山賊のあとをつける。お前は騎士隊の方だ」
「そりゃないぜ、おい」 
 レークは不満そうに口をとがらせた。山賊の正体が気になって仕方がないのである。
「見てみろ。やつはどうやら城門の方へと向かっているようだ。城門付近にも当然見張りの騎士が多くいるだろう。俺一人ならばなんとかなる。それに、ちょうどいい機会だ。うまく城壁の向こうに入り込んで、宮廷区域の様子も知っておけば、後で色々と役にたつかもしれんからな」
「へいへい。お前の言うことはいつだって正しいさ」
「もちろん、あちらの騎士の一隊の動きも非常に気にはなる。この夜中にああして完全武装して出てゆくからには、きっと何かがあるんだろう。そちらの方は頼んだぞ」
「ああ。まかせておけ」
 レークはにやりとうなずいた。
「ただし、無茶はするな。何があっても深くは関わるな。夜明け前までには戻るんだぞ。俺たちがあやしまれては元も子もないからな」
「はいはい、分かってますよ。さあ、早く行かねえと奴を見失っちまうぜ」
「よし、では行くぞ。くれぐれも無用な行動はするなよ」
そう念を押すと アレンは懐から小さな短剣を取り出した。実戦用というよりは飾り剣という感じのもので、精密な彫刻がほどこされた柄頭には、青紫に光る宝石が埋め込まれている。
「もっとそばによれ、レーク」
物陰から出ると、二人はぴったりと並んで歩きだした。そのまま、騎士の天幕に近づいてゆく。
「何者だ、止まれ!」  
 こちらを見つけた見張り騎士が、当然のように鋭く誰何してきた。
「きさまら、剣技会参加者だろう。こんな夜になにをしている。参加札を見せろ」
「……」
 アレンは無言のまま騎士に近づくと、逆手に持った短剣をゆっくりと胸の前にかかげた。その柄に輝く宝石を目の前にかざすようにして。
「何のつもりだ、きさまら。一体……」 
 身構える騎士に向かって、アレンがぶつぶつとなにかを低くつぶやく。すると、短剣の宝石が一瞬、あやしくきらめいたかに思えた。
 その刹那、不思議なことが起こった。
「あ……」 
 騎士の体が一瞬ぶるっと震え、硬直した。かと思うと、その口から声にならない低いうめきが漏れた。
 だがそれも一瞬だった。そのまま騎士は、何事もなかったかのようにこちらに向き直る。
「な、なにものだ。オマエ、たち……」 
 再び誰何するその口調は、さっきと違って奇妙にたどたどしく、まるで寝言のようにぎこちない。騎士のうつろな目を覗き込むと、アレンは満足げにうなずいた。
「トレミリア、の騎士どの。申し訳ない。我々は、山賊のデュカス、のあとを追い、ここまで、やってきたのだ」
まっすぐに騎士の目を見ながら、アレンはゆっくりと言葉を区切るようにして訊いた。
「彼は、我々の、友人だ。彼は、どこへ、行ったのだ?」
「山賊……デュカス?しら、知らない」 
 まるで操り人形のように、騎士はぎくしゃくとした口調で答える。
「そうか。ならば、デュカス、でなくてもいい。髪を束ねた男、はどこへ行った?」
「あ、ああ……あの方は、きゅ、宮廷にゆかれた……」 
「そうか、やはり」 
 うすく微笑みを浮かべると、アレンは、今度はいくぶんその語気を強めた。 
「では、ここを、お通し願おう。我々も、行かなくてはならない。彼の友人、だからな」
「友人、分かった。あの方の友人なら、ならば……よし。通って、よし……」
「ありがとう。それから、このことは報告する必要はない。君はもう天幕に戻り、朝までゆっくりと休むといい」
「朝まで、休む……」
「そう。眠れば、忘れられる。忘れられれば、眠りにつける」
 アレンの言葉に、騎士はぎくしゃくとうなずくと、そのままふらふらと天幕の中へと歩きだした。
「よし」
 事は済んだとばかりにふっと息をつくと、アレンは短剣を大切そうに懐にしまった。
「しかし、いつもながら見事なもんだ。水晶の魔力か……」
「ふむ。根が単純な相手ほどかかりやすい。普段から命令を受けることを義務づけられている騎士などというのは、とくにな」
「そういうもんかね。では、命令が大嫌いなオレは、お前に操られることはなさそうだ」
「冗談を言っている暇はない。さて、では、ここで分かれよう」
「ほいきた」
「いいか、何かあったらすぐに戻ってくるだぞ」 
「オーケイ、じゃ、またあとでな」 
 二人は目を見交わすと、アレンは山賊の後を追い宮廷の城門へ、レークは騎士たちの消えた南の方角へと、それぞれに動きだした。
 広場をぐるりと囲む城壁には松明が炊かれ、見張りの騎士たちが行き来している。それに見つからぬよう、なるたけ城壁の真下の暗がりに隠れるようにして、レークは走っていた。
「方向からして、こっちの方にいると思ったんだが」
 もうずいぶんと走ってきたはずだ。やがて城壁がとぎれ、川べりまでやってくるとレークは歩をゆるめた。そのまま慎重に土手に近づいてみる。
 土手の上からは、月明かりに照らされた川の水面が、きらきらと光っているのが見える。耳を澄ませると、流れる水音の響きに混じって、確かに人の気配が感じられた。
(いるな)
 草の上に体を伏せて暗がりに目を凝らす。すると、川べりにいくつもの人影があった。
(やはり、さっきのやつらだな)
 それがさきほどの鎧姿の騎士たちであることを見て取ると、レークは息を殺して、じっと様子をうかがった。
「なにをする!」
 暗がりの向こうで、突然声が上がった。
「まて。違うぞ……俺たちは何もしていない」
「なにかの間違いだ。た、たすけてくれ!」
 悲鳴にも似た叫びとともに、カシッ、カシーンと、剣の合わさる響きが、夜の静寂を引き裂いた。
「うわっ、あああっ」
「待てっ。やめてくれ。ちくしょうっ!」
 うわずった叫び声。剣を抜いた騎士たちの影がうごめいた。訓練された騎士の一隊が相手では、かなうはずもない。何合か打ち合いの響きが上がり、低い断末魔の声が上がった。
(こいつは、えらいものを見ちまったな)
 辺りは静けさを取り戻していた。騎士たちは倒れこんだ男たちを確かめてから、何事もなかったかのように、その場から去っていった。
騎士たちが離れてゆくのを待ってから、レークはゆっくりと起き上がった。急いで川べりに降りてゆくと、そこに横たわった二人の男を見つけた。
「おい、しっかりしろ。生きてるか?」
 倒れている一人の体を揺すってみるが、ぴくりとも動かなかった。目はかっと見開かれ、胸や首筋から大量に血が流れている。男はすでにこと切れていた。
「安らかなれ……だな」
 隣に倒れているもう一人も、胸や腹から血を流していたが、こちらはよく見るとまだかすかに息がある。だが胸の刺し傷は背中まで達しており、これではどうにも助かりそうにはない。
 少し迷ってから、レークは男を強く揺さぶった。
「おい、しっかりしろ。おいっ」 
「う……ああ……」 
 男はぴくりと体を震わせ、その口から苦しげな呻きをもらした。
「おい、どうした?何故やつらに斬られた。お前は剣技会の参加者か?」
「う……」
 男の目がごく薄く開かれた。
「だ……だれ、だ?」
ぜいぜいという苦しそうな呼吸音にまじり、かすかに声が聞こえた。
「俺は、レーク・ドップ。剣技会に参加する浪剣士だ」
「ろう……けんし」
「そうだ。お前もそうだろう。剣技会に出るためにフェスーンに来たのだろう」
 レークは男の頭の耳元に話しかけた。
「どうした?いったいどうして、騎士たちはお前らをこんな目に」
「ろ、浪剣士……」
 男の声が、意志を持ったように少しだけはっきりとなった。
「そうだ。浪剣士だ。何か言い残すことは?誰かに伝えることはないか?」
「お、おれの、指輪を……」 
 男はぶるぶると震える手を持ち上げた。 
「指輪?」
「この指輪を……」
 べっとりと血の付いた男の指に、赤い宝石の指輪がはめられていた。
「ああ、この指輪か。これをどうするんだ?」
「ゆびわ……を、たのむ」 
「何だ?指輪をどうすればいい」 
「ゆびわを……渡して、……んさいくし、ベアリ」
 レークは男の口元に耳を寄せた。かろうじて聞き取れるくらいの、かすれた声であった。
「誰だ、誰に渡せばいい?」  
「ベ……ベアリス、きんさいくし……」 
「きんさいく……金細工師か?」
「ゆびわ……を、渡し……、たの……む」
 男の声は、ほとんどうわ言のようになっていた。
「ゆびわ……、たのむ……、だれ……にも」 
「分かった。金細工師のベアリスという奴に、これを渡せばいいんだな。安心しろ。ちゃんと届けてやる」 
「たの……む」 
 男の手ががくりと落ちた。目を見開いたまま、男は息絶えていた。
「すまねえな。目の前で斬られたあんたらを助けられずに……許せ」
 男の体を横たえてやると、その指輪を懐にしまい、目を閉じて祈りを捧げる。
「こいつはちゃんと届けるぜ。安心しな」
 この場を離れようと歩き出そうとしたとき、
「そこの、何者だ!」
 鋭い声が上がった。振り向くと、土手の上にいくつもの鎧姿が現れた。
「そこを動くな!あやしい奴め」 
 居並んだ騎士たちが一斉に剣を抜きはなっていた。
「ちっ、オレとしたことが……」 
 死体を片づけるための一隊がやってくるだろうことを、予測できなかった自分に腹を立てる。川の水音のせいもあったかもしれないが、気配に気づかず油断したのは間違いない。
 いったん腰の剣に手をやったが、
(ここでヘタに戦っちまったら、たとえやつらを倒したとしても、まずいことになるな。おそらく騒ぎが伝わって、大勢の騎士がやってくることになるか)
(となると……)
 レークは、そのまま川ぞいをだっと走り出した。
「逃げたぞ。追え!」 
 がちゃがちゃと鎧の音を立てて、騎士たちが土手を駆け降りてくる。
(バーカ、逃げ足にかけちゃあ、自信があるんだよ)
 あの重い鎧ならば、追いつかれることはまずないだろう。それに、この暗がりだ。まだはっきりと顔は見られてはいないのは幸いだった。ここを逃げきって天幕に戻ってしまえば、見つかることもないはずだ。
(面倒なことになっちまったら、アレンの先生に怒られちまうからな)
 しばらく川べりを走り続けてから、そろそろ、まいたかといったん歩を緩めてみる。だが、少しもしないうちに、背後から追っ手の気配が聞こえてきた。
「はっ、なんてしつっこい奴らだ。騎士ってのは、生真面目な堅物だと聞いていたが、まったく本当だぜ。罪なき剣士を追いつめてどうしようってんだ、ちくしょうめ」
 悪態をついて、再び走り出す。
 だが、今度はほどなくして、どうしても立ち止まらざるをえなくなった。
 まるで行く手をさえぎるように、目の前に黒々とした城壁がたちはだかっていた。これが川から宮廷内へと水をひく、水道橋だとまではレークは知らない。
「くそ。なんてこった。まずいぜ……こりゃ」
 なんにしても、このままでは追い詰められてしまう。どこか逃げ込める所はないものかと壁に近づいてみたが、石造りの壁には身を隠せそうなところはない。
「とにかく、どっかへ行かねえと」
 仕方なく、レークは城壁にそって東へと走り出した。しだいに方向感覚も定かではなくなってきたが、ともかく勘を頼りに進むしかない。
 城壁の真下の暗がりをしばらくゆくと、遠くに点々とした光が見えた。天幕を囲む広場の松明に違いない。このまま見つからないで、もとの天幕に戻れればよし。後ろからはまだ追手の気配はない。
 レークはそちらに向けて歩き出した。辺りには木々や茂みがあるので、簡単には見つからないはずだ。なるたけ気配を消して歩いてゆく。
「おお、こいつはいいぜ」
 さらに行くと、前方を横切るように堀が通っていた。近くに渡れるような橋はない。ここを飛び越えれば、鎧を着た騎士たちはもう追っては来られないだろう。
「どれ、幅は三ドーン程くらいか。これなら軽く飛び越せるな」
 堀を覗き込んでいたレークが、ふと後ろを振り返った、その瞬間だった。
 「あっ!」という、悲鳴が上がった。
 ほとんど同時に、がしんと鈍い音が響き、なにかが地面に倒れた。
「いててて……くそっ、お気に入りの甲あてが割れちまった」
左手をさすりながら、レークはいまいましそうにつぶやいた。
「にしても、まったく、俺の背後をとろうなんて、いい度胸だぜ。いくらなんでも、二度も気配に気づかねえへまをやらかすわけはないだろう」
 地面に倒れている相手を見下ろす。
「なるほど。騎士は騎士でも鉄の鎧はなしか。どうりで、すぐ近くに来るまでわからなかったわけだ。まあ、そのおかげで剣を使わずにすんでよかったけど」
 一瞬、背後の気配を感じたレークは、振り向きざまにすさまじい早業で相手の首筋に手刀をはなったのだ。
「さて、このままずらかるかな。もう長居は無用と……」
 もう一度、倒れている騎士に目をやると、なんとなく、その姿に興味をひかれた。
「まてよ。こいつは……」
 地面に広がった白いマントは、白リスの毛皮が裏打ちされた大変立派なものであった。よくよく見ると、騎士の鎧の胸当てには精巧な紋章が描かれている。それは、この騎士がただの下級騎士ではないことを物語っていた。
「ふん……なんだろうね。高級貴族のおぼっちゃん騎士かなんかかな。もしかして、痛い目にあわせちまって、まずいことしたか……」
 少し迷ってから、レークはかがみ込んで、騎士の体にそっと触れてみた。
「おや、思ったより細いぞ、こいつ。こんな華奢な体格で騎士がつとまんのかね……」
「う……」
 かすかに騎士が呻いた。
 その横顔が月明かりに照らされる。レークは驚きに目を見開いた。
「こ、こいつ……。女……か?」
それは、まぎれもなく女性の……それもまだ若い女の顔であった。レークは思わず、まじまじと、その女騎士の顔を覗き込んだ。
「よく見ると……なんて、綺麗な女だろう」
 肩までかかる栗色の髪に、ほっそりとした鼻筋、サンゴ色の唇は薄く開かれて、そこから小さな息づかいが聞こえている。
「なんなんだ……この国は。女が騎士になるなんて……信じられねえな」
 そっと伸ばしたレークの手が、その白い頬に触れた。すると、女の閉じたまぶたがかすかに震えた。
「う……ん」
「おっ、目を覚ましそうだ。ど、どうする。まずいぜ……」
たとえ女といえど騎士は騎士には違いない。こちらの顔を見られたら、面倒なことになりかねない。
 さらに悪いことに、背後からがちゃがちゃと鎧の音が聞こえ、暗がりの向こうに追っ手の騎士たちの姿が見えた。
「見つけたぞ、あそこだ!」 
「追え!やつを逃がすな」  
「やべえ、やべえ」 
 横たわる女騎士をちらりと見やり、レークは走り出した。
「あばよ。べっぴんの騎士さん」
 軽やかに堀を飛び越える。駆けつけてきた騎士たちの前で、その姿はすっぽりと、闇のなかに消えていった。


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