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  水晶剣伝説 XII クリミナの旅


V

「ごめんなあ、べっぴんさん。森をさまよってたアンタが悪いのさ」
「助けて……、助けてレーク」
 思わずその名が口からもれた。涙が頬を伝った。
「レーク、助けて……」
「おい、ちっと待てや」
 ガタンと音がして、ボスらしい男の声がした。
「いま、レークと言ったのか」
 足音がこちらに近づいてきて、
「どけ、コルボ」
「へ、へい」
 唐突に、目隠しがはぎとられた。
「あんた……」
 クリミナは、涙に濡れた顔を上げた。
 目の前に立っているのは、たいそう大柄の男だった。ずんぐりとした筋肉質で、骨ばった顔に大きな鷲鼻、口元はすっかり黒い髭に覆われている。
「あ、あ……」
「待てよ。おい、あんたは確か……」
 みるからに山賊らしい、とても恐ろしげな大男であったが、ふとどこかに見覚えがある感じもあった。着ているものは、立派な毛皮のローブであったが、おそらくは隊商を襲って奪ったものなのだろう。
「あんたは、もしやレーク……レーク・ドップの」
「レークを知っているの?」
 クリミナは思わず聞き返した。部屋の中を見回すと、差し渡し五ドーン四方ほどの部屋には、赤々と火が燃える暖炉があって、大きなテーブルがひとつと、長イスが二つある。このボスを入れて、五、六人の男たちが、イスに腰掛けたり、床に胡坐をかいたりしながら、いくぶん不思議そうに自分の方を見つめている。熊のような大男やひょろりと痩せた男、小柄な男など、見た目はさまざまであるが、共通するのは皆、ぎらついた物騒な目つきをしていて、顔や腕などに傷がある、いかにもならずものめいたものたちだった。
「おや、お頭、この女をご存じなんで?」
「あんたの顔には見覚えがある。やっぱり、あのときの」
 山賊のボスが目を見開いて、そのいかつい顔に笑みを浮かべた。そうすると、確かにクリミナの方にも、その雰囲気に見覚えがあるのだった。
「俺だ。ガレム・ライード。アルディで会ったろう」
「アルディ……、あ、あのときの……」
「そう、あのときの、大山賊ガレムさまよ」
 クリミナはようやく思い出した。レークとともに、クレイぼうやを連れて、アルディの西側の都市、グレスゲートへと向かう途中、山賊に捕まり、なんとか逃げ延びたことを。
「久しぶりだな。そういや、あんた、名前はなんだったっけか」
「……」
 クリミナはじろりと山賊の顔を見つめた。あのときも、思えばとてもひどい目に遭った。再び出会ったこの山賊が、このように馴れ馴れしく話しかけてくる理由が、彼女にはよく分からないのだ。
「ああ、そうか。あんたとはあまり話さなかったからな」
 山賊はあのときのいきさつを説明した。
「あのレークさんとはよ、なにせ一緒に監獄に入れられた仲なんだ。あんときには、そのレークのおかげで脱出できたんでな。俺にとっては彼は恩人なのさ」
 だが、クリミナの方はそんなことはまったく知らなかった。そういえば、そのあと、トロスに戻ってきたレークからそのようなことを聞かされた気もしたが、もうあまり覚えていない。
「ええと……すまなかったな」
「……」
 緊張を解かないクリミナの様子を見て、ガレムはすまなそうにあやまった。
「子分どもが乱暴なマネをしちまって。なにせ、こいつらときたら、女に飢えてる獣みてえら連中なんでな」
「お頭あ……そんな言い方はねえだろ」
「いや、ちげえねえ」
 部下たちがげらげらと笑う。
「あんたは、レークの友達なんだろ。いや、それとも恋人なのか」
「……」
「そんなワケでさ、ともかく、恩人のダチは、大切にしなきゃならんのよ」
 山賊の言葉から、ともかくこれ以上はひどいことはされずに済みそうだと、クリミナはようやくほっとした。
「……じゃあ、この縄を解いてくれるかしら」
「ああ、もちろんだ。おいっ」
 ボスに命令されて、さっきまで乱暴しようとしていた部下の一人が、いそいそとクリミナの縄をほどいた。
 ようやく自由になった手足をさすっていると、にかっと歯をむき出してガレムが笑った。
「おい、てめえら。この姉さんはな。俺の恩人の大事な女性なんだ。丁重にもてなせよ」
「へ、へいっ」
 さきほどまでの扱いとは打って変わり、クリミナは暖炉の前に敷かれた毛皮の上に座らされ、寒いだろうからと毛皮のローブを羽織らされた。目の前には水やワインの入った杯や、肉やチーズが乗った皿がどんどん置かれてゆく。
「さあ、好きなだけ食ってくれ。せめてものお詫びだ」
「あ、ありがとう」
 ガレムの好意を受け、クリミナはチーズを口に含んだ。食事は最小限しかとっていないので、それはとろけるように甘く美味しかった。
「ワインはどうだい、姉さん」
「あの……」
 クリミナは少しためらったが、どちらにしてもこの小屋にいる間は、この山賊の言うことを信じる他にないのだと、心を落ち着けた。ワインをひと口飲むと、のどの奥からじわりと生きた心地が甦るようだった。
「で、あんたは、どうしてこのあたりをさまよっていたんだい」
 杯を酌み交わし、クリミナはいくぶん安心した心地で、暖炉の前に座り、山賊と向かい合った。他の部下たちは、それぞれにイスや床に座って、勝手に酒を飲み、食事をしながら耳を傾けている。
「ガレム……さんは」
「呼び捨てでいいぜ。俺っちは、そりゃアルディじゃ、そりゃあたいそう有名な大山賊だがよ、このあたりじゃまだほんのよそ者よ」
 なんとなく、そういう話し方はレークと似ている気がした。
「草原で大きないくさがあったと知ってな、戦場稼ぎにアルディからはるばるやってきたのよ。それで、こいつらと出会って、俺の獲物だ縄張りだとか争ったりしているうちに部下にして、この小屋をおったててからは、本格的に戦場を回って金目の物を集めて過ごしていたワケよ。もうひと月近くにはなるわな」
「ああ、ガレムのお頭には誰もかなわないってんで、じゃあ一緒にやろうやってことでさ」
「そうそう。ナンバーツーは、このロザなんよ」
 ガレムの後ろに座る男がうなずいた。そちらは、山賊と言うにはいくぶん品のある、黒髪をたばねた三十代くらいの男だった。
「ロザは、もとはジャリア軍の傭兵だったんだよな」
「ああ」
 いくさが終わり、敗走するジャリア軍からは、そうした離脱者が多いらしいということをサルマで聞いたことがあった。この男も、傭兵をやめて山賊になったということなのだろう。
「なかなかの剣が使える奴でな。俺と互角くらいの腕前なので、こりゃ協力した方が得だと思ってな」
 自慢の部下だというように、ガレムはロザにうなずきかけた。
「そういや、レークもたいそうな腕前だったよな。正直、あんな強い奴を見たのは初めてだったぜ。それに足も速い。何度も逃げられたもんな」
「……」
 アルディでのことを思い出すと、とても昔の、なつかしいことのように思える。実際にはあれからまだ数か月しかたってはいないのだが。 
「それで、レークの旦那はいまも元気なのかね」
「じつは、あの……」
 どこまで、この山賊に話してよいものかと、クリミナはまだ迷っていた。第一、レークがトレミリアの騎士であることを、ガレムは知っていたのだろうか。そして、自分がクリミナ・マルシィ……トレミリア宰相オライア公爵の娘であることも。
「私は、そのレークを探していたんです」
「こんなところでか」
「ええ、つまりレークは、草原のいくさに参加していて」
「おお、そうだったのか。やつは傭兵だったんだな」
「ええと、ええ。あの……」
 クリミナはあいまいにうなずいた。
「じゃあ、こういうワケか。レークはアルディからトレミリアへ行き、傭兵となり草原で戦った。そしてあんたは、そのレークの帰りを待つが、奴が戻らないのでたった一人で、この森へ奴を探しに来たと」
「そう……そうです」
 だいたいのことは間違ってはいないので、クリミナはうなずいた。
「なんと」
 その太い腕を組むと、
「なんと、泣かせる話なんだ」
 ガレムの目からどっと涙があふれた。
「そうだろう、お前たち」
「へ、へい……」
「女の身でありながら、好きな男のために、危険を顧みず、たった一人で、なあおい……たった一人で、行方を捜しに行くなんざ、なかなかできることじゃねえ……ええと、姉さんの名前は」
「わたしは、クリ……クリアナです」
 さすがに、トレミリアの女騎士のことは、その名が知られているかもしれないと、クリミナはとっさに名を偽った。
「クリアナさんか、可愛らしい名前だ。それに、前も思ったがたいそうなべっぴんだ」
 ガレムは目をこすり、その大きな鷲鼻をひとこすりすると、ぐっとワインを飲みほした。
「そういえば、それじゃあ、あのとき一緒にいた子供は、あんたらの子じゃないのか」
「いえ、あの子は……その、アルディの親戚の子です」
 また適当な嘘を言ってしまったと、クリミナは少し後悔した。だが、ガレムの方はすっかり信じたように大きくうなずいた。
「そうか、アルディには親戚がいるのだな、それでか。ならば俺たちは、ある意味で同じ国でつながっているんだな」
 ずいぶんと酒が入ってきたようだが、山賊はさらに自分の杯になみなみとワインを注いだ。
「ともかく、なんていい話なんだ。この世知辛い世の中で。まだこんなにも、ただ一人の男を追って命をかけるような女人がいるとは。俺は感動した」
 顔を赤くしたガレムは手を伸ばし、クリミナの手を握った。はっと身を引いたが遅かった。ごつごつとした大きな手がもう離さなかった。
「俺はレークに助けられた。だから、今度は俺があんたを助ける。なんでもするぞ。遠慮せずに、なんでも言ってくれ」
 ぎゅっと握られた手をもぎ離したかったが、クリミナはなんとか我慢した。
「レークへの恩を返すだけじゃない。俺はあんた……クリアナさんの心意気、いや純愛というべきか。それに心を打たれたのだ」
(案外、悪い人ではないのかも……)
 商隊を襲い、戦場稼ぎをする山賊が、悪い人ではないというのも、妙な話ではあったが、ともかくこの男の言っていることは本当のようだ。 
「俺は何度も好きな女に裏切られたが、あんなみたいな女もまだいるのだと思うと、希望が湧いてきた。俺はあんたを助けるぞ。ここで再び会ったのは、きっと俺にそうしろという神のおぼしめしなのだ」
 すっかり酔いが回り始めた山賊は、どんと力強くその胸を叩き、野卑な赤ら顔でうなずいた。
「さあ、乾杯だ。野郎ども。クリアナさんと、レークと、そしてこのっ、大山賊ガレムさまに」
 翌朝、
 床の上で目覚めたクリミナは、はっと身を起してあたりを見回した。周りには、山賊たちが大の字になって、ごうごうといびきを立てている。
(あのまま、眠ってしまったのね)
 暖かな暖炉と、少々ワインが入ったこともあって、ついいい気分になって無防備に寝てしまったのだが、どうやらとくになにもされた様子もない。ふかふかの毛皮の上で、ローブを羽織って心地よく寝ていたらしい。
(山賊たちに囲まれて、よくもまあ……)
 そんな豪胆な自分に、思わずくすりと笑いがもれる。
(さて、どうしようかな)
 このまま逃げてしまってもよいのだが、昨夜の話では、このガレムという山賊はレークに対して恩義を感じていて、だからクリミナのことを助けると強く申し出たのであった。それをすべて信じてもよいものかどうか、朝になってみてあらためて考えてみても、いまひとつ分からない。
「……」
 山賊たちは昨晩はよほど酒を飲んだのだろう、誰も起きてくる気配はない。クリミナはそろそろと立ち上がり、すぐ横でいびきを立てるガレムにちらりと目をやり、忍び足でその横を抜ける。扉を開けると、とたんに、朝の光が小屋の中に差し込んだ。
 外に出ると、クリミナはほっとした気分で、ひんやりとした森の空気を吸い込んだ。
(どうしようかしら……)
 小屋の周りは木々に囲まれていて、ここが森の中であることは分かるが、どのあたりなのかは見当もつかない。山賊が隠れ家にするくらいだから、森のとば口ということはないだろう。
(このまま逃げても、きっと森の中で迷うだけだわね)
 逃げるのはやめにして、小屋の裏手の方へ行ってみた。裏手には薪の置き場があり、その他に屋根のついた物置のような簡素な小屋があった。 
 なんとなく気配を感じて、クリミナはそちらに近づいた。扉のないその小屋を覗くと、そこには四頭の馬がつながれていた。そのうちの一頭は美しい栗毛の馬で、クリミナの姿に気づいたように、ぴんと頭を上げるとやわらかにいなないた。
「ああ……よかった」
 愛馬との再会に、クリミナは胸をなでおろした。近づいていって、大切な相棒の首筋を撫でてやる。
「よかったわ。お前がいないと、私はたった一人になってしまうのよ」
 山賊が馬を連れて来てくれたのだろう。昨夜はひどい乱暴をされそうになったが、あのガレムのことはどうやら信じてもよいような気がする。
「あんたの馬かい」
 いきなり声がした。振り向くと、そこに剣を手にした男が立っていた。昨日紹介された、ロザとかいうジャリアの元傭兵という男であった。
「……」
 クリミナはいくぶん緊張したが、男はふっと笑みを浮かべると、案外に爽やかな口調で言った。
「すまないな。早起きして剣の素振りをしていたんでね。あんたの姿が見えたから」
「ああ、そう……」
 クリミナがうなずくと、男はそれ以上言うこともないように、また向こうへ行ってしまった。少しして厩から出ると、小屋の裏手ではまだ男が剣を振っていた。元が傭兵であるというだけあって、さすがに剣の扱いも様になっている。
(ひとまず、また小屋に戻ろうかな)
 ともかく、出てゆくにしても、逃げるのではなく、ちゃんと荷物を持って、馬を引き取って、挨拶をしてからにしようと決めたのだ。
「おお、早いな……」
 小屋では、ちょうど山賊たちが起き出してきたところだった。眠たそうにあくびをする男たちの中で、ばりばりと頭を掻きながら、大男のガレムが近づいてきた。
「目が覚めたら、あんたがいねえんで、てっきり出て行ったのかと思ったが」
「いえ、あの……つまり、逃げるのではなく、ちゃんと泊めてもらった礼を言って、私の馬も連れて来てもらったし……それからにしようと」
「おお、そうか」
 山賊は嬉しそうに笑った。
「さすが、俺が見込んだ姉さんだ。あのレークの女だけあるぜ。いい度胸だ」
「女……って」
 レークの女といういい方に、妙な恥ずかしさも覚えたが、嬉しくなくもない。
「で、レークを探しに行くんだったな。どうする。これからすぐに出るのかい」
「ええと……」
「どこへ向かうのかは決めているのかい」
「いえ、まだなにも……」
「そうか。なら、もうちっとここにいたらどうだい」
「でも……」
「もう少し、話をして、いろいろ聞いているうちに、なにか手がかりが分かるかもしれないしな」
「……」
「とりあえず、これから川に水汲みに行って、馬に水と飼葉をやって、それから俺たちもメシ食うんで一緒にどうだね」 
 少し迷ったが、すぐにどこへゆく当てがあるというわけでもないし、山賊の言うように、もう少し考えてから行動してもよいという気がした。
 それからクリミナは、水汲みを手伝い、一緒に食事をしながら、話せる範囲で自分のことを話し、また山賊の話を聞いた。
「なるほど。森で戦ったレークの手がかりになるような、剣やら鎧やらはないかってあちこち探してたわけか」
「ええ。でも、草原にも森にも、トレミリア兵のものはほとんどなくて」
「だろうな。俺たちが草原に来たのは、いくさが終わって五日、六日くらいたっていたんだが、その頃にはもう、トレミリア騎士の遺骸はほとんどなかったからな。すでに埋葬されちまったんだろう。それでも、いくつか使えそうな剣やら鎧やらは、いただいてあるぜ。もちろんジャリア兵のも混じってはいるがな。あとで見せてやる」
「お願いします」
 クリミナからすれば、ほんの少しでも、なにか手がかりがつかめるのであれば、藁にもすがりたい思いであった。 
「なんなら、目的がはっきりするまで、何日でもここにいてもいいんだぞ。なに、他の連中には、もうあんたには指一本触れるなと固く言ってあるからな。安心してくれ、このガレムとの約束を破るとどうなるか、こいつらが一番よく分かっているんだからな。そうだろう、てめえら」
「へいっ」
 部下の山賊たちは一斉に返事をした。昨晩クリミナを襲った連中はいくぶん申し分けなさそうな顔をしていたが、目隠しをされていたこともあり、実際に自分に乱暴を働こうとしたのが誰なのか、クリミナにはよく分からなかった。もしも顔が分かっていたら、いくら謝られたところで許すことはできなかったかもしれない。
「それから、あんたの荷物も、ちゃんとここにあるからな。なにもなくなっていないか、確かめるといい」
 部下たちから取り返したのだろう、ガレムが革袋を差し出した。クリミナはそれを受け取り、中身を確認した。とはいっても、もともと入っていたのはちょっとした着替えと食料、そして短剣くらいのもので、さほど大切なものなどは入れていない。金の入った革袋は、ずっと腰のベルトに縛って、胴着の内側に入れてあるが、こちらも無事であった。
「ところで、あんたの服はずいぶん汚れちまっているな。部下どもが乱暴にしたせいだろう、破れてるところもあるじゃないか」
「ああ……」
 クリミナは自分の恰好を見直した。確かに、フェスーンを出発するときから着ていた服はもうボロボロであった。だが上着の着替えなどは持ってきていない。昨晩もらった毛皮のローブを破れた胴着の上に羽織ったままだった。
「ちょっと待っていろ」
 そう言うと、ガレムは奥に積んであった木箱をいくつか部下たちに持ってこさせた。
「あんたは、かなりべっぴんだもんな。そんなきたねえ恰好をしてちゃ、もったいないってもんよ」
 木箱を開けて見せると、そこには色とりどりの胴着やローブなどが入っていた。
「先日、隊商からかっぱらったもんだが、けっこう良さそうなのもあるぜ。好きなのを選んで着るといい」
 クリミナは目を丸くした。洒落た柄の長スカート、ひらひらとした襟のついた胴着などは、彼女にはまったく縁のない代物だった。それらをいくつか手に取ってみるが、とうてい自分に似合いそうもない。というか、こんなものを着て町を歩いたら、女騎士の自分はいい笑いものだろうし、またそれ以前に、これから長い旅をしようというときに、こんな動きにくそうな女の恰好などできるはずもなかった。
「ええと……とてもありがたいのだけど、その……」
「どうした。どれも気に入らないか?なら、もっと豪勢なやつを持ってこさせるぜ」
 ガレムは部下にあごをしゃくった。次に運ばれてきた木箱からは、きらきらとした豪勢な金糸の刺繍がほどこされた、いかにも貴族的なドレスやら、金銀細工の入ったベルトや、いかにも高価そうな白テンの毛皮をたっぷりと使ったローブなどが現れた。
「どうだ。こいつらは、売って金にするつもりなんだが、あんたには好きなのをやるぜ。どうだい、この白テンのローブなんぞなかなか見事なもんだろう」
 山賊は自慢げにそのローブを手に取って見せた。
「あの、いえ……」
「なんだ、これでも気に入らねえのか」
「あの、そうではなくて……」
 クリミナは思い切って言った。
「できれば、騎士とか……男ものの服がよいのだけど」
「そうなのか」
 ガレムはいくぶん驚いたように、部下たちを振り返った。
「ええと、つまり、あんたは……そういう趣味があるってことなのかい」
「趣味?」
 言われた意味が分からず、クリミナは首をかしげた。
「だから、男装趣味っていうか、そういう……」
「いえ……」
 クリミナは怒るべきか、吹き出すべきか、少し迷ったが、どちらもやめておいた。自分がトレミリアの女騎士として育ち、周りからも長いことそのような目で見られて生きてきたことなど、いまここで彼らを前に語っても仕方がないだろう。
「男装というか、ある意味ではそうです……というか、私は騎士としての訓練も受けたことがあるので」
 そう言うと、ガレムはますます驚いた顔をした。
「そうだったのか。いや、しかし……アルディで見たときには、あんたけっこう女らしい恰好していたように思ったんだが」
「ああ……」
 あのときは、セリアス少年を守るため、レークと夫婦であるという設定を装っていたのだが、それをいまさら山賊に説明することもできない。
「ええと……じつはレークから、旅の間に騎士としての実用的な恰好や、剣などを教わったりしたもので」
「ふうむ、そうだったのか」
 腕を組んだ山賊は、いちおう腑に落ちたようだった。
「それで、いまはそんな姿で、馬にも乗ったりして、ひとりで勇敢に旅をしようとしているんだな。よく分かった。おい」
 ガレムは再び部下をうながすと、また別の木箱を持ってこさせた。
 今度の木箱を開けると、そこには男物の胴着やチュニック、足通し、皮のベルトなどが入っていて、ついにクリミナは目を輝かせた。
「ありがとう。これがぴったりだわ」
 その中から、ゆったりとした緑色のチュニックを選び、騎士用の足通しに着替えたクリミナは、久々の真新しい衣服をまとって、よほどすっきりとした顔つきで微笑んだ。
「このローブもいただいちゃっていいのかしら」
「ああ、もちろん」
 昨夜から着ていた毛皮つきのローブを、チュニックの上から羽織ったクリミナの姿を、ガレムはしげしげと見つめた。
「なんてえか、よく似合うなあ。それで剣を手にしたら、まるっきりどこかの貴族騎士みたいだぞ」
「ふふ」
 クリミナは笑みを浮かべた。実際、彼女こそ、まさしく雅なるトレミリア貴族の女騎士だったのであるが。
「我がままついでに、できたら、剣もいただけると嬉しいのだけど」
「こうなったら、ご自由に、だ」
 山賊は立ち上がると、部屋の隅に置いてあった大きめの長持ちを、今度は自分で運んできた。
「よいしょっ」
 よほどの重さなのだろう、どすんとそれを置くと、さっそく中を開けて見せた。
「こいつらはな、戦場でまだ使えそうな剣なんかを拾い集めたものさ。中には高く売れそうな代物もあるがな。あんたになら、好きなのをやるよ」
 そう言って、山賊はそこからいくつかの剣を取り出してみせた。
「たくさんあるのね」
「ああ。これなんか、たぶんトレミリアの騎士のもっていたやつだろう。こっちのは、柄の部分に装飾があるかにら、上級の貴族のものに違いねえ」
 クリミナは、ひとつずつそれらの剣を手に取った。いくぶん傷はついているが、どれもまだ十分使えそうな剣だ。
「悪くないけど、どれも私には少し重いわ」
「そりゃそうだろう。こんな長剣を、か弱いあんたがぶんぶん振り回す姿なんざ、想像もつかねえわな」
 山賊が歯をむき出して笑うと、クリミナは少しむっとした。
(レイピアでもあればいいんだけど、戦場で使われるような剣でもないしね)
 そこにあった十本ほどの剣をひとつずつ手にしてみたが、どれも自分には合いそうもない。いくさ用のこのような大きく頑丈な剣は、これまであまり稽古で使ったことはなかった。
(やはり、宮廷騎士などというものは、実際的な戦いとは縁遠いものなのね)
ため息をついたクリミナを見て、ガレムは部下たちを見回して言った。
「おい、てめえら。誰か、このクリアナさんに使えそうな剣を持っているやつはいねえのか?」
「ええと、細くて軽い剣ってことですかね」
「ないです」
「自分もないです」
 申し訳なさそうに部下たちが顔を見合わせる。
「あれだけ戦場を歩き回って、一本もねえってのか、ええ?」
「そういや、ロザが持っていた剣が、けっこう軽いみたいですぜ」
「そうなのか。おい、ロザ」
「ロザのやつはメシ食ったらまたすぐに外に出ていって、剣の素振りをしてまさあ」
「元傭兵だけあって、剣が好きなやつだぜ」
「そうか。ようし、おめえらも、一緒に外に出ろ」
 ガレムがぬっと立ち上がった。
「俺たちもたまには剣を振るぞ。クリアナさんも来な」
「え、ええ」
 山賊たちに付いて外へ出る。
 一緒に小屋の裏手へ行くと、先ほどの男がまた剣を振っていた。
「おう、ロザ、精が出るな」
 ガレムが近寄ると、男は剣を振る手を止めた。浅黒い肌にうっすらと汗をにじませ、束ねた黒髪をかきあげる。その鋭い目つきはさすがに、実戦経験もありそうな傭兵である。
「ちっと、お前の剣を貸してみな」
 クリミナは、男の手にある剣を見てはっとした。なんとなく見覚えのある、やや短めの幅広の剣である。
「貸すのはいいですがね、これは俺が見つけた、俺のモンですからね」
「いいから、ちっと貸してみろ」
 ガレムはその剣を受け取ると、
「ほう、なるほど。こいつは見かけによらず軽いな」
 感心したようにつぶやき、軽く振ってみせた。ひゅん、ひゅんという、鋭い音が響く。
「こいつは、ただの鉄の剣じゃあないぜ」
「その剣は、レークが持っていた剣によく似ているわ」
 驚いたようにクリミナ言うと、ガレムが振り返った。
「そうなのか。確かか?」
「ええ、たぶん」
 渡された剣を手に、それをまじまじと眺める。長さはさほどではない、むしろショートソードと言ってもよいくらいである。幅広でどっしりとした印象ながら、見かけほど重さを感じさせない。剣先はすらりと尖っていて、全体的にはどことなく優美ですらある。それはあのコス島の女職人、オルファンとカリッフィが作った鋼鉄の剣……そのカリッフィの剣に間違いなかった。
「これを……これをどこで、どこで見つけたんですか?」
 興奮するようにクリミナが尋ねると、ロザは眉を寄せた。
「森の中だ。激しい戦いがあったんだろう。あちこちに死体があって、たくさんの鎧や剣があったが、その剣が一番気に入ったのさ」
「あの、そこに……その場所になにか、レークの手がかりは……」
 クリミナは思わず声を上げていた。
「彼はトレミリアの騎士として、突撃部隊を率いて行ったらしいんですが、いまもずっと行方不明で。彼は二本の剣を使っていたと思うんです。この剣は、カリッフィの剣で、もうひとつ、オルファンの剣という、二本ともメルカートリクスの姉妹が作った鋼鉄の剣です。彼がいた手がかりはなにかそこに……」
 そこまで言ってクリミナは気づいた。ここにいる山賊の中で、ガレム以外にはレークの顔を知る者はいない。かれらにとっては、どこの騎士であろうと同じに思えるに違いない。
「それが、レークの剣なのは、間違いねえのかい」
「ええ。見てください。柄の裏側に、カリッフィの名前が入っています」
 クリミナは、震えるような心持ちで剣を持ち上げた。自分がいま、レークの手がかりを手にしているのだという感動と、そしてレークの手にしていた剣を、自分がこうして持っているという不思議な運命に。
「これは、レークが特別に作ってもらった、鋼鉄の剣なんです。他のものとは違う……ああ、なにか他に手がかりがあれば」
「手がかりって言っても、他にめぼしいものはなにもなかったからな。その剣を誰かが握って倒れていたわけでもなくて、ただ地面に落ちていたんだ。鞘だって見つからなかった。そのレークという人がどんな奴なのかも分からねえしな。どのみち、もしそこで死んでいたのなら、いまごろは骨になっちまったろうし、もし生きているんなら、もうそこにはいまいよ」
「そうですか」
 ロザの言葉はもっともだった。クリミナは黙ってうつむいた。
「さあ、剣を返してくれ、それはもう俺のもんだ」
「あの……」
 クリミナは、ぐっとカリッフィの剣を握り締めた。
「この剣を、私にください」


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