La Triggering Myth 1


宇宙ガストーラスに包まれた、近接連星系。
不気味に紫色に輝く、その巨大なガスリングは、かれらにとっての絶好の隠れみのだった。
通常航路からは決して発見できないその反対側にある小惑星……
今、そこへ数隻の宇宙船が接近しようとしていた。どれもが多数の砲門を備えた、みるからに戦闘をなりわいとする艦艇である。

すると、惑星のごつごつした岩の表面の一角が、ゆっくりと開かれた。
ライトブルーで派手にペイントのされた三機の宇宙船は、慣れた動作で誘導レーザーをキャッチすると、その開かれた岩の間から衛星の内部へと降りてゆく。

「獲物はばっちりのようだな」
船を迎え入れる小惑星内の地下管制室で、モニターを見つめながらそう言って腕を組むのは、浅黒い肌をした巨漢の男であった。肩を出した黒いスペーススーツに、金色のベルト、肩には大仰なマントをかけている。ぎきぎらとした物騒な目つきと、黒々とした髭に覆われたそのいかつい顔は、ひと目でこの男が、海賊かヤクザものであるに違いないと物語っていた。他にも、管制室には十数名の男たちがいたが、誰もかれも、剃りあげた頭にひげ面、顔に傷があったり、片目だったりと、まっとうな人間でないとわかる連中ばかりであった。

「ボス。これでまた数年は遊んで暮らせますね」
「まあな。しかし……」
にやりと笑いかけた、ボスと呼ばれた巨漢の男は、しかしスクリーンを見ていて眉をひそめた。
「さっきから報告の通信が入らないが」
「そういえば……妙ですが。酒でもかっくらって騒いでるんじゃ」
「ならいいが……」
男は、その太い腕を組んだまま、管制室の中を大股に歩き回った。

全てが順調だった。
今回の仕事も、前回同様完璧な仕事だった。
宇宙海賊に対する牽制と宇宙犯罪の撲滅を目的に、銀河警察連合が発足してから三十年あまり。
しかしその間一度として自分たちは銀警の犬どもに捕まったことも、仕事を邪魔されて失敗したこともない。

広大な銀河系、しかも太陽系からは程遠いこのわし座宙域。
しかも、ガストーラスに覆われた連星系に隠れるこの小惑星が、のろまな銀警どもに見つかるはずはなかった。

惑星航路とフライトの特別航路に網を張り、数々の宇宙船、輸送船団を襲い、物資や食料、それに女を強奪し続けて十年。
いまやこの衛星は五千人の海賊たちを養う巨大な基地と化していた。
奪ってきた女に子を産ませたものもいれば、故郷に戻ることなくこの衛星で寿命を終えたものも多くいる。
宇宙海賊「アド・アストラ」はすでに全銀河系においても名を馳せる、恐るべき大海賊組織なのだ。

管制室の十名ほどの海賊たちが、心配げに自分たちのボスに目をやった。
海賊ブロンゾ。
銀河警察からも最重要監視人物としてマークされ、銀河すべての船乗りから恐れられる「アド・アストラ」の大ボスである。
大柄で逞しい体躯、太い腕にウロボロスの入れ墨をした海賊の首領は、マントをひるがえすようにして、ブリッジをいったりきたりしては、その鋭いまなざしをしきりとスクリーンに向けていた。
いまや三機の宇宙船はドック内に着陸、惑星地表のハッチは閉じられようとしていた。

「通信はまだか?」
「は、はい。何度か呼びだしてはいますが……応答が」
「くそっ。どういうことだ」
苛立たしげにブロンゾはコンソールパネルを殴りつけた。

何かがおかしい。
今回の作戦も完璧だったはずだ。
改造に改造を加えた最新設備の攻撃型宇宙船三機で、通常航路をゆく輸送船団を襲わせた。
情報では、護衛していたのはたった一機の中型宇宙船。なんの問題もないはずだ。
いつものように降伏勧告、逆らう場合はまず護衛船を殲滅、次に輸送船に乗り込んで船内を占拠、無傷の物資をいただき、ついでに女を奪い、残りは殺すか放り出しておさらばだ。

作戦はきっかり一宇宙時間。
銀警のパトロール艇がたどり着く頃には、あとかたもなく脱出し数回のフライトで追跡をかわす。そしてこの基地へ戻ればもう発見の恐れは皆無である。
なにしろ宇宙航路側からは巨大なガストーラスが隠れ蓑となって、この小さな小惑星が見つかることはない。
この格好の秘密基地をねじろにすれば、海賊家業は万事順調にゆくわけだ。
年に六度ほどの襲撃で、物資はうるおい、またしばらくは遊んで暮らせる。
そう今回も……
しかし……

「どうしたっていうんだ!くそったれ」

「作戦終了これより帰還する」という通信があったのが、まだたったの一時間前。
そのあいだに何かが起こったとでもいうのか。それとも単なる通信機の故障なのか。
海賊はいらいらしたように、しきりに髭をなでた。

「……ん?なんだあれは」
切り替わったモニターが映すドック内の映像に何かを見つけたのか、ブロンゾは声を上げた。
モニターには、ドック内の帰還したばかりの三隻の改造攻撃船が並んで映っていた。
そのうちの一隻の後部格納ハッチが、いつの間にか開いていた。
そこに見覚えのない小型艇があるのを見つけ、海賊は首をひねった。
「あれは……」
ブロンゾはモニターカメラをズームさせた。

映っているのは銀色に赤いラインの入った小型艇。戦闘用のものだろう。
先の尖った機体は高速飛行のできるタイプで、ミサイルやレーザー兵器も装備されているようだ。
「たぶん捕虜にした敵護衛船のものじゃないですかね」
部下の言葉にも何故か安心する気にはなれなかった。
ブロンゾはさらにカメラをズームした。
そういえば着陸したというのに船からは誰も降りてくる様子がない。
むろん通信もなければ……、そう、それに未確認機体のアラートも鳴らなかった。
どのような小型艇であれ他の機体が基地内に入る場合は、通信とは別に機体データの転送が自動でなされるはずだった。

いやな予感がした。にわかに海賊の額に汗が流れ落ちる。
ズームされた赤い小型艇に文字が見える。
海賊はスクリーンに大写しにされた映像を食い入るように見た。
「la Triggering Myth」小型艇の尾翼に、そうマーキングがされている。

「ラ・トリガリング……」
つぶやいて、ごくりとつばを飲み込む。
「まさか……」
青ざめて歪んだブロンゾの顔を、不安げに部下たちが見上げた。
「ボス。いったいどう……」
誰かがいいかけたときだ。

スクリーンにノイズが走った。
同時に補足範囲に危険物体進入を示すパネルのレッドケージが激しく点滅する。
「どうしたっ!」
「はっ、は……。せ、接近中!ミ、ミサイルですっ!この小惑星にむけて数十基」
「なんだと!発射地点はどこからだ?」
「計測。……発射区域は連星系、ガ、ガストーラスの方角です!」
「ばかな……」
海賊ははっとしてスクーンを見た。さっきの不審な小型艇が向きを変えていた。
動いている!

「なんてこった!くそったれ。てめえら、手の空いているものはすぐに第三ドックへ行け。急げ!」
「は、りょ、了解」

「わああっ」
けたたましい警報音が鳴り響く。
「どうした!」
「つづいて来ます!多弾頭ミサイル。それに……ボス!第三ドックに……」
爆発が起こった。
スクリーン上の第三ドックの映像が燃え上がったように赤く染まる。炎を上げているのは三機の海賊船だった
「ちっくしょう!」
海賊は拳を握りしめ、スクリーンを睨みつけた。
炎のなかから、さきほどの銀色の小型艇が動きだすのが見えた。

「やつらだ……」
ブロンゾは絞り出すような声でつぶやいた。
「トリガリン……ミス」
騒然となった管制室で、海賊は一瞬、顔をしかめたまま呆然と立ち尽くした。


 


『ミシェ。聞こえる?ミサイルよ、ミサイル。あと一五秒撃ったらこっちも出るわ』

「了解。一五秒後に小惑星上空に出る」

『OK。そっちはうまくいってる?』

「ドック内の戦闘艦は全て破壊。発着場はあと二つ。あんたと半分ずつかな」

『りょうかいっ』

銀色に赤いラインの小型艇は発着ドックのハッチを吹き飛ばし、飛び立ち際にミサイルをたたき込んだ。
この小惑星にはあと二つ敵の発着ドックがあるはずだった。それを叩く。

「さてと……」
小型艇が旋回する。
すぐに味方の機もやってくるだろう。その前に少しでも敵機を撃墜してヴァースを稼いでおきたい。

姿勢制御スタビライザを噴射させ、機体を数度回転させながら加速をつけると、小型艇は小惑星表面を移動しはじめた。

「あそこか」
前方の地表が開くのをモニターで確認する。座標照準をオートでミサイルを発射。
ミサイルは開きかけた小惑星のドック内へすいこまれてゆく。内部で爆発が起こる。

「よし。全弾命中」
小型艇<Jカー>は再び小惑星上空を旋回する。

「……!」
突然青白いレーザーの光条が後方でひらめいた。

生き残っていた海賊の戦闘艇が、わらわらとドック内から発進してきた。
レーザー砲を撃ちながら、平べったい敵戦闘艇が迫ってくる。
しかし敵の撃ったレーザー光は全てゆがんで婉曲し、四方八方に飛び散ってゆく。

「馬鹿。ガストーラス付近の重力場でレーザーなんて」
蔑むように口をゆがめ、彼女はJカーを反転させた。

ようやく敵もレーザーの無意味さを知ったのか、今度はミサイルを一斉に撃ってきた。
海賊の戦闘艇が視界に映った。
電磁波の強いこのような宙域では、レーダーよりはじっさいの視界と移動光モニターの方が頼りとなる。

「きれい……」

輝くような彼方のガストーラスの光を見ながらレールガンのトリガーを上げる。
じっくり狙いをつけることもせずに、トリガーを次々に引き絞る。そして旋回。
敵戦闘艇が爆発。さらにすぐに回り込んで、次の敵を打ち落とす。
「三つ。あと……」

ガガガガッ

ズガッ

さらに爆発。

「四つか」
敵のミサイルをバックバーニアでかわし、スタビライザを噴射、反転してロケット弾を打ち込む。爆発はオート。敵機の接触前に誘爆する設定だ。

数十発のロケット弾の爆風に、敵機が巻き込まれて制御を失う。そこを次々に旋回しながらレールカンで狙い撃つ。

「これで八機。ヘボ海賊相手でもちゃんとヴァースはもらえるかしら」
そう彼女はつぶやいた。





「な。なんて奴だ……」
海賊のボス、ブロンゾは蒼白になってスクリーンを眺めていた。
「ボ、ボス。第三ドック、第一ドックともに壊滅。戦闘艇全滅。残っているのは第二ドックだけです」
「ちくしょう……」
「ボス。ガストーラスの方から、もう一機小型艇が接近。さっきのと同タイプです。さらにその後ろにつづいて母船らしき中型船が来ます」

スクリーン上に広がる円環状のガストーラスの紫の光のなかから、しだいに大きくなる機影が映し出された。
海賊は顔をひきつらせ、画面を睨みながらにやりと凄絶な笑みを浮かべた。

「残っている野郎どもはすべて第二ドックへ行かせろ!俺も出る。奴らめ、このままでは帰さんぞ……」
大股で管制室を出てゆこうとする海賊に、部下の一人が震える声で尋ねた。
「ボ、ボス……あいつら、いったいなんなんです?いったい、これは……」
信じられぬのも無理はない。まんまと輸送船襲撃に成功し、豊かな物資を手に入れたと喜んだのも束の間、突然のドックの爆発、戦闘艇の全滅。たった一機の小型艇のおかげですべてが変わってしまった。
そして今、その元凶であろう敵の本船が接近している。
平穏であったはずの自分たちの海賊家業が、ここまでの危機に陥ったことなどこれまでにはなかった。
いったい何が起きているのだ。その思いは、彼らのボスにとっても同じはずだった。

「トリガリン・ミス……」
海賊はつぶやいた。
その合間にもガガーンと激しい爆音とともに管制室が揺れ、モニターがまばゆい閃光に包まれる。
「トリガリン……ミス?」
部下がそう繰り返すのを待たず、海賊は出ていった。
「ミス……ミス、ってまさか……あの?」

「アド・アストラ」に加わってまだ半年ほどの若い見習い海賊は、つぶやきながらスクリーンの機影に目を戻した。



 

「遅いわ」

『なーによ?これでもすっとんできたのよ』

二機の高速小型艇<Jカー>が、並んで小惑星上を飛行している。

「小さいのはほとんどかたずけた。あとは……」

『あいつらだけ……でしょ?』

右前方、小惑星基地の最後の発着ドックから海賊の宇宙艦が数機発進してくる。

『まかせて。ミシェ』
そう言い残して、通信が切れると、片方の小型艇が加速を始めた。

「あっ、ちょっと……待て。せっかく私の稼ぐヴァースを」
舌打ちすると、彼女はボールマウスを握りなおし機体を加速、後を追った。

敵戦闘艦三隻が一斉にこちらに砲門を向けてきた。
二機のJカーが敵戦艦に接近する。

「おどしだ。タニア。ここではレーザー砲は撃てない。ミサイルだけに気をつけろ」

『分かってるわ』

スタビライザを使い、反転を繰り返しながらミサイルの雨をかいくぐる。



 
「ボ、ボス。奴ら突っ込んで来ます!」
「えーい。下手くそが。誰も撃ち落とせんのか!」

三百メートル級の大型戦闘艦のブリッジで、海賊ブロンゾは怒鳴り声を上げていた。

残った第二発着ドックの全ての艦を発進させ、自分もそのうちの一隻に乗り込んだ。
アド・アストラ自慢の攻撃急襲艦だ。
だが、突入してくる敵の俊敏な小型艇は、こちらの弾幕を軽くうけながし、恐れげもなく接近してくる。
ブロンゾは怒鳴った。
「こっちも小型艇を出せ。全機だ!」
「ま、間に合いません。敵機来ます!……わあっ!」

急接近してきた二機の小型艇は、海賊船のブリッジに激突するかに思われた。しかしその瞬間、わずかに進路をそらし接触せんばかりにこちらの船とすれ違った。

「お、脅かしやがって……」
海賊は汗をぬぐった。
二機の小型艇は反転することもなく、そのまま小惑星基地の方へ向かってゆく。
「しまった!全艦回頭しろ。奴ら基地のドックを……」
しかし海賊が言いおえる前に放たれたミサイルが、基地の最後の発着ドックに容赦なく降り注いでいた。

爆発が小惑星を揺らした。地表の岩が砕けて飛び散った。
海賊船は帰るべき場を失ったのだ。

「くそったれ……」
回頭しかけていた艦をを戻す間もなかった。

「ボス!前方から高速で接近する船が……わああっ」
ドーン、ドーンと鈍い音とともに船が揺れる。
「前方からのミサイル攻撃です!」
「しまった。本船か……」

ガストーラスの輝きを背景に、一隻の宇宙船の影がモニター上に現れた。
主翼の両側に、大きなエンジンを備えた、一見して高速航行可能なことが分かる、流れるようなフォルムの白い機体。

「トリガリング……ミスか」
海賊は揺れるブリッジの中で、じっとモニターを睨んだ。



 

二機のJカーに通信が届いた。

『来たわ、ミシェ。トリガリング号が』
モニターに映った船影を見てうなずく。

左右に主翼と一体になった大きなエンジン。
先細りの鋭いフォルムをもった白銀色の船。
全長約百三十五メートル。彼女らが所属する「ミス」が作り上げた最新鋭の高速宇宙船である。

『ミシェ、タニア、ご苦労。弾を撃ち尽くしたら帰艦なさい。あとは任せて』

『了解』

「でも、キャプテン……まだやれます」
機体を旋回させながら、彼女は少し不服そうに言った。

『でしょうね。でもミシェ。これは命令よ。目的は海賊の殲滅ではなく、強奪された物資の返還と基地の機能停止よ。依頼は達成されたわ。ただちにこの宙域を離脱、フライトでジャンプします。時間ロスを減らすため、すみやかに帰艦。いいわね』
やわらかだが威厳のあるその声に、反論はできそうもない。

「……了解」
彼女はしぶしぶ自動操縦の帰還プログラムを立ち上げた。

敵海賊艦はようやく、のろのろとトリガリング号に艦首を向けはじめている。



 

「ボス、敵戦闘艇が本船に帰艦したもようです」
「なにを考えていやがる」
ブロンゾは腕を組んだ。

「逃げるつもりでしょうか?」
「馬鹿いえ。相手はあのミスだ……しかもラ・トリガリング・ミス。依頼者が誰かは知らねえが、仕事は決してハンパにはしねえはず……オレらと同様にな」

「ミス」についての話は海賊内でも近ごろ頻繁に噂にのぼる。
同業者の間でも実際ミスのチームと戦ったものや、やられたものも数多くいる。
お互い非合法組織であるにもかかわらず、これほど異なる立場の相手もいないだろう。
一方は襲い、奪う側。一方は襲い返し、奪い返す側。

「まったく、やっかいな野郎が……」
まさかそれが、ついに自分たち「アド・アストラ」の基地にまで手を出してくるとは。

「来ます!敵船、急速接近」
小型艇を収納しおえた敵船が、高速でこちらに突っ込んでくる。

モニター上で紫色のガストーラスの光に包まれた、敵船の姿が大きくなる。
「ボス!」
「慌てるな。こちらは三隻だ。両側のロドム、ヤンに伝えろ!ミサイル全弾発射。そののち上昇してレーザーを発射だ」
「し、しかしこの区域でレーザー兵器は……」
「かまわん。どこに当たるかなど知るか。それは敵も同じことよ」
「りょ、了解」

「刺し違えてでもやってやる……トリガリング・ミスをやれば……俺たちは宇宙海賊の英雄だ」
海賊ブロンゾはモニターに映る敵の船影を見ながら唇をなめた。





「来ます。ミサイル。扇状に、距離二百。弾数約五十」
「サビー、多弾頭ミサイル発射」
「了解」
「ソラナ、ミサイルが接触後、下降して小惑星上すれすれを飛んで」
「はい」

トリガリング号のブリッジでは、リーダーであるキャプテンが落ちついた声で指示を出していた。
「多弾頭ミサイル発射します」

放たれたミサイルは分裂して敵ミサイルの前に弾幕をつくる。
多弾頭ミサイルだ。
主に対小型艇やアンチミサイルとして使用される兵器である。
ミサイル同志が接触、激しく爆発が起こる。一瞬モニターが爆発で見えなくなる。

「高熱源を確認。レーザー来ます!」
「ここで撃っても当たらないでしょうに」
冷静な声でつぶやくキャプテン。
そのとおり、発射された敵のレーザーはことごとくガス星の強重力の影響を受けて曲がり、四方に飛び散ってゆく。

「キャプテン……」
「落ちついて、滅多には当たらないわ」
モニターでは敵艦の一隻が味方の撃ったレーザーに穴をあけられて爆発している。
「でも、運が悪いとああなるのね……」
「キャプテーン」
「大丈夫……」

トリガリング号は小惑星上すれすれに下降していた。
すでに敵海賊基地は沈黙。すべてのドックは破壊し、もはや攻撃らしい攻撃はない。

「さてと、ソラナ。銀河警察連合、わし座宙域本部宛に緊急コードでメールをうって。ここなら敵基地の電磁波を利用してつながるでしょう」
「了解。文面はどうします?」
「適当で。ついでにこの敵基地の座標と一緒に。文は簡潔に。そうね……アド・アストラとかいう海賊団の本拠を発見、基地は機能停止、手柄をどうぞ。ミスより……ってとこかしら」
「了解……亜空間ネット接続。銀河警察わし座本部。……つながりました。ホストコンピュータが送信者名を要求していますが」
「そうね……じゃ、<ラ・トリガリング・ミス>よりで」
「いいんですか?ばらしちゃって」
「いいのよ。たまには宣伝してもバチは当たらないでしょう。銀警は好きじゃないけどメディアには通じてるし、世間様のニュースになるのは悪い気分じゃない。それにウチの本部からの評価査定も上がるかもしれないしね」
「そうですね。送信。……完了しました」
「よしよし。ではこれで依頼は無事遂行、と。帰りましょう」

「キャプテン!レーザー来ます!」
「……まったく。もうこっちは戦うつもりはなかったのに。勝負はついているって。まあ、やっぱり海賊ね。野蛮だわ」
「感心してる場合じゃないですよー」
「オーケイ、サビー。じゃ、フライト用意」
「で、でも……」
「平気よ。重力場、といってもねー。ほら、あのガストーラスの中心からー、何が出てる?」

「……宇宙ジェット、ですか」
「イエス」
ウインクしてみせるキャプテン。
「中心部ファンネルから吹き出るプラズマジェットの進行方向に同調、そしてジャンプよ。電離、計測できる?」
「はいっ」
「ミシェとタニアは?」
「帰艦しました」
「よろしい。ではいくわよ。宇宙ジェットの座標出た?」
「出ました。敵海賊船の左舷442=23の方角。プラズマ付近の温度は約五千度。電離状態は十五パーセントです」
「ぎりぎりね。ちょっと熱いかな……。でも、大丈夫。いけるわ。この船ならね。ガストーラスからのジェットに合流後フライト。いいわね」
「了解」





「ボス!敵機が……」

「どうした」
「レゴン星から吹き出すガスジェットの同軸方向に向かっています」
「なにい?」

海賊は厳しい顔をさらにゆがめて唸った。
「いったいなんなんだ。自殺するつもりかあいつら」
「どうします?ほっときますか」
「この馬鹿!」
海賊は部下のシートを蹴り付けた。

「追うんだよ。追え!」
「し、しかし、ジェット付近の温度は距離をとっても五千度以上で……」
「ジェット内に入るはずはねえ。いかにミスの船だって、そこまでの耐久力があるはずがねえだろう。おいつめられる。全機を向かわせろ」
「はっ」
「いや……まて、その前に」
ブロンゾは腕を組んだ。

「通信を送れ」





<宇宙ジェット>とは、巨大なガストーラス星の中心部(ファンネル)から吹き出る、高速のプラズマ流である。

その速度は光の速さにも匹敵するともいわれ、十万度以上の高温のガスの噴流は、はるか数光年先までのびるものもある。
通常の宇宙船なら、その付近数百キロに近づいただけで燃えてしまう。

「ジェットの軸方向確認。いて座46Gに向いています」
「ちょうどいいわね。そっちに最近出来たリゾート惑星があるって聞いたわ。通常航路に戻ったら亜空間ネットで検索しましょう」
「りょ、了解」

いつもながら冷静なのか、ただの能天気なのか、全く読めない。
トリガリング号のブリッジで、他のメンバーは少々不安げにキャプテンを振り返った。
「気をつけて。プラズマジェットに接触したらさすがにおだぶつよ。いくらこの船の耐久力でもね。距離をとって。方向を軸に合わせるのよ」
「は、はい。ジャンプアウト地点の設定はどうしましょう?」
「そうね……、ガスジェットの速度も考えて……、三十光年、てとこかな」
「そんな、いいかげんな……」
「サビー。なにかいった?」
「い、いえキャプテン。なにも」
「じゃあソラナ」
「はい」
「ジェットと同軸同調後、すぐにフライト」
「了解。……あ、キャプテン、通信が入っています」
「……いいわ。パネルに出してちょうだい」

トリガリング号のブリッジ内の前方スクリーンに、海賊の顔が大写しになった。

『てめえらが……ミス、か?』

「てめえら、とは失礼ね。あんたが海賊さんの親分?」

『アド・アストラの代表、ブロンゾだ。……しかし、噂には聞いていたが、全員女とは……』
精悍な顔の海賊が、画面の中で驚きをかくせぬようにこちらを見回している。

「おあいにくさま。女でも腕は確かよ。見てのとおり」

『のようだな。くそったれ。最初にこっちの基地に船が帰港したとき、すでに物資はおめえらが奪ってやがったんだな。そして小型艇をドックに侵入させて基地内でいきなりミサイルをぶっ放す。お見事なもんだよ。まるで海賊並だ』

「それはどうも。でも奪ったんではなく、ただ取り返したのよ、そっちが輸送船から強奪したのをね」

『なんだっていい。てめえらは俺たちアド・アストラを敵に回した。汚ねえ手で基地を不意打ちして、そのままとんずらかよ。許さねえ。このままじゃな』

「どうするつもり?」

画面の中でひげづらの海賊がにやりと歯を見せた。
『逃げようったって、そうはいかねえ。追いかけてやる。どこまでもな。ガストーラスだろうが宇宙ジェットの中だろうがな』

「やめたほうがいいわね」
キャプテンが首を振った。

『なんだと?』

「その時代後れの海賊船じゃあ、こっちには勝てないってことよ」

『ほざけ。見ていろその海賊の根性を。女どもめ』

「いいけどね。……まずはその、油ぎった汗まみれの顔を拭くことね」
横で聞いていたエンジニアのサビーがぷっと吹き出した。

『く、……このアマ……ぶっ殺してやる』

ブツリと通信が切れた。

「敵を怒らせてどうすんですかー」
「だって頭くんじゃない、サビー。こっちの見事な侵入作戦をさ、海賊並み、とか言われて。……まあでも……」
「なんです?」
「思ったよりいい男ね。海賊のわりに」
「そうですかー?なんか髭まみれのおっさんてカンジ。もしかしてああいうのが好みなんですか?」
「キャプテン!」
オペレーターのソラナがさえぎった。
「敵が、来ます」
キャプテンは報告にも顔色ひとつ変えず、

「無視」
とひとこと。

「分かりました。じゃ、無視で」
「そう。さすがソラナ。無駄口なしでとてもよろしい。サビーも任務中は私語をつつしむよう!」
「キャプテンこそ……」
「なんか言った?」
「いいえ」

トリガリング号はさらに加速した。





海賊船のブリッジ内は暑かった。

「ボ、ボス。もう無理です。引き返しましょう」
「馬鹿野郎。俺たちの基地をぶち壊されて、このままおめおめと戻れるか。なんだ……こんな暑さ。まだ…………百五十度だ」
ブリッジ内の温度表示にやけくそぎみに笑ってみせ、海賊は頭からかぶったスペーススーツの温度調整ボタンを乱暴に押しまくった。

「三百度まではいける」

「ボスゥゥー」

海賊船の外板はすでに高温に赤く燃えはじめていた。



 

「同調完了、フライトします」

「よし。格納庫にも連絡を」
「はい。……ミシェ、タニア。聞こえる?これからフライトに入ります。そのままJカーを降りずに格納ユニット内で待機。ジャンプアウトまで外に出ないで」

『こちらタニア、了解』
『ミシェです。了解』

「いい子だ。二人とも。終わったらリゾートだ」
「フライトまであと二十秒。前方進路に障害なし」

「面白いな」
「何がです?キャプテン」
「ジェットに押される感覚が分かる。今の速度は?」
「秒速七万キロまで加速しています。トリガリング号の外壁温度は二千度」
「ふん。素晴らしい……としかいいようがないね。さすがミスの最高傑作」

「十、九、八、七……」
ソラナがフライトのカウントダウンを始める。
「宇宙ジェットにのってフライトなんて。シュミレーション以外でやったのは人類初かもよ」
キャプテンは楽しそうに言った。



 

「ボ、ボス……あいつら」
「なんだってー?」

ガリガリバリバリ
という耳障りな音が、船をきしませるように鳴り響いている。

地獄のような暑さの中、ブリッジの海賊たちは必死にシートにしがみついていた。
「あいつらまさか……フライトするつもりじゃ」
機内も赤く染まり、スーツから顔を出したら即座に火がつきそうな温度だった。
機体の外板はすでに一部が溶けだし、エンジンはほぼ停止。しかし慣性とジェット気流に引っ張られ、速度は落ちない。
もはや脱出も難しい状況だった。

「馬鹿な……この状態でフライトだと?」
モニターには前をゆくトリガリング号が映し出されている。が、その白い機体は部分的に赤く染まりはしていてもこちらの船体のように燃えている様子はない。それどころか、エンジンも順調に稼働しているようだ。
「なんて船だ……バケモノか。あいつらは」
海賊は、はじめて恐怖を感じた。そして、もしかして自分はまったくの間違いをしでかしたのではないか、という気持ちにとらえられはじめていた。

「艦内温度四百度。外板は三千度を越えました……ボス、機体もちません」
「く……そ」
「敵機に急速な空間加速が……、タキオン粒子確認。フライトです!」
「やはり、そうか」
前方に映る白い機体が突然小刻みに揺れだし、次の瞬間青いすじを残して消え失せた。

「あれが……ミス。トリガリング・ミス、か……」

「四千度突破!機体が燃えますっ!」

ゴゴゴゴコと不気味な音が聞こえる。船の外壁はすでに燃え上がり、後ろにつづく他の二隻が爆発四散する映像が見えた。
それを最後に、ブリッジのモニターもブラックアウトしノイズにつつまれた。

「くそったれ。……こんなことなら昨日マリーの奴と喧嘩するんじゃなかった」
ブロンゾはつぶやいた。

ボウッ、と火の玉と化した海賊船がはじける。

それが巨大海賊グループ、アド・アストラの最後だった。




  次ページへ