水晶剣伝説 W スタンディノーブル防城戦

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 勝利の予感は、城壁上にいるすべての兵たちに広がっていた。
 放たれる矢は隠れる盾を失ったジャリア兵たちを次々に仕留めてゆき、塔からの的確な投石が敵のダメージをさらに大きくした。そうして、太陽が中天に差しかかる前には、城壁側にはすでに勝利を確信するかのような空気がただよい、矢を射る兵たちと騎士たちの気勢をますます高めていった。
「よーし、いいぞ。こうなりゃ、今日中にカタをつけてやろうぜ!」
「おおっ」
 レークの言葉に、投石機を操る若い兵たちも勇んで声を上げる。
「次はどこを狙いますか?」
「そうだな……あの辺にまだジャリア兵が密集しているようだ」
 レークが敵陣の一角を指さすと、横に来た若い騎士が、塔から身を乗り出すようにそちらを見ようとした。そのとき、
 しゅん、と風が切り裂く音とともに、何かが突き刺さるいやな音を、レークは聞いた。
「あ……」
 何かを言おうと口を開きかけた騎士の、その目がかっと見開かれた。
「ぐ……」
 びくりと体を痙攣させる騎士……その口から、ごぼっと血がこぼれる。いったいなにが起きたのかという顔つきで、騎士の目がレークを見た。
「おい……」
 手をさしのべようとするレークの前で、その体がゆっくりと後ろに倒れる。騎士は何度か痙攣し、そのまま動かなくなった。その胸には鉄の矢が突き刺さり、背中まで貫通していた。
「……」
 レークは言葉を失ったままその場に立ち尽くした。他の兵たちも、みな信じられぬものを目にしたような顔で、こと切れた騎士を見つめている。
 城壁の方に目をやると、そちらでも異変が起きていた。守備隊の騎士が、一人、また一人と、次々に鉄の矢に貫かれて倒れてゆくのである。
「な、なんだ……いったい何が」
 レークは胸壁の狭間から敵軍の様子を覗いた。
 ついさきほどまでは、こちらからの投石と弓矢の攻撃で、敗走寸前にすら見えたジャリア軍であったが、今はやや距離をとった位置に下がって布陣していた。そして、その後方……崩れ落ちた投石機のさらに後ろに、奇妙な形をしたものが見えた。
「なんだ……あれは」
 目を凝らして見ると、それは台座のついた大きな弓のような兵器だった。弓の部分には細長い発射台のようなものが付けられていて、それはクロスボウが大型になったものにも見えた。
「あれは、アーバリストだ!」
 レークの横にいた兵が声を上げた。
「アーバリスト?」
 レークもその名前を聞いたことはあった。バリスタとも呼ばれるそれは、据え置き式の大型の弩砲であり、攻城戦においては、トレビシットとともに絶大な威力を発揮する。あまりに殺傷力が強すぎるということで、リクライアでは、大陸間相互会議において使用が禁止されている兵器である。
「一、二、三、四……六、七、」
 目の良い兵が、ここから敵陣にある弩砲の数を数えた。
「八……じ、十台近くあります」
「アーバリスト……、あれが……」
 兵たちは顔を青ざめさせた。
「なんてことだ。まさか敵があんなものを使ってくるなんて……」
「それが十台も……」
 目の前に横たわる騎士の亡骸……その体を差し貫いたのは、通常の矢よりもずっと太い鉄の矢で、その凄まじい威力の前には、鎧などはまるで役に立たない。その兵器には、城の兵たちに、戦慄にも似た恐怖をもたらすだけの効果があった。
 城壁からは、さきほどまでの勝利の歓声は消え去った。かすかな静寂ののちに、兵質の動揺を示すざわめきが広がり、それはやがて悲鳴へ変わった。
「うわっ」
「ぎゃあっ!」
 空気を引き裂くように鉄の矢が飛んできて、次々に騎士たちの鎧を貫いてゆく。
「伏せろ。的になるぞ、伏せろっ!」
「わああっ」
 悲鳴と絶叫が城壁に響く。
「ロドニーがやられたっ」
「ぐわっ、鎧ごと体に……痛えっ。抜いてくれ、早く……あああっ!」
 アーバリストの矢は通常の矢よりもずっと太く、レイピアの剣先ほどもある。それが発射台で強烈に引き絞られて放たれるのだ。さらに矢尻に蜜ロウを塗ることで、鉄の鎧すらも易々と貫通するほど強力になる。また、通常は弧を描いて飛んでくる弓とは違い、高い城壁に向けて撃たれたものでも、アーバリストの矢はまっすぐに飛んでくるので避ける暇もない。弩砲は、まさに攻城戦において、恐るべき殺人兵器なのだ。
 ほんのいっとき前までは、勝利を確信していたはずの守備隊の兵たちも、今では敵の新たな兵器の前で、恐慌に陥っていた。勇敢にも弓で反撃を試みるものもいたが、中には命令に逆らい城壁上で身を伏せて震えるものや、手にした弓をその場に捨てて逃げようとするものも出てきた。
 敵の弩砲は圧倒的なその威力で、城壁の兵たちを蹂躪していった。敵の射手はかなりの手練らしく、その狙いは無慈悲なまでに的確だった。城壁の守備兵はもちろん、塔の上で投石機を操る兵もその標的にされた。
 レークのそばでも、また別の兵の胸元に鉄の矢が突き刺さった。
「ぐわあっ」
 体を貫かれた若い兵は、その場に転がり、苦痛にのたうち回った。レークは騎士の体から矢を引き抜こうとしたが、体から吹き出す血で手がすべる上に、鉄の矢尻が完全に背中の方まで突き抜けており、もはや抜くのは不可能だった。
「おい、しっかりしろ!おい」
 半ば無駄とは知りつつも、レークはその体を抱き起こして声をかけたが、若い兵は苦悶の表情でもがき、やがて息絶えた。
「……」
 そばにいた兵たちは、皆その顔を蒼白にして、無言で立ちすくんでいた。
「くそっ。おい、なにしてる。石だ!」
 彼らを奮い立たせるようにレークが命じた。
「投石機を動かせ。こうなったら、あの弩砲を石でつぶすしかねえ」
「は、はい」
 まだ顔をこわばらせたまま、塔に残っている三人の兵は動きだした。人数が足りないのでレークも石を運ぶのを手伝った。
「よし、撃てっ!」
 合図とともに石が打ち出される。だが、放たれた石は敵の弩砲までは届かなかった。
「ダメだ。もっと小さな石だ!」
 だが、一回り小さな石で試してみても結果は得られなかった。敵兵の密集した場所を狙うことはできても、弩砲単体に命中されることはなかなかに困難だった。それに敵の布陣も、今はこちらの投石を回避するため散開していて、これまでのようには狙いがつけられない。
「くそっ」
 レークは唇を噛んだ。
 すぐ近くでまた、ビシュンと空気を切り裂く音が響いた。振り返ると、弩砲からの鉄矢が投石機のスプーンを砕いていた。
「ああ……」
「ダメだ」
 残った兵たちはその場に膝をついた。
 そんな彼らを鼓舞するように、レークは自ら弓を握った。
「まだだ。あきらめるな。お前らも弓をとれ!」
 矢をつがえ、苦手なはずの弓を敵に向けて引き絞るレークの姿に、兵たちも各々の弓やクロスボウを手に、塔の上からジャリア軍に向けて矢を放ちはじめた。
 だが、敵の弩砲には矢避けの盾が備わっており、たとえ矢が当たったとしてもどうということもない。逆に、こちらが狙い撃ちされる危険の方が大きいのだ。
「うわあっ!」
 レークの横でクロスボウを手にした兵が、悲鳴を上げて倒れた。鎧ごと腹の真ん中を貫かれた騎士は、ぴくぴくと体を痙攣させ、目を白黒させる。
「フレド!」
 仲間の兵が駆け寄った。矢の刺さった上体を支えて兜を脱がせてやると、まだ少年といってよいあどけない顔が現れた。
「フレド。しっかりしろ!」
「お、お……オレは、もうダメだ……」
 口から泡まじりの血を吐き出しながら、少年兵は苦しそうに声を出した。
「う……レ、レークどの」
「しゃべるな。苦しいだろう」
「あとを……あとを頼みます」
「ああ、分かった」
 少年兵はにこりと笑うと、そのままがくりと首をのけぞらせた。
「フレド!」
「ちくしょう……ちくしょう」
 おそらく仲の良い友人であったのだろう、仲間の二人が肩を震わせる。
「……」
 レークはそこに、自分とアレンのことを思い浮かべていた。もし……自分が死んだら、アレンもこうして涙を流してくれるのだろうか……
(あいつなら、きっと……その前に冷静に敵を倒すことを考えるだろうな)
 立ち上がったレークは、涙を流す二人の兵に言った。
「さあ、お前ら。立てよ」
 己自身にも言い聞かせるかのように。
「戦うんだ……友達の分もな」
 レークは少年兵の使っていたクロスボウを手にとった。残った二人の兵も、唇を噛みしめてそれぞれの弓を手にすると、震える手で矢を引き絞った。

 戦いの形勢は、明らかに逆転していた。
 ジャリア軍の弩砲は射程も長く、その上どんな鎧でも楽々と貫通するだけの威力があった。弓兵の数だけ見れば、城壁の守備隊がはるかに勝っていたが、ひとたび騎士たちに広がった弩砲への恐怖は、彼らの弓を引く手を震えさせ、城壁の前列に立つことをためらわせた。一人、また一人と、鉄の矢にくし刺しにされる仲間を目の当たりにして、彼らの戦意は少しずつ削り取られていった。
 城側の兵たちにとっての苦しい戦いは日没まで続いた。
 辺りが暗くなりはじめるころになって、ようやく敵の弩砲による攻撃がやんだ。日が沈んでしまうと、いくら威力のある弩砲でも暗がりに狙いを付けられない。
 城壁を守る騎士たち、傭兵たちは、ぐったりとしてその場にへたり込んだ。今朝方までの優勢から一転、彼らはまるで、弓で狙われる鹿のように、いつ体を貫かれるかもしれぬ恐怖にさらされ続け、身も心も疲れ果てていた。
 ジャリア軍の攻撃がひと段落したと見て、守備隊の隊長ボードとブロテは、今後の対策を検討すべく、主要な面々を急ぎ広間に集めさせた。城壁には交代で見張りの騎士を立たせ、丸一日戦ったものは、食事と休憩をとることを許された。疲れ切った兵たちは城内に転がり込むと、与えられたパンと塩漬け肉をかじりながら地面に座り込んだ。
「アーバリスト、あれはやっかいな代物ですぞ!」
 会議の席で、副隊長のコンローが顔を蒼白にさせて叫んだ。
 他のものたちは、そんなことは分かっているとばかりに、誰も声を発しなかった。隊長のボードも、トレミリアの騎士ブロテも、それにレークもが、ただ疲れた顔をしてそこにうつむいていた。
「なんとかならぬものか」
 城主のマーコット伯のその問いに、答えられるものはいなかった。いつもは優雅に微笑んでいるフェーダー侯も、今は眉間に眉を寄せて腕を組んだままだった。
「ともかく……」
 静まり返った広間で、次に口を開いたのはレークだった。
「もっとクロスボウ兵を増やすべきだな。今の敵の布陣だと、いくら矢を放っても当たりゃあしねえ」
「確かに」
 隊長のボードも同意した。
「ただ、クロスボウは矢をつがえるのに時間がかかる。それを援護させる弓兵との連携を上手くとることが肝要になりますな」
「そうだな。うむ……そうしよう」
 マーコット伯は何度もうなずいた。だが、その他にはなにも、あの恐るべき弩砲への対策がないことは明らかだった。ただ、誰もそう口にはしなかったが。
「明日……明日もたせれば、きっと……」
 フェーダー侯の口から出たその言葉に、人々は顔を上げた。
 誰しもが内心で思っていたろう。援軍が来れば……と。
 希望は、今はただその一点だった。

 翌日も、ジャリア軍は城壁からやや離れた位置に布陣し、昨日と同様に弩砲による攻撃を仕掛けてきた。
 城壁の守備兵たちには、すでにアーバリストの威力は嫌というほど分かっていたので、並べられた弩砲がこちらを向く度に、慌てて身を隠さなくてはならなかった。城壁側はクロスボウ兵を多く配置し、戦いは主に遠隔での矢の撃ち合いとなった。ただし、弩砲からの鉄矢の威力の分だけ、精神的には城側の兵たちに分が悪かったかもしれない。
 レークはクロスボウの扱いにもだいぶ慣れてきて、手で引き絞る大弓よりも狙いが付けやすく気に入っていた。実際に、レークはクロスボウでジャリア兵を何人かを倒し、弩砲の射手を一人仕留めた。だがその間に、周りにいた仲間の兵の何人かが敵の弩砲の犠牲になっていた。
 遠距離での撃ち合いは、ひどく神経が疲れる戦いであった。なにしろ、いつ自分の体に敵の矢が突き刺さるかもしれないのだ。それは恐怖との戦いでもあった。
 しかし城の兵たちは、もうすぐ到着するだろう援軍のことを口に出しては、周りの仲間たちと励まし合い、互いに鼓舞し合うことで、その日の戦いを乗り切った。
 そうして、また日が暮れた。
 生き延びた兵たちは、戦いの神ゲオルグに感謝をささげ、夜の当番兵と交代した。怪我を負った者は城内の中郭に立てられた救護用の天幕で手当てを受け、軽傷のものは藁の敷かれた地面に横たわった。
 兵たちは塩漬け肉とパンのみの食事をとり、また明日の夜明けになれば弓を持ち、城壁に立たなくてはならない。誰もが、明日か明後日には来るはずの援軍のことを考えていた。そうすることで己を安心させるかのように、彼らは声に出しては援軍についての希望を仲間と話し合い、それからようやくひとときの眠りにつくのだった。
 だが、翌日になっても、まだ援軍到着の知らせは城には届かなかった。
 レイスラーブからこのスタンディノーブルまでは、馬を走らせて二日ほど、徒歩ならば四日ほどの距離である。大軍を進軍させるのだから時間がかかるのは分かるが、それでも中間地点にあるオールギアはとうに通過していなくてはおかしい。そうであるなら、先触れの斥候兵が少なくとも今日中にはたどり着くはずであった。軍を迎えに出発したアルーズが合流していれば、こちらの状況を知っているから、なおさら進軍を急がせるはずである。
 だが、その日の昼を過ぎてもいっこうに事態は変わらず、城壁の兵たちは相変わらず弩砲の恐怖にさらされながら、必死に矢を射続けるばかりであった。しだいに、兵たちの顔には疲労の色が濃くなりはじめ、周りの仲間たちが一人ずつ鉄の矢に貫かれてゆくのを横目に、弓を絞る手には擦り傷ばかりが増えていった。
 それでも兵士たち、騎士たちは、城を守るという共通の使命を胸に、勇敢に城壁に立ちつづけた。明日こそはきっと援軍が来ると、そう信じて、その日を戦い抜いた。
 明日こそは……と。

 開戦から五日目となる夜明け前、
 城の周囲には日の出前から深い霧が立ちこめ、四方の視界を白く覆うように遮っていた。
 これなら、今日は弩砲の攻撃もやむだろう。城壁に立った騎士たちは、誰もがそう思ったはずだった。
 だが……
 彼らを恐怖におとしいれる別の光景が、霧の向こうからやってきた。
「な……なんだ、あれは」
 朝もやの中から現れたものを見て、城壁の見張り騎士はぽかんと口を開けた。
 この城壁の高さほどもあろうかという大きな影……それはまるで、大きな竜の首のようにも見えた。「それ」は、少しずつ視界に大きくなって、城壁に近づいていた。
「ああ、あ……」
 見張りの騎士は何歩かあとずさり、それから大声で叫びだした。
「こ、攻城塔だ!敵の攻城塔だあ!」
 それを聞きつけたブロテが、急いで城壁に駆けつけた。騎士たちの目の前に、もやに浮かび上がるようにしてそそり立つ、巨大な動く塔の姿があった。
「なんてことだ……」
 豪胆なブロテすらも、いっとき言葉を失った。
「こんなに接近するまで気づかなかったのか!」
 見張りに怒鳴りながらも、敵がこの深い霧を利用したのだということは、むろん分かっていた。おそらくジャリア軍は、この数日の間、この攻城塔の完成を待っていたのだ。
「くそっ。弓兵を……いや、火矢だ、火矢を持て!」
 ブロテの指示で弓兵が集められ、たくさんの油壺と松明が用意された。
「火矢を射よ!あれを近づけるな!」
 兵たちは矢尻に巻いた布を油に浸し、それに火を付けると一斉に矢を構えた。
 火矢が放たれ、次々に攻城塔の前面に突き刺さる。だが、攻城塔の表面は皮張りで覆われ、火は燃え広がらずにすぐ消えてしまう。
「かまわん。どんどん矢を射ろ!それと、塔を引いている下方の兵も狙え!」
 木製の車輪がついた巨大な攻城塔は、数十人の兵が引くことによって動いている。城壁の兵たちは、そこを狙って矢の雨を振らせた。
 しかし、勇敢さにかけてはジャリア兵の方にも恐るべきものがあった。攻城塔を引く敵兵たちは、もとより決死の覚悟でその任務についているらしく、降り注ぐ矢にも恐れる様子はない。いくら鎧があるといっても、矢の刺さり所が悪ければ命を落とすだろうし、クロスボウの強力な矢なら、鉄の鎧を着ていてもダメージは与えられるのだ。
 だが、負傷する兵が出ると、それに代わって、また後ろから新たな兵が現れて、同じように攻城塔の台車を引き続けるのだった。それはまるで、己に与えられた任務を完遂するためには命すらも顧みないように。
 夜明けとともに、あたりを覆っていた霧が晴れてくると、巨大な動く塔はその姿をいよいよはっきりとあらわにし、ゆるゆると城壁へ迫ってきていた。
「放て。もっと矢を!あれを近づけるな」
 ブロテの命令が城壁に響きわたる。しかし、いくら矢を射かけても射かけても、迫り来る攻城塔の動きは止まらなかった。その上部には跳ね橋にもなっている板が前面を盾のように覆っていて、こちらからの矢を防いでいる。
 百人以上の兵を乗せることができるという巨大な攻城塔である。それが城壁にとりつき、あの跳ね橋が下ろされたら……
 城壁の兵たちは、大量の敵が直接城になだれ込んでくるというその恐ろしさを想像し、必死に矢を放ち続けた。
 その間にも、敵の弩砲は城壁の弓兵たちを狙っていた。風を切る鉄の矢が、次々に城壁の兵に突き刺さった。
 攻城塔の接近に加え、弩砲からの執拗な攻撃が、彼らを精神的にも苦しめた。
 兵士たち、騎士たちの怒声と悲鳴は城壁の上で響き続け、それは時間とともに、ますます大きくなっていった。まるで、これが恐ろしい終焉の始まりでもあるかのように思えた。

 レークは頭上に飛び交う矢を避けつつ、城壁の上を走っていた。
 見張り兵の弩砲発射の声にその場に伏せると、運悪くそばにいた騎士が鉄の矢に貫かれて断末魔のうめき声を上げる。
 歯を食いしばり身を起こすと、クロスボウを手にまた走り出す。
「くそったれ。やつらめ本格的に攻めてきやがった」
 ちょうど、西の城門塔にさしかかったあたりだったろうか。突然に、あたりを揺るがすような、凄まじい爆音が響いた。
「うわっ」
 強烈な振動で城壁が揺れる。レークは思わずその場にひっくり返りそうになった。
「な、なんだ?」
 なんとか膝をついてこらえたが、衝撃の名残の残響音が辺りにはこだましていた。
 いったい何が起こったのかと周りを見回すが、そばにいた騎士たちも何が起きたのか分からぬ様子で、ただその場にうずくまっている。
「おい、どうした。なにがあった?」
「わ、分かりません……ただ、いきなり城壁が揺れて……」
 騎士が言い終えないうちに、再びドーンという物凄い音が響いた。
 ぐらぐらと、大きく辺りが揺れる。
「わああっ!」
 これにはレークといえども、悲鳴を上げずにはいられなかった。何かが凄い勢いでぶつかるような音と、城壁が壊れるのではないかというほどの振動が、騎士たちを恐怖させた。
「なんだ……これは」
 爆音と振動は、一定の間隔をおいて、すぐにまた襲ってきた。いったい何が起こっているのかと、城壁の兵たちは半ばパニックに陥った。
 その場から動くこともできず、倒れ込んだままレークは周囲を見回した。
「くそ……いったい、なにがどうなってんだ」
「は、破城槌だ!」
 こちらによろよろと駆けてきた兵が叫んだ。
「破城槌だ……敵の破城槌が、西門を叩いているぞ!」
「破城槌だって?」
「なんてことだ。門が……門が破られるぞ!」
 騎士たちが顔を見合わせる間にも、また、ドーンという強烈な轟音と、辺りを揺るがす強い振動がきた。これは、ジャリア兵が破城槌で城門を破壊しようとしていたのだ。
「くそっ」
 次に揺れが弱まったと見るや、レークは城門塔に向かって駆けだした。
 西の城門塔は、兵たちでごった返していた。
 破壊槌の知らせを聞いて、慌ただしく駆けつけた守備兵と騎士たちが、互いに大声で声を掛け合いながら辺りを右往左往している。クロスボウを手に慌ただしく狭間窓に駆けつける者、城壁の上から落とすための石を運ぶ者、火矢の準備をする者など、集まった兵たちが混乱した声を響かせていた。
 レークは兵たちでひしめく螺旋階段を駆け上がり、城門塔のてっぺんまで上っていった。
 わあわあという大変な騒ぎの中で、兵たちに大声で指示を送っているボードを見つけると、そちらに駆け寄る。
「おい、どうなってる?
「おお、レークどの」
「このデカい音と揺れは、敵の破城槌だと……うわっ!」
 レークが言う間にも、すぐ真下で強烈な爆音が上がり、足元がぐらぐらと塔が揺れた。
「敵が、ついに破城槌を持ち出してきました。奴らめ、ついにこちらに総攻撃をかけてくるようです」
「ああ、攻城塔も接近しているというしな。ついに、徹底的に来やがったか」
 矢狭間に立つクロスボウ兵を押しやり、そこから下を覗き込む。
「おお……あれが、敵の破城槌か」
 そこから見えたのは、屋根のついた木製の枠組みで、その内側には太い丸太が吊るされている。中にいる何十人もの兵士が、釣り鐘を叩く要領でその丸太を城門に打ちつけるのだ。外側の枠組みは頑丈そうで、表面には革張りが施され、火矢の攻撃も防げるようになっていた。
「あれにいくら矢を射ても、屋根に刺さるばかりだな……」
 城壁の兵たちが矢を射かけ、石を落としても、これでは屋根の中にいる敵兵までは届かない。外側の枠組みには、すでにびっしりと矢が突き刺さっているのだが。
「火矢だ、火矢をもっと放て!」
 ボードの命令で、騎士たちが立て続けに火矢を放つ。だがそれとても、革張りの屋根に刺さった後で、やがて火は消えてしまう。
 その間にも敵の破城槌は城門を打ちつけ、ドーン、ドドーンと、轟音が響く度に、塔は地震のように大きく揺れ、それがまた兵たちに恐怖を植えつけてゆく。
「矢を……もっと矢を放て!」
「いや、それよりも城門を内側から補強させないと」
「このままでは、塔ごと崩れるぞ!」
 騎士たちの叫びと命令の声、それに悲鳴と怒声とが交差し、城門周辺はひどい混乱状態だった。そして、情け容赦なく破城槌の攻撃が続く。
「レークどの、こうなったら、北側城壁のトレミリア方の騎士たちに増援のお願いを!」
「分かった」
 ボードの言葉にうなずくと、レークは走り出した。
 螺旋階段を駆け降りて、再び城壁の歩廊に出る。ときおり襲ってくる破城槌の振動に立ち止まりながら、レークは北側の城壁を目指した。
 城壁には右往左往する兵たちは、敵の攻撃の対応に追われていた。大声で指示を送る騎士や、兵たちの叫びには、昨日までにはなかった切迫したものをはらんでいるようだ。
(こりゃ、まずいぜ。このままじゃ……)
 城壁上の兵たちとすれ違いながら、レークは内心でつぶやいた。
 今日になってジャリア軍が仕掛けてきた、この猛攻の意味するものは何なのか。もしもアレンであったならば、まずそれを考えたに違いない。だがレークにとっては、ともかく目の前の戦いを切り抜けること、なんとかして生き延び勝利すること、今はそれだけしか頭にはなかった。
 城壁の北側に来ると、破城槌による振動はここまではほとんど届いてこなかった。その代わりに、こちらでは迫り来る攻城塔との戦いが、いよいよその激しさを増していた。
 敵を乗せた攻城塔は、飛び交う火矢の中をゆっくりと、だが確実に迫ってきていた。
「火矢を放て!もっとたっぷり油を塗って射るんだ!」
「塔を引く兵に石を落とせ!」
「来ます!弩砲がこちらを向きました」
 兵たちの叫び、声を枯らせて命令する騎士たち……絶叫と悲鳴、それらが混ざり合い、辺りは戦いの空気に騒然としていた。
 兵たちの指揮をとる大柄な騎士の姿を見つけると、レークは駆け寄った。
「ブロテ!」
「おお、レークどの」
 こちらを向いたブロテは、レークを見てうなずきかけた。
「西門が破城槌で叩かれている。増援をくれとのことだ」
「さきほど報告を受けました。しかし……こちらも攻城塔が間近に迫っていて、もっと弓兵が欲しいくらいです」
「敵の攻城塔か……ついに完成しやがったんだな」
 じりじりと近づいてくる、その不気味な動く塔の最上部には、今はもうはっきりと、こちらに乗り移るのを待ち構える敵兵の姿が見える。
「よし。じゃあ、弓兵の増援はあっちに頼んでおく。そうだな……さしあたって西門の方に必要なのは、門を補強するための人員だ。力のありそうな傭兵を少し借りていくぜ」
「心得ました。で、レークどのは?」
「オレは……そうだな、西門に兵を連れていったらまた戻ってくる。なにやらこの様子だと、ここではいよいよ剣の戦いが始まりそうだからな」
 攻城塔に目をやると、レークはにやりと笑った。
「やつらが乗り込んでくるつもりなら、こっちもこれで戦えばいい」
 己を奮い立たせるように剣の鞘を叩くと、レークは十五人ほどの傭兵を選び、彼らを連れて走り出した。
 西の城門塔に来ると、辺りには相変わらず、ドーン、ドーンという激突音が響き続けている。
「よし、お前ら五人は、下へ行って城門の補強を手伝え。他の奴はオレと一緒に来い」
 レークはそう指示を出すと、残りの傭兵を連れて螺旋階段を上った。
 城門塔の上では、弓兵とクロスボウ兵が敵に向かって矢を放ち続けていた。兵たちに指示を出していたボードが振り向いた。
「おお、レークどの」
「よう、十五人ほど連れてきたぜ。五人は下へ城門の手伝いにやらせた」
「ありがたい。では、あとの者はここで石を落とす手伝いをお願いしよう」
「石だって?そんなもんで効果があるのか?」
「さあ、どうでしょうな」
 やや疲労を濃くした顔つきでボードは言った。
「しかし、なにもせぬよりはマシであろうと……」
 その間にも、またぐらぐらと塔が揺れた。破城槌の攻撃は、その強烈な音と振動によって、塔の兵たちを精神的に疲れさせていた。
「もっと火矢を放て。それから石だ、石を落とせ!」
 塔の外側の出っ張りに開けられた、「石落とし」と呼ばれる穴から、運ばれてきた石を兵たちが次々に投げ落とす。だが生身の兵相手ならともかく、頑丈な攻城塔の屋根にはねかえされて、落とした石はただ虚しく地面に転がるだけだった。
「こりゃあ、とても威力があるとは言えんな……」
 呆れながらレークはつぶやいた。
 火矢は皮張りの屋根に刺さるばかり、石を落とすのも無駄とあっては、もはや敵の破城槌を退けるのは、ほとんど不可能のように思われた。打つ手のないこちらをあざ笑うように、ドカン、ドカンと、丸太が門を叩く間隔が早くなってきた。続けて激しく塔が揺れ、どこかでびしりという、壁が割れるような音が聞こえた。
「ちくしょう……こりゃ、この塔ごと壊されるぞ」
 唇をかむレークの横で、ボードはただ、「もっと火矢を放て」と、その声を大きくするだけだった。
 弓兵が布を巻いた矢尻を油壺に入れのを見ていたとき。レークは思いついたようにぽんと手を叩いた。
「その油だ!」
「油?……油がどうか」
「油だ。油の壺を大量に用意しろ。それも、熱くかんかんに熱したやつだ!」
 ボードの胸ぐらをつかむようにして、レークは叫んだ。
 レークの指示で、煮えたぎった油の入った壺が、城門塔に次々に運ばれてきた。壺の中でぐらぐらと音を立てる油は、今にも燃え上がりそうなほどに熱され、その上に手をかざすだけでも熱かった。
「レークどの……まさか、これを」
「ああ、そうさ」
 にやりと笑ってうなずくと、レークは油壺を石落としの前に並べさせた。
「そら、これでも食らいな!」
 落とされた油壺は、破城槌の屋根に当たると砕けた。じゅっと音を立てて、煮立った油が飛び散って、皮張りの屋根を焼いた。
「よーし」
 それを見届けると、レークは続けざまに、壺を落とさせた。三つ、四つと、落とされた壺から、煮え油が破城槌にまき散らされてゆく。
 五つ目の壺を投げ込むと、門を叩いていた丸太の動きががぴたりと止まった。破城槌の屋根には、すでに黒々と油が広がって、もうもうと煙を上げている。
「さあどうだ?もういっちょいくか……」
 次の壺を落とそうとしたとき、破城槌の中からジャリア兵が飛び出してきた。
 突然降り注いだ熱い油にパニックになったように、ジャリア兵たちは悲鳴まじりに破城槌から転がり出してゆく。
「へっへっ、いいぞ」
 油をかぶった兜を脱ぎ捨て逃げてゆくもの、足を滑らせて転ぶもの、仲間に踏まれて悲鳴を上げるもの……逃げ出してゆく敵の様子を見て、レークは兵たちに指示を出した。
「よし、矢を射ろ!」
 塔の上の弓兵が、敵に向けて一斉に矢を放つ。
「ぎゃああっ」
「うわっ!」
「た、助けてくれ……」
 熱い油をかぶった上に、背後から矢を射かけられてはたまらない。ジャリア兵はばらばらになってそこから逃げていった。
「よーし。あとは仕上げだ。火矢で破城槌を燃やしちまえ」
 放たれた火矢は、油にまみれた破城槌をあっというまに燃え上がらせた。大きな炎が上がりはじめると、その周囲に残っていたジャリア兵も次々に逃げ出してゆく。
「よーし、やったぜ!」
 レークは拳を突き上げると、そばにいた仲間の肩をぽんぽんと叩いた。
「あとは、城門に火が燃え移らないように水をかけておけよ」
「はっ、了解です。レーク殿」
 兵たちは、まるで自らの隊長に敬礼するように胸に手を当てた。
「それじゃ、ボードさん。オレは攻城塔の方に行ってくる。もうここは任せたぜ」
「は、はい……まことに、ご苦労で」
 隊長のボードは、このあっと言う間の出来事に、半ば呆然としている様子だった。それに手を振り、レークはまた走り出した。
 破城槌による激突音と振動がなくなったことは、城壁の守備兵たちには大きかった。依然として弩砲からの脅威はあったが、兵士たちはまた弓を手に、勇気を奮い起こして戦うことができた。
 太陽はいつの間にか西に傾きつつあった。城の誰もが待ちわびる援軍の知らせは、いまだに届かぬまま。
「戻ったぞブロテ。破城槌は燃やしたぜ」
 レークが北側の城壁に戻ってくると、敵の攻城塔はもうずいぶん接近していた。今や、槍を伸ばせばあたらに届きそうなほどの距離で、攻城塔に乗るジャリア兵は、今にも城壁に取りつこうという様子だった。
「こっちは、今から、いよいよ修羅場になりそうですぞ」
「ちょうど良かった。いいかげん弓での戦いにはうんざりしていたところなんでな」
 剣を抜いたブロテを見て、レークはにやりと笑って見せた。
 攻城塔が城壁に接近するにつれ、敵からの弓矢の攻撃はなくなった。城壁の守備兵たちも、弓から剣へと武器を持ち替える。
 ついに、白兵戦が始まろうとしていた。迫り来る攻城塔のてっぺんでは、ジャリア兵たちが長剣やフォーサール(鎌槍)を手に、兜の奥で物騒に目をぎらつかせている。
「ここはオレが前に出るぜ。文句はないだろうな?」
 レークは恐れげもなく進み出ると、静かに腰の剣を抜いた。
 ブロテの指示でレークのための空間が作られ、他の騎士たちはその周りを取り囲んだ。
 敵を乗せた攻城塔が、ゆっくりと最後の前進をしてきた。
 がつんと城壁にぶつかると同時に、その跳ね橋が下ろされる。
 とたんに、物々しい叫びとともにジャリア兵がなだれ込んできた。
「来やがれ!」
「おおおっ」
 跳ね橋を渡って、ジャリア兵が次々に城壁に突進してくる。
 それを迎え撃つレークは正面から切り込んだ。
「おらっ!」
 ガシャーン、という最初の猛烈な響きが上がり、
 続いて、
「うわああっ」
 敵の悲鳴が上がった。
 城壁から真っ逆さまに落ちてゆくジャリア兵。
「おら、来いっ」
 続いて、突っ込んでくる敵の懐に、レークは飛び込んだ。
「うおおっ」
 ジャリア兵の振り回す鎌槍をひょいとかわし、相手の首の付け根を狙ってその剣をたたき込む。
「ぎゃあっ!」
 血しぶきとともに悲鳴が上がる。
 兜と鎧の切れ目である場所に的確に剣を突き入れられては、さしもの頑丈な鎧も役に立たない。血を流して転げ回るジャリア兵と、さらにその体につまづいた敵兵が、守備隊のクロスボウの餌食となった。
「ぐわあっ」
 跳ね橋にいるジャリア兵がかすかにひるんだと見るや、レークはすかさず飛び込んでゆき、また一人を斬り結んだ。
「おらっ、どうだ」
 血のついた剣を向けて敵を睨み付ける。
「く、くそっ。手ごわいぞ!」
 あっという間に三人がやられたことで、攻城塔のジャリア兵たちは、突進をためらう様子だった。
 攻城塔の跳ね橋は、剣を手にした兵が二人並ぶのがやっとの幅しかない。城壁側で待ち構えるのはレークにすれば、敵が二人ずつと考えればずいぶん楽だった。
「行けっ。ともかく、なんとか城壁に取りつくのだ」
 命じられたジャリア兵は、鎌槍を構えながら今度は慎重に跳ね橋を渡ってくる。
 だがレークは、その動きを見切ったかのように近づいて、軽く攻撃をかわすと、相手の態勢が崩れたところへ的確に剣を突き入れた。
「ぐわあっ」
 跳ね橋の上でバランスを崩してジャリア兵が落ちてゆく。彼らは重い鎧兜を付けている分、素早いレークの動きには付いてゆけないのだ。
「へっ、ざまあねえな。そんな物騒な大鎌を持っていても、当たらなきゃ意味はねえんだよ!」
 攻城塔のジャリア兵たちは、息を飲んだようにレークを睨み付けていた。兜もかぶらず革の鎧のみを付けた、この奇妙な剣士はいったい何者なのだろう。兜の中で見開いた彼らの目は、まるでそう物語ってでもいるようだった。
「ひるむな!腕が立つとはいえ、敵は無防備だぞ。二人、三人がかりでかかれ」
 隊長らしき騎士が叱咤すると、二人のジャリア兵が同時い襲いかかってきた。
 レークは態勢を低くして敵の槍をかわすと、ジャリア兵の足を狙って剣をないだ。
「ぐわっ!」
 すね当てごと砕かれるような一撃に、ジャリア兵がつんのめる。
 その敵を踏みつけて飛び上がると、レークはもう一人のジャリア兵の懐に飛び込み、首もとに剣を突きたてた。
「ぎゃああっ」
「おい、とどめは任せるぜ!」
 背後にいる騎士たちに声をかけると、クロスボウ兵が敵にとどめの矢を打ち込んでゆく。
「よーし、次はどいつだ?」
 敵の返り血を顔に浴びたレークが、凄絶ににやりと笑った。
「うおおっ」
 続いて突進してきたジャリア兵の攻撃を飛びすさってよけ、すかさず相手の背中の鎧の継ぎ目に剣を振り下ろす。さらに、倒れているジャリア兵の鎌槍を拾うと、レークはそれを跳ね橋の真ん中に突きたてた。
「おい、クロスボウ兵。この槍の右側から来る敵は任せる。オレは左から来る奴を一人ずつ倒すからよ」
「りょ、了解しました!」
 守備兵たちは言われた通りに狙いをつけ、クロスボウを構え直す。
「さあて、次に一対一で、このレークさまに挑むのは誰だい?」
 不敵な笑みで立つレークの姿に、ジャリア兵たちはひるんだように顔を見合わせた。
「なにをしている。行けっ!なんとしても、城壁に取りつくのだ!」
 隊長騎士の命令で、剣を手にしたジャリア兵が跳ね橋を渡ってきた。だが、一対一ではしょせんレークの相手ではなかった。何度かの剣の打ち合いで、レークの剣は確実に相手の首や鎧の隙間を貫いた。
 重い鎧を着ているジャリア兵士の動きは、レークにとってはまるで止まっているにも等しかった。相手の攻撃を軽くかわし、ときに剣で払ってバランスを崩してやれば、相手はもう隙だらけだった。いくら頑丈な鎧を身にまとってはいても、その継ぎ目や、弱い部分を的確に狙えば、ダメージを与えるのはたやすかった。
 跳ね橋に突き立った槍の右側から来る敵は、クロスボウ兵たちによって狙い撃ちされた。強力なクロスボウの矢は、至近距離であれば鉄の鎧を貫通できた。矢の装填に時間がかかるこの武器は、混乱した接近戦になれば適さないが、こうして橋を渡ってくる敵を一人ずつ狙うのなら、その威力を十分に発揮できた。
 レークは一人、また一人と、ジャリア兵を倒していった。敵兵は城壁から落ちてゆき、そうでない者はその場に倒れて、跳ね橋上の障害物としてジャリア兵の邪魔をした。
 クロスボウ兵たちも、橋を渡ってくる敵を狙う要領を得ると、的確にジャリア兵を倒していった。味方に当たるのを恐れてか、敵の弩砲の攻撃もやんでいた。
 レークは、疲れを知らぬかのように、次々に敵を倒しつづけた。その姿はまるで、戦いの神ゲオルグのように凄まじく、背後にいる味方の守備兵たちがときに感嘆の声を上げるほどだった。
 敵が城壁の攻略を諦めたのは、もうそろそろ太陽が沈みはじめるかという頃だった。
「退け。いったん退くのだ……」
 敵の隊長騎士は、数十人の兵がたった一人の前に倒されたということが信じられないように、震える声でそれを命じた。
 跳ね橋が上げられて、ゆるゆると攻城塔が後ろに動きだす。
 それを見た城壁の守備兵たちは、一斉に歓声を上げた。
「敵が退いてゆくぞ!」
「やった。やつらを敗走させたんだ!」
「すごい。すごいぞ、レークどの」
「ああ、たった一人でジャリア兵たちを倒してしまった」
「なんという強さなんだ!」
 城壁の兵たちは、口々に称賛の声を上げた。
「なあに、このくらい」
 それに軽く手をやり、レークはさすがに大きく息をついた。剣を鞘に戻そうとしたが、べっとりと血の付いた剣先はすっかり刃がこぼれ、ぼろぼろになっていた。
「ありゃ、さすがに使いすぎたか」
 その剣をほうり投げると、近くに来たブロテに笑いかける。
「どうやら敵さんも、今日のところはあきらめたようだな」
「ええ。じきに日も沈むし、おそらくは夜間の攻撃はないでしょう」
 目の前で見たレークの剣技に、ブロテもその顔をいくぶん紅潮させていた。
「それにしても見事でしたな。貴方の剣の実力は知っていましたが、実戦で見ると、またなんとも凄まじい」
「なあに……」
 返り血で汚れた胸当てを手でぬぐい、レークはにやりとした。
「あんたとの、あの馬上槍試合よりは、ずっと楽な戦いさ」
「それは光栄のいたり、ですな」
 二人の騎士は笑い合い、互いをねぎらようにして肩を叩き合った。



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