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   水晶剣伝説 XII クリミナの旅


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「なんだと」
「これは、レークの剣です。私が探しているレークの、剣なんです。お願いします。私にこれをください」
「馬鹿をいうな。見つけたのは俺だ」
 ロザが鋭くこちらを睨む。
「たとえ、あんたの言う通りだったとしても、その剣はいまはもう俺のものなんだ。それに、俺もその剣はずいぶん気に入っているんでな。渡せねえな」
「お願いします……」
「おい、ロザ。他の剣じゃダメなのか」
 見かねたガレムが二人の間に入った。
「どれでも好きなの選ばせてやるからよ。譲ってやったらどうだ」
「いくらかしらの命令でも、それは嫌ですね。その剣だって女が持っているよりも、俺が使ってやった方がよほど嬉しいはずだ。さあ、早く渡してくれ」
 ロザがこちらに手を差し出した。
「なら……なら」
 クリミナは顔を上げた。
「私と、戦ってください」
「なんだと?」
「私が、この剣を使って、私が勝ったら、私に剣を譲ってください」
「なにを馬鹿なことを。女のくせに」
 鼻で笑うようなロザを、クリミナはきっとなって見つめた。
「私は、剣の訓練を受けたことがあります。たとえあなたが傭兵でも、私はあなたに勝ちます」
「まったく、なんとかしてくれよガレムさん。このヒト、ちょっとおかしいんじゃないか」
 ロザがそう言うのも無理はない。この山賊団の中で、剣の腕ではボスのガレムすらも凌駕しようという彼である。クリミナのように若く、きれいな女が、まともに剣を扱えるなどとは到底思えないのだ。
「おいおい、本気なのか、クリアナさん」
「ええ。本気です。女と思って、手加減はしないでけっこう」
「ひゅう、すげえな」
 他の山賊たちが思わず声を上げる。
「ロザはウチの一番の使い手だぜ」
「本気でやったら、腕の一本や二本、すっぱりやられちまうぞ」
「仕方ねえな。おい、ロザ。相手をしてやれ」
 ガレムの言葉に、傭兵は顔をしかめた。
「やれやれ……女と試合したって、自慢にもなんにもならんぜ」
「クリアナさんよ、鎧と兜を選びな」
「いいえ、けっこうです」
「待てよおい。このロザの腕前は相当なもんなんだからよ。ヘタすると頭をかち割られちまうぜ」
「心配無用」
 クリミナはそう言うと、すでに戦いのモードに入ったとばかりに、その顔つきを厳しくしていた。ローブを脱ぐと、手にしたカリッフィの剣をひゅんひゅんと何度か振ってみる。
(私でも片手で扱える……これはいい剣だわ)
 実際の相手を前に剣を振るのは、ずいぶんと久しぶりだった。宮廷騎士の頃は、それこそ毎日のようにレイピアの訓練をしていたものだったが。
「なるほど、確かに剣の訓練は受けたようだな。なかなか様になっている」
 見ていたロザがいくぶん表情を変えた。
「いいだろう。ガレムさん、あんたの剣を貸してくれ」
「おお」
 ガレムが鞘ごと剣を放り投げる。それを受け取ってすらりと抜くと、ロザは両手と片手でそれぞれ何度か振ってから構えをとった。
「安心しな。顔には傷をつけねえさ。その代り……手や指が切れちまっても恨みっこなしだ」
 クリミナも、カリッフィの剣を両手に構えた。
「それじゃ、まあ、ほどほどにしとけよ。ちっとでも傷ついたりしたら、それでしまいだからな」
「分かってるよ。俺だって、こんなきれいな女を傷つけて喜ぶような趣味はねえんだ」
「……」
 久しぶりの緊張感に、クリミナは、己を落ち着かせるように何度も息を吐いた。
(こうして真剣に戦うことなんて、ほとんどしたことがなかった)
 あの旅の間は、傍らにはレークがいて、いつも自分を守ってくれたのだ。
(レーク……この剣と、私に力を貸して)
「じゃあ、くれぐれもやりすぎないようにな。クリアナさんも、無理せずにヤバそうなときはすぐに剣を下ろすんだ。そうすれば終了の合図にするから」
 ガレムは自ら審判役を買って出ると、向き合った二人の間に立った。
「始めろ」
 合図とともに、剣を手にした二人は間合いを詰めた。
 ロザの方は、クリミナの構えを見て、これは案外に油断ならないかもしれないと感じたようだった。
「どうした、ロザ、まさかお前の方がビビってんのか」
「早いところ片づけろや」
 他の山賊たちからヤジが飛ぶ。
「うるせえっ」
 眉を吊り上げたロザが、さっそく打ち掛かった。
 ガシン、という鋭い音が上がる。
 クリミナは、相手の攻撃を受け止めると、一歩後退した。勢いをよくしたのか、ロザは続けざまに剣を振り下ろす。
 カリッフィの剣を右に左に動かして、クリミナは巧みにその剣で攻撃を受け流す。
「おお……」 
 見ていたガレムが思わず声を上げた。
「こいつは、たいしたもんだ……ロザの攻撃をやすやすと受け止めるとはな」
 ロザの方もいくぶん驚いたようにクリミナを見つめた。
「なるほど、剣を習ったことがあるってのは、本当のようだな」
 剣を構え直しながら、クリミナは息を整えた。
(動けるわ……この剣は動かすとさらに軽く感じられる)
(少し太めのレイピアと思えばいいのかも)
 足を動かして間合いを計ると、今度は自分から打ち込んでゆく。
 ガシッ、カシンッ 
 剣がぶつかる鋭い響き。今度はロザが後退する。
「おいおい、どうした、ロザ!」
「やられそうじゃねえかよ」
 げらげらと笑う山賊たち。しかし、ロザの顔つきは真剣そのものだった。
「いや……防御といい、攻撃の形といい、このおじょうさんは、ただもんじゃねえぞ」
 ガレムがそうつぶやくと、部下たちが思わず顔を見合わせる。
 クリミナはさらに攻撃を仕掛けた。右から、左から、上から斜めから、次々に剣を繰り出してゆく。かつてレイピアの名手としてトレミリア宮廷でも恐れられた女騎士、そのクリミナ・マルシイの顔に、いま彼女は完全に戻っていた。
(動ける……戦えるわ)
 動きながら剣を振るうちに、その重さと長さとが自分に馴染んでくるような感覚があった。スピードをつけて振り込むと、剣先がしなるように飛んでゆく。カリッフィの剣が、自分の腕の一部になるような感覚。
「うっ」
 鋭い攻撃を受けたロザは、思わず声を上げた。
「負けちまうのかロザ」
「それでも、傭兵かよ!」
「ちくしょう」
 ぎゅっと剣を握り締めると、男はクリミナを睨みつけた。
(くる……)
 相手の動きが手に取るように分かった。しばらく真剣勝負から離れていても、彼女の中の長年訓練された騎士としての感覚は、決して失われてはいなかった。
 ロザが大きく剣を振りかぶり飛び込んでくる。
 とっさにクリミナは左側に体重をかけて剣先をかわし、そのままカリッフィの剣を合わせるようにして、相手の剣に当てた。
 ガッシーン
 鋭く響く音と衝撃、
 クリミナはいくぶんしびれた手の中で、カリッフィの剣を握り締めた。
「おお……」
 ガレムが呻くように息を吐いた。
 ロザの剣が、地面に転がった。
「つう……」
 右腕を押えたロザがその場にひざをついた。
 山賊たちはあっけにとられたように、クリミナを見つめていた。 
「すげえ……」
「見たか、おい……」
 ガレムがぱちぱちと手を叩いた。
「クリアナさんの、勝ちだ!」
「……」
 呆然とした様子で、ロザが剣を拾い上げる。
「ロザ……大丈夫か」
「ああ、ちょっと手がしびれているだけだ」
 剣をガレムに返すと、ロザはクリミナを見た。
「あんたは……何者なんだ。その剣の腕前。あんなに軽やかな動きは見たことがない。とても素人とは思えないぞ」
「……」
 クリミナは困ったように微笑んだ。自分がトレミリアの女騎士、クリミナ・マルシイであるということを、いっそかれらに言いたいような気もしたが、それをぐっと飲み込む。
「ありがとう。私は……私はただの旅の女です。ただ少し、剣の訓練を受けただけで」
「そんなはずはない。あれは……あの身のこなしは、偶然できるものではない。あれは、訓練に訓練を積んだ剣士の動きだ。いや、もっと言うと、優雅な騎士の動きだ」
 その鋭い言葉に、どう答えていいものかと、クリミナはうつむいた。
「まあ、いいじゃねえか。ともかく負けは負けだ」
 ガレムが乱暴にロザの肩を叩く。
「どうだ、あの剣を譲ってやんな」
「ああ、それは……約束だからな、仕方ない」
「あ、ありがとう」
 クリミナは嬉しそうに、カリッフィの剣をかざした。ついに見つけた、レークの残していった手がかり、その剣を見つめる。
「クリアナさん……おい、クリアナさん」
「は、はい」
 クリミナは慌てて返事をした。
 そばに来たガレムが、じっとこちらを見ていた。
「あんた……もしかして、」
「……」
「いや、なんでもねえ」
 山賊はにやりと笑った。
「あんたが、たとえなにもんだろうとも、あのレークのだんなの連れだってことは確かなんだからな。俺にとっては恩人の連れよ」
「ありがとう」
「ところで、これからどうするね」
「ええと、まだどこへ行くかは、はっきり決めていないんだけど……」
「それならよ、いっそのこと、ここで暮らさねえか」
「ええっ」
 ガレムは照れるように頭を掻いた。
「あんた……綺麗なうえに、そんなに強えんならさ、いっそ、俺たちの頭にならねえか」
「か、かしら……」
 クリミナは目を白黒させた。
「俺たち山賊団のさ。そしたら、クリアナとガレムの山賊一味って、名を変えてもいい。あんたになら、きっと部下たちも喜んでついてくぜ、なあてめえら」
「へい」
「あんなに強いんなら、もちろんでさ」
 山賊たちが、クリミナの周りを取り囲む。
「あの……ええと、その」
 クリミナは苦笑いを浮かべながら、申し訳なさそうに彼らを見た。
「そういうのは……ごめんなさい」
 一瞬だけ、ほんのごく一瞬だけ、もしも自分が山賊となって、ここで暮らしたらどうなるのだろう、というようになことを思ってみたが、具体的な想像を浮かべるよりも早く、それを追いやった。
(トレミリアの宮廷騎士長が、変わり変わって、ロサリート草原の山賊になったりしたら……それはそれで、なかなかすごい伝説になるかもしれないけれど)
 クリミナはくすりと笑った。武骨で粗暴なる自由の風に、一瞬だけ頬を吹かれたような気持ちがした。
「やはり、私は行きます。行かなくては」
「そうかい。なら、仕方ねえが……」
 ガレムは本気でがっかりとしたようであった。
「まあともかく、もう何日かは休んでいくといい。体力をつけて。なにしろあんたは女なんだからな」
「ありがとう。それとあの、もうひとつお願いがあるんだけど」

「たしか、このあたりだと思ったが」
 立ち止まったロザがあたりを見回す。クリミナとガレムも、周囲の森を見渡した。
 山賊の小屋からは、馬で半刻ほどの場所である。このあたりはどこも木々に囲まれていて見通しが悪く、日中でなければすぐに迷ってしまいそうだ。
「このあたりに、レークが……」
 馬を降りると、クリミナは手がかりを探すようにあたりに目をやった。
 この辺も、ジャリア軍との激しい戦場であったのだろう。木の幹にはあちこちに剣による傷跡があり、地面にはところどころに壊れた鎧兜などが転がっていた。
「間違いねえとは思うんだがな。この近くで、その剣を拾ったんだと思う」
 ロザがいうように、このあたりにはさほど枯葉が積もっておらず、戦場稼ぎや山賊たちが真っ先にやってきたのだろう、地面を掘り起こした跡があったり、骨となった遺骸が一か所に集めてあったりと、人の手が加えられた痕跡があちこちに見て取れた。
「俺たちがやってきたのは、いくさが終わってから五日も六日もたった頃だったからな。すでに、何人もの戦場稼ぎどもが先にいてよ、そいつらを追い散らして、いろいろと金になりそうなものを集めていたんだが。まさか、そこにあのレークの旦那が騎士として加わっていたなんてことは、知らなかったわな」
 ガレムの言葉を聞きながらも、クリミナはあちこちを見回し、そして歩き回った。ここでレークが戦ったのかもしれないと思うと、いてもたってもいられない気持ちになるのだ。
(あの人は、ここでどんな風に戦ったのだろう)
 カリッフィの剣を落としたということは、ジャリア兵の手にかかって危機に陥ったのだろうか。それとも、なにか別の理由があって、剣を捨てていったのだろうか。クリミナは、幹についた激しい傷跡を見ては、戦いの様子を想像し、むき出しの骨となった遺骸をのぞき込んでは、それがレークではないことを強く願った。
(でも、本当のことはなにも分からない。あの人が死んだのか、まだ生きているのかさえも)
 だが、しばらく探しても、レークに関する手がかりはやはりなにも見つからなかった。剣や鎧、そして兜など、それらのほとんどは山賊や戦場稼ぎたちが奪い去っていったのだろう。あたりには、ただ手の付けられていない白骨化した遺骸や、金になりそうもない壊れかけた鎧や兜、折れた剣、槍などがただ転がるだけだった。
「ありがとう、ここまで連れてきてもらって」
「もう、いいのかい。クリアナさん」
「ええ」
 彼女には分かった。ここにはレークはいない。
 そして、たとえ彼が生きていようがいまいが、自分にはただ、それを信じることしかできないのだと。
(そう、信じるだけだわ)
 腰に吊るしたカリッフィの剣にそっと触れて、クリミナは、ここで死んでいったすべての騎士たちへジュスティニアへの祈りをささげた。
 山賊たちとともに小屋へ戻ると、旅立つための荷物をまとめ始めた。
 山賊の戦利品の中からまた服の着替えをいくつかもらい、干し肉や乾果、固パンを数日分ほど分けてもらって、それらを袋に詰めた。ガレムはその他にも、隊商からいただいたという宝石や装飾品などを見せてくれたが、クリミナはそれらにはなんの興味もなかった。ただ、木箱の端に入っていた、リング型の古めかしい銀の髪留めを見つけたとき、なんとなく彼女はそれを手に取った。
「欲しいのか。ならやるよ」
 気前よくそう言うガレムに甘えることにして、彼女はおずおずと、それを自分の頭につけてみた。
「よく似合うぜ」
「ありがとう」
 髪留めに手を触れると、久しぶりに女性らしい気持ちが甦るような気がした。
「なあ、やっぱり出ていっちまうのかい。もうしばらくここにいてもいいんだぜ」
「ええ、でも明日の朝には発ちます」
「そうか……行先は決めたのかい」
 クリミナはうなずいた。なんとなく、前からずっと考えていたのである。
「とりあえずは、南下してミレイに入って、そこから船でコス島まで行こうかと」
「コス島か。そういや、その剣はそこで作ってもらったって言っていたな」
「ええ。もしかしたら、なにかレークの手ががりが分かるかもしれないし」
「なるほど……ミレイか、うむ」
 杯からワインをぐびりと飲み干すと、ガレムはしばらく考え込むように、口を引き結んで腕を組んだ。
 翌朝、山賊たちが起きるよりも早く、クリミナは旅装を整えると立ちあがった。
「おや、もう行くのかい」
 暖炉の前で、目をこすりながらガレムが起き上がる。
「ええ、お世話になったわ」
「そうか。ちっと待ってな」
 ガレムはうっそりと立ち上がると、まだいびきを立てて眠り込んでいる山賊たちを叩き起こした。
「てめえら、起きろっ。クリアナさんの出発だぞ」
「へえい」
 のろのろと起きだした山賊たちを見回し、ガレムは思いもかけないことを言い出した。
「おめえら、あとは頼むぞ」
「てえ、いいますと……」
「後は頼むってんだよ。俺がいねえ間は、ロザを頭にして命令に従えよ。いいか」
 かれらは、きょとんとした様子で、互いに顔を見合わせている。
「ええと、それで……ガレムの頭はどうするんで?」
「よく聞けよ。俺はな、クリアナさんについてミレイまで行くことにした」
「ええっ」
 それを聞いて驚いたのはクリミナであった。
「なあに、どうせ、いずれは集めた剣なんかをどこかに持っていって、まとめて売らなきゃならなかったんでな。ミレイならちょうどいい。あの国なら、俺がなにもんだろうとも、いい剣なら高く買ってくれる商売人がいるに違いない」
「てえことは、お頭は、いまからすぐに行ってしまうんですかい?」
「だから、そう言ってるんだろ。売れそうな剣はもう、昨日のうちにまとめておいたからな。なあに、ほんの十日もあれば、行って戻って来れるだろう。その間は、適当によろしく頼むぞ」
「ちょ、ちょっと……ガレム、さん」
 思いもかけない申し出に、クリミナはなんと言っていいものかと目を白黒させた。
「それにな、クリアナさん、女の一人身じゃねいくら剣の腕が立っても、森を越えてミレイまで行くのは難儀なこった。この俺が護衛役として付いて行ってやれば、あんたもよほど安心だろうさ。なあ」
 にいっと笑うガレムの顔に、反論する気力が失せた。あとはただ、クリミナは苦笑するしかなかった。
「ようし、決まりだ。おい、タレス。集めた剣を入れた箱を馬の背にくくりつけておけ」
「へいっ」
「コルボは水を汲んで水筒に詰めろ。ハカンとアルは、メシの支度だ。それ食ったらすぐに発つからな。ロザは……」
「もう起きて裏で剣を振ってます」
「そうか、ならほっとけ」
 あれよあれよという間に、山賊たちは手際よく準備を進め、朝食をとり終える頃には、小屋の前には荷物を積んだ二頭の馬がすっかり準備されていた。
「さてと、行くとするかい。クリアナさん」
「ええと、あの……」
「どうした?」
 まさか、山賊と旅を共にすることになるなどとは思ってもいなかった。そうでなくとも、ガレムの巨体は目立って仕方ないというのに、いかにも山賊めいたその野卑な姿などは、道中ひどく人目を引くに違いない。下手をすると、見回りの国境警備兵などに捕まってしまいかねない。
「その恰好なんだけど……」
「これがどうした」
 山賊は、自分の着ている薄汚れた胴着と、毛皮のローブ姿を見下ろした。
「せめて、あの……もっと目立たないような服を着てはどうかしら。とくに、町に入ると目を付けられてしまうかもしれないし」
「そうかねえ」
 ガレムはどうでもいいというように、首を傾げた。
「そうだわ。騎士が着るような服というか、革の胸当てや、簡単な鎧みたいなのを付けていれば、案外トレミリアの騎士としてごまかせるんじゃないかしら」
「俺が着れるような服なんざ、奪った中にあったかなあ」
 どうしても一緒にゆくのならば、この山賊にはせめて恥ずかしくない恰好をしてもらいたいと、クリミナは切実に考えていた。
(それに、もしも見回り騎士にでも捕まったら、私は国に送還されてしまうわ)
 クリミナは、なんとかガレムを説得しようと言葉をついだ。
「そうよ、それに山賊よりも、騎士と名乗った方がずっと国境も超えやすいし、それに、ちゃんとした身分の方が、剣をお金に換えるときも、きっとたくさんもらえるんじゃないかしら」
「なるほど、それはそうかもしれんな」
 ガレムは納得したようにうなずくと、
「おい、誰か。服を持って来い。トレミリアの騎士みたいになれそうなやつだ。早くしろ」
 そうして、部下たちがいろいろと運んできた木箱の中から、ガレムはなんとか着られそうな大き目のチュニックを選んでそれに着替えると、革の胸当てとベルトを着け、ついでにこれもどうだというように、白テンの毛皮が裏打ちされた騎士用のマントを羽織ってみた。
「いい感じだわ」
 クリミナがそういうと、ガレムはまんざらでもなさそうにポーズをとった。
 なんというか、それは騎士というには少々無理があったが、少なくとも山賊には見えなかったし、とても良い言い方をするなら、田舎から出てきた大男が、頑張って騎士めいた物まねをしてみましたという風でもあった。
「あとは、一応兜も持っていった方がいいわね。万が一のときに顔も隠せるし」
「もうなんでもかまわんがな、本当に騎士に見えるかね」
「大丈夫よ」
 クリミナはむしろ楽しそうに、ガレムの兜を選びながら受けあった。
「私は正規の通行証を持っているから。これを見せれば、きっと旅の騎士だと思ってもらえるわ。その時は私も男のふりをして、あなたの従者のようにふるまおうと思うの」
「なるほど……」
「さあ、これをかぶってみて」
 渡された兜を、ガレムは窮屈そうに頭に押し込んだ。
「なんとか入ったわね。ではそれでゆきましょう」
「うう……こんなうっとおしいものは、かぶりたくないもんだぜ。なんたって俺は山賊なんだからな。 息苦しくてかなわねえ」
「ふふ、レークもそんなことを言っていたわね」
 こうして怪しい騎士もどき姿となったガレムと、男装の旅人風のクリミナは、並んで馬にまたがった。それは、なんとも奇妙な取り合わせの二人であった。
「なかなかいい感じですぜ」
「お頭、恰好いいや」
「そうかい」
 部下たちに褒められると、まんざらでもなさそうに、ガレムは馬上で胸をそらした。
「さて、これで準備は整ったと」
 着替えや食料、水筒などの入った革袋は、ガレムの馬に積んでもらい、クリミナの方はただカリッフィの剣を鞘ごと背負った身軽な恰好である。
「それじゃ、てめえら。留守の間もしっかりと働くんだぞ。ちゃんと見張りを立てて、街道に隊商が通るときは、しっかり把握しておけよ。なにごとも計画的だ」
「へいっ」
「気を付けて、ガレムの頭」
「ミレイで剣を金に換えたら、美味い酒でもたんまり土産に持って帰ってくるからな」
「そりゃ楽しみだ」
「それじゃ、ちと行ってくらあ」
 ガレムは部下たちにうなずきかけ、最後にロザに向かって、くれぐれも頼むと言い残す。
「ありがとう。お世話になりました」 
 クリミナは馬上から海賊たちに礼を言った。
 一時は、大変な目にも合わされたが、かれらとて山賊としての生活に日々を生きるのに精いっぱいなのだろう。確かに粗暴ではあるが、このガレムをはじめとして、みな根っからの悪人というわけではないのかもしれないと考えることにした。
 山賊たちに見送られながら、二人の馬は歩き出した。
「さてと、ひとまずはアラムラ街道に出るかい」
「そうしましょう。このまま森の中を南下して、もしも迷ってしまったら面倒だし。それに」
 馬上のガレムを見て。クリミナはくすりと笑う。
「その姿なら、街道で商人や騎士とすれ違っても、すぐに山賊だとはバレないだろうし」
「そうかねえ。まあ、もしバレたらバレたで、そのときは俺が大立ち回りでもするから、あんたは勝手に逃げてくれ」
「そうするわね。ありがとう」
 これからずっと、たった一人で旅をしてゆくものと思っていたところに、思いがけない道連れができたことに、クリミナは不思議な安堵感のようなものを感じていた。その相手が野蛮な山賊であるとしたところで、戸惑いと不安よりもむしろ、楽しげな気分が勝った。それはきっと、ガレムがレークのことを知る人間であるということが大きかったろう。
 二人の馬は森の中を、アヴァリスの光が差し込む方へ向かって進んでいった。
「そうだったのね……そんなことが」
 馬を歩ませながら、ガレムはアルディでの出来事、バステール監獄でレークに助けられたいきさつなどを話してくれた。兜はよほど窮屈と見えて、町が近くなるまでは外しておくことにして、いまは馬の背に縛り付けてある。
「もしレークの旦那に助けられなかったら、いまごろ俺は、あのけったくそ悪い監獄でくたばっていたかもしれないワケよ」
「それで、その後はどうなったの?」
「それから、つまり……」
 いくぶんばつが悪そうにガレムは言葉を濁した。レークを置いて、自分一人でさっさと脱出したことを言えば、彼女が腹を立てるに違いないのだから。
「ええとな、暗がりで、レークの旦那とは離れ離れにになっちまってよ。なにせ、俺も焦っていたんでな。お互いの無事を祈りながら、それぞれ脱出したということよ」
「そうだったのね」
 それらの光景を想像し、クリミナは感心するようにうなずいた。彼女にすれば、ともかく、都市国家トロスでレークと再会するまでの出来事が、これでつながったという思いであったのだ。
「だからさ、」
 いくぶん照れたように、山賊は言った。
「俺はな、レークの旦那には大きな借りがあるんだよ。もし生きているんであれば、いつか直接会って礼を言いたいもんだ」
「……」
 案外に義理堅い山賊の言葉に、なんとなくクリミナは、いくぶんの信頼をこの男に置いてもいいのかもしれないと思い始めていた。それに、なにはともあれ、これから数日間は旅の道連れとなるのであるから、このガレムが恩義においては信ずるに足る人間であるということを知ることは、ずいぶん安心感が増す思いでもあったのだ。
(それに、少なくとも、この人といれば、もう山賊に襲われるようなことはなくなるわけだし)
 いかつい髭面の道連れを横目に、クリミナはこっそりと微笑んだ。
「天気もいいし、楽しい旅になりそうだ」
 手綱をとりながら鼻歌を歌うガレム。
 こうして、身分も名前も隠したトレミリアの美しき女騎士と、騎士に化けた巨漢の山賊という、まことに奇妙な取り合わせの二人の旅人は、馬首を並べ、冬枯れのアラムラの森を進んでいった。


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