La Triggering Myth 2    



西暦2211年
フライト航行の出現により、人類の宇宙進出は新たな局面を迎えていた。

これまでにも限りなく光速に近い宇宙船などが開発され、月、火星、木星の衛星をはじめ多くの恒久的居住地を開拓、移住を行なってきた人類だったが、いまだ太陽系のカイパーベルトを越えることはできなかった。
しかし「フライト」の発明、汎用化により人類はついに冥王星の彼方、オールト雲の外へと飛び出すこととなったのである。

フライト(F-LIGHT)の「F」は(Fabulus =驚くべき)を意味し、文字通りこの新たな光……光速を超えた光、電磁波、重力場に影響されない目には見えぬ光の発見により、人類は驚きに満ちた外宇宙への進出に成功したのだった。
やがてこの驚異のジャンプ航法は改良、発展を繰り返され、またたくまに新たな宇宙航海における「スタンダード」と化していった。

次々に恒星間航路が整備され、フライト航行をより安全にするための必要な航路上の整備がなされていった。
それにともない通信ネットの供給が多くの企業によって細密におこなわれてゆく。
そして今では「亜空間ネット」という、通常の航路上ならばいかなる距離があってもパルサーに影響されることのない通信が行われるまでになり、宇宙船同志やステーションとのメールでのやりとりさえも可能になったのである。

まさに、人類の宇宙開拓はここに隆盛をきわめ、一年ごとに新たな惑星系が発見さていった。
人々はフライト航法と、最新の惑星改造技術により、水や大気さえも合成し、この銀河での居住可能地域を拡大していった。
地球外で子を産み、そしてその子が成長し大人になり、また子を生む。
すでに太陽系外で生まれ育ったものは人類全体の半数をゆうに超えていた。
現在では銀河中の全人類のその七割までが人工受精ともいわれ、地球の記憶などははるか昔の遺伝子となってさえいた。

すべては順調であり、たとえ五十億年後、太陽系が赤色巨星の爆発により消滅したとしても、もはや人類の繁栄には揺るぎないものと思われた。
あらゆる国家、企業が新たな星団開拓計画を発表し、かつて地球にあった国家システムは要をなさなくなった。
民間企業が発見した惑星系の権利をめぐり独立をうったえ、そのまま国家となるケースや、はては個人の資産家が自らの星を勝手に定めて統治を始めるといったことも頻繁に起こった。
むろん宇宙全体を見渡し、その相互理解と秩序の樹立を目的とした新しい法律も形作られていった。
銀河立法や、星間法などが提唱され、星間連合、銀河自治本部などが相次いで設立、宇宙における権利の平等と定められた新たな規則により、見かけ上は銀河は平穏に運営されてゆくかに思えた。

だが、いつの世にも同じく、目に見えぬ場所では数々の非合法組織、犯罪団が幅をきかせていた。
とりわけ強力な武力を持った宇宙海賊組織の横行はさけられず、民間船や大手企業の輸送船などへの襲撃事件が頻発し、その被害は絶えなかった。
フライト航行の運用前である2140年には、すでに設立されていた銀河警察連合も、犯罪組織の増大にともない、その規模を拡大、各星系ごとに支部を設置し、犯罪行為と海賊の撲滅に力をそそいだ。
それでも神出鬼没、たくみに姿をくらまし、最新鋭の戦闘艦や改良されたフライト航行機関を要した巨大犯罪グループに対抗するのは非常に難しかった。
たとえ航路内であっても、襲われた輸送船が銀警に通報し、パトロール艦が出撃するころには、とっくに海賊船はフライトで姿をくらましていた。
その素早さたるや公的機関の監視船などの及ぶべくもないほどだった。
そして銀河に散らばった、発見のほとんど不可能な辺境の星系に築いたアジトへ逃げ込んでしまえば、彼らにとってもはや恐れるものはなにもない。

広大な宇宙の深遠は海賊たち犯罪者にとっては絶好の天国でもあったのだ。

さて、またしかし、需要あるところに供給あり。
航路内の単独移動、物資の運搬など海賊に狙われやすい船に乗らざるをえない人々。
そういった頭を悩ませる人々がいるのなら、それを助ける仕事、すなわち、海賊に襲われ奪われた物資を取り返すという商売を始めるものも現れはじめた。
民間企業のセキュリティチームや、探偵会社、または銀連無認可の取り締まりグループなどである。
近年、その中でも、とりわけ海賊たちから恐れられる組織が出現した。
それが<ミス>である。





「ふう……」

格納庫に降り立った彼女はヘルメットを脱いだ。
セミロングの赤毛がふわりと肩にこぼれおちる。
すらりとした体型にぴったりとした青のスペーススーツ。
すこし気の強そうなつり上がった眉と、大きな瞳のまだ若い女パイロットだ。

「おつかれ」
隣に着艦した戦闘艇からもう一人のパイロットが飛び下りた。
こちらは切りそろえた紺色がかった髪をかきあげる、落ちついた大人の雰囲気を感じさせる女性だった。
赤く塗られた唇と切れ長の二重の目、密着したスペーススーツの下のふくよかな曲線が美しい。

「なんとか無事ジャンプアウトしたみたいね」
「ええ」
「それにしてもプラズマジェットの気流にのってのフライトなんて、無茶なんだから」
「でもキャプテンらしいわ」
「ほんとね」
格納ユニットの出口を抜け、二人はエレベータに乗った。

「よっ、お帰り」
ブリッジに入ると他のメンバーたちがぱちぱちと拍手で二人を出迎えた。
「お見事お見事。さすがうちの両エース」
「ご苦労さん」

ブリッジといってもメンバーの人数分の五つのシートがある、さほど広くはないコックピットだ。
ここが宇宙船トリガリング号の司令部でもあった。
外部モニターに映る宇宙空間は、今は通常の暗く静かな宙域だ。ガストーラス星系の派手派手しい色彩は形もない。
「ここはどこなんです?」
「ソラナ、説明して」
キャプテンに指名され、操縦席の少女が立ち上がる。
「はい。えー、結論からいうとここは射手座宙域R343B10。通常航路のすぐそばです。計測地点からはコンマ三光年ほどずれましたけど、おおむね問題なし」
「よくもまあ……」
紺色の髪のパイロット、タニアが呆れたように言う。
「無事だったものね。あんなおおざっぱにジャンプしたわりには」
「まあそう言うな、タニア。ちゃんと宇宙ジェットの速度は調べていたし、方向座標軸も同調はほぼ完全だったのだから、これは論理的帰結だよ」
「でもキャプテン。そのわりにはコンマ三光年もずれてますけど?」
「誤差の範囲さ。要は時間内に依頼を完了させること。それが第一なんだからね」
おおらかに笑って、一見男のように背の高いキャプテンは頭を掻いた。

「対消滅が起きなくてよかったですね」
赤い髪の若きパイロット、ミシェがほっとしたように言う。
「高温での電離中に対消滅が起きたら、助かりませんからね。もちろんプラズマジェット内に反陽子がないことは確認したんでしょうけど」
「それよ。ミシェ。すっかり忘れてた」
すっとぼけた調子で舌を出すキャプテンに、ミシェは口をぽかんと開けた。
「そういう可能性もあったのよねー、と今皆で青くなってたとこさ」
「キャプテン……」

「おほん、とにかく……、無事任務完了できたんだし。よしとしよう。うむ」
苦笑いのミシェ。キャプテンはそれをよそに、真面目くさって腕を組んだ。
「……それからソラナ」
「はい」
「宇宙ジェットでフライトをしたことは、報告から抹消」
「だと思って、記録はしてません」
「うん。さすが」
ミシェとタニアは顔を見合わせた。
「人類初の試みをー……」
サビーが残念そうに首を振る。
ぷっと吹き出すタニア。思わずミシェも笑いだす。

「さあ、とにかく。まずは依頼主に請求書。きっかり一時間でカタつけたんだからね。ミスへ報告文を送ったら、メールチェックしてそれからリゾートだ」
「わーい」「やりぃ」と皆が歓声を上げる。

「で、キャプテン。今回のヴァースですが……」
ミシェに尋ねられ、キャプテンは申し訳なさそうに言った。
「あー、えーと、その……なし。……で」
「なし?」
ミシェは固まった。
あれほど意気込んで出撃しJカーで海賊船内にまぎれて敵基地に進入、ミサイルを撃ち尽くすまで戦ったというのに。
あと8ヴァースでタニアに追いつくというのに……。
「すまん」
キャプテンが手を合わせた。
「やはり、詳細なデータを送るわけにはいかんだろう今回は。このトリガリング号もJカーも、ミスから借用してるだけだから、プラズマジェット近くでフライトしたなどとバレたら……さすがにマズイ」
「でしょうね」
しかたなさそうにミシェは苦笑した。
「データなしじゃ、ヴァースはもらえん。それきまり」
キャプテンは腰に手をやってボキボキと首を鳴らした。
紫色の長い髪。その額から頬にかけてまるで海賊のような傷痕がある。
顔の右半分を隠すように伸ばした前髪。その下には、どんな顔が隠されているのだろう、といつもミシェは考える。

「てなわけで、次回また頑張ろう。ミシェ、タニア」
キャプテン、と皆が呼ぶが、本名は明かしてくれない。
年齢も経歴も判然とせず、チームのメンバーでさえ他には何も知らない、謎のリーダー。
冷静沈着、的確な判断と果断な決断力で、ミス最高チームの一つを統率している。135V(ヴァース)。

「ヴァース」とは「ミス」の間で定義される、個人の能力、経験値のことである。
仕事の出来不出来や、その内容により本部が協議して付加するヴァース値を決める。
この能力値のメンバー全員の総合により、チームの優劣が決められるのだ。

「キャプテン、依頼主とのコンタクト完了。ミス本部口座への報酬の送金を確認しました。続いて任務完了の報告メールをミス本部宛に提出。奪われた物資の依頼者への返還手続き完了。依頼完了の照合確認。ミス上層より次の任務まで最低二十四時間の休暇が認定されました」
「……以上です」
報告を終え、シートから振り返りにっこりと微笑んだソラナは、小柄でまだ少女のように可愛らしい。
明るいグリーンの髪につぶらな瞳の操縦士兼オペレータだ。118V。

「キャプテン、リゾート惑星の検索しまーす」
「許可する」
ブリッジの右側の機関士シートでコンピュータをいじりはじめたサビー。
エンジニアでメカおたく。透けるような輝く銀色の長い髪。陽気で明るく、おまけにナイスボディの美人である。124V。

ミシェとタニアも自分のシートについた。
戦闘艇のパイロットである二人は、基本的には戦闘時以外は、航法補助や船内チェックの仕事を手伝うことになっている。
「残念ね、ミシェ。そろそろあたしのヴァースに追いつくかと思っていたのに」
タニアはにっこりと笑った。
少しきつそうな青い目と、真っ赤に塗られた唇。超A級のパイロットライセンスを持つチームのエース。
「いいのよ、タニア。はっきり言っても。まだまだ自分には追いつけない、っていいたんでしょ」
「まさか。ミシェ、今回に関してはあなたの活躍の方が上だわ。控えめに見ても5Vの上乗せは固かったのに。あ、それでもまだ私の127Vには追いつかないか……」
「ふん。どーせ」
タニアの皮肉にミシェは頬を膨らませた。
まあまあ、と二人をとりなすサビー。
「ミシェはまだ二年目なんだし。そうあせらずにいこーよ。ね」
「……うん」

タニアはこのチームのサブリーダーでもある。射撃、格闘、操縦、機械学、どれも全てがトップクラス。
ときどき嫌味を言うものの、その実力は本物だ。ミシェ自身も実戦で何度も助けられたことがある。
くやしいが……
(まだかなわない……)
ミシェは唇をかんだ。
スカウトされて二年。正式にトリガリン・ミスの一員となって一年半。
小型艇のパイロットとしての戦闘技術と勘は天才的といわれたが、まだまだ失敗が多いのは自分でも分かっていた。
119V。
彼女にとってこれはまだまだ発展途上の数字であって、一刻も早くライバルであり目標であるタニアに追いつきたかった。

「さて、ソラナ、メールチェックは?」
「はい。ついでにしておきました。ええと……本日の到着分は……タイトルから察しますと、ファンレターが十四通、出会い系サイトの勧誘が二通、海賊からの恨み状が一通、以上です」
「……くだらない。いつも通りか。なんか面白いやつはないのかねえ」
キャプテンはふんと鼻をならした。
「どうします?いつもどおりファンレター以外はすぐ削除しますか?」
「そうだねえ……」
シートによりかかって頭の後ろで手を組みながら、キャプテンは何気なく言った。
「出会い系を読んでみて」
「は?」
「いいから。なんか新しい刺激があるかも」
「はあ……では。ええ……読みます。
 
件名『新しい銀河の出会いをあなたに。……当方新加入の出会い系ネットワーク、〈ラブ&スペース2323〉。銀河を飛び回る忙しい貴女にステキなスペースガイとの出会いをお約束します。手続きは簡単。入会無料。返信メールを送るだけで、素晴らしい出会いの空間に貴女をエスコートします。馬頭星雲の雄大な銀河を見ながら、たくましいナイスガイと一緒にロマンスなひとときを味わいませんか?もちろんフライト料金無料。大型観覧宇宙船がお迎えいたします。恋人を見つける時間のない忙しいスペースOLさん、忙しい銀河警察の婦警さん、はては忙しい女海賊の方も大歓迎。もちろん秘密厳守。今ならご希望の男性のタイプを即座に検索できるソフト〈宇宙の男−2323最新版〉のダウンロードサービス付き。さあ、急いでご返信を。尚、メールご不要の方は削除ください』
 
……以上、ですが」

「ふむ。……なるほど」
文面を読みおえたソラナが振り返ると、キャプテンはあごに手をやりなにか真剣に考え込むふうだった。
「あの……キャプテン。まさか……」
恐る恐るサビーが尋ねる。
「それ、行くつもりなんですか?」
「私がいっちゃまずいのか?」
「い、いいえ、そういうワケでは……」
憮然とした顔でくちびるをとがらせるキャプテン。
助けを求めるようにサビーはミシェを見た。
ミシェは苦笑しながらうなずいた。

「えーと……、キャプテン。最近多いですよ。そういうの。馬頭星雲とかプレアデスを見ながら、といって相手をだまして、行ってみたら食事代に膨大な額をふんだくられ、あげくのはてにブ男のストーカーにメールで付きまとわれたり、海賊に売られたりする、ってやつ。ですから……あの、せめて出会い系はオンライン上だけにした方がいいかと」
ミシェの説得が妙におかしかったのか、横でタニアが吹き出した。
キャプテンは眉を寄せた。
「誰が行くって言った?」
「え?でも」
「言ってみただけだ。私だって自分のトシくらい自覚している。まったく……」
「あ、すいません」
ペコリとミシェが頭を下げると、それを見たサビーも笑いだした。

「よし、返信しといておくれ。ソラナ」
「キャプテンー!」
「まあ待て。こういうときのためにアレがある。ソラナ、ミスのホスコンから〈ラ−M6〉のファイルを自動ダウンロードするプログラムを返信メールに送付しておやり」
「あの、それって……」
「ウイルスだよ」
皆が唖然とする。
「あたしらの宣伝ムービーが、OSの立ち上がり後、毎回三時間再生し続けるやつ。ファイアーウォールも突破する強力な代物さ」
ふふふ、と笑うキャプテン。
「……」

誰も何も言わなかった。
そしてすぐさま、ソラナの手によって、添付ファイル付きの返信メールが送られた。



 

銀河連合未公認の対海賊組織、ミス(MYTH) がはじめて現れたのは、今から宇宙標準時間で二十年ほど前であった。

当時もっとも凶悪とされていた宇宙海賊「ドミネイション」の首領が、突如銀河警察に逮捕されたのだ。
記録によれば、はくちょう座宙域航路においてある通報が銀河警察に寄せられた。
それは「輸送船を襲撃した海賊船を捕らえたので事後処理を頼む」というものだった。
それを受けた数隻の銀警の駆逐船が着いたときには、通報通り現場には数隻の海賊船の残骸が漂っていた。輸送船と物資は無事であり、脱出ボートに生き残っていた海賊を捕らえ尋問したところ、突如一隻の高速船が目の前にジャンプアウトしてきて、いきなり攻撃を受けたというのである。そしてものの一時間のうちに海賊船は航行不能に陥り、高速船はそのままフライトで去っていったという。
のちの調べでは、当時の輸送船の保険を請け負っていた企業が「彼女ら」を雇っていたことが判明。それが「ミス」という名をもつ対海賊営利団体あった。

それから噂は広がり、しだいにどの企業も護衛や、奪われた物資の奪還をミスに依頼することが多くなった。
そうして二十年後の現在。
はじめはたった六人で起業したというミスはその規模を拡張し、今では未認可の営利団体としては銀河最大級の組織にまで成長していた。

人々の間では、謎めいたミスの噂を聞き、類まれなる能力と高性能の宇宙船や武器などの科学技術、女性のみを構成員とする特殊性なども含めて、その人気は大いに高まり始めていた。
しかし、「ミス」はあくまで未認可の非合法営利組織であり、銀河立法や星間法に明記された武器の私的所持限界や、航路上での戦闘行為の禁則などを完全に無視しているという点では、海賊と同様、銀河警察に睨まれる存在でもあった。

ただし、それでもミスは頼りになった。
とりわけ物資の運搬を営む企業や、金のある資産家、民間の豪華シャトルなど、海賊やならず者に襲われる可能性のある人々にとっては、ミスの存在は非常に有意義だったし、あてにならない銀警のパトロール艦などよりはよっぽど確実な保険であった。
少々高額な報酬を請求されても、彼女らはそれに見合った仕事は必ずこなす。
ミスはどのような凶悪な海賊相手にでも臆することなく、奪われた物資の奪還や、ときには海賊基地の破壊までもを請け負った。
今や彼女らは、銀河のどの宙域でも必要とされる、対海賊のスペシャリストだったのだ。

こうなると銀河警察の側も、ミスの活動をある程度は容認せざるをえない。
なにしろ非合法なやり方ではあっても、彼女らが凶悪犯、海賊などとは一線を画す存在であることは明白なばかりか、銀河連合にとっても危険因子である海賊やならず者たちを取り除き、たたきのめすという点では両者の思惑はある部分では通じ合ってもいたのだ。
銀河連合の首脳も、銀河警察の上層部も、彼女らの活動が一般の企業や公団の妨げにならないかぎりはある程度の黙認をするべきである、という声にしぶしぶうなずくしかなかった。

その活動を全宇宙規模に広げたミスはさらに人員を増やしつづけ、優秀な才能を育成していった。
全銀河から、ミスを目指して多くの女性が集まり、ときにはスカウトされるためにミスの船が現れたという宙域にわざわざ足を運ぶものさえいた。
通常ミスの一員となるには、何重にも行なわれる倍率五百倍ともいわれる試験を受けるか、チームからの正式なスカウトをうけるかが必要となる。
だが、どちらにしても「伝説(MYTH)」の一員となるには並大抵のことでは不可能だった。

ミスの組織は主に、実働班として現場で活動するチームと、情報、広報、技術の各分野を専門とするチームとに分かれており、実働班はそれぞれ五名から七名ほどを一チームとして活動する。

彼女たちには最新鋭の宇宙船と武器、その他必要物資が与えられ、仕事をこなすごとに経験値(ヴァース) が個人とそのチームに付加された。
通常このヴァースとは、運動能力値、射撃や格闘術、機械、操舵などの技術、その他特殊能力によりはじきだされる数値で、まず最低100V以上のものがミスの一員となることを許される。その後の仕事ぶりの優劣により値は上下するが、基本的に「キャプテン」と認められた最高値を有するミスの幹部がチームに一人置かれ、そのチームの仕事を監督、運営する。

ミスのチームの中でも、メンバー全員がそれぞれ110V以上の能力値を持った優秀チームでは一年間の単独での活動が認められ、任務の取捨選択権も与えられている。
彼女たちは一隻の宇宙船で自由に銀河を飛び回り、それぞれの仕事をこなす。

そして、さらにその中でも、最も優秀な技術、能力、勇気、を持つと認められた七つのチームがある。
その七チームはそれぞれのチーム名の頭にその順位を示す称号が与えられ、ミスの最高チームとして高額報酬で危険度大の仕事を任される。また、その七チームこそがミスの「顔」であり、民間船にとっては最も信頼のおける「保険」であり、海賊たちにとってはなによりも唾棄すべき「天敵」であった。
彼女たちは文字通り、伝説のような存在であり、もっとも優れた技術と勇気を持った銀河のエリートOLたちであるともいえた。
この宇宙においてその適応能力では、しばしば男性よりも女性に利があるという科学者の説があったが、この組織を見ればそれはあながち憶説ともいいきれなかったろう。

そして現在。西暦2323年
ミスの全構成員は今では総勢十万人を超えたともいわれている。
銀河各地に独自の本部ステーションを設け、その活動はいよいよとどまるところをしらない。
全員が未婚の女性であり、しかもその八割が人工受精と能力補正による優秀な因子をもったミスのメンバーたちは、全てにおいて銀河における「新たなる女性の姿」を示していたのである。

ミスの最高チームの一つ。「六番目の」という意味を示す「La」の文字を誇らしく船体に飾り、トリガリング号と「ラ・トリガリン・ミス」のチームが宇宙をゆく。

その「最高のメンバーたち」はブリッジにて、楽しげな嬌声を上げていた。

「キャプテーン。検索終了。リゾート衛星、R12A1<エデンブリッジ>に予約メール入れときました。五人分」
「ご苦労さんサビー。こういうときはあんたが一番頼りになるわ。やっぱ」
「えっへへー、どうもー」
「どんな所なんです?」
座標コードを入力しおえ、あとは自動操縦なので一息ついたソラナも、楽しそうに笑顔で振り返った。

「えーっとねー。さっき見たHPによると、星の直径は百キロほど。ほとんど海なみにでかい巨大プールがあるのよ。なんでも五十年かけて水を合成、雲までつくったそうよ。気温は二十五度から三十度に調節されていて、地球でいう南国の空を再現した大気も自慢ですって。銀河中からあらゆる食材を輸入、どんな料理でももそろっていて、これも食べ放題。重力操作で波や砂浜もあり、プールに飽きたら涼しい高原エリアで散策もできるんだって。もちろん豪華ホテルあり、カジノあり、さらに今週に限って銀河ネットのバンド大会もあるらしいの。あのプログレバンド、ドリーム・ワンダー・シアターもやって来てるそうよ。うう……まさに若人のエデン!」
両手を握りしめ、サビーは幸せそうに体を震わせた。

「すごいですねえ。あ、でも私水着持ってきてない」
「大丈夫。じゃ、私のと一緒に今亜空間ネットショップで買って転送してもらおう」
「わあ、本当ですか」
さっそく銀河ネットに接続して、ショッピンクページを見る二人。
「あ、コレいいな」
「どれです?あ、ほんと。でもこっちもカワイイ」
サビーとソラナは、ページの画像を見て気に入った水着をクリックしては、ポーズをとる水着モデルのムービーにきゃあきゃあと声を上げた。
なんだかんだいってもここは若い年頃の女性の集まり。仕事がすめば次は遊びである。それに「安らかな休暇は健全な心と体をはぐぐむ」というのがここのキャプテンの持論でもあった。

「で、キャプテンはどうします?」
「ん?」
おずおずと聞いてきたミシェに笑って答えた。
「そうさねえ……。さすがに水着ってガラじゃないし。あたしはホテルで酒飲んで寝るとしよう」
「そんな、不健康な……」
あきれ顔のミシェ。
「だって、とりあえずサ……」
ふああ、とあくびをする。
「この一ヵ月くらい、あたしゃ一日のうちで三時間が平均睡眠時間だったからね。寝たいの。それが最大にして最高のあたしの休暇さ。あんたもリゾート星に着くまでにちょっと寝ておきな。いいオンナってのはたっぷり眠ってつやつやの肌をしているもんだ」
「はあ……」
少し残念そうなミシェ。

でも、そういえば確かにキャプテンが眠っているところはあまり見たことがない。
いつどんな時にも、このブリッジにこうして腰掛けているような気がする。
もしかしたらキャプテンこそが、このトリガリン・ミスというチームそのものであるのかもしれない。
艦長席に座るキャプテンの横顔をじっと見つめて、ミシェはそう思った。
「ん?どした?」
「あ、いいえ……」
ミシェはあわてて目をそらした。
「じゃ、ちょっと寝てきます」
「あい。いっといで」
サビーとソラナは、さっきから画面に映っている色とりどりの水着を見ながら、「きわどーい」「わっ大胆」などと楽しげに声を上げている。

サビーがこっちを振り返って言った。
「あ、ミシェ。あんたの水着も買っとこうか? けっこういいのあるよ」
「私は……」
いいわ、と言おうとしてミシェは少し考えた。
「あー、……うん。……じゃ適当に」
「オッケーイ」
にんまりと笑ったサビーが何を考えたのかは知らず、ミシェはブリッジを後にした。



シャワーの水を止めると、ミシェは濡れた髪をかきあげた。
合成水のシャワーでも、こうして汗を洗い流すひとときはやはり心地よい。
全裸のまま乾燥エアーに身をさらす。
皮膚の洗浄効果と精神安定の香料を含んだ風だ。それを全身に浴びると、身も心もリフレッシュされるようだ。
三方スクリーンの姿見の前に立つと、ミシェは自分の体を映してみた。

「ちょっとやせた……かな? 」
腰や胸に手を当てて、指で皮膚をつかみ、脂肪をチェック。
「……サビーのやつ、どんな水着を買うのかしら。あんまり派手なのにするな、って言っとけばよかったな」
じっと自分の体を眺めていたのに気づくと、ミシェは恥ずかしそうにくるっと後ろをむいた。
普段からあまりお洒落とか、化粧とかには興味がない。また自分の体に関しても、意識して眺めることはあまり好きではなかった。

下着がわりにもなるパイロット用のスウェットに体を押し込む。
髪を整え、愛用のヘアバンドでとめ、伸縮性のある防熱、対ショックのジャケットを着る。
そうしていつものパイロットスーツ姿になると、ミシェは隣の仮眠ルームへ入った。
いつなんどき事態が変わっても、このままヘルメットをかぶってJカーに飛び乗れるようにしておく。それがミスの一員としての常識だった。

微重力ベッドにすっぽりと入り、タイマーをセット。
円筒型のベッドは、筒が回転することで遠心力と微重力を生み出す。
心地よく筋肉が伸ばされて疲れが癒される。
ミシェはすぐに眠りにおちた。



目が覚めて時計を見た。
正確無比なパルサーウォッチ。眠ってからきっかり四時間。

ミシェはベットから出ると、体を伸ばした。
久しぶりの睡眠。夢も見なかった。少し体が軽くなった。
隣の二つのベッドでは、いつの間にかサビーとソラナがすやすやと眠っていた。

(二人とも疲れていたんだな)
どんなときでもけっして愚痴をいったりせず、やわらかな微笑みでこちらをなごませてくれるソラナ。
彼女からの通信はJカーに乗っているときには安らかな清涼剤だ。
小柄で泣き虫な彼女はしかし、オペレーター、操縦士としては一流で、ミスの最新鋭船であるトリガリング号の複雑な操舵プログラムをいとも簡単に、そして完璧に操っている。肩までのびた明るいライムグリーンのふわりとした髪は、彼女の卵子提供者である「ママ」の趣味だそうである。

(私より年下なんだよね……)
キャリアでは一番若いミシェだったがミスに入って驚いたのは、どのチームにもまだ十代の若いメンバーがいて、なかには少女のようなパイロットやオペレーターも珍しくはないということだった。
(サビーは、もう五年目っていってたかな……)
いっぽうのサビーは、腰まで伸ばした長い銀色の髪に、大きな目、肉感的な唇をもつ見るからに情熱的な美人だ。
ミシェが見てもときどきうらやましくなるほどの抜群のプロポーションは、彼女の自慢でもある。
いつもぴったりとしたスーツを着て、豊かな胸元を見せ、丈の短いスカート状にしたスペースジャケットの下からは、小麦色のきれいな太ももをのぞかせている。
ただ、何故か本人は「体だけの馬鹿」に見られるのがいやなようで、データ端末とシンクロしたグラスを常にかけている。
メガネをかけた知的なキャリアウーマンにあこがれているらしい。
じっさいエンジニアで、コパイも出来る才女であり、機械技術にかけてはミスのなかでも最高位の資格を有しているのであるからダテではない。トリガリング号の整備やメカのトラブルはすべて彼女の腕にかかっているのである。
(みかけによらず、皆すごい女性なんだわ。……いや、みかけが美人だから、もっとすごい、というのかな)

音をたてぬように、ミシェは仮眠ベッドルームを出た。
さほど広くないブリッジへの通路の床を慣れた加減で蹴りつけ、ふわっと宙に浮く。
少重力下の船内移動にも大分慣れた。

(キャプテンはまだ寝ないのかしら)
ブリッジの扉の前まで来て、ミシェは立ち止まった。
中からなにか、声が聞こえた気がしたのだ。

(なに……?)
少しためらったが、ミシェはドアに手をかざした。
シュッと扉が開いた瞬間、彼女は思わずそこに立ち尽くした。
( ……! )

「ん……んん、……あ。キャプテン……」
艦長席の上で、タニアが誰かと抱き合っていた。
こちらからは相手の背中に手を回す、タニアの顔しか見えなかったが、
もう一人は……紫の長い髪……

「あ……」
声を上げそうになる口をあわてて手でおさえる。
( キャプ……テン)
タニアとキャプテンの二人は、ミシェには気づかないまま、唇を合わせていた。

押さえつけられるように激しく抱かれ、その唇を強く吸われるタニアの赤い唇がなまめかしく動く。
ミシェは呆然と立ちすくんだ。
そのとき、タニアの目がくるりとこちらに向いた。
背中を向けているキャプテンはそれには気づかない。

「……ああ。キャプテン」
タニアはミシェの方を見ながら甘い声をあげた。その唇がにこっと微笑む。
「あ……」
頬が紅潮した。
ミシェは耐えられずにその場を離れた。


自分がどこへ向かっているのか分からなかった。
ただやみくもに船内の通路を浮遊する。
頬が熱かった。
さきほどの光景が頭から離れず、ミシェは何度も頭をふった。
なんだか泣きそうにな気持ちがしたが、涙はでない。
べつに悲しくも、くやしくもないのだけど。
でも……
船内の壁にぶつかり、ミシェの体がはねた。
どきどきと胸がざわめく。
これはなんだろう……

トリガリング号の演算ユニットへ続く通路で、ミシェは立ち止まった。

ゆっくりと流れる宇宙空間。それが見渡せる透明なパイプ状の通路。
ここは彼女の気に入りの場所だった。
星星を見ながら息を整えると、ようやく少し気が落ちついてきた。

(知らなかった……)

(まさか、キャプテンとタニアが……あんな)

自分はずっとキャプテンに憧れていた。
でもそれは恋愛感情とは違う。
スカウトされ、ミスに連れてこられてからずっと、キャプテンは自分にとって親のようなもの、有能な上司であり、信頼する艦長であった。
ただそれだけのはずだった……

(ずっと、そう思っていたのに)

だったら何故自分は抱き合った二人を見て、こんなにもどきどきしたり、せつないような、苦しいような気分になるのだろう……

女同士の恋愛は、ミスにおいてはさほど不思議ではない。
なにしろ構成員全員が女性、しかも未婚の若い女性であるのだから。
それに今は男女が恋愛して、結婚して、子供を産み、育てる、というかつてのオールドタイプの典型は、宇宙においてはほとんど消滅して久しい。
子供がほしければ、自らの卵子により体外での有機受精、そして、好みの遺伝子操作で、こどもの髪の色、目の色、身長や、成人時の胸の大きさ、体脂肪、それに運動能力や、味覚、さらには勘や芸術的センスまでもある程度は設定できるし、好きな時に好きな相手の遺伝子の使用が可能である。
生まれた子は一人で育てるのもよし、または男性とでも、友人である女性と面倒をみるのでもよい。
また育てたくなければ、子育てを専門に請け負う機関があり、二年から十八年までの自由な期間設定で預けることが可能だ。

いまや、家族や親子といった定義は、単なる卵子や精子、遺伝子上のつながりを意味する言葉でしかない。
したがって、たとえ恋人が同性であろうと、結婚、契約などをするのも自由であり、また双方が認め合えば血のつながりにかかわりなく「家族」として登録も可能だった。
とりわけ、女だけの組織であるミスのような団体内においては、そうした女性同志の家族契約、恋人契約といったものを公にしているメンバーも多い。
ただ規約により同一チーム内における恋愛状態は、任務期間においては支障をきたさぬ範囲でのみ許される。

( 恋人……なのかな)
タニアとキャプテン、今まで気づかなかった二人の関係……

キャプテンは確かに、女性としては大柄で、物腰もきびきびして、どちらかというと男性っぽく、これまでもあまり男性に興味を持つような会話や様子もなかった。
以前にいた恋人というのもミスのメンバーだと聞いたことがある。女性としてなんの過不足もなく、美人であり、また能力値も高いタニアを、キャプテンがパートナーに選んだとしてもなんの不思議もない。
でもタニアの方は……

(そうよ。いつも休暇のたびに男とデートしているし、同性に興味があるそぶりなんかこれっぽっちも見たことがないわ……)
ときどきミシェにも、自分の恋人の話を自慢したり「あんたもいい男見つければ?」などと、ことあるごとにその手の話をふっかけてくる。

(恋人……じゃあないのかも)
(うん。たまたま……とか。……でもあのキスは……)
妙に激しかったし、とてもはじめてのものとは思えない。

(……分からない。……サビーやソラナは知っているのかな?)
もし自分だけが知らなかったとしたら、なんとなく嫌な気がする。

(そりゃ、私はパイロットで、Jカーに乗ってミサイル撃つしか能がない女よ。でもなにも、だからって……べつに、秘密にしなくたって……)

ミシェは硬質グラファイトの透明な壁に映る、頬を膨らませた自分の顔を見た。
(いやだな……。私は。やっぱり嫉妬してる?)
自分の顔に手をやる。
(けっこう……美人かもしれないとも思うんだけど……)

彼方に広がる宇宙。それに重なる自分の姿を、しげしげと眺めてみる。
まるで燃える赤色巨星のような赤い髪。少しつりぎみの目じり。気が強そうな顔だ。
(うーん……やっぱり女らしい、とはいえないかも……)

(タニアみたいにお化粧した方がいいのかな……)
目を大きく開いたり、ぱちぱちとまばたきをしてみる。
(……こう、可愛らしく笑ったり……)
にいっと、口を開けた自分の顔に思わずぎょっとする。
「に、似合わない……」
ミシェはがっくりと肩をおとし、はあ、とため息をついた。

(やっぱり私には可愛い女は無理みたい)
髪をかきあげ、前髪をとめている黒いヘアバンドにそっと手をおく。
ミスに入団したときキャプテンからもらったものだ。いままでずっと離さず、大切に身につけている。
どんなときも、鏡に映った自分の顔を見るとき、このヘアバンドを見つめれば強くなれる気がした。それは今でも変わっていない。

(……よし)
ぎゅっと拳を握りしめ、ミシェはひとつ息をはいた。
「大丈夫。私は、トリガリン・ミスのエースパイロット」


「ヴァースはまだ私より下だけどね」
その声にミシェは飛び上がった。
そしてゴツ、と通路の上部に頭をぶつけていた。
「痛い」
くすくすと笑い声がした。

振り向くと後ろにタニアが立っていた。
「タニア!」
再び頬がカーッと熱くなった。キャプテンとのキスシーンが頭によみがえる。
「あ……あんた、あの……」
「いいのよ。見てたんでしょ。ブリッジのこと」
タニアの赤い唇がつい目に入ってしまう。さらにミシェは顔を赤くした。

「あ、あんたこそ。そこに……いつから」
「あら、私はたったいまよ。あなたが壁に向かってポーズをとったあたりから」
ミシェはうろえたた。
「あの、私……、わざとじゃないから……見たの。……だってブリッジであんな……。……私は別に……その」
「ごめんなさい」
「……え?」
タニアの意外な言葉にミシェは顔を上げた。
「べつに隠すつもりはなかったんだけど。キャプテンとのこと」

「す、好きなの?」
ミシェは思い切って聞いた。
「え?キャプテン?そうね。嫌いじゃないわ……」
そのいささかカンにさわる返答に、自然と眉がつりあがる。
「だって、迫られたら……ことわる理由もないでしょ」
「……いつから?」
「そんなに前じゃないわ。この間の……かに座パルサーの護衛任務、あたりから……かな」
「そう……」
「怒らないの?」
下を向いたミシェにタニアが聞いた。
「どうして、私が……」
「だって、あなた。キャプテンのこと……」
唇を人指し指で触れ、意味ありげにじっとこちらを見るタニア。
「……」

ミシェは何か叫び出しそうになるのをぐっとこらえた。
「違うの?」
「わ、私は……」
だんだんと腹が立ってくる。
タニアと話すときはいつもそうだ。
大人の女の余裕、とでもいうのか。そのけっして激さない話し方やこちらに対するいちいちしなやかな物腰、それらがミシェを苛立たせる。
それは自分が彼女よりも年下で、経験も少なく、子供であるということをいやが上にも気づかされる瞬間でもあったからだ。

「あんたは……いつもそう」
ミシェはつぶやくように言った。
「なんのこと?」
「いつもそうやって、人を子供扱い、馬鹿にして……」
「そんなつもりはないわよ」
「確かに私はまだミスに入って、このチームに入って一年ちょっとの新米よ。ヴァースだってまだあんたには届かない。それに男の恋人もいないし、女の……も、ない……けど……」
いったい自分がなにを言いたいのか、自分でも分からなくなってきた。
「あら、ミシェ。そんなことずっと気にしていたの?」
くすっとタニアが笑った。
そう、それにその笑い方!
それが嫌いなのだ。とばかり、ミシェはタニアを睨み付けた。

「あら、ごめんなさい。でも別に私はあなたを馬鹿にしてなどいないし……本当よ。いつもちゃんと仕事をこなすし、Jカーの扱いだって、最近では私より上手なくらい。今回の働きだって、本当ならヴァースはあなたに多く入るはずだったでしょうに。それに……キャプテンのことなら……あの人、ただ気が早いし、飽きっぽいから、すぐに忘れてケロっとしちゃうわよ。それに私はキャプテンを尊敬しているし……あなたたちみんなと同じようにね。……トリガリング・ミスのリーダーとしても信頼しているの。だから、全然あなたが思っているようなことは……」
「わたしが、何を思っているっていうの?」
ミシェは激しくかぶりを振った。
「ミシェ?」
「あんたなんかに……何が分かるっていうの!あんたに。何でもうまくやって、恋人もいるくせに。それなのにキャプテンとキスして……」
(あ……ダメ……だ)
これではただのヒステリー。
心の中ではそう思っても、口をついて飛び出した言葉と感情はもうどうにもならない。

こみ上げてくる熱いものに衝かれ、ミシェは叫んでいた。
「……きれいで、いつも落ちついていて、女らしくて、口紅も似合うし……それに、それにチームのサブリーダーで、わたしのようなへなちょこに、いつも的確な指示をして、自分では決して失敗しないし、最後のミサイルは決して外さない、確実にヴァースをもらうし、私の失敗にもおだやかな声で注意したり、そう……怒鳴ったり怒ったりもしない、機械のように完璧なあんたに、私の、私のなにが分かるっていうのっ!」

「……」
しばらく、あっけにとられたようにタニアは何も言わなかった。
ミシェははあはあと肩で息をした。
空気のうすいこの通路でいっきにまくしたてたことをミシェは後悔しはじめた。
「ミシェ……」
自分の激情をこんなかたちでぶつけてしまい、激しい羞恥が彼女をかけぬけた。
涙に濡れた自分の顔が壁に映る。タニアの顔がまともに見られない。
「ミシェ……あなたって……」
タニアが何事かを言いかけた瞬間。

ヴィーン ヴィーン ヴィーン

緊急呼び出しのサインがけたたましく鳴り響いた
「な……、なに?」
慌てるミシェをよそに、タニアはすぐに冷静な顔つきになって言った。
「いくわよ」
ポンとミシェの肩をたたくと、タニアは床を蹴った。
そのままブリッジへ続く通路に飛び込む。
ミシェも目をこすると、すぐさま後を追った。




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