ミミーの魔女占い 後編 7/7 ページ



 ルーナサーが過ぎ、夏の盛りを迎えると、城では連日のように舞踏会やパーティなどの華やかな催しが開かれていた。きらびやかに着飾った貴族たちが集い、それぞれに余興を楽しむその一方で、ミミーは毎日のようにフローリアン王子と会っていた。
 このごろ、店で客の相手をしているときも、夜の眠る前の時間も、いつも王子の顔が頭に浮かぶ。ふと外に出ると、その足はたいてい庭園のバラ園の方へ向かってしまう。フローリアン王子に会えるかもしれないと、密かに期待をしながら。
 また王子の方も、ミミーと会うのは心安らぐ時間のようだった。タンジェリン嬢の媚薬もやがて効力を失ったようで、王子の顔には再びほがらかな笑顔が戻ってきていた。
 もちろん、あれからレナーテ嬢とタンジェリン嬢が、それぞれに何度となく訪れてきて媚薬の催促をしてきたが、ミミーはそれをはぐらかすようにして断り続けていた。薬に必要な成分であるマンドラゴラの根が足りないと嘘をつき、満月の夜にならないとそれを見つけて引っこ抜くのは無理だ、などと言い訳をして。
 ミミーは、以前ならデュールに頼んでいたハーブの仕入れも自分でするようになった。そのついでに、ひとときの楽しい時間をもつことは、二人の女性に言い寄られて疲れている王子のためにもよいことなのだと、ミミーはそう信じていた。
 デュールは自分のするべきことがなくなって、少しだけ混乱しているようだった。最近では店が開いても奥の部屋で寝ていることが多くなった。しかし、もともと彼はそういう性質だったのだし、体力もあまりないのだから、そうやって休んでいる方がむしろいいのではないかと、ミミーはなんとなくだが思っていた。
「ミミー、ぼかぁ……楽園にゆくよ」
「そうなの、デュール」
「ミミー、僕を家来にしておくれよ」
「そうね。そのうちにね」
 デュールの言うことはいつも同じだったし、それをミミーが適当にあしらうと、ただ寂しげに笑い返すのも同じだった。デュールはいつもそう言うのだし、それが重要なことであるのかどうかなど、今まで考えもしなかった。

 その日がきた。
 それは蒸し暑いある日のこと。いつものように、ミミーがバラ園のベンチでフローリアン王子と語り合っていると、そこに突然デュールが現れた。
「あら、デュールどうしたの?」
「ぼ、ぼかぁ……あの」
「まあ。あなたが外に出たら、お店の方は誰もいなくなってしまうじゃない」
「ミミー、こちらは?」
「ああ、デュールといいます。王子。私のお手伝いをしてくれていて」
「そうかい。よろしく、デュール」
 デュールは王子をちらりと見ると、無言でうなずいた。
「あの……ミミー、僕、これ見つけた」
「えっ、なに?」
「これ」
 デュールが手にしていたものを見せる。それはこぶし大の平たい石で、真ん中に穴が開いている珍しいものだった。
「まあ、穴開き石ね」
「穴開き石?」
「そう。穴の開いた石は、そこから未来を透視できると言われているんです」
 ミミーは王子に説明した。
「それでもう覗いた?」
「うん」
「なにか見えたの?デュール」
「ああ……ミミーが見えた。穴の向こうにミミーが」
「ふうん。あなたは?そこに一緒に見えなかったの?]」
「うん。ぼかぁ……見えなかった」
 デュールはそう言うと、ミミーに石を手渡した。
「くれるの?」
「うん、やる」
「ありがと。デュール、もう店が心配だから戻っていて。わたしもじきに帰るから」
「うん、わかった」
 デュールはそのまま背中を向け帰っていった。
「なんだか、変な少年だね。気味が悪いな」
「悪い子ではないんです。ただ心が、少し壊れていて……」
 ミミーは言いかけて口を閉じた。少し離れたところから、デュールがこちらを振り返っていた。その目が、なにかを求めるようにじっとミミーを見ていた。
「……」
 ミミーは目をそらすようにして、穴開き石を覗き込んだ。
 そこに見えたのは……

 ミミーが店に戻ると、そこにデュールはいなかった。幸い客はいなかったが、店番をしていたらしいパステットが少し怒ったように「みゃっ」と鳴いた。
「どこへいったのかしら」
 ミミーは店を閉めて、デュールを探しに出た。奇妙な予感がした。
 まず、庭園に出てみたが、ハーブ園にもバラ園にも、幾何学庭園にも、どこを探してもそれらしき人影はなかった。刻々と、黄昏の時間が近づいていた。
「ええと、他にデュールの行きそうなところは……」
 だが、考えてみてもまったく思い浮かばない。この城に来てから、デュールが店以外のどこでどう過ごしていたかを、まるで知らなかったことにミミーは気づいた。ときおり散歩に出かけるデュールは、どんなところを歩いていたのだろう。そんなこと気にもとめなかった。
「わたしには……デュールのゆくところが分からない」
 店に戻ったミミーは途方に暮れた。
「ねえ、パステット。お前なら知っているんじゃない?デュールのいるところを」
「んみゃあ」
 そばに来たパステットは、エサをねだるようにミミーの足をポンと叩いた。
「まあ、こんなときでも食欲旺盛なのね」
 エサになるものは残っていなかったかと、ミミーはなにげなく棚の方を見てふと首をかしげた。そこにあったはずの、残っていた媚薬のビンが消えていた。
「まあ、いつからなくなっていたのかしら」
 レナーテ嬢やタンジェリン嬢が、勝手に持ちだすとは思えない。だとすると、
「まさか、デュールが……」
 ミミーはテーブルの前に座ると、ペンデュラムを手にとった。
「なるべくなら、自分自身に関わる人のことを占うのはよくないのだけど」
 なくしもの探しのお客のために使う城の図面を広げ、ミミーは意識を集中させた。だが、いくらデュールのことを考えても、その存在を感じることができない。ペンデュラムはぴくりとも動かなかった。
「どうしてかしら……どうして」
 なおも念を集中させてみたが、なにも起きなかった。デュールはこの城にはいないのだろうか。そんなはずはない。
「みゃあ」
 すると、パステットがひょいとテーブルに飛び乗った。その足元には、穴の開いた石が置いてある。デュールが拾ってきたものだ。ミミーは石を手にとり、穴を覗いてみた。わずかでも魔力があるものなら、この石で透視ができる。
「どういう……ことかしら」
 だが、そこに見えたのは、さっきと同じもの……それは黄昏の空だった。
「分からないわ」
 テーブルの上のパステットがぶるっと体を震わせた。変身の前兆だ。
「パステット、なにかあるの?」
 ミミーの前で姿を変えたパステットは、ばさばさと飛び立った。窓から見上げると、赤からへと紫へと移り変わる黄昏の空へ、黒いカラスのパステットが飛んでゆく。
「もしかして……」
 はっとしたミミーは、そのまま部屋を飛び出した。
 螺旋階段を駆け上がり、廊下を走り、また階段を上って、城壁の上に出ると、そこを行き来する見張りの騎士の一人に尋ねた。
「あのっ、このお城で一番高い塔はどこでしょう?」
「ああ、あんた魔女のミミーだろ?」
「そうです」
「妹があんたに占ってもらったって、すごく喜んでいたぜ。ありがとよ」
「どういたしまして」
「一番高い塔ね。ああ、そりゃ、あの物見の塔だな」
 騎士が指さした方を見上げると、細い尖塔が空に向かって伸びていた。その塔の周りを、カラスのパステットがぐるぐると飛んでいる。
「あそこね。ありがとう」
「そういえば、ときどきあの塔に変なぼうやが上っていたな」
 騎士は思い出したように言った。
「話しかけても黙ってうなずくだけの、なんだか変わった奴だったが。ありゃ、もしかしてあんたの友だちかい?」
「はい、そうです」
(友だちです……そして、もっと大切な)
 塔の中に入ると、頭上にはぐるりと螺旋階段が伸びている。
「ああ……感じるわ」
 階段を上りはじめると、その先にデュールの存在を確かに感じる。
「よかった。そこにいるのね。デュール」
 ミミーは知った。いかに自分にとって、デュールが大切な存在だったかを。そして、この城に来てから、デュールがいることを当たり前のように思っていた、自分の傲慢さを。
(わたしは、なにも知ろうとしなかった。あなたがなにを考えていたか。あなたが、わたしになにを求めて、なにを伝えようとしていたかを)
 媚薬を飲んだのがデュールであったのなら、叱ることなんてしない。ただ、そんな必要はないのだと、そう教えてやりたい。
(あなたは、いつもわたしを好きでいてくれた。だから……)
 ミミーは階段を上った。
 息が切れ、足が痛くなったが、そこにデュールがいるのなら、それもつらくはなかった。
 最後の一段を上がり、塔の屋上に出た。
 そこでミミーは見た。
「デュール」
 黄昏の空を背中にして、デュールが微笑んでいた。
「デュール。ごめんね」
「……」
「わたし、あなたを、いつもそばにいてくれて当たり前のように思ってしまっていた。あなたのことを、あなたの気持をなにも考えずに。ごめんなさい」
 首をかしげたデュールは、黙ったままミミーを見ていた。
「でも、もういいの。ね、帰ろう……デュール。いっしょに」
「ミミー、ぼかぁ」
 いつもと変わらぬ声で、彼は言った。
「ぼかぁ……楽園へ行くよ」
「デュール……」
 そして、ゆっくりと両手を広げ、
 ミミーの見る前で、まるで水に飛び込むような無邪気さで、
 空へ飛び込んだ。
「デュ……」
 ミミーは、なにが起こったのか分からなかった。
 ぎゃあ、ぎゃあという、カラスの声が聞こえてくる。
 塔の石垣から下を見下ろすと、
 ひらひらと舞い落ちる……
 少年の顔が、安らかに笑っている。
「ほうき……ほうきを」
 だが、ほうきはない。飛んで行って、デュールを乗せられたら、まだ間に合ったのに。
「ああ……」
 黄昏のひとときが過ぎるまで、この魔法は解けないのだろうか。
 ミミーは、自分が愛している少年を見ていた。
 一瞬ののちに、失われるそれを。 
 ただ、見ているしかなかった。

 ふらとらとした足取りで、ミミーは、塔の階段を降りた。
 塔の周りは騎士たちでいっぱいだった。
 ミミーの姿を見ると、誰からともなく叫びが上がった。
「魔女を捕らえろ!」
 鎧姿の騎士たちに槍を突きつけられ、ミミーはのろのろと辺りを見回した。
「デュール……だれかデュールを」
「魔女がなにか言っているぞ」
「聴くな。呪縛の呪文かもしれない」
「早く、早く捕らえなさい。王子を媚薬でたぶらかした悪の魔女よ!」
 聞き覚えのある女性の声……レナーテ嬢とタンジェリン嬢が、ミミーを指さしていた。
「フローリアン王子を誘惑するなんて、魔女の分際で。小憎らしい!」
 憎しみのこもった目がミミーに注がれた。命令を受けた騎士たちがミミーを取り囲む。
「デュールを……」
「黙れ、魔女め!」
 両腕を騎士につかまれたミミーは、抵抗することもできず、引きずられていった。

 気がつくと、そこは暗い地下牢だった。
 石壁に囲まれた狭い牢内は、カビ臭く、じっとりと湿った空気が充満している。
 そこにミミーは横たわっていた。
 動く気力もない。ただじっと暗がりの壁を見つめたまま。
 自分がどうして捕らわれたのかということよりも、ミミーの頭にあるのはデュールのことだった。デュールがどうなったのか……考えたくもなかったが、考えずにはいられない。
(デュール……)
 ミミーの目に涙が溢れた。
 自分が愛しているのは王子ではない。いっときの情に流されて、自分は取り返しのつかない過ちを犯したのだ。
(ああ、デュール……デュール!)
(ごめんなさい。ごめんなさい)
 あのときの、彼の顔が忘れられない。寂しそうだけれど、どこか晴れやかで……
 デュールはきっと、楽園を目指していったのだ。
 ミミーは床石の上で身をよじり嗚咽した。
 自分は、デュールを家来にしてやらなかったことを、きっと一生後悔するのだろう。
(いっそ、これが全部夢だったら……)
 ミミーは心からそう願った。そうしたら、もうこんな城などは出ていって、また町の小さな店で二人でやってゆけるのだ。
「パステット、お前そこにいたの」
 格子のはまった頭上の窓から、心配そうなパステットが覗き込んでいた。
「お前は捕まっちゃだめよ。魔女の使い魔だと知れたら、きっとひどいことをされるわ」
「みゃあ」
「わたしは、これからどうなるのかしら……、それにデュールは、うっ……」
 込み上げてくるものを抑えられず、ミミーは声を上げて泣いた。
「うっ、うう……ええ、えっ」
 パステットはそれをじっと見つめていた。それからくるりと向こうを向き、ぴんと尻尾を立てると、そのままカラスとなってばさばさと飛び立った。
「……行っちゃったの?」
 ミミーはゆっくりと体を起こした。騎士たちに引きずられたせいか、手足が痛む。
「みんな、いっちゃうの?」
 デュールも、パステットも、自分を置いて行ってしまった。寂しさと悲しさが突き上げてくる。
 一人きりになった地下牢で、十四歳の魔女は膝を抱えて泣き続けた。

 地下牢での数日間を、ミミーは涙と絶望にくれて過ごした。
 食事も与えられず、心も体も弱り切っていた。自分が魔女になったせいで、デュールは死んだのだ。ミミーはそう思うことで自分自身を責め続けた。
「おお、生きているぞ。やはり魔女だ」
 その日の午後、引っ立てられるように牢から出されたミミーは、槍を手にした騎士たちに挟まれて城門前の広場に連れて来られた。
 広場には多くの人々が集まっていた。物見席には領主であるホルガー伯をはじめ、城の貴族たち、レナーテ嬢にタンジェリン嬢、それに顔を青ざめさせたフローリアン王子らが座り、クセングロッドの市民たちがその周りをぐるりと取り囲んでいる。
 現れたミミーの姿に、人々の好奇の視線が一斉に注がれた。
「魔女狩りだ!」
 人々の誰かが叫んだ。すると、口々に魔女の処刑を求める声が、群衆の中から上がった。
「処刑だ」
「魔女の処刑だ!」
「我々をたぶらかす妖しき悪魔、忌まわしき魔性のものに神の鉄槌を!」
 進み出た司祭が、ミミーを指さして告げた。
「……」
 騎士に押えつけられたまま、ミミーはぼんやりと周りを見回した。
 人々の罵声がわんわんと耳に響いてくる。なにもかもが、悪い夢のように思えた。
「汝、ミミー・シルヴァー」
 物見席で立ち上がった領主のホルガー伯爵が、人々に聞かせるように朗々と告げた。
「魔女の掟を破り、妖術をもって人心をたぶらかし、我等の尊厳を踏みにじった罪にてここに罰する。なにか申し開きがあるのなら手短に申すがよい」
 騎士に槍を突きつけられ、ミミーは絞り出すように言った。
「わ、わたし……は」
「わたしは、ただ……みなのために、よかれと思って……したんです」
 かすれたその声は、群衆の喚声にかき消された。
「それだけ……」
 言いおえてミミーはうつむいた。もうすべての希望は失われていた。
「よかろう。では先に申した罪にて、魔女を火刑に処す。魔女を処刑台へ」
 伯爵がそう告げると、人々からも大きな声が上がった。
「魔女を処刑台に!」
 ミミーは柱に縛り付けられた。見せしめのため、しばらく人々の視線にさらされた後、油のしみこんだわらの束がたっぷりと積み重ねられ、火のついた松明を手にした処刑人がゆっくりと近づいてきた。
「……」
 ミミーの顔にはなんの表情もなかった。心に込み上げてくるのは、残念な気持ち。ただそれだけだった。

(まっとうな魔女になれなかった。ごめんなさい、シビラ女王、それにシーン……)
(シルヴァーの名前に、ふさわしくないわたしを許してください)
(デュール、デュール……わたし、死ぬのよ。わたしも楽園へゆけるかしら)
 ミミーは目を閉じた。今までの思い出や、愛する人々の顔が次々に頭に浮かぶ。
(今までありがとう。ポボルさん、エルフィル、それにナミルさん)
(ああ……リミー。わたしのただ一人の親友のリミー!もう一度会いたかった)
(イバネス、ケイト、ナタリー姉さん、トルカ、カンパス、ヘレン婆、レヴィ、ノエル、リリス、クローサ)
 シルヴァーの家族たちの顔、そして親友の顔が、ミミーに笑いかける。
(ああ……ありがとう。ありがとう、みんな)
 ミミーの頬に最後の涙が伝った。
「火をつけろ!」
 伯爵が命じた。
 ミミーは心の中でアラディアに祈りを捧げた。
 処刑人が松明の火を近づけた。
 その……とき
「あれはなんだ!」
 群衆の中から、声が上がった。
「おお、あれは……」
「あれは。なんだ」
 人々が空に向かって指をさす。
「あ、あれは……鳥か?」
 広場の上空に、たくさんの黒い鳥が集まっていた。
「カラスだ……あれはカラスだ!」
 それは百匹以上はいるだろうカラスの群れだった。バサバサという羽の音が徐々に大きくなってゆき、黒々とした鳥たちが広場を見下ろすように飛び回っている。
 すぐ近くで羽の音を聞き、ミミーは薄く目を開けた。
「ああ……」
 ふわりと、肩の上に黒いものが舞い降りた。
 ミミーは、友だちを見るような目で、そのカラスを見つめた。
「パステット」
 緑色の目がうなずくようにきらりと光った。それはまるで、「大丈夫」とでも語っているかのように。
 広場にいる人々が、騒然となったのはそれからすぐのことだった。
 上空を舞うカラスたちが、しだいに規律をもって旋回をはじめた。

 そして、
「ああっ、魔女だ!」
「魔女が現れたぞ」
 人々が空を見上げる。
 ミミーも見上げた。
 そこに、ほうきに乗って飛ぶ魔女の姿を。
 一人、二人、三人……空飛ぶほうきにまたがった魔女が次々に上空を回りだした。
「ああ、増えてゆく。もう十人は超えたぞ」
「いや、二十人だ。まだ増えている」
 空を飛ぶ魔女の数は、どんどん、どんどん増えてゆく。
「なんてことだ……なんて」
「いったい、なにが起きているんだ……」
 広場の人々は、その場に凍りついたようになって、上空の怪異を見つめていた。
 今や、魔女の数は、数百人もいるかというほどに、黒々と上空をおおいつくしていた。王国にいるすべての魔女が集まったのだろうかと、ミミーすらも驚くほどに。
 松明を手にした処刑人も、命令をくだすはずの伯爵も、フローリアン王子も、レナーテ嬢にタンジェリン嬢も……誰もが、みな呪縛をかけられたように動けず、ぽかんと口を開けて空を見上げていた。
「おお、なんだ……あの光は」
 上空をぐるぐると右回りに飛ぶ魔女たちの、その輪の中が、白く光りはじめていた。
 ミミーの縛られた柱の上に、パステットよりも一回り大きなカラスが降りてきた。
「お前は……いえ、あなたは、パイワケット?」
 女王の大ガラスは、きらりとその緑色の目をくるめかせた。ミミーの肩の上のパステットと、まるで親子のように同じ仕種で上空を見やると、魔女たちの輪の中から、光り輝くものがゆっくりと降りてきた。
「あれは……あれは、まさか」
 真っ白な光を放つそれは、この広場の中心に向かって降りてくる。近づくにつれ、光の中にいる人の姿が、広場の人々からも見えるくらいにはっきりとなった。
「ああ……ああ」
 ミミーは自分が夢を見ているのだと思った。
 純白のローブをまとい、全身をきらきらと輝かせて、空中から降りてきたその姿……
「シビラ女王……」
 魔女の王国の女王、そして世界最大の力をもつ魔女でもある、その美しき姿が、ゆっくりと地面に降り立った。その傍らには、こちらも白いローブ姿の一等魔女、シーン・ゴールドがひかえる。
「女王……あれが魔女たちの、女王」
 人々のどよめきの中を、女王シビラが歩き出す。地面をすべるような優雅な足どりで。
「なんと美しい……」
 領主であるホルガー伯も、その周りの貴族たちも、吸いよせられるようにして、地上に降りた女王の姿を見つめていた。上空の魔女たちは、今はただ空中に浮かんで静かにこちらを見守っている。
「ミミー・シルヴァー」
「は……い」
 女王の口から自分の名を聞き、ミミーは感動に声を震わせた。
「ご苦労でした。この町であなたは立派に仕事を果たしました」
「シビラ女王……」
「今はもう、少し休んでいいのです」
 二羽のカラス……パイワケットとパステットがふわりと飛び立つ。すると、ミミーを縛っていた縄がほどけた。
「さあ……」
 差し出された女王の手に触れた、その瞬間、ミミーは身体中になにかが流れ込んでくるような感覚を感じた。
 強いもの、素晴らしいもの、光り輝くもの、それは命の輝きのような……
「女王……シビラ女王」
 ミミーの目から涙が溢れ出た。
「ミミー、いらっしゃい」
「はい……はい」
 女王はミミーを引き寄せると、優しく抱きとめた。
 暖かなぬくもり。確かな愛情がそこにあった。
「ああ……」
 女王の腕に包まれて、ミミーはこれまで感じたことのない安らぎを覚えていた。どこかなつかしいような……とても不思議な気持ちとともに。
「ミミー、あなたは……」
 耳もとに囁かれる女王の声を、ミミーは気が遠くなるような思いで聞いていた。
「あなたは、わたしの大切な……娘」
 なにもかもが、これでいいのだという安堵感……
 心地よい受容の光に包まれて、
 ミミーは目を閉じた。


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