ミミーの魔女占い 前編 3/6 ページ




 翌日も客は誰も来なかった。
 ミミーは夜明け前から水を酌みにゆき、昨夜種を埋めた裏庭に水をまいた。それから、ナミルの家にミルクをもらいに出掛けた。
 気前よくミルクをくれたナミルに、ミミーはハーブの種を植えたことを話した。いつか薬草とハーブでたくさんお礼をしますと言うと、ナミルは笑ってうなずき、今度は大袋いっぱいの干し草をくれた。ミミーとパステットが床の上に寝ていると知ったので、せめてもの寝床にというのだ。
 喜んだミミーは、家に戻るとさっそく干し草を部屋の隅に敷きつめた。その上に亜麻布のシーツをかぶせると、ふかふかのベッドになった。パステットはその上に乗って、気持ち良さそうにうっとりとなっていた。
 ミミーはまた土間の棚の整理を始めたが、それから、ここにある材料で薬になる軟膏を作ろうと思い立った。
「まずは大釜にお湯を沸かして、と」
 かまどに火をつけ、釜の中の湯が煮立ってきたら、いったん湯を捨て、ビンに入っていたトカゲのフンを磨り潰してそこに入れる。庭でとってきたヨモギの葉をすりつぶしたしぼり汁と、買ってきた蜂蜜を混ぜ合わせて、それも釜の中へ。あとは混ぜながらじっくりと熱を加えてゆく。
「混ざれ、混ざれ、魔女の軟膏。よく効く軟膏。いい軟膏」
 歌うように唱えながら、ひたらすら木ベラを使って混ぜ続ける。
 ふと戸口を見ると、家の外に子どもたちの姿が見えた。なにやら、物陰から家の中をじっと見ている。
 ミミーはそれを気にせずに、釜の中のものを混ぜ続けた。
(石を投げたければ、投げればいいわ)
 しかし子どもらは、不思議そうにこちらを見ているだけで、なにもしてこなかった。
「さあ、できた。あとはこれを冷まして、二、三日ねかせれば完成だわ」
 かまどからよいしょと大釜を持ち上げ、土間に置いてふたをする。ひと仕事終えたミミーが戸口から外を覗くと、子供たちがわらわらと逃げてゆくのが見えた。
「あらまあ。やっとわたしを魔女として怖がってくれたのかしら」
 くすりと笑うと、なんだか少し心が強くなったような気がした。
 それからミミーは家の前に新しい看板をたてた。
 「見習い魔女ミミーの店。占い、なくしもの、薬草、軟膏、ハーブもあります」
 種を埋めたハーブが生えてくるのはまだ先だが、これでなんとなく本物の魔女らしい仕事ができそうに思えた。その夜は、干し草のベッドに包まれて、ミミーはパステットを抱くようにして眠りについた。
 数日がたつと、裏庭の土からハーブたちの芽が出てきた。ミミーは喜んでまた水をやり、その可愛らしい芽を眺めて、成長の呪文をとなえた。
 さらに数日がたつと、魔力のおかげもあってか、ハーブたちはすくすくと大きくなっていた。もうあと数日もすれば、葉も生えて、じきに薬草に使えるようになるだろう。
 ミミーの方もこの何日かで、村で暮らすということにだいぶ慣れはじめていた。
 朝の水汲みで、井戸の近くに村の人を見かけると、なるべく元気良く挨拶をした。店の外にたむろする子供らには怖がられせないように笑いかけ、庭に水をやり、ミルクをもらいにでかけるついでに、できたばかりの軟膏を小瓶に入れてナミルに持っていった。
 通りですれ違う村人たちの中には、ミミーを見るとまだあからさまに嫌な顔をするものもいたが、それでも何人かは軽く会釈を返してくれるものもいた。子供たちはもう石を投げつけてこなくなった。最初のうちは、出掛けるたびにまた看板が汚されていないかと心配だったが、それももうなくなった。おそらく村の人々も、しだいにミミーという小さな見習い魔女の存在に、少しずつ慣れはじめていたのだろう。
「おはようございます」
 あるとき、ミミーが井戸のそばで出会った老婦人に挨拶をすると、その婦人は「おや」という顔をして挨拶を返してきた。
「はい、おはよう。おやおや、誰かと思ったら、新しく来たという魔女さんかね」
「はい。見習い魔女のミミー・シルヴァーです」
 老婦人が普通に返事をしてくれたことに、ミミーはとても嬉しくなった。
「ほうほう、見習いの魔女さんかね。ご苦労なこって。そっちのネコちゃんは、あんたのかね」
「はい。パステットといいます」
 それから、ミミーが例によって「占い、なくしもの探し、薬草の調合など、いろいろしています」と店の宣伝をすると、老婦人は感心するようにうなずいた。
「ほう、えらいんだねえ。まだそんなに小さいのにねえ」
「小さいといっても、もう十四になりますから。この歳にはもう、魔女は独り立ちの準備をしなくてはならないんです」
「そうなのかい。あたしの孫も来年で十四だけど、まだまだ子供みたいなものだよ。おてんばで、気が強くて、あれじゃ将来の嫁のもらいてが心配さ」
 同じくらいの年と聞いて、ミミーは少し興味を持った。
「お孫さんは女の子なんですね。名前はなんておっしゃるの?」
「リミー」
「まあ、私はミミーだから、少し似ているわ」
「そうかね。でも、そんな恰好をしているが、あんたの方がよっぽど女の子らしいよ。あの子ときたら、近頃は早くこの村を出ていきたいとそればかりでね」
 老婦人はミミーと話をしているのが愉快になってきたようで、水を汲みおえてもすぐに立ち去る様子はなく、そのまま井戸の石台に腰を下ろした。
「最近はめっきり足腰がつらくてね。それで、ええと、どこまで話したかね……」
「お孫さんのリミーさんが、村を出てゆきたいって」
「おお、そうだ。あの子ときたら、別のもっと大きな町に行って、学校に行きたいなんて言っててね。うちにはそんなお金の余裕もないし、畑仕事や店の方も人手が足りないってのに、まったくねえ」
「おばあさんのお店って、なんのお店なんですか?」
「ああ、いろいろだよ。その日に畑でとれたものを料理して売ったり、酒を作って売ったりね。こんな小さな村じゃ、売れる数はたかが知れてるけどね。それでなんとか食べていってるのさ。なにのあの子ったら、店のことには興味がないみたいで」
「そうなんですか。お孫さんも、そろそろ自分の将来が心配になってきているのかもしれませんね」
「さあねえ」
 老婦人はため息をついた。
「でも、そういう年頃なのかねえ。あたしの若い頃は、炊事や畑を毎日手伝って、気づいたら村の男の家に嫁いでいて、いつの間にか子供を産んで、育てて、気づいたらこんな歳になっていたけど。今の子は違うのかねえ。ここじゃない別の町に行きたいなんてねえ」
「そうですねえ」
 老婦人に笑いかけながら、ミミーはそのリミーという少女にすっかり興味を抱いていた。
「さて、そろそろ行かないと。あいたた」
「大丈夫ですか?」
「ああ、ちょっと腰がね。それに最近は足も痛くて。いたた」
 つらそうに腰をおさえる老婦人を見かねて、ミミーは代わりに水桶を持った。
「私がもってゆきます。お家はどこですか」
「すまないねえ。通りの向こう側のすぐそこなんだけど。あいたた」
「パステット。家から杖を持ってきて。いい、ワンドよ。杖。分かる?」
 魔女の使い魔であるからには、いずれはそれくらいのことは出来なくてはならないが、パステットはまだ小さい。それにミミーと同じようにまだ修行中であるから、これまでに具体的な指示を与えても、うまくできたことはなかった。
「杖だからね。お願いよ」
 ミミーが声の中に強い響きを込めると、パステットの顔つきが少し変わったようだった。「みゃあ」と、ひと声鳴くと黒猫はさっと走り出した。
 老婦とともにその場で少し待っていると、通りを駆けてくるパステットが見えた。その口には、しっかりと長い杖をくわえて引きずってくる。
 杖をミミーの前に置くと、パステットはいかにも得意気に「みゃあーっ」と鳴いた。
「まあ、えらいわパステット。分かったのね。立派だわ」
 ミミーはパステットを抱き上げ、たくさん撫でてやった。
「さあ、おばあさん。この杖を使ってください。水は私が持ちますから」
「ああ、ありがとう。どれ、おお歩けるよ。こりゃいい杖だねえ」
 魔女の杖を使って老婦は歩きだし、水桶を持ったミミーはその後に付いていった。
 老婦の家は、通りに面した少し大きな石造りの家で、老婦の言った通り一階は店になっていた。ミミーとパステットがその家の前に来ると、ちょうど店を開けようとしていた女がこちらを振り返って声を上げた。
「まあ、おかあさん。どうしたんですか」
「どうもこうもないさ。水を汲みにいったら、足腰が痛くなってしまって、それでこの子がこうして水を運んできてくれたんだよ」
「まあ」
 この家の嫁であるらしいその女は、ミミーをじろじろと見て言った。
「あなたが村にきたっていう魔女ね」
「はい、ミミー・シルヴァーです」
「水をありがとう。さようなら」
 ミミーの手から水桶をひったくると、女はさっさと家の中に入ってしまった。
「ありがとさん。ミミー。助かったよ」
 老婦が杖を差し出して礼を言った。
「足は大丈夫ですか?」
「ああ、なんとかね。あいたた、まったく、早く暖かくならんもんかねえ」
「あの……」
 ミミーは少し迷ったが、老婦の顔を見て思い切って言った。
「よかったら軟膏を差し上げます」
「軟膏?」
「はい。リウマチや腰の痛みにも効きます。たぶん……いえ、きっと効きます」
 首をかしげる老婦は、それを信じたようでもなかったが、
「ありがとさん。じゃあ試してみようかねえ」
 そう言ってにっこりと笑った。
「はい。それじゃあの、帰ってから仕込みますので、午後になったらお届けします」
「いいよいいよ、孫に取りにいかせるから。午後でいいんだね」
「はい。できれば夕方前くらいなら、確実です」
 ミミーは急ぎ帰ると、さっそく軟膏の仕込みにとりかかった。
「ええと、たしかあったはずだわ」
 裏庭のハーブはだいぶ伸びてきて、もう小さな葉が生えはじめていた。あと数日くらいで使えそうだ。それを確かめると、今度はミミーは雑草の中を探した。
「あった、これこれ」
 三つ葉のシャムロック草には、痛み止めとなる成分が含まれている。ミミーはその葉をいくつか摘み取って、土間に戻ってそれをよく磨りつぶし、先日作ってあった軟膏と混ぜ合わせた。
「よく効く軟膏、魔女の軟膏。腰の痛み、足の痛み、痛みをやわらげ治しておくれ」
 歌うように唱えながら、大釜の中で軟膏を混ぜ合わせてゆく。
「これでよし。あとはふたをして、しばらく寝かせればいいわ」
「みゃあ」
「ああ、ごめんごめん、忘れていた。お前のご飯ね。またミルクをもらいに行きましょう。それから、もうすぐハーブができますって、ナミルさんにも教えなくちゃ」
 客は来ないが、片づけや食事の支度や、軟膏の準備やらで、それなりに忙しい時を過ごし、気づけば夕方近くになっていた。
「こんにちは。祖母のお薬をもらいにきたんだけど」
 大釜の前にはりついて、軟膏の出来上がりを確かめていたミミーは、戸口に現れた少女を見て、駆け寄って挨拶をした。
「あのおばあさまのお孫さんですね。こんにちは、ミミー・シルヴァーです」
「ああ、私はリミー」
 むっつりとそう言った少女は、肩の上ですっぱりと茶色の髪を切りそろえた、きりっとした顔だちの娘であった。歳は自分と同じくらいだと聞いたが、ミミーがおやと思ったのは、その少女は普通の女の子が着るような胴着ではなく少し長めのチュニックを着て、下はスカートではなくたっぷりとした足通しをはいていた。
「なにを見ているの?」
「い、いえ。あの……」
「ああ、この服?だってまだ寒いから。寒いのにさ、薄いスカートなんてはいていたくないもの。別にこの村でお洒落したって仕方ないしね」
 少女はつまらなさそうに言った。
「それより、お薬というのはもう出来ているの?」
「え、ええ。ただいま」
 ミミーは急いで大釜の軟膏をビンに詰めた。
「どろっとしていて、なんだか気持ち悪いのね」
「ええ。でも、これが効くんですよ。おばあさまは、お腰と足がお悪いのでしょう」
「そうだけどさ。魔女のくれる薬なんていうのが、どうも信じられないのよね」
 少女はずけずけと言った。
「わたし、魔女っていうの嫌いだし、あまり信じていないのよ」
「そう、なんですか……」
「お母様も言っていたわ。魔女っていうのは、妖しい薬を調合してはお金をもうける詐欺師だって」
「そんな……」
「だって、前にこの村にいた魔女は、ちょっとした薬草を買わせては大金をふんだくるわ、村の若い男の人を騙しておかしくさせるわ、それはひどい奴だったって母は言っているわ。だから、私もあまり魔女というのを信じないの」
「……」
 ミミーは反論したい気持ちを抑えながら、ビンに蓋をし、それを少女に差し出した。
「これを、朝と夜の二回、足と腰に塗ってください」
「……ありがと。もらっておくけど、お代はいいの?」
「ええ、いいんです」
「そう」
 少女は最後になにか言おうとしたが、そのまま店を出ていった。

 それから、数日間は同じような日々が続いた。
 相変わらず店を訪ねてくる客はなく、ときどき冷やかしにきた村の子どもたちがひそひそと話をしているのを無視しながら、ミミーは薬草の調合や、軟膏作りにはげんだ。
 最近のミミーの一番の楽しみは、毎日裏庭のハーブたちに水をやることだった。少しずつ葉の数も増えてゆき、しだいに大きくなるレモンバームやペパーミントを見ていると、そのほのかな香りとともに、やんわりと心が癒されてくるのだった。
 さらに数日が過ぎた。ある日の午後のこと、ミミーが軟膏と薬草を入れたビンを棚に並べていると、「こんにちは」と、戸口から声がした。
「いらっしゃい。開いてますよ」
 ビンを手にしたミミーが言うと、店に入ってきたのは先日の少女だった。
「あら、リミーさん。こんにちは」
「こんにちは。ええと、ミミー」
 少女が名前を呼んでくれたことに嬉しくなって、ミミーは微笑んだ。
「いらっしゃい。おばあさまのお具合はどうですか?」
「うん。ええ、あの……とってもいいわ。薬が効いたみたい」
「まあ、よかった」
「それで、あの……」
 少女がもじもじとして口ごもっていると、家の奥からとことことパステットが歩いてきた。
「あ、可愛いネコ」
 少女はぱっと顔を明るくした。
「ネコ、嫌いじゃないんですか?」
「ううん、好きよ」
「そう。よかった。パステットっていうの。よかったら撫でてあげて」
「パステット。ふうん、変わった名前ね」
 少女はしゃがんで、おそるおそる黒猫の背中に手を触れた。
「みゃあ」
「あら、この子、リミーさんのことが好きみたいだわ」
「そうなの?」
「ええ。嫌な相手のときはさっと逃げてしまうから」
「そっか。よかった」
 少女は嬉しそうに、パステットの頭を撫でた。この前のときの印象とは違い、そうして笑うと、彼女はとても美人に見えた。
「あの……このあいだはごめんなさい」
「えっ?」
「ほら、いろいろ嫌なこと言ったりして。よく考えたら、私はまだあなたのことをなにも知らないのに、魔女だというだけで、悪者のように思ってしまうのは悪いことだわ」
「ううん、いいのよ」
 ミミーは首を振った。
「ね、ミミーは何才なの?」
「今年で十四になるわ」
「わたしも。じゃあ同い年なのね」
「あらそうなの?でもリミーのおばあさんは、たしか来年で十四になるって言っていたと思ったけど」
「まあ、いやだわ。おばあちゃんたら、また間違えてる。いつも私の歳を間違えるの」
「そうなんだ」
 二人は顔を見合わせ、くすくすと笑い合った。
「でも、ありがとう。あれからおばあちゃんはすっかり腰もいいみたいで、今では前よりずっと元気に歩き回っているのよ」
「そう。よかったわ」
「わたし、びっくりしちゃった。魔女の薬ってこんなに効くのかって。だって、今まではお母さんに、魔女というのはひどい薬を売ってお金をもうけているんだって、そんなふうに教わっていたから。お母さんも驚いていたわ。こんなに効く軟膏は初めてだって」
 少女はおずおずと手を差し出した。
「あの、ごめんなさい。ミミー」
「いいのよ、そんな。リミーさん」
「同い年なんだから、リミーって呼んでいいよ」
「うん。じゃあ、リミー」
「ミミー。わたしと友達になってくれる?」
「もちろんよ」
 二人は握手を交わした。
 ミミーに初めての友達ができた。
    
 裏庭のハーブたちもずいぶん育ち、そろそろ葉を摘んでもよさそうかという頃になった。
 ミミーがいつものように水汲みにゆくと、リミーのおばあさんである老婦人と、その他に何人かの女性たちが、井戸の前に集まっていた。
「こ、こんにちは」
 水桶を手にミミーが近づいてゆくと、女性たちはさっと話をやめ、こちらを見た。
「やあ、ミミー。おはようさん」
 リミーのおばあさんが声をかけてきた。
「おはようございます。おばあさん。お腰の具合はいかがですか?」
「このとおり、すっかりよいよ」
 老婦人はにっこりと笑って言った。
「あんたの軟膏のおかげさ。毎日塗っていたら、三日目にはすっと痛みが消えて、それからは全然痛くならない。すっかり治ってしまったみたいだよ」
「それはよかったです」
「ほら、みんな。この子だよ。今話していた、魔女の修行をしているミミーさんさ」
 老婦人は、他の女性たちに自慢そうにミミーのことを紹介した。
「この子のおかげてね、あたしの腰痛はこの通りすっかり良くなったんだ。この子の軟膏はほんとうに最高だよ」
「へええ。魔女の軟膏って、そんなに効くのかい」
「こんなに小さいのに、大したもんだねえ」
 これまでは、通りですれ違っても目も合わせてこなかった村の女性たちが、今はミミーを見て感心するようにうなずいている。
「あたしのリウマチも治るかねえ」
 一人の女性がぽつりと言うと、
「それじゃ、ウチのだんなの神経痛にも効くかね?」
「嫁の産後の腹痛がひどいんだけど、どうにかならないかねえ」
 他の女性たちも口々に、病気の薬や痛み止め、下痢や腹痛に効く薬はないかと、ミミーに尋ねはじめた。
「子どもの風邪に効く薬はあるかしら?」
「歯ぎしりを治す軟膏はあるかい?」
「月のものが不順なんだけど……」
 ミミーは驚きながら自分を取り囲んだ女性たちを見回し、それから、自分が魔女として認められたのだということを知った。
「は、はい。薬や軟膏は作れます。薬草の調合には少し時間がかかりますが、また改めてお店に来ていただければ、お一人ずつ症状を伺って、お作りします」
「おお、それは助かるわ」
 女性の一人がミミーの手をとった。
「あの柳の木の前の家ね。明日にも伺うわ」
「はい。ありがとうございます」
「わたしも伺うわ」
「あたしも」
「子どもを連れてゆきますわ。風邪に効くお薬をよろしく」
 女性たちは、すでにミミーを自分たちの信頼する医者かなにかであるように思っているらしい。これまでの扱いは棚に上げ、ミミーを見るその視線には敬意すら感じられた。
「それから、あの……病気だけでなく、不眠や食欲不振、疲れ気味だったり、リラックスしたい方などには、ハーブのお茶なども調合いたしますので」
 ここぞとばかりに、ミミーが営業の言葉を述べると、女性たちは目を輝かせた。
「まあ、ステキ」
「ハーブのお茶ですって。なんてお洒落なのかしら」
「わたしも欲しいわ。隣の奥さんにも話さないと」
 女性たちの変わりように、ミミーはいくぶんとまどいながらも、この村で魔女としてやってゆけるという希望に、その頬を紅潮させた。
「よかったわね、ミミー」
「ありがとうごいます。リミーのおばあさん」
「いいえ。お礼をいうのはこっちよ。軟膏のお代に、これを受け取ってちょうだい」
 老婦人は、そう言って革袋を差し出した。その中には美味しそうなジャムやピクルスの入ったビンや、美味しそうなソーセージ、それに焼き菓子の包みなどが入っていた。
「みんなうちで作って店で売っているやつだけれどね、よかったら食べてちょうだ」
「あ、ありがとうございます」
 ミミーは礼をいい、見たこともないような大きなソーセージに目を丸くし、大好きなラズベリーのジャムに目を輝かせた。
 その翌日から、村でのミミーの居場所は少しずつだが、確かに大きくなっていった。
 店にはさっそくお客が訪れて、ミミーの作った軟膏を買っていった。はちみつにタイムとローズマリーの乾燥させた葉を砕いて混ぜた、喉の薬もたくさん売れた。
 喜んだミミーは、ますます軟膏作りやハーブ作り、その調合などに熱心に取り組んだ。胃腸に良く、香りも素晴らしいレモンバームとペパーミントのお茶は、村の女性たちの間ですぐに評判になり、次々に売れた。こんなことなら、もったたくさんのハーブの種を持ってくればよかったと思ったほどだ。
 村人の多くは代金としてお金ではなく、食べ物や家にあった生活用品、毛布や敷物や衣類などを持ってきて、それらをミミーに差し出した。もともとお金を儲けたりすることが目的ではないので、ミミーにはそれで十分ありがたかった。
「ありがとうございます」
 代金に差し出されたものを受け取る度に、ミミーは笑顔で礼を言った。しだいに顔なじみの客も増えてゆく。
 自分の寝床となる毛布が増えたことで、パステットもご機嫌な様子だった。することがないときには、毛布の中にもぐり込んでたっぷりと眠れるからだ。
「みゃあ」
「まあ、パステットったら。寝てばかりで、ただのネコみたい」
 体を丸くして昼寝をする使い魔の黒猫を、ミミーは呆れ半分に見やりながら、忙しく大釜の軟膏をかき混ぜるのだった。
 こうして、時間がたつごとに、軟膏の効き目や魔女の調合するというハーブのお茶のことを聞きつけて、店にはさらにお客が増えていった。また、朝の水汲みや、ナミルの家までミルクをもらいにゆく途中などで、ミミーはときどき村人たちから声をかけられたり、礼を言われたりするようにもなった。
 ひと月が過ぎるころには、ミミーを怪しそうな目で眺めたり、石を投げてくるものは、もう村には誰もいなかった。いたずらな子どもたちも、ミミーがにこりと笑いかけると、今では照れたようにはにかんだり、おずおずと近づいてきて話をするようにもなった。
 すっかり友達になったリミーは、時々店を訪ねてきて、客のいないときには二人でお茶を飲みながらたくさん話をした。リミーは、早く町の学校に行って勉強をしたいことや、それをなかなか両親が分かってくれないことなどをミミーの前で熱弁し、ハーブティーの効果とともに、すっきりとした顔をして帰ってゆくのだった。同い年の友達というものがいたことがないミミーにとっては、リミーといる時間はとても楽しく、魔女ではない一人のただの少女へと戻れる時間なのであった。
 二月二日のキャンドルマスに、ミミーは一度王国へ帰ろうかとも考えていた。だが、それを取り止めた。なにせ店には毎日お客が来るし、ミミーも一時期のホームシックを忘れたように、村に溶け込めるようになっていたからだ。
 それなら、せめてインモラグの儀式はしようかと、店を閉めた後で、ミミーは土間に魔方円を作って一人で儀式を行うことにした。
「パステット、ちょっとどいていてちょうだい。テーブルをかたずけるから」
 家中に立てたろうそくに火をつけ、麦わらをたばねて作った十字を飾る。インモラグは春の訪れを祝い、豊穣の女神ブリードを祭る儀式なのだ。
「あら、ミミー。今日はもうお店はおしまい?」
 戸口からひょいと顔を覗かせたリミーが、ろうそくの灯る室内を見回した。
「あ、リミー」
「なんだか暗いのね。ランプも消してしまって。なにかあるの?」
「ええ、ちょっとインモラグのサバトをね」
「サバト!まあ面白そう」
 好奇心旺盛な親友は、目を輝かせた。
「お邪魔じゃなければ入ってもいい?」
「ええ。じゃあ一緒にやりましょう。手伝ってくれる」
 アサミィを手に、ミミーが地面に魔法円を描いてゆく。その北側には祭壇代わりのテーブルを置き、シーンからもらった銀のペンタクルを真ん中に置く。両側にはろうそくを立てた燭台をすえ、はちみつ酒の入った聖杯、ワンド、チャリス、水を入れた杯、塩を盛った皿などを、それぞれテーブルに置いてゆく。
「もう一本、ペンタクルの北側にもろうそくをたてて。そう」
「オッケー。なんだか楽しいわね」
 リミーはわくわくとするように言った。
「それから、その麦わらの十字に、服を着せておいてくれる?」
「面白いわね。お人形みたい」
「そうよ、ビッディって言って、そこが女神ブリードのベッドになるの」
 ミミーは中に蝋燭を立てた大釜を南側に置くと、その周りに、庭で取ってきた小枝とローズマリー、柊の葉をまいた。
 そうして、すべてのろうそくに火を灯すと、室内は幻想的な雰囲気に包まれた。
「リミーは女神ブリードの役をやってね」
「ええ、どうすればいいの?」
「簡単よ。私がようこそブリード、と言ったら、魔法円の中に入ってきて。そしたら、わたしが冠をかぶせるからね。じっとしていて」
「わかった」
「それじゃ、始めましょう」
 ミミーは祭壇の前に立ち、死と復活の王へ捧げる文句を厳かに唱えると、空中に地の召還五芒星を描いた。そのそばでパステットが、きらきらと目を輝かせている。
 火をつけたろうそくを、服を着せた麦わらの十字のそばに置き、ミミーはまるで遠い神々へ向けるように、仰々しく言った。
「ブリード、ようこそブリード」
 リミーは、驚きに包まれたようにぼうっとしていたが、ミミーにうなずきかけられて、言われていた通りに魔法円の中に足を踏み入れた。
「ようこそ、女神ブリード」
 ミミーは、月桂樹の枝で作った冠をリミーの頭にふわりと乗せた。
「春の訪れとともに、あなたを迎え入れる喜びを、ここに……」
 そう言ってミミーはひざまずき、リミーの両足、次に両膝に口づけをした。
「ミ、ミミー」
「黙って。五重の口づけよ」
 戸惑うリミーをよそに、次にお腹、胸と口づけをしてゆき、最後にそっと唇に触れた。
 思わず頬を染めるリミーの前で、ミミーはにっこりと微笑んだ。
「春なくして夏が訪れることなく、夏なければまた冬もなく、冬なければ新しき春の訪れはなし」
 それから、ミミーはほうきを差し出した。
「これで魔法円の周りを右まわりに軽くはいていって」
「う、うん」
 言われたとおりに、リミーがほうきを使って魔法円をはいてゆくと、そのあいだにミミーは大釜の前にひざまずき、手にした小枝にろうそくの火を灯し、そして吹き消した。
「かくして我らは冬を消し去り、春を迎え入れん。死にゆくものに別れを告げ、新たな生を迎えるなり」
 静寂が室内を包み込んだ。
 輝くろうそくの灯のもと、ミミーはふっと息をつくと立ち上がった。ビッティの横に立てたろうそくを吹き消すとリミーのもとへゆき、その冠を外してやる。
「ありがとう。これで終わりよ」
 ゆるやかな虚脱感とともに、ミミーの頬には赤みがさし始めていた。
「春がきたのよ」
「……」
 リミーの方はやや呆然とした顔でうなずいた。さっきの口づけにまだ驚いているらしい。
「さあ、お茶にしましょう。他のろうそくは灯したままよ。なんたって今日は、キャンドルマスなんだから」
 うきうきと言うミミー。パステットも「みゃあみゃあ」と鳴きながら、魔法円の周りをはしゃぐようにぐるぐると回っていた。
 それはまるで、女神と一緒になって春の訪れを祝うように。


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