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 水晶剣伝説 XII クリミナの旅


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「う……ううっ」
 丘に囲まれた広大な窪地……そこに広がる凄惨な光景に、彼女は口を手で押さえ、嗚咽をもらした。
 動くものは誰もいない、その静まり返った大地には、いくつもの、いや何十、何百もの鎧や兜、折れ曲がったような武器類が転がり、土と草に覆われて、ひっそりとそこにあった。多くの遺体が運ばれたり、埋葬したりされたのだろうが、それでも追いつかぬもの、それに敵であるジャリア兵の遺体は、そのまま野ざらしにされたのだろう。白骨化した騎士の亡骸が、まだたくさん転がっていた。
 アヴァリスの陽光に容赦なく照らされた、無残な亡骸たち……風の音だけに包まれた、静かな大地の上に、ひと月前のいくさの爪痕が、時間がとまったようにして残されていた。ここは、ロサリート草原戦での最終局面において、もっとも激しい戦闘が行われた場所であった。たしかに、サルマで聞いた話では、生き残りをかけたトレミリア軍が最後の作戦をとって、側面から丘を駆け下りて、窪地で激しく激突したという。ここがその場所なのだ。
 しばらくしてから、ようやく気を落ち着けると、クリミナは立ち上がった。
「……」
 実際に戦場を見て、確かめることが、自分の目的のひとつであったはずだ。そう己に言い聞かせ、窪地の斜面を下り始めた。
「ああ……」
 窪地に近づくにつれ、凄惨ないくさの跡地と、そこに転がる鎧や兜、白骨化した遺骸などが目に入ってくる。クリミナは意志の力を振り絞り、震える足で斜面を下りた。
 丘に囲まれた窪地は、広さにして百ドーン四方はあるだろうか。ここで、数千人のトレミリア騎士とジャリア兵たちが激突し、激しい戦いを繰り広げたのだろう。おそらく、騎士クラスの遺体は、その後運ばれて埋葬されたのだろうが、そうではない一般の下級兵や従者などの遺体は、おそらくこの場で穴を掘り、埋められたらしい。あちこちに、土の盛られた跡があった。
 しかし、それとても、まだましな方であると言わねばならなかった。
 このたびの戦いの敗戦国であるジャリア兵の遺体については、その多くは埋葬されることもなく、野ざらしにされた。
 戦いの終わった数日後には、戦場稼ぎと呼ばれるものたちが大勢やってきて、遺体を検分しては、金になりそうなもの、貴重な宝石や、飾りのついた兜や、身分の高い騎士の身に着けるベルトや手袋や、衣服や馬具にいたるまで、売れそうなものを徹底的に探し、奪い取ってゆくのだ。かれらの多くは、都市の浮浪民であったり、大きないくさがあることを聞きつけて、はるばるやってきた盗賊や、あるいは浪剣士などであった。
 とくに、身分の高い騎士の身に着ける鎧兜などは、遺体から剥がされて鉄材として売られたり、まだ使えそうな剣や盾なども、売られたり、鍛冶屋に引き取られて再利用されたりした。クリミナは知らなかったが、衣服をはぎとられたり、鎧兜などがない白骨遺体が多いのは、そうした連中が毎日のように現れては、しゃぶりつくすようにして戦場を漁っていったからなのであった。そのような、もとが騎士なのか従者なのかすらも分からないような白骨遺体というのは、たいていはジャリア兵のものらしいということは、なんとなく彼女にも想像がついた。
「ひどい……」
 おそらくは、いくさの直後にはもっと、ずっと生々しい場所であったのに違いない。死体が散乱し、人の腕や足や頭が血だまりの中に転がり、人も馬も一緒になって、腐りゆき、あるいは野犬に食われてゆくような、すさまじい有様だったことだろう。
 それを想像して、クリミナは思わずぶるりと震えた。彼女によりそう愛馬の、その暖かな鼻息だけが、唯一の支えだった。
 いくさというものの恐ろしさ、それがもたらす無残な結果というものを、こうして実際に目にしてみて、本当に自分たちは正しかったのかどうか、という、漠然とした思いが湧いてくる。しかし、それはいまさら言っても仕方ない事なのだ。自分も含めて、すべての騎士たちはトレミリアのために行動し、トレミリアの誇りとともに戦い、そして死んでいったのだ。それがすべて間違っていたなどとは思いたくない。
 だが……
「ああ……」
 野ざらしのまま、地面の上で朽ちてゆく白骨化した兵士たち。そこには、ジャリアもトレミリアもない。魂を失い、静かに腐り、崩れてゆく遺骸のむなしさだけがある。 
(敵も味方もない。人はみんな……)
 生きて、そして死んでゆく。そこに地位も身分も、国も、なにも関係はない。
(いつか……)
 クリミナは、遺骸が散乱する戦場跡をぐるりと見渡した。
(いつか、このようなむごたらしいいくさが、世界からなくなりますことを)
 ひとつひとつに祈りは捧げられないが、両手を組み合わせ、彼女はそっと目を閉じた。
(ジュスティニアよ……)
 それから、しばらく窪地を歩いて回った。
 クリミナは、あちこちにある白骨化した遺骸に目をそむけることなく、それらに目をとめると、ときおり短い祈りを捧げた。なにかレークの手がかりになるものはないかと探したが、あたりに転がるのは、遺骸の他には、使い物になりそうもない曲がった剣や、折れた槍、錆びついた盾や兜ばかりで、恋人の行方を示すようなものはなにもなかった。それに、まさかあのレークが、このような白骨化した遺骸になってしまうなどとは、考えられなかったし、考えたくもなかった。
(そんなこと、あるはずはないわ)
 戦場跡をしばらく彷徨ってから、クリミナは愛馬にまたがった。ずいぶん足も疲れてきていたが、それ以上に精神的にもつらかった。
 窪地の南側に目を向けると、そちらはそのまま森へと続いていた。アラムラの森のとば口である。 
(そういえば……)
 サルマの町で、いくさの帰還兵に聞いたことをふと思い出した。
「決死隊を率いた隊長か……森の中で少数の騎士を率いて、敵軍の只中へ突入したよ」
(森の中で……)
 いくさの最終局面がこの窪地であったとするなら、レークの率いる騎士隊は、近くの森から敵陣に突入したのに違いない。
「森に、なにか手がかりがあるかもしれない」
 アラムラの森は、ロサリート草原の南部に広がる大森林である。西はマクスタート川を越えて、セルムラードの国境まで続き、東はウェルドスラーブの国境であるマトラーセ川まで伸びる広大な森林だ。森をこのまま南下して縦断すれば、沿海の自由国家ミレイにまで行き着くのだが、「迷いの森」として知られるアラムラの森を踏破するなどは狂気の沙汰であった。かつて、レークがミレイの郊外に集うジャリア軍に紛れ込み、アラムラの森に分け入って、幾多の困難を超えて草原にたどり着いたという冒険行のことは、彼女は知らなかった。もしも知っていたら、この生い茂った森の奥にある危険をかえりみずに進んでゆく気持ちにはならなかったかもしれない。
 気付けば、すでにアヴァリスは西に傾き出していた。森の中で夜を迎えたくはないが、あまり深く入ってゆかなければ、迷うこともないはずだ。
(日が暮れる前に、森から出て、どこか寝泊りできそうな場所を探さなくてはね)
 愛馬がいくぶん不安そうに鼻鳴らす。怪しげな森に入ることは、一人では到底耐えられないかもしれないが、この相棒がいれば、そう恐ろしくもなかった。彼女たちは、まるで手を取り合うようにして、アラムラの森へと足を進めた。
 森の中は薄暗く、そしてひんやりとしていた。
 冬枯れの木々は、葉がない分、陽光を届けてくれるが、枝だけが伸びて、それがアヴァリスの光によって影となって、地面にいびつに映っているさまは、なかなか不気味だった。ときおり、まるでそれが人の形の影に見えたりして、クリミナにひっと声を上げさせた。
「……あんまり、ずっといたいところではないわね」
 あたりの地面は枯葉に覆われていて、さきほどの窪地のように、あからさまに戦いの跡というものは見えなかった。土に湿り気があるのだろうか、その上に積もった枯葉もうっすらと湿っていて、すでにほとんど土のようになっている。
 クリミナは思い切って馬を降りてみた。ふわりとした土と枯葉の感触に、足首まで包み込まれる。
「すごくやわらかいわ。きっと、この枯葉がまた土になって、春になれば緑が生えてくるのね」
 そういえば、いままで冬の森を歩くことなど、なかったかもしれない。首都フェスーンの郊外の森に遠乗りに出かけたり、鷹狩りに付いて行ったことはあったが、思えばそれも春になってからのことだった。
「でも、案外寒くないのね。枯葉のせいかしら」
 しだいに慣れてくると、やわらかな土の上を歩くのも、楽しくなってきた。クリミナは、あたりを見回しながら、いくさの跡を探して歩くことにした。
 よくよく気を付けて見ていると、あちこちの木々の幹に、剣で削れたような跡があった。やはり、この森の中で両軍が戦ったのだ。
「あら、あれは……」
 ある木の根元に、土が盛り上がっている場所を見つけた。さきほどの窪地のように、トレミリア兵を埋葬した跡かもしれない。
 そちらに向かって歩いてゆくと、足元になにか固い感触を感じた。はっとして足元の枯葉をどけると、そこに黒光りする鎧が見えた。
「ああ……」
 なんとなく想像した通り、そこにはジャリア騎士の遺骸があった。壊れかけた鎧と白い骨が枯葉の間から見えている。
 間違いなく、この場所で激しい戦いが行われたのだ。それでは、この枯葉や土の下には、まだたくさんの遺骸があるのかもしれない。そう思うと、むやみに歩き回るのがためらわれる。
「……」
 クリミナは、その場であたりを見回した。寄り添う愛馬も、これ以上進むのが気が進まないかのように首を垂れている。
(もしかして、レークも、このあたりで戦ったのかしら)
 帰還兵の言葉が確かなら、森の中で戦った決死隊というのは、レークが率いていた部隊であるはずだから、おそらくそうなのだろう。
 そろそろと歩きながら、注意して地面を見ていると、あちこちに戦いの跡が残っていた。木の幹につけられた剣の跡だけでなく、その根元に残る黒い染みは、きっと血の跡なのだろう。枯葉から覗く黒い鎧兜、折れた剣や矢尻などが、いくつも見つかった。
 枯葉と泥が積もった場所で、おそるおそる泥を払いのけると……そこに現れるのが、トレミリア騎士やレークの鎧でない事を祈りながら……そこに現れたジャリア兵らしき遺骸に、ほっとしたような、当てが外れたような気分で息をつくのである。やはり、トレミリア兵の遺体の多くはすでに埋葬されたようで、あたりに残されているのはジャリア兵の黒い鎧姿ばかりだった。レークがここにいたという手がかりも、彼の生死を示すものも、なにも見つかりそうもない。
 あたりはずいぶん薄暗くなってきていた。太陽はいつの間にか雲に隠れ、あるいはすでに沈みつつあるのだろうか、森の中ではよく分からないが、ともかく夕暮れに近づいているようだった。
「ふう……」
 クリミナは、ぐったりしたような気分で、横に倒れた木の幹に腰かけた。ずいぶんと歩き回った足の疲れに加え、多くの亡骸……ほとんどは白骨であったが、それを目の当たりにした精神的な疲労感が、彼女を鬱々とした気持ちにさせていた。
「無駄足……だったのかな」
 戦場に来れば、きっとレークの手がかりが見つかるに違いないという、根拠のない自信はいまはもうすっかり消え失せていた。それよりも、実際に見た戦地の跡というのは、時間が止まったようにむなしく、そして殺伐としたものであった。
 いくさで死んでいったものたちの悲しみや無念は、生きている自分たちの想像で勝手に美化されてゆく。死んでいった騎士や兵士たちには、すでに悲しみも怒りもなく、その場で時間が過ぎるままに腐り、白骨化し、いずれは風化してゆくだけなのだ。それは恐ろしく、寂しくもあったが、残酷な真実に違いない。
(私だって、いずれはそうなるのだわ……)
 こうして、たった一人で旅に出たからには、どこかで病にかかったり、倒れたりして、人知れず死んでゆくことも、充分に起こりうることなのだ。宮廷内で貴族として優雅に暮らしていた頃には考えもしなかった。誰にも看取られることなく、むなしく野ざらしの死骸となることなどは。
(なんだか、せつないわ)
 クリミナは自分を抱きしめた。暖かな息とともに愛馬が顔を寄せてくる。
「ありがとう。そうね。お前がいるものね。簡単には死にはしないわね」
 気づけば、森の中はどんどん暗くなっていた。太陽はすっかり隠れ、このまま夜になるとずいぶんと冷えそうである。
(このあたりで夜を迎えるのは、ぞっとしないわ)
 寒さがしのげる場所を探そうと、クリミナは立ち上がった。どこかで一夜を過ごさねばならない。ともかく、ジャリア兵の白骨が散らばる戦場から、もう少し離れようと歩き出した。
 森から出た方がいいのか、それとも森のとばくちあたりで夜を明かすのがいいのか、いまひとつ判断がつかなかったが、風がしのげるような大きな木のそばがよいような気がした。枯葉の上でマントにくるまれば、なんとか乗り切れそうである。
 にわかに暗がりに包まれだした森の中は、不安な気持ちを強くさせる。冬枯れの木々があちこちに不気味な影となって広がっていて、このまま歩き続けては、方向感覚を失って迷ってしまいそうだ。
「もう、朝まではあまり歩かない方がいいわね」
 クリミナは、そこそこ大きな木を見つけると、そこを今夜の寝床と定め、木の幹に手綱をくくりつけ、幹に寄りかかって休むことにした。
 乾いた枯葉は案外暖かく、マントのフードをかぶっていれば、どうにか寒さはしのげそうだった。革袋から固パンや干し葡萄などを取り出し、口に含んだ。食料は五日分くらいはあるだろうが、大切にしなくてはならない。
(静かだわ)
 いまは風もやんで、あたりはしんと静まり返っている。遠くで、かすかに夜泣き鳥の声が聞こえるが、その他には生きるものの気配はない。
(少し、怖い……)
 トレミリアを出奔し、草原をある気、このような森の中へまでやってきた。自分はこれからいったい、どこへ向かおうとしているのだろう。考えてもなにも分からない。
(もう、戻れないのね、どこにも……)
 じっとしていると、先の分からない不安が、いまさらながらに生まれてくる。サルマから旅立ったときには、まだ町が近かったこともあり、このような漠然とした不安は感じなかったのだが、誰もいない森の中で、たった独りで夜を過ごすことは、やはり女性である彼女にはとても心細いことだった。
(レーク、)
 心の中で、ふとその名を呼ぶ。
(どこにいるの?)
(私はね、あなたが戦った草原を歩いて……そして森に、いま一人でいるのよ)
 彼が知ったならば、感心したように、「へえ、すげえな」とでも言ってくれるだろうか。それとも、少しだけ驚いた顔をして、ただにやりと笑うのだろうか。
(レーク、私に……勇気をちょうだい) 
 あの、陽気な浪剣士の笑顔を思い浮かべると、いくぶん気持ちが落ち着いてくるようだった。もうこのまま眠ろうと、クリミナはマントにくるまり目を閉じた。
「……」
 だが、少しもたたないうちに、なにかの気配にはっと目を開けた。
(なにかしら……)
 枯葉を踏むようなかすかな音が聞こえた。革袋から出しておいた短剣を握り締めると、じっと耳を澄ませる。
 ややあって、またかさりと音がした。暗がりの向こうに、なにか動くものの気配がはっきりと感じられる。
(なにかが、いる……)
 ここは森の中であるから、なにかの動物がいてもおかしくはなかったが、そうではない、なにか別の危険がひそんでいるように思われた。
「……」
 数ドーン先は闇に包まれていて、もうなにも見えない。だが、その向こうに、なにかがひそんでいる。あるいは、こちらに近づいている。
 神経を研ぎ澄ませるように気配を伺いながら、クリミナはゆっくりと立ち上がった。
(もしかして……)
 そこにレークがいるのかもしれない。そんな都合のよいことを一瞬だけ考えたが、すぐにそれを打ち消した。
「……」
 さっきよりもずっと近くで、枯葉を踏む音がした。
 右手に短剣を握り締め、音がした暗闇に目を凝らす。
(鹿とか、ウサギとか……それとも)
 だが、そうではないと、自分の感覚が注意を告げていた。かさり、かさりと、足音は、さらにはっきりとしてきて、それがどうやら人間のものらしいと分かった。
(どうする……)
 むやみに動いてはこちらの居場所を知られてしまう。だが、もしもすでに見つかっているのなら、すぐにも移動した方がよい。
 少し迷ったが、クリミナは革袋を背負うと、幹に縛っておいた馬の手綱をほどいた。
 そのとき、
 さっと闇から現れた影が、素早く彼女に迫った。
「くっ」
 クリミナはとっさに短剣を振りかざした。だが、別の方向から突進してきた影が、彼女の足をすくった。
「ああっ」
 地面に倒れ込み、思わず声を上げてしまった。
 起き上がろうとしたとき、どすんと腹部に衝撃を感じた。
 鋭い痛みを感じながら、そのまま彼女は気を失った。

「う……」
 クリミナは息苦しさに呻いた。
 意識が戻ってくると、身体がずきずきと痛んだ。
「おや、気づいたようだぜ」
 すぐそばで男の声がした。パチパチと火がはぜるような音が聴こえる。
(ここは……)
 黒い布で目隠しをされているらしく、目を開けてもほとんどなにも見えない。うっすらと動く人影と、暖炉の炎らしい明かりとが分かるくらいだ。
(私は夜の森にいて……)
 いきなり襲われたのだ。何者かに捕まって、ここに運ばれてきたということだろう。
(ここは……どこ)
 寒くはないので部屋の中だろう。おそらく、森の中にある小屋なのかもしれない。
「べっぴんの剣士さん、それとも騎士さんなのかな」
「たった一人で森に入るなんて、勇敢だねえ」
 また別の男の声がした。さらに笑い声も。部屋には何人かの男がいるらしい。
「う、ぐ……」
 両手と両足を縛られ、まったく身動きが取れない。口はくつわでふさがれていて、まともに声も出せなかった。
「へへへ、運がよかったなあ」
「まったくだ。俺たちに拾われたおかげで、森で行き倒れにならずに済んだってもんだ」
「なにせ、このあたりには、怖い怖い、山賊やら、強盗やらがよく出るっていうからな」
 げらげらと男たちの笑い声が上がる。下品で野蛮そうなその声に、クリミナはぞっとした。
(山賊……、そうか、こいつらは山賊なのだわ)
 街道をゆく商隊を襲うだけでなく、最近では、戦場跡を荒らして、武器や鎧などの金目のものを奪う輩が増えているという話を聞いていた。だとしたら、この男たちは、戦場を歩いていた自分のことを、とっくに見つけていたのかもしれない。森に入ったときにはすでに後をつけられていたのだろうか。
「はじめは、命知らずのガキが戦場荒らしの真似事に来たのかと思ったが」
「なあ、捕まえてみりゃ、まさか、こんな上玉の女とはよ」
「いいねえ。ヒッヒッ」
 男たちは酒を飲んででもいるらしい。焼けた肉の匂いもする。
「おい、タレス」
「ああ」
「相談だけどよ……」
 声をひそめる男たちの声は、クリミナにはしっかり聞こえていた。
「お頭がまだ戻る前によ、ちっと……やっちまわねえか」
「おい、でもよ、勝手なことすると」
「だからさ。さっさとやっちまって、また元のように縛っておけばバレねえって」
「まあ、そうかもな」
「な……へへへ」
 欲望に歪んだ男の顔が目に浮かぶ。クリミナは嫌悪に身を震わせた。
(くそ……こんなことになるなんて) 
 縄さえほどければ、剣さえあれば、たとえ何人の山賊だろうと一人で倒してやるのに。
「ううー、くうう……」
 うめき声を上げるクリミナに、むしろ男たちは興奮を覚えたようだった。
「よーし、もっといい声で泣かせてやるぜ」
「待てよコルボ、俺を先にしろ」
「なんだと。こいつをはじめに見つけたのは俺なんだぞ」
「だが、気絶させたのは俺だ」
「うるせえ、てめえ」
 言い争う男たちの声が、いっそうクリミナを恐怖させた。こんな野蛮な男たちの慰みものになるのは、とても耐えられない。
「う、うう……」
 腕に力を入れて、なんとか縄を緩めようとするが、腕も足もきつく縛られていてほどけそうもない。
「よーし、待ってろ。いま足だけはほどいてやるぜ。おい、ハカン。暴れないように両足を押さえつけろ」
「へーい」
 男の手がクリミナの足に触れた。 
「へへへ。よーし、待ってろよ。楽しませてやるからな」
 なんとか身をよじろうとするが、両側から足を捕まれて、ぐいと開かされる。屈辱に涙が出そうだった。
「ふ……、ううー」
「くつわくらい外してやるか。どうせ、この森の中じゃ、誰も助けには来ねえからな」
 口元をきつく縛っていた布が取り除かれた。クリミナは大きく息を吐いた。
「や、やめろ……私を、どうする気だ」
「おお。声もいい感じじゃねえか」
「ああ、べっぴんの声だ」
 目隠しはされたままだったが、凶悪な山賊たちの顔を見てしまったら、そのまま卒倒してしまうかもしれない。
「離せ……私を、誰だと」
「ほう、誰なんだい。べっぴんの旅人さん」
「女の戦場稼ぎかい。へっへ」
 ざらついた男たちの手が、足をはい回る。その嫌らしい感触に鳥肌が立つようだ。
「やめろ。離せ」
「いいとも。何度か楽しませてもらってから、ボボロになったら離して捨ててやるさ」
「へっ、お前は乱暴だねえ。なあに、そのときは、このオレがもらってやるよ」
「ふざけんな馬鹿。俺だよオレ」
 なにを言っても、この男たちには無駄であるかもしれないが、このまま抵抗をやめることもできない。なんとか、隙をうかがって自由にならなくては。クリミナはそう考えた。
「よーし、まずは俺からだ」
 男の吐く臭い息が、すぐ近くに感じられた。開かされた足の間に、男の体が入ってくる。
「やめろ……ああ」
「へへへ、すぐによくしてやるよ」
 足を閉じようとするが、別の男が押さえつけているのだろう。ほとんど動かせなかった。クリミナはぎゅっと唇を噛みしめた。
 そのとき、ガタンと音がした。扉が開いたような気配。続いて、ドカドカと足音が聞こえた。
「おっ、やべえ。頭が帰ってきたぞ」
 男たちが慌てたように声を上げる。
「おめえら、なにをしている」
 低いガラガラとした声がした。
「その女はなんだ」
「へ、へいっ。さきほど森で見つけたんでさ」
「戦場をうろついていたんで、捕まえときました。女の戦場荒らしじゃねえかと」
「はん、そうか」
 どうやら、戻ってきた男こ、この山賊たちのボスらしい。低いドスの効いた、いかにも恐ろしげな声をしている。
「こっちはロクな獲物がなかったぞ。もうあらから遺骸は身ぐるみはがされて、残っているのは折れた剣と、錆びた鎧兜ばかりだぜ。くそったれめ。もうそろそろ、このあたりも引き上げ時だな。おい、酒だ」
「へいっ」
 このボスは、部下たちにひどく恐れられているらしい。男たちはさきほどのように、無駄な会話をすることはなく、みな黙り込んでいる。
「それで、おめえら、捕まえたこの女をコマそうとしてたってワケか」
「へ、へえ……すみません」
「別にどうでもいいさ。見たところそこそこ美人のようだが。着ているものは大したことはねえな。金にならないのなら、どうってこともねえ」
「ええと、それじゃ、お頭。いいんですかね。しちまっても」
「好きにしろや。俺あ酒飲んで寝るぞ」
「やった。じゃあ、続きだ、続き!」
 男の手が再び体に触れてきたた。クリミナはたまらず叫んだ。
「やめろ……やめろ」
「ほう、なんか気の強そうなアマじゃねえか」
「へっへ。そこがいいんですよ」
 男の手が足や腰をはい回り、その息が顔のすぐ前に感じられる。屈辱と恐怖に、たまらずまた涙が流れた。
「ああ……」
「いいぞう。もっと泣かせてやるよ」
「おい、コルボ、お前のじゃ壊しちまうんじゃないのか。次は俺だからな」
「ああ、分かってる。まずは一発済ませるって」
「やめて……助けて」
 男の手が、乱暴に衣服を剥ぎ取ってゆく。 抵抗する気力が失せ、絶望が彼女を包んだ。


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