*

翌朝、大学は騒然としていた。

 しかめっ面で武装した騎士たち、学内を歩き回り。
 学生たちはその様子を横目で見ながら囁きを交わす。

 おい、聞いたか。

 ひそひそ

 何があったんだ?騎士たちが見回りをしているようだけど。
 なんだ、まだ知らないのか。殺されたんだよ。
 誰が。

 ひそひそ

 自由七科のロメリー講師だよ。
 なんだって?
 ああ。噂じゃなんでも剣で首筋をひとなぎだそうだ。
 でもロメリー講師は騎士団では指南役も努めるくらいの剣豪だろう。それをそんな簡単に…
 だからさ。
だから、こうやって朝っぱらから騎士たちが大学構内を調べて、血眼になって犯人を探しているのさ。
 だが、そんな使い手が学生にいるわけないだろうにな。
 ま、そりゃそうだ。
 怖いねえ。
 まったくだ。せっかく試験も終わったってのにな。

 おおかたこのような会話がいたるところで交わされ、
学生たちは試験終了の喜びも手伝って、大いに論議を紛糾させた。

 緊迫していたのは騎士団の方だった。
 やってきた騎士たちは、くまなく構内を捜し回り、片っ端から学生を捕まえては詰問を。
 しかし手掛かりはまったくつかめず。

 全ての講義は休講となり。
 ちょうどいい試験休み。

 しかし
学生はさほど、皆が大騒ぎしているそのニュースに対しても、驚くわけにはいかない、
といったふうにも見えた。


 部屋に戻って黄昏を待つ。
 なぜだかは分からない。しかし。
 いなくなった女がまた、戻ってくる気が彼にはしていた。

 しかも昼にではない。
 黄昏の夕闇だ。

 彼にはなぜだかそう。
 理由もあるし。

*

 …そうして

 現れた女。
 銀の髪。

 三度目に戸口立った女を、学生は部屋に招き入れた。

 その顔はやや青ざめ、唇の赤さがひときわ。
 きらきらした髪が頬にかかり、凄絶に。
 美しい。

 扉を閉め
 無言で向き合う二人。

 部屋の中で。
 もはや学生にさえ言葉はなく。

 すらり。

 悲しそうな音立て、
 女が剣を
 抜いた。

 窓のそとの黄昏が、
 まだランプを灯さぬ部屋を最後に照らす。

 さほど広くはない部屋なので、
 勝負は一太刀か。

 すらり。

 男の抜いた剣は、
 騎士の剣。

 女には抜けぬ、重い剣だ。

 無言の二人。
 見交わす目は、
 物語もせずに。

 ただ、
 己の人生。

 はじめに振り上げたのがどちらだったか。
 誰にも永遠に分からぬまま。

 一度も剣は重ならなかったから。

 しなやかに
 すり抜けるように

 学生は
 試験を終えた自由の身を

 委ねる先の

 島の戦い。

 ぱちり。と。
 鞘に戻される剣に血は。

 女の頬にも。なにも。

 剣を構えたまま、
男は動かず、

扉を閉めて出ていく女を

見守って。
微笑み。

モラトリアムの終焉を考え。知った。


*


「ときがながれてゆくよ」

人形はかたかた揺れる。葦毛の馬の上にて。



 司教座聖堂参事会が有力な海賊国家と手を粗み、この島の占領を計画したのはたった二ヵ月前だった。
 王立大学の存在は、同騎士団の存在と相まって、国家には危険なほど巨大化しすぎていたのだ。

 海賊国家の計画を王は黙認した。
 大学と騎士団の島が独立して反旗をひるがえした例は多いので。

 ここでいったん島を占拠して、強くなりすぎた騎士団を解体。その後
 新たに忠実でそこそこ強い騎士団と、金になる大学病院施設をつくること。
 
なにが最良なのかはもはや分からなかったが。
 変革とはそういうものだと、王は信じていたのだろうか。
 
かくして、バーンズデイル王立大学とバーンズデイル騎士団は、その島に立てこもり
八方から押し寄せる数百のガレー船団を迎え撃つこととなる。

仕方ないでしょう。
 もはや

 戦いは苦戦を強いられた。
 もっとも人徳のあった騎士団の幹部と、その助手
…あと一年で卒業の学生であったということだが…
こちらも並ぶもののない剣の使い手の騎士見習いは、
すでに亡く。
 
押し寄せるガレー船団。最新鋭のガレアッツァまでもが。
 とくに海戦に関しては、潮流を知り尽くした海賊船団には抗すべくもないと。

 戦いは陸上戦となり、騎士たち学生たちはしだいに島の高台に追いやられていく。

 結局

 四十日にもおよんだ戦いは、
大学内に立てこもった学生たちの内部反乱に端を発する騒動で、終幕を迎える。

 騎士団は分裂。
 ついに島は占拠された。

 騎士団幹部は処刑。大学講師も一人残らず。
 かろうじて、さほど優秀でない生徒のみが試験の結果を知ることなく国へ返された。
 さて次男たちのその後はいかに。
 
島は誰もいなくなった。
 
やがてはここに。
また新たな大学と、新たな騎士団がつくられるのだろうが、
 
少なくとも砲弾にくずれかけた講堂は建て直され、
騎士団には講師をかねないさほど人望のない幹部と、
剣技にさほど長けない助手がおかれるのだろう。

 それでこそ安心だ。

 ユートピアは団結してはならない。

 学生は国王の愚鈍さを論じてはならない。

 騎士は誇り高すぎてはならない。

 少なくともこの島においては。
 バーンズデイル王立大学では。

 いつまでも変わらないだろうか。

 花の香りと緑に包まれた丘と風、
 そして高台から見下ろす黄昏の紫だけは。


*


そんな黄昏を見つめていた騎士は
銀色の髪を揺らし馬上に。

丘を下り港に着けば、
もはや恩も義理もない。

かたかたと揺れるピクトルも今はおとなしく。

女は安心して心の中で
学生の笑顔に
別れを。

いつか死ぬ間際に、もう一度思い出せたら。

それはいいね。

あれは本気だった。

先に返すべき恩と義理がなければ。女は身を預けていたのだろう。
そう思わなければ船には乗れない。

今度こそ、一緒に旅を

花の香りはもう届かないが

騎士はかわりに銀色の髪をなびかせ、風に目を閉じた。


「なにを待っているの?」
「なにを待っているの?」

少年はまばたきもせずに。
          




                          黄昏騎士04完


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