水晶剣伝説 U ジャリアの黒竜王子

      2/12ページ


宮廷の浪剣士

「おい……おい、レーク」
 何度目かの呼びかけで、ようやく寝台からのろのろと起き上がる。
「いいのか?騎士団の稽古はとっくに始まっている時間だろう」
「ああ……そうだっけ」
 ぼりぼりと頭をかきながらあくびをするのは、浪剣士……もとい、元浪剣士のレーク・ドップであった。肩まで伸ばした自慢の黒髪が、朝を迎えるたびにぼさぼさの乱れ放題になることを、金髪の美しき相棒は密かに楽しんでいたかもしれない。
「調子に乗って明け方まで羽目を外すからだ。また連中と飲んでいたんだろう?」
 そう言ってアレンは、その深い湖のような青い目に苦笑の色を覗かせる。黒髪のレークとは対照的な、光り輝くような金髪をした美剣士である。
「まあな。貴族様なんぞと楽しく酒が飲めるか。その点あいつらなら、みんな同じろくでなしの浪剣士みたいんもんよ。お仲間お仲間」
「気をつけろよ。仮にもお前はもう、宮廷騎士という身分になったんだからな。それ相応の責任と世間体というものがある。あまり傭兵の宿舎には行くな」
「はいはい、分かりました。アレン先生よ」
 やんちゃ小僧のように、レークは唇を尖らせた。
「少なくとも貴族の生活については、そりゃあまあ、お前の方がよく知ってるのは確かだからな。今後もご指導のほうをよろしく頼んま」
 それに対してはなにも言わず、アレンは肩をすくめた。宮廷人となったからといって、このおおらかすぎる……というか、ようするに下品でものぐさな浪剣士が、すぐに貴公子のように変わるということはあるまいと、分かってはいたのだが。
「あらまあ、今頃お目覚めですか?」
 ノックとともに、中年の女が扉から顔を覗かせた。
「まあまあ、もう朝食どころか、お昼に作ったスープだってすっかり冷えきってますよ。じゃあ今スープを温めますからね。顔を洗っていらしてくださいな。昨晩はそんなに遅かったんですか?まあまあ、なんでしょう?こんなに不規則な生活の騎士様のお世話をするのは、この私も四十年間で初めてですわ」
 顔を見合わせるレークとアレンに、女は遠慮なしに指図した。
「それからちゃんと着替えて来てくださいな。そのころにはスープも温まるし。いいですわね。まず顔を洗って」
 扉が閉まると、二人はまた顔を見合わせた。
「……ったく、なんなんだよ。あのばあさんは。いちいち口やかましく人に指図しやがって。うるさくってしょうがねえ」
「ふむ」
「昨日だって、人が朝メシ食ってる横でもよ、がちゃがちゃとなんだかを洗いながら、ひっきりなしにオレがだらしないの、スープをこぼすなだの、スプーンの音がなんだのと、いちいち文句をいいやがる」
「マージェリはよくやってくれてるよ」
 アレンはくすくすと笑って言った。
「マージェリ!あのふとっちょのおばさんが、愛の神様と同じ名前たあ、なんかの間違えとしか思えない!」
「でも料理の腕はいいし、掃除洗濯、俺たちのやらないその他のことを全部、完璧にやってくれるんだ。有り難いことじゃないか」
「まあ、そりゃそうだ。町の宿屋よかよっぽど部屋もきれいだしな……」
 住みはじめて一週間ほどになる自分の家を、レークは改めて見回した。
 あの剣技会の後、結局、彼らはこの国にとどまることを決めた。もともとの目的は、剣技会で優勝し、賞金を得ると同時に宮廷内部に入り込み、あの剣を見つけ出すことだった。しかし結局は目的の剣は宝物庫にはなく、あての外れたかれらは再び浪剣士として旅の生活に戻ることも考えた。ただ、七つの大国がひしめくリクライア大陸のどこへ向かうのが良いか、その有力な手掛かりというものはなく、一方ではこの国にとどまって情報を集めるというのも悪くない方法であると考えた。それに、宮廷騎士という身分を利用すれば、トレミアの友好国であるセルムラード、ウェルドスラーブといった大国にも入国が容易になる。まずはそのあたりの国からあたってみて、それでも駄目ならまた旅の浪剣士に戻ればよいだろうと、そう結論を下したのだった。
 宮廷騎士の身分を得たレークは宮中の一角に家を与えられ、アレンの方も陰謀を防いだ功によって、宮廷人としてここに住まうことを許された。二人は美しい庭園に囲まれたこの家の主となり、おまけに料理等の世話をする侍女までも与えられたのだった。さすがに宮廷内に建てられた貴族用の邸宅だけあって、部屋の広さは町の宿屋とは比べものにならない。立派な寝台にテーブル、たっぷりと物を収納できる長持ちのあるこの部屋だけでも、おそらく彼らが泊まった宿屋の部屋がみっつかよっつは納まるくらいに広かったろう。
「メシは美味かったが、今日もいろいろと小言を言われたぞ」
 食事を終えて部屋に戻ってきたレークは、不満そうにそう言った。アレンは長椅子に座って、静かに短剣を磨いている。
「しかし、最初は侍女っていうからよ……もっとこう、可愛らしくて、しとやかで、色々尽くしてくれる娘を想像してさ。あのイルゼみたいな。それなのに、あのばばあだ……」
「まあ、そう言うな。ある意味では若い娘なんかより都合がいいかもしれん」
「なんでさ?」
「料理だって、年季が入っていた方が上手いに決まっている。洗濯や掃除を頼むのだって気がひけることもない。それに……」
「それに?」
「考えてもみろ。うら若い女と一緒に住んで、お前が毎夜のお盛んに疲れ果てて、騎士団の稽古に全く行かずクビにでもなったら……大変だ」
「なるほど……って、お前、それじゃまるで、俺が色狂いの馬鹿みたいじゃないかよ!」
憤慨するレークの横で、アレンはクックッと笑い声を上げた。
「でもよう、お前の持っているその水晶剣の片割れな……」
 アレンが大切そうに磨くその小さな短剣を、レークは横から覗き込んだ。小さな柄頭に小さな水晶のはまった、不思議や妖しい短剣……
「その力だけでも立派なもんだよなあ。なんせそいつのお蔭で、剣技会のときもいろんな情報を得たり、人を操ったり、ひと芝居うったりと、俺たちはそれで助かったようなもんだろう」
「レーク。あまりこの宮廷内ではその話はするな」
 短剣を鞘に収めると、アレンはそれを静かに手元に置いた。
「なんでだよ?」
「俺たちはこの宮廷において新参者……つまりまだよそものなんだ。どこで誰が俺たちの行動や会話を監視しているとも限らん。とくにこのトレミリアのような大国の宮廷なら、そういった隠密や薄暗い陰謀などがうようよしているものだ。お前が考えるほど、俺たちは全てにおいてここで歓迎されているとはいえないだろうからな」
「ああ……、そりゃ確かに、そうだろうな」
 レークは神妙にうなずいた。      
「そういや騎士団の稽古でも、貴族のガキどもがさ、まるで汚らしいものでも見るような目でオレを見やがるしな」
「そうなのか」
「ああ、ムカッときたがよ、そこはさ、十代のガキどもにいちいち怒っても仕方ねえから、ぐっとこらえたがね。しかし、とてもじゃねえが、毎朝あんな連中と楽しく剣のお稽古なんざしてられそうにねえや。だいたい、いまさらそんなお上品なレイピアの振り方なんか教えてもらっても、しょうがねえってんだ……こちとら試合じゃねえ実戦で鍛えた剣なんだぜ。まったく」
「なるほど。ところで、あの騎士団長どのとは、それからどうなんだ?」
「どうって、何がよ」
「だから、何か話はしたんだろう。美しい女騎士どのとは」
「話、話ね。……ああしたさ。したとも」
 レークは、むっつりと口をへの字にひん曲げた。
「なにせ宮廷騎士団長どのだからな。一応、騎士団の新入り下っぱ団員として、若造どもにご丁寧に紹介していただいたし。それに、レイピアの稽古もつけていただいたよ」
「ほう。それは初耳。レイピアをね。お前と女騎士どのが。……それで?」
「それでって?」
「勝ったのか?」
「ああ……、か、勝ったよ」
「どっちが?」
 アレンにはお見通しのようだった。
「ああ、向こうだよ勝ったのは!悪いか?」
「いや、別に悪くはない」
「ああそうさ。オレは負けたよ。あっさりと、完璧に、華麗にな!」
 そのときの屈辱を思い出し、レークは拳を握りしめた。
「まるで、ものの相手じゃなかった。確かにオレぁよ、レイピアなんざ、まともに稽古したことはねえ。お前とちがってな。貴族さまじゃねえんだ、こちとら浪剣士よ。おきれいなレイピアなんぞより、長剣ぶんまわすほうがよっぽど性に合ってら」
「ふむ」
「おおそうだ。剣技会でだって優勝したじゃねえか。この国の貴族、騎士連中を全部ぶっ倒してさ。オレは強いんだよ。剣ならだれにも負けねえんだ。剣殺しレークだ!剣聖だ。ソードマスターだ。浪剣士の帝王だ」
「でもレイピアでは負けた、か」
「う……」
 非情な一言に、レークはがっくりと肩を落とした。
「ああ……負けたよ。完璧にな。剣技会での借りを返された。見事な腕だよ。あのアマ。速かったし、的確だ。やろうと思やあオレを殺れたはずだ……」
「まあ、そう気にするな。向こうはなにせレイピア一筋、子供のころから騎士の手ほどきをされて育っているんだ。確かに、お前程度のレイピアの腕じゃ……まあ、そこいらの浪剣士よりはよっぽど上だろうが……本場の剣さばきには勝てなくてあたりまえだ」
「ああ……オレだって、そう思おうとしたさ。仕方ねえって。だがよ……」
 再びこみ上げてくる怒りを抑えるように、レークはわなわなと体を震わせた。
「だがあの女……オレのレイピアをたたき落とし、てめえが勝ったにもかかわらず、うんともすんとも言わねえんだ」
「ほう」
「そしてにこりともせず、オレをさげすむような目で見やがった。剣技会での借りを返したってんならさ、もっと、こう……なんかあってもいいだろ?」
 レークは身振りをまじえて言った。
「『これで借りは返したぞ』とか、『お前の負けだ』とかでもいいさ。しかし、あいつは、あいつは何も言わず剣を鞘に戻すと、オレを見下ろしてだぜ、ふんとかすかに鼻をならせてそのまま踵を返しやがったんだ。オレを無視してよ。こんなムカっ腹立ったの初めてだぜ。他の騎士どもも、二度とオレの方を見ようともしねえ。ひとりの薄汚い浪剣士なんざ、もうそこに存在しませんってカンジにだ」
「それから、騎士団長どのとはもう何も?」
「何もねえ!だからよ、オレはもう、あんな騎士団の稽古なんかにゃ……」
「分かった。もう言うな、レーク」
 アレンは、なぐさめるように相棒の肩を優しくたたいた。
「分かってくれたか?ようアレン。俺のつらさを」
「うむ。明日は朝一番で稽古に行け」
「この悪魔!」
「まあ聞け。いいかレーク。俺たちの目的はなんだ?」
 やんちゃな相棒の肩を引き寄せ、アレンはその耳元にささやいた。
「そう……剣だ。例の剣を手に入れる。どれもこれもそのための布石なんだ。剣技会で優勝したのも、騎士になって宮廷に入り込んだのも。そして次はこの宮廷で人々の信用を得て上手く振る舞うこと、これがさしわたって次のステップへの必要条件だ。分かるか?」
「ああ」
「さて、現在お前は宮廷騎士だ。周りの貴族たちがどう思おうがこれは事実。王の前で認められたのだから。そしてこれは俺たちにとってのチャンスだ。こうして二人して住む家も得た。お前が少しずつ騎士団に溶け込み、人々に顔を知られてゆけば、もう怪しまれず宮廷内を闊歩できる。いずれは宮廷騎士として、他国へ渡るような機会もくるだろう。また、このトレミリアの高貴な貴族たちに会う機会もできるだろう。それらはすべてがチャンスなんだ」
 淡々としたアレンの声は冷静そのものだったが、それがこの金髪の相棒が重要なことを口にするときの話し方であることを、レークはよく知っていた。
「すべてが……水晶剣につながっている」
 深い湖のような金髪の相棒の目をじっと見る。
「そうだ。失敗も間違いも許されない。この宮廷では俺たちのすること、口にする言葉、全てが剣を得るための算段なのだ。そして俺たちは自分のできる仕事をこなさなくてはならない。俺は俺の仕事を。お前はお前の仕事をだ。分かるか」
「ああ……」
「こんなことはもう二度とは言わない。また口にしてはいけない。これが最後の確認だ」
 アレンの言葉はいたって静かであった。その向こうにある、決して折れない強い意志の力を覗かせながら。
「いいかレーク。お前が決めたんだ。この国にとどまるとな」
「……」
「そしてそうであるなら、ここで……ここでだ、俺たちはしなくてはならない。すべてが、剣を手に入れるためだ。この宮廷で俺たちは自分の命をかけた芝居で生きつづけるんだ。いや、芝居と思わなくてもかまわん。偽らなくてもいい。自分の言葉で話し、行動したいように行動しろ。ただし、すべてがつながっている、このことだけは忘れないでおけ。なにをしようが、どんな言葉を話そうが、そのすべてが目的に影響をおよぼすことを」
肩に置かれたアレンの手が、まるで燃えるように熱く感じられた。
「すべてを最大限に利用するんだ。今のこの立場を。お前は宮廷騎士だ。騎士にしかできないことや、行けない場所もあるだろう。それがお前の仕事なんだ。くだらない貴族たちのさげすみなどいちいち気にするな。そんなものを超えた目的が俺たちにはある。いずれはきっと手掛かりを得られるはずだ。少なくともそれまでは……お前は国に仕える騎士なのだと覚えておけ」
「ああ……、分かった。分かったよアレン」
「それならいい」
 アレンの手からふっと力が抜けた。微笑するその顔は、いつもの穏やかで皮肉屋の相棒のものだった。
「よし。明日からはまた、各自の仕事を始めよう。俺の方は、宮廷内の要人たちとなんとか接近してみるよ。お前の方は……」
「ああ……」
「さしあたっては、騎士団の稽古に出ることだな」
「そうしまさあ」
 アレンの言いつけどおり、翌日からレークはちゃんと騎士団の稽古に参加するようになった。といっても、朝はときどき相棒に叩き起こされなくてはならなかったし、稽古の間も決して熱心に鍛練に励んだわけでもなかったのだが。
 宮廷騎士団は、そのほとんどが十代の若者であり、貴族の子弟子爵たちからなるので、そこに突然、身分も風貌も、話し方も考え方も、なにもかもが全く異なる野卑な男が現れ、同じ騎士団の一員になるなどという事実を、若い貴族たちがそう簡単に受け入れられなかったのは当然であろう。とくに、騎士団長であるクリミナは、その新参者の元浪剣士を、どう扱っていいものかまだ決めかねているようだった。はじめのうちはレークの無礼な言動や態度にいちいち腹を立て、その度に眉をつり上げていた彼女だが、それがこのならず者にはいっこうに効果がないことを知ると、今度はもはや、なるたけ関わらぬというような態度を、ありていにいって無視を決め込んだようだった。
 一方のレークの方は、それとは反対に、日を追うごとにこの若い騎士団の稽古に参加することが、それほど苦痛ではなくなりはじめていた。
 朝になるたびに相棒に寝台を叩かれ、毛布をはぎとられてからようやくのろのろと起き出して、いやいやながら稽古に向かっていた彼だったが、ここ最近ではアレンが起き出すころにはすでにすっかり身支度を整えて、自分用のレイピアを磨いているといった勤勉な姿勢を見せるようになった。むろん、それはレークが改心したわけではなく、退屈な稽古の間に、自分なりの楽しみを見出したこと……いわば趣味の悪い騎士観察のためであった。
「そんでよ、そのときのそいつの顔ったらなかったぜ」
 にやにやと笑いながら、レークは相棒を前にして話すのだった。
「オレの言った皮肉にも気づかないで、しばらくしてからさ、なんと言ったと思う?『まあ当然だな、これが騎士のみやびというものだ』とか真面目くさって言うんだぜ。おかしいったら……オレは剣を振るそのひどいへっぴり腰をやわらかくお褒めしたのにさ」
 稽古を終えて家に戻ると、その日の出来事を身振りを交えてアレンに話して聞かせることが、レークには楽しくてならないようだった。そして、若者たちから崇拝される女騎士を観察することが、彼にとっての最大の楽しみであった。
「それでさ……こう、麗しの騎士長どのが眉をつり上げてきっと睨むわけだ。こっちを。怒ってるんだけどその口元がさ、まあ可愛らしいったらねえな。それからしばらく唇をかみしめて、怒鳴りだすのか、つかつかと寄ってきて張手をくらわされるか、オレもどきどきしながら待ってたんだが……そしたらなあ、ぷいと向こうを向いていっちまったんだよ。ちょっとがっかりしたけど、その様子もまた……なんともいえず可愛いわけだ」
「なるほど。ここ最近、妙に真面目に騎士団の稽古に出掛けていると思ったら……そういうわけか」
 アレンは、呆れたように肩をすくめた。
「このところは、珍しくちゃんと起きているようだし。そういう目的があるなら、確かに真面目にもなるな」
「だってよ、そんなことでもしてないと、やってられねえぜ。じっさい、あんなおぼっちゃまがたの、おレイピアやお乗馬の稽古に付き合うのは」
 レークは馬鹿にするようにせせら笑った。
「あいつらときたら、それでもマジに騎士なのかってカンジだよ。剣技会のときはさ、けっこうこの国の騎士にもできるやつがいて……あのデュカス、いやローリングとか、それにブロテ、ヒルギス……だったか。貴族の騎士ってのも意外とやるもんだと思ったもんだがね。しかし、宮廷騎士とやらになってみて、そんなやつらはこの国にはほんの一握り、あとはどうしょうもねえ、ただのへなちょこなんだと分かったぜ。ま、そう強い奴がわんさかいても、それもそれで困るがよ……それにしたってひどすぎらあ。レイピアの素振りを百回やっただけで、くたくたに疲れ果てて座り込んだり、乗馬の訓練だって、一度もまともに馬に乗ったことのないやつが半分以上いやがるし。あるときなんかは、オレがひょいと馬に飛び乗ってみせてさ。まあ馬だけはいいのが揃ってるんだよ、もったいないことにさ……それで、さっそうと練馬場を一周したんだよ。そうしたら奴ら目をまん丸くして驚いてさ、後からおそるおそる訊いてきたんだよ。いいか、けっさくだぜ。『鞍も鐙もなしに馬に乗って危なくないのか?』だぜ!」
「ふうむ」
「ははっ、そうなのさ。やつらの乗馬練習とやらは、まず従者がしずしずと引いてきたお馬さんに、高級な刺しゅう入りの立派な鞍だの、やれ喉革をちゃんとしめろ、鐙の高さがなんだのと、半刻ほども準備したあげく、助けを借りてようやく馬によじ登り、おそるおそる手綱をひいて、ゆうっくりと馬を歩かせて、むろん横には頼りになる従者がつきそって、ほとんどオレが十周するくらいの間に奴らはやっとのことで広場の端にたどり着き、転ばないように再び従者に支えられて馬を降り、満面の笑みで、おお今日は上手くいったと意気揚々と自慢げに戻ってくる」
「それはひどいな」
「まあ、全員が全員そんなじゃないがよ、まあ半分くらいはそうだ。奴ら馬ってものを、立派で滑らない鞍と丈夫な鐙、裏切らない従者と銀の拍車つきの靴がなけりゃ乗れないものだと思い込んでやがるのさ。だいいち、拍車なんて一度だって使っちゃいないのに!だもので、オレがそうやって軽々と馬を操ってみせると、えらく驚いてよ。いや、こっちが驚いたのはさ、それから何人かの連中は、前はオレを汚いものでも見るようにしてた奴でもさ……オレのことをちょっと見直したように、ときどき話しかけてくるのよ。どうやればそんなに上手く馬に乗れるんだとか、どこでそれを習ったんだとかさ。それでオレが、習ったことなんかねえ、ガキのころから実際に草原なんかで乗って鍛えたって言うと、奴らまたまた驚いて、感心するじゃねえか。そんなことで驚くとはね。ま、こっちも悪い気はしねえからさ、そのうち教えてやるよっつうと、パッと嬉しそうな顔をするんだ。ほんと貴族ってのは根は単純なのな。だったら、最初から人をならず者だ、下品な野蛮人だというように扱うなってんだ。ま……そんなこんなで、やつらとのお稽古も、それなりに楽しんでいるってワケよ。それに、」
 レークはいくぶん照れるように付け加えた。
「クリミナさんもきれいだしな」
「ふむ」
 相棒の気をそぐ感想は胸にしまったまま、アレンはうなずいた。たとえどのような理由であれ、このものぐさな相棒が、そうしてちゃんと騎士として稽古に励むのは、じつに歓迎すべきことであったのである。


次ページへ